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47話 第四奥義、天人五衰

「【虚無への供物】」


 ジークがそのスキルを発動すると、禍々しいオーラがあたりに立ち込める。


 バリン!


 そして、突如として俺の手の中にあった弓が消失する。



「ははは。見たか! これが【虚無への供物】の効果だ。視認した物体を完全に消失することができる。といっても、人間を消失させることはできないがな」



「【武具召喚】」

 俺は弓を心象風景から生み出そうとするが、失敗する。



「へー。【武具召喚】を人間の身で扱えるのか。コピー能力か何かか? もし本当なら大したことだが、それも無駄だよ。元々【虚無への供物】は対魔人用に作られた技だ。一度消失した物体は二度と復元することができない」



 弓がなければ素手で戦うしかない。俺は構えを取る。



「まあそうなるよな。武器がなくなれば、頼れるのは己の肉体のみ。哀れなものだ。人間の体力の限界なんてたかがしれている。再生力もなければ身体も脆い。いいだろう。ハンデをやるよ。俺はこの剣一本だけで戦ってやる」


 そう言って、ジークは亜空間から邪悪な長剣を取り出す。


「さあかかってこい。人間」


 ジークは勝ちを確信したような表情で挑発をしている。

 だが、俺には作戦が合った。


「【疾風(シュトゥルム・)怒濤(ウント・ドラング)】」



 ドクン、と大きく心臓が脈打つ。



 ド、ド、ド、ド。



 地響きのように心臓が激しく脈を打つ。

 血流は荒々しく全身を駆け巡ると、細胞の隅々に酸素を送る。

 筋肉は肥大化し、血管が拡張する。カロリーは熱とエネルギーに分解され、皮膚は紅潮し、身体に力がみなぎる。脳内からは大量のアドレナリンが分泌した。




「うおおおおおおおおお!」


 本能のまま俺はジークの元に突き進むと、拳を腹に叩きつける。



 ジークは俺の速さに反応が遅れ、もろに攻撃をくらい、後方へとぶっ飛ぶ。

 そしてその身体が地面に落ちる前に、ジークの背後に回った俺は、踵落としを決める。



 ズドン!


 確実に致命傷を与えた。だが、ジークはすぐに立ち上がる。再生が間に合ったのだろう。



「お前、本当に人間なの―――」


 驚いた様子で言葉を発しているジークに向けて再び距離を詰める。


 理性はすでに溶けている。残っているのは本能だけだ。




 身体が動くままにラッシュを放ち続ける。


 ジークには剣を振る隙さえ与えない。


 俺の猛攻はジークの再生速度を上回っていた。だが。



 ブシャ!!


 背中に激痛が走る。


 完全に意識外だった背後から、無数の剣が俺へ向けて放たれていた。


 ひとまず攻撃を回避するためにジークから距離を取る。


 シュー!



 その間にも俺の背中からは大量の血が吹き出し続けていた。


 俺はスキルを解除し、回復魔法を唱える。

「《小回復ローヒール》」


 背中の傷が塞がる。だが、ピンチは続いていた。


「鬼の奥義【疾風(シュトゥルム・)怒濤(ウント・ドラング)】か。まさかそんなものまで使えるとは知らなかったよ。その技はとても強力な技だ。だが、同時に弱点も大きい。心臓を過剰に動かし、血液の循環を無理やり行うことによって超身体能力を維持する。故に、一度外傷を負い、出血してしまえば大量の血が失われる」



「わざわざ教えてくれてありがとう。やっぱり自分の知らない技を使うもんじゃないな」


 かつてウィリアムが使っていたことを思い出し、再現してみたはいいものの、その結果このようなピンチを迎えてしまった。完全に俺のミスだ。



「体術も強いのはわかった。だが、お前の弓ほどの脅威はない。さあ他に隠し玉はないか? なければもうお前は終わりだ」


「隠し玉ねえ」



 何個か打開策がないわけじゃない。だが、どれもぶっつけ本番のものだ。さきほどと同じように失敗する確率が高いだろう。


「その様子だと、何もなさそうだな。やはりお前は弓がなきゃ何もできない」



 ――――弓がなきゃ何もできない、か。



 確かにそうかもしれない。俺は弓とともに人生を歩んできた。弓が使えなきゃ俺は無力だ。

 弓撃手というのはそういう生き物なのだろう。

 俺も爺ちゃんも、弓がなければ戦えな―――――いや、本当にそうだろうか。



 俺は爺ちゃんの言葉を思い出す。


『儂レベルになれば、弓を持たずとも、弓を持つことができる。と言っても、この意味がわかるにはまだまだ長い時間がかかるじゃろう』


 弓を持たずとも、弓を持つことができる。


 確かに爺ちゃんはそう言った。



 その言葉の意味を理解するときが来たのではないか。



「なあジーク、面白いことを教えてやろう」


 俺は一つの希望を胸に行動を開始する。


「弓を持たずとも、弓は持つことができるんだ」



「なんだ? 禅問答か? そういう意味不明なことで時間を稼ごうたって無駄だ」


 ジークは剣を構え、じっくりとこちらへ近づいてくる。


「見せてやるよ。俺の第四の奥義を」


 俺は目をつぶり、イメージをした。

 そして弓を構える素振りをする。


 何億、何兆回と繰り返した動きだ。


 まるで、手の中に本物の弓と矢があるような感覚を俺は覚える。



 ただならぬ雰囲気を感じたのか、ジークは焦った様子で俺の元へ攻撃をしようとする。

 だが、すでに準備は整っていた。



「【天人五衰ヘヴンズ・メイデン】」



 俺はその矢を、見えないが確かにそこに存在する矢を、ジークに向けて放った。



「ぐは!」

 その矢はジークの腹部を貫通する。


「ははは。不可視の弓矢か。面白い。だが、それができたところで俺は―――」


 ジークは自らの身体の異変に気がつく。


「再生ができない?」


 腹部に開いた傷穴は塞がらなかった。


「いや? なんだ? 身体から力が抜けていくような」


「お前を貫いたのはあまの矢だ。その矢に貫かれれば最後、身体は瞬く間に老いていく」



 ジークの全身から汗が吹き出し、その服が濡れる。水分を失った肌には干からびたように亀裂が刻まれる。逞しかった肉体は若さを失い、細く萎びれてゆく。頭髪が真っ白に染まると、全身の毛が一斉に抜け落ちる。腐ったような異臭を放ちつつ、その身体は崩れていった。


「いやだ。死にたくない」


 その声はかすれている。

 ボロボロと皮膚が剥がれながら、朽ちた身体は、死へと向っていた。


 ひゅーひゅーと風の抜けるような呼吸の音が響く。


 バタン、と前のめりに倒れると同時に風の音が止む。




 ジークの命の灯は天使の息吹にそっと消されたのだった。









次回、最終話は今晩投稿です。

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