嘘発見器開発に挑む男たち ー知られざる12年間ー
これは噓発見器の開発に挑んだ、刑事と科学者の物語。
きっかけは、刑事の何気ない思い付きであった。嘘を見破る装置があれば、犯罪捜査に役立つのではないかと閃いたのだ。被疑者は取り調べで、噓の証言をする事がある。その嘘に振り回される事も少なくない。嘘を見破る事が出来れば、無駄な捜査に時間を費やす事もなくなるし、人員削減にもなる。それに、嘘が証明出来れば、真実に信憑性が生まれる。冤罪事件だって無くせるかもしれない。
そんな刑事の思い付きが、実現に向けて動き出したのは、友人に優秀な科学者がいたからであろう。
2人の出会いは大学生の頃であった。お互い女好きだった事もあり、よく街に繰り出してはナンパに明け暮れていた。そんなかつての遊び人だった彼らが、手を取り合って世紀の大発明に挑む事になるとは。2人は嘘を見破る装置を「噓発見器」と名付けた。
だけど、他人の思考を読み取る事など、人間ですら困難。それを機械で可能にしようというのだから、並大抵の事ではない。予想通り、何度となく壁にぶち当たる。誰も成し遂げていない事に挑むのは、先があるのかさえも分からない、真っ暗な闇の中を進んで行くようなもの。時には心が折れそうにもなった。だけど、2人は諦めなかった。嘘発見器の完成は犯罪のない明るい未来への足掛かりになるかもしれない。諦めるわけにはいかなかった。熱意と誇りを懸け、悲願達成のため果敢に挑みつづけた。
開発に乗り出してから12年の月日が経った。ついにその時が来た。
嘘発見器の試作機が完成したのだ。これまで何度も失敗を繰り返し、この試作機が10代目となる。科学者は、今回の試作機に手応えを感じている。今までとはアプローチの仕方を大きく変えたのだ。以前までは、人間の顔の表情から嘘を判定しようと試みていたが、今回は人間の生理現象の変化から嘘を判定するようシフトチェンジしたのである。
本日実証実験が行われる事となった。科学者と助手の女性が、刑事の体に計測装置が取り付ける。試作機が出来ると、いつも発案者である刑事がまず実証実験をする事になっていた。計測装置は体の3カ所に装着する。まず手首に血圧と心拍数を計測するバンドを巻き付ける。さらに胸に肺の呼吸を計測する為のゴムチューブも取り付け、最後に指の皮膚から出る汗を計測する為に、人差し指、中指、薬指にもバンドを巻き付ける。
体にそれだけの物を取り付けられ、さすがの刑事も強張った顔を浮かべる。科学者はリラックスさせようと、冗談交じりに言う。
「刑事の君を尋問出来るなんて、滅多にある事じゃないからね。いつもこの瞬間が楽しくてならないよ」
「だけど、いつもは嘘を判定するところじゃない。今回は大丈夫なんだろうね。前に顔に変な装置をつけられ、火傷しかけた事もあっただろう」
「あの時はすまなかった。今回はそういう事にはならないから、安心してくれ」
「それならいいんだが。それでこれでどうやって嘘を判定するんだい」
「君に取り付けたのは、皮膚電気反応、呼吸量、心拍数、血圧を同時に計測する装置だ。人は嘘を付くと、それらに変化が見られるという事が分かっている。生理反応であるからどうやってもコントロールが出来ないんだ。だから、その変化により嘘を判定するんだよ」
「なるほど。確かに今回は上手くいきそうな気がするな」
さっそく嘘発見器の実証実験が開始される。最初に、科学者が刑事に名前と住所といった嘘をつく必要の無いありきたりな質問をする。刑事はそれに嘘を付かずに返答した。嘘発見器の針が振れる。針の先端がペンになっていて、グラフ用紙に振れ幅が書き込まれる。通常時である為、針の振れ幅はそれほどない。これにより刑事の通常時の皮膚電気反応、呼吸量、心拍数、血圧の数値が判明した事になる。
「ここからが本番だ。今からいくつか質問をする。君には先程と同様に答えてもらう。その時に、通常時の数値と異なる反応(数値)が検出されれば、その返答は疑わしいと判断される。嘘を付いたという事だ。その場合、嘘発見器の針が先程よりも大きく振れ、ビビビッと音が鳴り響くようになっている」
「了解した。いよいよだな」
「さて、どういった質問がいいかなぁ。何か適当なのはないかな」
と、科学者は腕を組む仕草をする。
「そんな考え込む事でもないだろう。俺が嘘を付きそうな質問なら何でもいいんだから」
科学者はピンと来たのか目を見開き、ニヤニヤとした顔を浮かべる。
「今、良いのが閃いたよ」
「それは良かった。じゃ早速頼むよ」
「こないだ僕の妻が、街で君が女の人と歩いているところを見掛けたみたいなんだ。派手な顔立ちをしたグラマーな女性だったと言っていたかな。もしかして、その女性、君の浮気相手かい」
「ま、まさか。ち、違うよ。そ、そんなわけない」
刑事は動揺し、どもりながら答える。目がスイスイと泳いでいる。嘘発見器が瞬時に反応する。針が激しく振れ、ビビビッと音が鳴り響く。針の振れ幅は、通常時とは明らかに異なっていた。
「あ、鳴った。鳴ったぞ。嘘を付いたという事だ。え、ちょっと待ってくれ。嘘なのかい。これは驚いた。まさか君が浮気をしているとは。てっきり仕事関係の婦警さんだとばかり思っていたよ。君の奥さんが知ったら悲しむだろうね」
2人は家族ぐるみの付き合いがあるから、お互い奥さんの事はよく知っていた。
「ち、違う。う、浮気なんかしてない。う、嘘じゃない」
「だけど、嘘発見器が嘘だと判定している」
「それなら、嘘発見器が間違っているんだろう。残念だが、また失敗したんだよ」
「ちょっと待ってくれ。簡単に失敗だと片付けないでくれ。君が浮気している事を認めたくないだけだろう」
「違う。俺だって出資しているし、成功して欲しいと誰よりも思っているよ。だけど浮気なんてしてないんだから、嘘発見器が原因だとしか考えられないだろう」
「冷静になってよく聞いてくれ。君が浮気している事さえ認めれば、嘘発見器は完成した事になるんだ。この苦節12年も報われるというものだ。だから、素直に認めてくれ」
「認めるもなにも」
「心配しなくても奥さんに言いつけたりしないよ。信じてくれ」
「信用出来ないね。いや、そうじゃない。そんな心配をしているんじゃない。浮気なんかしてない。噓発見器が未完成なんだよ」
「今回はこれまでとは違う。失敗したとは考えにくい」
「そこまで言うなら、今度は君が試してみればいい」
こうして、科学者が嘘発見器にかけられる事になった。科学者の体に計測装置が取り付けられ、通常時の皮膚電気反応、呼吸量、心拍数、血圧の数値が計測され、いよいよ本番。
「じゃあ、質問するよ。何が良いかなぁ。何か適当なのはないかなぁ」
と、刑事は腕を組む仕草をする。これからする質問に対しての科学者の反応によっては、嘘発見器が正常に作動していると認めざるを得なくなるかもしれない。そんな事になれば、必然的に刑事が浮気をしている事が証明される。ここは慎重に質問を選ばなければならない。
「そんな考え込まなくても。質問は何でもいいんだから」
「ああ、分かっている。まぁ待ってくれ。何かいいのがあるはずなんだ。そうだなぁ…」
と言いながら、刑事の鋭い眼差しが、助手の女性に向いた。そしてピンと来たのか目を見開きニヤニヤとした顔を浮かべてこう言う。
「凄く良いのを閃いた。なるほどそういう事だったのか」
「何だい?どうしたんだい?」
「君が助手を雇うなんて変だと思っていたんだ。そういえば、彼女は君のタイプだ」
「な、何が言いたい」
「じゃあ、質問するよ。君と助手の彼女は愛人関係かい」
「ば、馬鹿。そんなわけはないよ」
科学者は動揺を隠しきれず執拗にまばたきをする。助手の彼女も真っ赤な顔をして俯く。嘘発見器が瞬時に反応する。針が激しく振れ、ビビビッと音が鳴り響く。針の振れ幅は、通常時とは明らかに異なっていた。
「鳴った。鳴ったぞ。ほらみろ。ビンゴだ。君は嘘を付いた。君と彼女はそういう関係だったんだね。君の奥さんが知ったら悲しむだろうね」
「違う。私と彼女は何でもない。ましてや愛人なわけがないだろう。ただの上司と部下だ。嘘じゃない」
「だけど、嘘発見器が嘘だと判定しているぞ」
科学者は嘘発見器の方を見て、首を傾げながらこう言った。
「どうやら、嘘発見器に何らかのトラブルがあり、残念だが失敗したようだ」
「だろう」
その後噓発見器は日本で発明される事はなく、それから数年後の1895年、犯罪研究者のチェザーレ・ロンブローゾが、取り調べで被疑者の脳波の検査を行い、これが嘘発見器のはじまりだと言われている。実用化されたのはだいぶん先の1921年、米国バークレー警察によってなされた。
終