007:冒険者ギルド
辺境の町ムガール。
川沿いにあるこの町は、近隣の村から人が集まる中継地点のようだ。
大きな倉庫を持つ商家が荷車を使って頻繁に行き来する姿は、町の景気を物語っていた。
「さてと、俺たちも行くか」
昨日お世話になったラドリーさんの家はきちんと覚えている。
北の門番と言えば分かるらしく、昨日の話で色々な情報を仕入れることが出来た。
ちなみに返事がないので、もう一人は寝ているのかもしれない。
教えて貰った通りに冒険者ギルドへ向かうと、町の中心に大きな建物を見つけた。
この瞬間は、いつ来ても緊張する。
俺等は、この世界に居て良い人間ではない。
世界に見捨てられたからこそスラムに居たし、いくら第二の人生と言っても身元を保証するものは何もなかった。
「ふぅー、覚悟を決めるか」
胸元辺りにある両開きの扉を押し開けると、一斉に室内からの視線を集めた。
これは冒険者特有の観察という行為だろう。
この瞬間だけは、舐められないようにしないといけない。
ベテラン冒険者は良くも悪くも癖が強い。
受付までたった数メートルの距離なのに、まるでカモがやってきたとばかりに近付いてくる男がいる。
こちらを値踏みするような視線を向けながら、一定の距離を保って様子を見ているようだ。
「どうした坊主、迷子か?」
遠くから揶揄うような野次が飛ぶ。
粗野な冒険者なら、ホームと言えるギルド内で一定の失言は赦される。
だから世間からバカにされるという側面もあるけれど、そこはギルド職員の頑張りにより許容される事が多かった。
一瞬にして俺の評価が、何も出来ない子供と判断された。
そこで起こった爆笑の隙間を縫い、俺は冒険者登録の窓口へ滑り込む事に成功した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ」
栗色でショートカットの女性が、小首を傾げて丁寧な応対をしてくれる。
このやり取りが終われば、俺もまた冒険者に戻れる。
「冒険者になりたくて来たんですが、受付はここで大丈夫ですか?」
「はい、問題ありません。ただ……」
「冒険者がどんな仕事かは知っています。あと、帰る家はありません」
「ハァ……、そうですか。では手続き致します」
手慣れているのか、受付嬢――レイラさんが検査セットの上に水晶球と木製のプレートを設置する。
きっとレイラさんの名札が読めるかどうかも一つの試験のようで、胸元を確認しているとニッコリと微笑まれてしまった。
ちなみに冒険者になるのに年齢制限はない。
Fランクから始まる冒険者はお手伝いレベルでしかなく、その町を自由に出入り出来る通行券にしかならないからだ。
薬草を摘み・子守をする少年少女も、税金の関係で冒険者になることは出来る。
「準備が整いました」
キュキュっと布でこすった水晶球に言われた通りに手を乗せると、また周囲からの視線を強く感じるようになる。
前の冒険者人生は短かったけど、ある意味ここでの評価はずっと続く筈だ。
冒険者になる多くの者は、基本的に戦闘経験が少ない。
せいぜい近所のガキ大将レベルの者がほとんどだ。
一部の貴族家から『已むに已まれない事情』で冒険者になる者はいるけれど、極々少数と捉えた方が良いと聞いている。
なので狩人や兵士の息子等の特殊な環境を除くと、素人を無理やり戦闘職に担ぎあげるのが冒険者なのだ。
このギルドカードを作る工程は、いつ見ても不思議に思う。
あの木製プレートをどう削っているのか?
情報の更新はどうやっているのか?
Fランクのカードは使い捨てだけど、情報は引き継がれるから粗末には扱えない。
「お待たせしました。えーっと、クロスさんですね」
「はい、合っています」
「では、こちらのカードを確認しながら聞いてください」
「お願いします」
レイラさんの説明によると、Fランクは冒険者ではないとハッキリ言われてしまった。
実質Eランクから始まる冒険者は危険と隣り合わせの職業で、その多くは自己責任で成り立っている。
ただ経験や知識を独占することなく都市・国家間との兼ね合いの結果、冒険者ギルドが生まれたという経緯を教えてもらった。
続けて『法を破らない・ギルド員同士の争いはしない・紳士を心掛ける』という一般的な説明を受けた。
最大の任務は『無事に帰って来る事』だし、『悪魔の殲滅』は人類の悲願だ。
「Fランクに優遇措置があると聞いたのですが……」
「よくご存じですね。大抵説明を切り上げて、そのまま魔物退治に行く人が多いのに……」
「その人たちって?」
「随分遠くまで探しに行っているようですね」
やっぱり、冒険者ギルドに勤めている職員は強い。
以前、先輩冒険者からは『ギルドとはモメるな』と口を酸っぱくする程言われている。
嘘か誠かは分からないけど、冒険者を手懐けるにはそれ相応の実力者が影に控えているらしい。
レイラさんは簡単に常設依頼・通常依頼・指定依頼の話を絡めて、Fランクの優遇措置を教えてくれた。
俺みたいに村落を飛び出した者が冒険者になった場合、普通にFランクから始まる。
その際、Fランク任務――報酬に人気がない依頼を達成した際、ギルドから何らかの追加報酬が貰えるのだ。
『裏庭で桶一杯の湯』・『仮眠室〇日分の宿泊』・『冒険者ギルド朝食券』等、そんな物かという追加報酬は基本的に見向きもされない。
「門番の方にお世話になって、早く恩返ししたいんです」
「そうなると、すぐにでも仕事をしたいですね」
レイラさんはそう言うと、不人気なFランクの依頼票を並べだした。
常設の薬草取りやゴブリン退治は、基本的に成果に対する報酬が支払われる。
それでもスラム出身者がそういう仕事に割込むのは、冒険者たちが良い顔をしない。
ギルドという後盾があるから冒険者家業が成り立ち、無頼漢・無法者と言われていても冒険者が過ごしていける。
並べられた依頼票から側溝掃除の依頼を受け、ついでに裏庭と仮眠室の使用権を仮予約する。
「このギルドは、ある意味閉鎖的です。ただ、クロスさんなら何かをやってくれる気がします」
「これからやるのは、側溝掃除ですよ」
「ギルド員になる前なら、私たちに口出しは出来ませんでした。ただ、ギルドを出る際には十分に注意を……」
「あぁ、そっちですか。良い師がいましたので……」
一瞬だけ顔を曇らせたレイラさんは、すぐに表情を営業スマイルに戻した。
「クロスさま、いってらっしゃいませ」
「はい、行ってきます!」
普通の冒険者たちは俺への興味を失っているけど、どうやら一部俺に接触したい人たちがいるようだ。
大抵は碌でもない冒険者と犯罪者スレスレのラインで、登録をする前だったら指導という名の搾取をされていただろう。
耳聡い者なら俺のギルドカードの確認をし、青田買いを考えると思う。
多くの冒険者が竜殺し等の大願を夢見る中、俺はどうやってこのギルドを無事に抜け出すか考えていた。