38話 シンシアとのデートその1
――――デート、か。
約束の日。俺は緊張をしながらいつもの待ち合わせ場所で一人考え事をしていた。
もし男女が二人で出かけることをデートというのなら、俺は既にシンシアと何回かデートをしたことになる。しかし、おそらくそれは彼女の考える定義とは違うのだろう。でなければ先日の会話で彼女はわざわざ俺の発言を訂正したりはしない。
「シンシアは俺のことをどう思っているんだろうか」
山奥で過ごしていた俺は、生まれてこの方、俺は恋愛というものをしたことがない。そもそも友達すらできたことがなく、初めてできた友人というのがシンシアなのだ。
「デートっていうって事は、シンシアはもしかして俺のことを――」
そんな風に考えると胸のあたりがドキドキしてくる。だが、俺も間抜けじゃない。
「流石にそれはないか。あれだけ美人で聡明な彼女のことだ。俺が彼女を恋人にしようなんておこがましいにもほどがある」
俺がそう結論した時、シンシアの姿が見える。
「ごめんなさい。待たせたかしら?」
「いや、待ち時間まではあと30分―――」
その姿を見て俺は絶句した。
大人らしさのある落ち着いた紺色のワンピース。丁寧に編み込まれた髪はハーフアップでまとめられており、軽くウェーブをかけたのか、後ろ髪は優しく波打っている。長い睫毛が包みこむ宝石のような瞳。肉厚で血色の良い魅力的な唇は鮮やかな薔薇色に彩られていた。
「どう? 変じゃないかしら」
シンシアが俺の顔を伺うように上目遣いで見つめてくる。
普段は軽くしか化粧をしない彼女が今日はバッチリと化粧をしてきている。
そのあまりの美しさ、その可愛さに俺の脳は真っ白になっていた。
「―――すごく綺麗だ」
かろうじて言葉を紡ぎ出す。
「そう。ありがとう」
シンシアは頬を赤らめながら目を逸した。
・・・・・・。
むず痒い沈黙。不思議と気まずさはなかった。
「エールくんも今日はいつもと違うのね。弓を持ってない姿を見れるなんて思わなかった」
「あぁ。いざというときは出せるようにはしてるが、デートに弓を持ってくるのは非常識だと思ってな」
「弓が大好きなあなたが私のためにそうしてくれたと思うと、すごく嬉しい」
「そうか。良かったよ。ところで今日はどういう予定なんだ?」
「まずは馬車で移動するわ。行きたい場所があるの」
シンシアが用意してくれた馬車に乗り、しばらく揺れる。
「そういえば初めて出会った日も馬車で移動したな」
「そうね。あのときの私はエールくんのこと警戒してたわ」
「この前言ってたやつか。俺を監視する任務とかなんとか。シンシアなら俺を倒すのも簡単だろうに」
「ほんと、あなたの言う通り簡単に攻略できればいいんだけどね」
「ん?」
「またそうやって惚ける。まあいいわ。今日は私も本気だから覚悟してね」
「おう。よくわからないがシンシアがその気なら俺も全力で頑張るよ」
そんな会話をしているうちに目的地についた。
馬車を降りると、そこは長閑な湖畔だった。澄み渡る青空と大きな湖はそれぞれ異なる青色をしており、その境界は地平線の先で溶け合っていた。
湖の畔には濃い緑の森林、そしてその手前には何かしらの施設が隣接している。湖の周りには整備された道が続いており、ちらほらとカップルが歩いている姿が見られる。
頬にあたる柔らかいそよ風は気持ちよい。
「まずはあそこのレストランで食事をとりましょう」
そう言ってシンシアは俺を案内してくれる。




