7話 美女に声をかけられました
「おい聴いたか」
「ケルベロスの話だろ」
「あぁ。一昨日、ケルベロスがここのすぐ近くでミルキィ様を襲ったらしいな」
「SS級パーティーの『白の薔薇』が討伐したんだっけ」
「そうなのか?」
「ジャクソンさんのパーティーか。すげえ。次期『八聖』間違い無しだな」
いつも通り、俺がギルドにクエストの受注をしに行くと、冒険者たちのそんな噂話が耳に入った。
「ねえ聴いた? ケルベロスの話」
「聴いた聴いた! 怖いよね」
「でも、『白の薔薇』ってすごいよね。ケルベロスを倒すなんて」
「え、なんか違うらしいよ。『白の薔薇』は倒されたんだよ。仲のいい先輩から聴いた話だから多分そう」
「え、じゃあ誰が倒したの?」
「なんか若い男の人が颯爽と現れて、超強化した《マジック・アロー》で一撃で倒したんだって」
「へー。そんなすごい人がいるんだ」
それぞれがどこから仕入れたかもわからない情報で賑わっていた。
「ケルベロスを《マジック・アロー》で倒すなんて夢があるな」
「いや? 俺が聴いた話だとその人は魔術師なんかじゃなくて弓撃手らしいぞ」
「そんな馬鹿な話あるかよ。みんなも若い男の魔術師がやったっていってたぞ」
「じゃあそうなのかな? どんな人なんだろう」
「あの『宵闇の魔女』カルミア様の一番弟子とか聞くぞ」
「カルミア様って100年前の伝説の魔術師じゃねえか。生きてんのか?」
様々な情報が交錯していたが、概ねこういうことらしい。
一昨日、バビロンに突如ケルベロス現れた。最初に対峙したのはSS級冒険者パーティー『白の薔薇』だったが力は及ばず、パーティーは壊滅。絶体絶命というところで、一人の謎の男が現れ、強化した《マジック・アロー》でケルベロスを一瞬にして屠った。
「そうか。そんなやつもいるのか」
ケルベロスといえば、爺ちゃんの話にも出てきた70階層のフロアボスだ。爺ちゃんたちのパーティーでも2度の敗北を喫し、3度目の挑戦にして倒せた強敵だ。
同時に三つの頭をやらなければ無限に再生するという特性を持ち、更には高い魔法耐性を備え、頭部以外の皮膚はオリハルコンの剣をはねのける鋼鉄の硬さを誇り、動きも俊敏で頭部への攻撃はまず躱される。
爺ちゃんはこの怪物を倒すために一にして十の矢を放つ奥義【春の雪】を完成させた。
「俺の力で果たしてケルベロスが倒せるのだろうか――いや、たかが野良犬一匹に苦戦してるやつがそんなことを考えるものおこがましいか」
俺と近い年のやつが爺ちゃんほどの実力を備えている。そのことは己の弱さを再認識させ、少しだけ気落ちさせるものでもあったが、その一方で俺でもそこまで強くなれる可能性があると希望を与えるものでもあった。
「しかし、《マジック・アロー》がそこまで強い技とは驚いたな。噂が本当ならたかが初級魔法で強化に強化を重ねれば爺ちゃんの弓を上回るのか。そりゃ、弓撃手が時代遅れと言われるわけだ」
焦っても仕方がない。俺は俺のできることを着実にしていこう。
受付にいきF級クエストの一覧を確認する。昔は一日2つか3つクエストをこなすのが手一杯だったが、今では要領よく10のクエストをこなすことも可能になった。
街のみんなにも顔を覚えてもらえたし、人々から感謝されるのは気持ちが良い。
「さてと、どれを受けるかな」
「ねえ、ちょっといい?」
俺がクエストを物色していると、後ろから声をかけられた。
「ん? どうした?」
振り向くとそこには女がいた。
「もしよければ私と一緒にクエストにいってくれない?」
「お、俺でよければぜひ。でも弓撃手だぞ?」
一瞬だけ言葉が詰まってしまったのは、目の前の女が驚くほどの美女だったからではない。うん。決して違うからな。
「大丈夫よ。私、シンシアって言うの」
「あれ、どこかで会ったような」
「え、ええ! はじめてじゃないかしら。それよりもお名前はなんて言うのかしら?」
シンシアはそう言って俺の手を両手で包み込み、ぎゅっと胸元に寄せる。手に柔らかな感触を感じる。
「そ、そうか。人違いならすまない。たしかにこんな美しい人にあって忘れるなんてことないか。俺の名前はエールだ」
シンシアの美しさに思わず心拍数が高まる。
艶のある真紅の長髪はアップでまとめられ、うなじには白い肌がのぞく。大人びた顔立ちは凛々しさを残しながら、決して冷たい感じを受けるものではなく、口元の余裕のある微笑みが柔和な印象を与える。少し垂れたその目元にある泣き黒子がほのかな色気を漂わせる。身長は少し高め。すらりと伸びた脚は健康的な肉付きをしており、胸は豊かに育っている。服は黒を基調とした忍びの典型的なもの。おそらく職業は隠密者だろう。
「どのクエスト受けようかしら。私、D級だからゴブリン退治とかは?」
「いいのか? 俺はF級だから足を引っ張ってしまうかもしれない」
「平気よ。索敵や隠密は任せて。危なかったら無理せず、すぐに逃げましょう」
「そうか。なら、行ってみよう。迷惑をかけるだろうし、報酬の分配はそちらで決めてくれて構わない」
こうして俺は突如現れた美女とゴブリン退治に向かうのだった。
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