9話 2km先からゴブリンを殲滅しました
「なにからなにまで用意してくれてありがとう」
「遠慮しなくていのよ。誘ったのは私なんだから」
シンシアの手配した馬車に揺られて四半刻。俺たちは今回のクエストの目的地であるユーフの大森林に向かっていた。
ユーフの大森林はバビロニア王国の中東に位置する巨大な森である。そこでは貴重な薬草や木の実などが採取でき、魔物の強さも地下迷宮の1~5階層程度であるため、駆け出しの冒険者が経験を積むのに適した環境となっている。
「はぐれゴブリンはときどき村に訪れては人を襲うこともあるんだよな。どうして政府はゴブリンを根絶やしにしないんだ?」
「そうね。いくつか理由は考えられるけれど、主なものは2つかしら。1つ目は生態系が壊れるのを危惧してというもの。ゴブリンは人を食べるイメージばかりあるけれど、実は彼らは雑食なの。普段は小動物や木の実を食べて生活している。もし彼らがいなくなってしまえば、貴重な薬草を食べる小動物が増えてしまったり、ゴブリンを媒介に繁殖してきた植物はなくなってしまう。だから、減らしすぎるのも良くないというのが一つ」
「シンシアは賢いな。もう一つの理由は?」
「ありがとう。もう一つは、理由っていうよりそもそもの話なんだけれど、ゴブリンを根絶やしにするのは不可能に近いからじゃないかしら。ゴブリンの繁殖力は想像を絶するわ。もし、数体のゴブリンが生き残れば、1ヶ月後にはその何十倍にも数は膨れ上がる。D級冒険者が毎日ゴブリン退治をしても、クエストが尽きないのはそのためよ」
馬車が中継地の村で止まる。ここから先は徒歩でいけということなのだろう。
俺たちは必要な荷物を持って、歩き始める。
「ところで、今回のクエストの注意事項に書かれていた“ゴブリンロード”について聞かせてくれないか」
「あぁ。それね。そのためにはまず、ゴブリンの生態について知らなければいけないわ」
そう言って、シンシアは俺に説明をしてくれた。それを要約するとこうだ。
ゴブリンの巣はいくつかの段階がある。
最初に作られるのは10から20体程度の小規模な巣。これはE級冒険者でも攻略可能なものであり、基本的に見つけられた瞬間に、その場で対処されることが多い。
小規模な巣を放置すると、30から50体程度のゴブリンが住む中規模な巣ができる。その段階ではゴブリンリーダーと呼ばれる巣を統率するゴブリンが現れるが、しっかりとパーティーを組んだD級冒険者なら対処可能らしい。問題はそれを放置して起こる大規模な巣だ。
中規模の巣同士が接触すると、合併、あるいは吸収が行われ、巣は巨大化する。そしてその数が150を超えたあたりで、ゴブリンマザーと呼ばれるメスのゴブリンが生まれると同時に、一度巣は解体されゴブリンたちは散り散りになる。巨大化した巣が冒険者に狙われることを彼らは知っているからだ。
巣が解散されたあと、徐々に力を蓄えながらマザーは十数体の巨大な体躯をもつホブゴブリンを産む。それはいわば王の親衛隊である。そして最後に、マザーが命と引き換えにゴブリンロードを産み落とすと、巣は再び蘇る。その段階まで来てしまうともはや話はD級レベルのものではなくなる。クエストレベルは大きく跳ね上がり、A級、あるいはS級冒険者のパーティーが複数集まりはじめてロード狩りはなされる。
「ロードはホブと巨大な体躯をもつという特徴は変わらないわ。でも、ロードの額にはホブにはない第三の目、“魔眼”が存在してる。ロードのそれは最弱とも言われているけれど、魔眼は魔眼よ。強力な力を持っているわ。そのせいでクエストの難易度は多く跳ね上がるの」
「今回の巣の周辺ではたしかホブゴブリンが確認されているんだよな?」
「ええ。でも、ホブゴブリン自体は、単体で生まれることもよくあるから、それがマザーから生まれたものかどうかはわからないわ」
「だが、もしゴブリンロードがいた場合、D級のシンシアとF級の俺じゃ敵わない相手ではないか」
「そ、そうね。もし私たちがD級とF級ならね」
ん? “もし”もなにも俺たちはD級とF級だろ。シンシアは何を言っているんだろうか―――あぁ、そういうことか。
「そうだな。俺たちの編成は偏ってる。弓撃手と隠密者。近接戦闘ができる職業がない以上、無理は禁物か」
シンシアはやはり優れた冒険者だ。知識が豊富なだけではない。的確な状況判断力も備えている。しかし、なぜそんな彼女が俺なんかと一緒にパーティーを組んでくれるんだろうか。
・・・・・・いや、深く考えるのはよそう。言えないような理由があるのかもしれない。
いまできるのは、次回以降も俺と組みたいと思わせられるように彼女にアピールすることだけだ。そのためにも、今回のクエストは成功させなければならない。
「そろそろだな。シンシアの言うとおり、安全には安全を重ねよう。もうここでも十分狙える範囲だ」
俺は弓を構え、矢を番える。
「え、何を?」
シンシアは俺を見て、驚いたような顔を浮かべている。弓撃手の攻撃を見るのは初めてに違いない。戸惑うのも当たり前だ。
「決まってるだろ。できるだけゴブリンを殺しておくんだ」
俺はそんなシンシアを横目に、心を落ち着けて矢を放つ。
「【序の矢】」
俺が放った最初の矢は7体のゴブリンを屠ると、そこで止まる。距離が遠いせいで、風の影響を受け、軌道が僅かにずれた。しかし問題はない。もともとこのスキルは、温度や湿度、風の向きなどを測るための一射に過ぎないのだから。
「6本、いや5本あれば足りるか」
シンシアの手前、情けないところは見せられない。5本で見える範囲のゴブリン、112体のゴブリンを殺そう。
俺は5本の矢を同時に番える。
「【一斉掃射】」
そして、それぞれの方向へ向けて矢を放つ。
大きな軌道を描き、矢は飛んでいく。
それぞれがまるで意思をもつかの如く動き回ると、きっちりと112体のゴブリンを射止めた。
「よし。無事に外にいるゴブリンたちは殲滅できた。洞窟の奥にまだいるかもしれない。先へ急ごう」
俺はシンシアとともに、目的地へと急ぐのだった。
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