34話 英雄の登場
――――こんな話、聞いてない。
50階層。目の前の異常な光景を見て、私は絶望した。
『紅蓮花』私の所属するSS級パーティー。
『炎獅子』古くから繋がりのある姉妹パーティー。
私の周りには信頼できる強い冒険者が沢山いた。詳しいことはわからないが、シトラス様やフォーゼ様は私たちが活躍できるように場も整えてくれた。
普段どおりの行動、セオリー通りに動けば、今回の王位継承戦は完璧なはずだった。
――――なのに。
どういうことだろうか。今の目の前の惨状は。
あれだけ強かったはずのパーティーは、フロアボスを前にして全滅した。
ほとんどの仲間が瀕死の状態。まだ死者は出ていないが、誰かが死ぬのも時間の問題だろう。
「まさか、私たちここで死ぬの?」
冒険者が危険な仕事である時代はとうに終わったはずだった。
もちろん、死亡例もないわけではないが、年間を通しても十数件。魔法の発展、パーティーの固定化、地下迷宮の攻略に関する知識の蓄積により、冒険者の仕事はより効率的に安全に行われるものになった。
私たちのパーティーはそんな便利な時代に、典型に沿って順調に成長していき、SS級になることができた。
60階層のフロアボスでさえ、苦戦を強いられたとは言え、死の危険を感じることもなくソロパーティーで倒すことができた。
そんな私たちがどうして50階層のフロアボスなんかに崩壊させられているのだろうか。
「ねえ。聞いてたのと違うじゃない」
『貪』怪鳥ラーガ。
黒色の大鴉。全長は約8m。特徴は喉袋を覆うようにして露出した無数の毒袋。それらを上空から落とし攻撃する。ラーガの魔力毒は強力だが、スキルや魔法を発動しなければ痛みが身体を蝕む程度。痛みに耐えつつ、物理攻撃で倒せる。
『瞋』大蛇ドヴェーシャ。
真っ赤な色をした大蛇。全長は20m。動きが素早い。鱗は硬いが皮膚は薄い。口から吐き出す毒のブレスが強力。遅効毒自体はあまり強くないため、しっかりと解毒をすれば問題はない。物理魔法共にある程度の威力の攻撃を与えれば倒せる。
『癡』狂豚モーハ。
薄焦げ茶色の豚。全長は5m。比較的温厚。物理攻撃は分厚い皮膚や粘液や脂肪により殆ど通らない。身体から突き出た管が噴出する麻痺毒による動きが鈍化するため近接攻撃は向かない。霧の外から魔法攻撃を打っていれば倒せる。
「いま私が見ているのはなんなの?」
ぐねぐねと蠢く黒の物体。その皮膚にびっしりと並んだ鱗ははぬらりと光を放っていた。
頭部には巨大な口。そして、至るところに開いた目玉。その魔物、ドヴェージャらしき化物の全長は300mをゆうに超えていた。
この化物を見た時、撤退の二文字が浮かんだ。
しかし、そうするよりも前にドヴェージャの放ったブレス一撃で私たちは吹き飛んだ。
解毒をしつつ、戦線離脱を図ろうとした。でも、そのまえに濃い霧があたりを覆うと、私たちの身体から感覚が抜け落ちた。目の前には狂豚モームらしき魔物がいた。
そしていま、空からは奇声が聴こえる。
見上げると、そこには10mはあろう怪鳥ラーガがいた。
「なんて、私たちは無力なんだろう」
倒せる倒せないという次元の話ではない。
生きる死ぬという話でもない。
おそらく三毒は私たちを餌とでさえ思っていもいないだろう。
それでも私たちは殺される。どれか一つの化物が何かしらの行動をしただけで、理由もなく無力な人間は死ぬ。
「助けて……誰か」
ははは。助けなんて来るはずもないのに。馬鹿みたい。
そうやって自嘲する私の前にその英雄は現れた。
「なんとか間に合ったみたいだな」
「あなたは、たしか」
どうして? どうやって?
そのような疑問はすぐに消えた。だって、その後ろ姿からは希望が溢れていたのだから。




