幼馴染の恋人と親友に裏切られた僕は、君のいるこの街から逃げ出した。
続編となる連載版として、「幼馴染の元彼女と元親友に裏切られて逃げた僕が、理不尽な目に遭って逃げ続ける彼女と出逢い、一緒に本当の幸せをつかむまで。」を始めました。
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僕には、たった一人の幼馴染がいる。
とても大切で、ずっと傍にいたいと思う幼馴染が。
清楚なイメージの黒髪ロングに吸い込まれそうな鳶色の瞳、整った鼻筋にぷっくりとした唇……まさに、非の打ちどころのないほどの美少女だ。
スタイルだって、モデル並みにすらっとした脚、痩せているのに出るところは出ている。
成績も、テストでは学年で五位以内に入るほど優秀。
人懐っこい性格で誰にでも優しく、まさに天使……いや、天使よりも奇麗だと言っても過言じゃない。
一方で僕はといえば、容姿は平凡、成績だって人並み、運動神経も良いわけじゃない。
だから、学校でも街でも、幼馴染と仲良く一緒にいると周囲の人達はいつも不思議そうに僕達を見ていた。
多分、『なんであんな女の子が、うだつの上がらなそうな男と一緒にいるんだろう?』って思ってるんだろうなあ……。
でも、周りがどう思おうとも、なんと言われようとも、僕は幼馴染の傍にずっといたかった。離れたくなかった。
だから。
高校二年に進級する直前の春休み、そんな幼馴染……“春日ひより”に、僕……“直江優太”は告白した。
すると。
「うん……いいよ……」
嬉しかった。
夢かと思った。
ずっと傍にいたくて、毎晩ベッドの中でいつも恋焦がれていたあのひよりと、恋人同士になれただなんて。
本音を言えば、僕はひよりにフラれることも覚悟していた。
だって、ひよりのその容姿と性格を、他の男子が放っておくはずがないんだから。
クラスの男子は隙があればひよりに話し掛け、他のクラスの連中も休み時間のたびに用もないのに教室の入口からひよりを覗いていたし。
何より……極めつけは、サッカー部のキャプテンでエースの“佐々木”先輩まで、ひよりに言い寄ってきたりしたんだから。
でも……ひよりは、この僕を選んでくれたんだ。
この時こそが、僕のたった十六年と半年しかない人生の絶頂だったと思う……。
◇
「ねえ優くん、夏休みになったら海に行こうよ!」
一学期の中間テスト勉強を一緒にしている時、不意にひよりがそんな提案をしてきた。
う僕とひよりが恋人同士になって初めての夏休み、当然、ひよりと楽しい思い出をたくさん作りたいなあ。
「ああ! 夏休みの予定の一つは、海で決まりだ!」
「えへへー、楽しみ!」
嬉しそうにはにかむひより。
うん……やっぱりひよりは、最高に可愛い。
だけど、海に行くとなると……それなりにお金が必要、だよね……。
財布の中身を見てギュ、と拳を握りしめた僕は、これから夏休みが始まるまでの間、バイトを始めることにした。
平日は夕方から夜十時ギリギリまで牛丼屋のシフトに入り、土日は運送屋で荷物の仕分けと積み込み。
本当は、単に海に行くだけならここまでバイトを頑張る必要はないんだけど、実はひよりの誕生日が八月四日で、ひよりへのプレゼントも用意しなくちゃいけない。
だからこそ、ここまで頑張っているんだけど。
何より……僕がひよりの喜ぶ姿を見たいから。
必然的にひよりと一緒にいる時間は少なくなってしまったけど、学校ではいつも一緒にいるようにしてるし、バイトが終わればいつも電話やメッセージ、時には短い時間だけど直接会って話したりなんかもしてた。
だから僕は寂しくなかったし、ひよりだって僕がバイトをする理由を知っているから、いつも「頑張れ!」って言って後押ししてくれた。
そして、この日の放課後もバイトに行こうとカバンを手にして教室を出ようとした、その時。
「よう、今日もバイトだなんて精が出るな」
笑顔で背中をバシン、と叩いてきたのは、クラスメイトの“横山和樹”。
小学二年生の頃からの腐れ縁で、僕にとっては唯一無二の親友といっても過言じゃない。
何より、僕がひよりと付き合うことを一番後押ししてくれたから。
「はは……やっぱり、ひよりの笑顔が見たいからね」
「うわ……嬉しそうにそんな恥ずかしい台詞吐くなよ、このリア充め」
「うるさい。冷やかしならどっか行け」
口の端をひくつかせる和樹に、僕は顔をしかめながら手で追い払う仕草をした。
「まあまあ、というかその海デート、俺も混ぜろよ」
「なんでだよ! 僕達の邪魔するなよ!」
ニヤつきながら揶揄ってくる和樹を無視し、僕は教室を出ようとすると。
「優太! 頑張れよ!」
笑顔でサムズアップしてエールを送る和樹。
はは……本当に、しょうがないなあ……。
僕はそんな和樹に、サムズアップして返した。
◇
一学期も終わり、いよいよ夏休み。
これまでに稼いだバイト代を財布に入れ、僕は駅前のショッピングモールへとやって来た。
もちろん、ひよりへの誕生日プレゼントを買うために。
「ウーン……どれもひよりに似合い過ぎて、全部欲しいんだけど……」
かれこれ一時間近くアクセサリーショップのショーウインドウを眺めながら、僕は首を傾げている。
やっぱり、ひよりの清楚なイメージにピッタリな、アクアマリンのペンダントに……イヤイヤ、ここはちゃんと僕っていう彼氏がいることを周りに知らしめるためにも、指輪に……。
などと考えていると。
「うふふ、彼女さんへのプレゼントですか?」
綺麗な店員さんが、笑顔で近づいてきた。
「はい……実は誕生日プレゼントを考えてるんですけど、どれにしようか迷ってまして……」
僕は照れ笑いしながら頭を掻いた。
こんな台詞が言えるのも、彼氏の特権だしね。
「それでしたら、やっぱり恋人同士の証としてペアリングなんかがオススメですね。特にこちらの……」
それから、綺麗な店員さんは詳しく説明しながら色々と勧めてくれた。もちろん、僕とひよりのことを褒めちぎりながら。
僕は綺麗なお姉さんの営業スマイルとトークにまんまと乗せられ、結局ペアリングを買ってしまった……うう、指輪二つ分の出費が……。
だ、だけど、ひよりの誕生日……八月四日に夕陽の浮かぶ砂浜で、ペアリングをお互いにはめて……。
うん、この選択は決して間違いじゃないはず。
そんな想像をしながら、せっかくショッピングモールに来たので、僕は大好きなラノベの新刊を買いに本屋へと向かうと。
「――ねえ、このあとどうする?」
嬉しそうに話し掛ける女の子の声が、僕の耳に届いた。
「んー……だったらネカフェでも行く?」
「えー! いっつもソコじゃん! たまにはちゃんとベッドの上がいい!」
「無茶言うなよ……そこまで金ねーよ」
男の提案に、女の子が猛抗議する。それも、恥ずかしげもなく。
はは……おかしいな。女の子、そこまで大きな声で話してるわけじゃないのに、こんなにハッキリと聞こえるなんて……。
一方で、そんな辟易したような態度の男の声もしっかりと聞こえて……。
「ハア……だったら“和樹”もバイトしたら?」
「えー……だけど俺がバイトしたら、それこそこうやって頻繁に逢えないぞ?」
「それはそうだけど……」
男にそう言われ、女の子は渋々といった様子で口をつぐんでしまった。
うん……やっぱり夏休みに入ってすぐだから、女の子も男も、ちょっと開放的になり過ぎてるんじゃないかな……。
ま、まあ、健全なお付き合いと言えなくもないし、それも仕方ないのかもしれない。
「は、はは……もう、帰ろう……」
僕はラノベの新刊を買うことも忘れ、くるり、と身体を翻す。
だって、ひょっとしたら世界一可愛い彼女が、僕の家に遊びに来てるかもしれない、し……。
そう思い、足を踏み出そうとする、んだけど……。
「あ、あれ? おかしい、なあ……」
どういうわけか、僕の身体がピクリとも動かない。
まるで、この場から離れることを拒絶するかのように。
すると。
「それに、バイトで金稼いでどうすんだよ。そんなの、変に下心のある馬鹿のすることだろ」
「えへへ、まあねー」
そう、か……下心があるからバイトをする……うん、的を射てる、な……。
はは……よく分かってるじゃん……。
「ていうか、アイツも今頃バイトしてんだろ? コッチはこうやって、夏休みを有意義に満喫してるってのに」
「えー……なんでここで“優くん”の話するかなー……」
うん……“優くん”なんて名前、この日本にはたくさんいるからね……。
だから、ひよりの声でそんな名前が出てきても、おかしくないわけ、で……。
「ハハ、悪い悪い。だけどひよりも悪い女だよなあ……彼氏がバイトしてるって時に、こうやって俺とデートしてんだから」
この僕の親友と同じ名前の“和樹”って男は、僕の彼女と同じ名前の“ひより”って女の子に、揶揄うようにそう告げる。
はは……せ、清楚な僕のひよりとは、全くの正反対で不誠実、だよなあ……。
僕のひよりなら、絶対にこんな裏切るような真似、しないのに……。
「まあ、しょうがないよね。優くん、つまんない上にこれといって取り柄もないし」
「うおお、辛辣だな!」
「そんなこと言ってるけど、和樹だって友達の彼女を寝取るだなんてひどくない?」
「オイオイ、自分で言うかあ?」
クスクスと笑う女の子と苦笑する男。
本当に、ひどいカップルがいたものだ。
僕のひよりなら、絶対にあり得ないことなのに。
そんな二人の会話が不愉快で仕方なくて、僕は文句を言ってやろうって思いが頭をもたげる。
だけど……なんで赤の他人に、その“優くん”って奴はそんなことを言わなきゃいけないんだ?
僕だったら、ひよりと仲睦まじく会話してる時に文句を言われたら、絶対に怒るだろうなあ……。
うん……やっぱり放っとこう……。
なのに。
「つーか、元々俺の誘いにホイホイと乗ってきたのはひよりだろ?」
「えへへー、まあね。和樹、カッコイイし面白いし」
ハア……顔なんかで彼氏を裏切るなんて、最低だな……。
そう思うと、許せなくて、やるせなくて、僕はギュ、と拳を握りしめる。
手のひらに爪が食い込むくらい、強く。
「なのにさー……なんでひよりは、アイツと別れて俺と正式に付き合わねーの? もう、|ヤることヤッてる仲なのに。逆にアイツとはヤッてないんだろ?」
「それはー……優くん優しいし、都合がいいし、将来考えるならソッチだよねー。和樹と違って」
「うわ、ヒデエ! こうなったら……」
もう……これ以上耐え切れなくなって。
「お……い…………………………」
よせばいいのに、僕は振り向いてしまった。
絶対に振り向いちゃいけないって、見たらいけないって、分かってたのに……。
だって。
「ちゅ……あん……も、もう……」
親友だと思ってた和樹に強引にキスをされ、恍惚の表情を浮かべるひよりの姿を、見てしまうから……。
◇
「う、うえ……っ」
ようやく動き出した僕の足が、ショッピングモールを飛び出してからも一向に止まらない。
まるで、おぞましいものから必死で逃げるかのように。
それと同時に、胃の中のものが逆流しようとしてくる。
今日はプレゼントを選ぶのに必死で、昼ご飯だってまだ食べてないのに。
吐くものなんて、何もないのに。
なのに。
「っ!? う、うええええええ……っ!」
とうとう耐え切れず、僕は大勢の人が歩いている中、歩道に汚物をぶちまけた。
といっても、胃の中には何もないから唾液と黄色くて酸っぱい液体しか出なかったけど。
「き、君、大丈夫かい?」
中年のサラリーマンが、僕の背中をさすりながら心配そうに声を掛けてくれた。
「は、はは……大丈夫、です……」
「あ! オ、オイ!」
なおも心配するサラリーマンの制止も聞かず、僕はふらふらとその場から立ち去った。
だけど……僕は、どこに向かってるんだろう……。
「あ、あはは……そうだ……僕は、ひよりの誕生日プレゼントを買って、それで……」
うん……そうだった。
早く家に帰って、誕生日プレゼントを旅行カバンにちゃんと入れて、海に行く準備をするんだった。
そしてひよりに電話して、八月四日のスケジュールについて話し合って、それから……。
「……全部、意味ないじゃん」
そう呟いて、ふと顔を上げると……そこは、近所の公園だった。
幼い頃、ひよりや和樹と一緒に遊んだ、思い出の公園。
それに気づいた瞬間。
「う……うげええええええええええッッッ!?」
また、強烈な吐き気が僕を襲う。
何も吐くものがないのに。
もう、僕には吐き出せるものなんて何もないのに。
溢れ出るのは……涙と叫び声しかないのに……っ!
「うげ、うえ……うえええええええええええんんん……!」
僕は泣いた。
胃液と唾液に塗れた地面に、自分の顔をこすりつけながら。
泣いたって、何も解決しないのに。
泣いたって、楽しかった昨日までの日々は戻らないのに。
泣いたって……あの、大好きだったひよりはもう、いない……のに……。
でも……でも、さっきからずっと、僕の頭の中でひよりの声がぐるぐるぐるぐる繰り返されるんだ。
『えー! いっつもソコじゃん! たまにはちゃんとベッドの上がいい!』
『まあ、しょうがないよね。優くん、つまんない上にこれといって取り柄もないし』
『そんなこと言ってるけど、和樹だって友達の彼女を寝取るだなんてひどくない?』
『えへへー、まあね。和樹、カッコイイし』
『それはー……優くん優しいし、都合がいいし、将来考えるならソッチだよねー。和樹と違って和樹と違って』
『ちゅ……あん……も、もう……』
「うるさい……うるさい!」
僕は耳を塞ぎ、叫ぶ。
これ以上、ひよりの声を聴きたくないと。
これ以上、苦しみたくないと。
でも、僕の頭から離れてくれなくて。
ひよりの声が、嬉しそうに和樹を見つめてキスをするひよりの姿が、出て行ってくれなくて……!
「なんで……なんで、僕はあんなの見たんだよお……!」
二人を見なければ、僕はつらい思いをしなくて済んだのに。
二人を見なければ、僕は苦しまずに済んだのに。
ああ……誕生日プレゼントを選んでいた時は、楽しかったのになあ……。
綺麗な店員さんに勧められるまま、ペアリングなんて買って……『絶対に彼女さん、喜びますよ!』なんて後押ししてもらって……。
プレゼントしたら、ちゃんと指のサイズを合わせるために、あの綺麗な店員さんに『今度は彼女と一緒に、また来ますね』って約束したのに、なあ……。
「あ、はは……」
涙や吐いたもの、それに地面の砂でどろどろのくしゃくしゃになった顔で笑いながら、僕はカバンから綺麗にラッピングされた小さな箱と、何も包装されていない箱の二つを取り出す。
「これ……もういらないし、どうしようかなあ……」
二つで結構な値段をしたから、一か月分のバイト代が軽く飛んじゃったんだよなあ……。
フリマアプリで売り払ってもいいけど、そんなことしたら買ってくれた人が可哀想だよね……。
不幸な目に遭うのは……彼女と親友に裏切られるのは、僕一人で充分だ……。
人の目も気にせずに地面に寝そべりながら、そんなことを考えていると。
――ピコン。
突然、スマホが鳴り出した。
この着信音は……はは、ひよりだな……。
多分、いつものメッセージだろうけど……和樹と一緒にいるのに、マメだなあ……。
ポケットからスマホを取り出し、そのメッセージを見てみる。
『優くん、頑張れ!』
『誕生日の海デート、楽しみにしてるね!』
「は……はは……」
それを見た瞬間、お腹の底から嗤いがこみ上げてくる。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ……!」
涙に塗れた僕は、夜になっても狂ったように嗤い続け……そして、慟哭した。
◇
それから、僕は夏休みの間、家から一歩も出なくなった。
ひよりは心配して僕の家に何度も訪ねてきたけど、母さんに言って追い払ってもらった。
和樹は……一度も家に来たことはない。
二学期が始まっても、僕は学校に行かずにあの公園のブランコに座っていた。
当然、学校側は家に連絡して、僕が学校に来ていないことを両親に伝えた。
なんで学校に行かないのか、一体どうしたんだ、と、父さんも母さんも問い詰めるけど、僕はヘラヘラと嗤うばかりで答えてやらなかった。
そうして今日も、僕は学校に行くフリをして公園のブランコに座っていると。
「優くん……」
声を掛けられ、振り返る。
……そこには、心配そうな表情で見つめるひよりがいた。
本当に……反吐が出る。
僕は無言でひよりの横を通り過ぎ、その場を去ろうとすると。
「っ! 優くん待って!」
ひよりは僕の腕をつかみ、制止する。
「……離して」
「ねえ、どうしたの!? 夏休みから優くん、おかしいよ!」
僕の胸に飛び込み、上目遣いで必死に問い掛けるひより。
それが僕には、どうしても気持ち悪くて。
――どん。
「っ!?」
「お、おええええええええええええッッッ!」
堪え切れず、ひよりを突き飛ばしてその場で吐いてしまった。
あの日と、同じように。
「ゆ、優くん!? 大丈夫!?」
そんな僕を見て、ひよりが慌てて駆け寄ろうとするけど。
「来るな!」
「え……?」
「来るなよ……汚いんだよ……」
「汚くないよ! 優くんが吐いたもの、汚くない!」
はは……何を勘違いしてるんだ?
汚いのは、吐いたものじゃなくてオマエなのに。
「なあ……なんで、僕に声なんて掛けてきたんだ?」
「な、なんでって、私は優くんの幼馴染で、彼女……だし……」
彼女って言葉を言った瞬間、ひよりは視線を逸らした。
その姿が、どうしようもなく僕の心をグチャグチャにかき回して……!
「いいよ……もう、別れよう……って、そもそも付き合ってたのかどうかも怪しいけどね……」
「! な、なんで……」
「分からない? 本気で言ってるの?」
ジロリ、と睨みながら問い掛けても、ひよりは首を傾げるばかりで本当に分からないみたいだ。
多分、和樹と逢っていたことなんて、当たり前すぎてなんとも思ってないんだろう。
僕は、そんなひよりが……っ!
「……僕がバイトしてる裏で、和樹と逢ってたくせに!」
「っ!?」
ああ……言ってしまった……。
今まで、自分の目で見て、自分の耳で聞いて、それでも信じたくなくて、耳を塞ぎ続けてたのに……。
もう……これで僕は、本当の事から逃れられなくなってしまった。
「あ……そ、その……」
「……もういいから、離せよ」
僕は強引にひよりを押し退け、公園から立ち去った。
――ピコン。
家に帰ってベッドの中に入って目を瞑るけど、さっきからスマホの着信音がうるさくて寝られない。
『会って話がしたいの』
『和樹とは本気じゃない』
『私が好きなのは優くんだけ! 信じて!』
ひよりの都合のいい言葉で画面が埋め尽くされているスマホを、僕は握りしめると。
――ガンッッッ!
全力で壁に叩きつけ、そして。
――ガンッ! ガンッ! ガンッ!
スマホを拾い上げ、机の角に叩きつける。
何度も、何度も、何度も。
カバーがひしゃげ、ディスプレイは粉々になり、もうボタンを押してもうんともすんとも言わない。
「これで、やっと静かになった……」
そう呟いて、僕はまたベッドに潜った。
◇
結局、二年の間は一度も学校に通わなかったので、当たり前だけど僕は留年になった。
それを機に、僕は両親の勧めで引きこもりが社会復帰のために通う、定時制の高校に転校した。
とはいえ、あの一件以来人間不信になった僕は、誰とも……両親とすら会話することもなく二年が過ぎ、高校を卒業した。
だけど冗談半分で大学受験したところ、何故か合格してしまい、まさかこの春から遠く離れた東京の大学に通うことになるなんて、思いもしなかった。
まあ、既に僕と両親との仲も最悪だし、何より、ひよりのいるこの街から離れたかったので好都合ではあるんだけど。
「ふう……」
ようやく荷造りを終え、深く息を吐きながら窓の外を眺めると、下弦の月が明々と輝いていた。
気分転換に窓を開けて空気を入れ替える。
すると。
「…………………………」
そこには、家の前で僕の部屋を見上げていた、ひよりの姿があった。
でも、僕がジロリ、と睨んだ瞬間、顔を伏せて足早に立ち去ってしまった。
あれから、ひよりと和樹がどうなったかは知らない、
いや、そもそも興味すらない。
なのに。
「……なんで、僕はまた泣いてるんだよ……っ!」
ついさっきまでひよりがいた道路を見つめながら、僕はぽろぽろと涙を零す。
いつか……この苦しい思いが、悲しい思いが、消え去る日が来るんだろうか。
結局、その答えが分からないまま。
――僕は、この街から逃げ出した。
あけましておめでとうございます!
私の書籍化作品、「ガイスト×レブナント クソザコモブな俺は、相棒の精霊を美少女に進化させて最強に!」が、いよいよ1月8日に発売となります!
しかも、BOOK⭐︎WALKER様でしたら元日から先行配信!
ぜひぜひ、どうぞよろしくお願いします!