32話 魔人のスキルをコピーしました
狂豚モーム。
その姿に俺は一瞬の不安を抱いた。
「こんなはずじゃ・・・・」
側を見ると、『曇天の霹靂』のメンバーのほとんどが地面に身体を崩し、ビクビクと震えている。
「この霧が強力な麻痺毒か。しかし、丸薬を飲んだはずでは」
理屈はわからない。だが、まずいのは確かだ。
「エール様、逃げ………て」
そう言って倒れかけるミルキィを俺は支え、ゆっくりとその場に寝かす。
ずしり。
そうしているうちに、地響きのような音を立てながら、モームはゆっくりと残されたメンバーに近づいていく。
動きは鈍い。モーム自体も自身の重さに慣れていないかのようだ。だが、それでも問題はないのだろう。なぜならこの霧の中で行動できるのはモームだけなのだから。
「ミ……ミ、スト!! 俺だけでいい! 何か状態回復魔法を!」
「デ……デロラ、レキンス」
《デロラレキンス》
最高位の解毒魔法。単体のみにしか使用することができず、完全な毒耐性を新たに付与できるわけでもないため、その場しのぎの魔法に過ぎない。
だが、それで生まれた一瞬の猶予でウィリアムは動く。
「【絶対障壁】」
ウィリアムのもつ大盾が巨大化し、モームと俺たちの間に大きな障壁が生まれる。しかし。
ずずずずず。
そんな音を立てながら、モームは障壁にゆっくりと体当たりをする。
「う、嘘だろ。こんなの勝てっこない」
鈍い音。大きな衝撃が走ると、壁が崩れ、モームの顔が出てくる。
俺はその顔に向け、一矢を放つ。
だが、矢は跳ね返されてしまう。
「ぬるぬるとした粘液で外皮を覆い矢が肉に食い込むのを防ぎつつ、伸縮性のあるゴムのような皮膚を伸ばし、皮下脂肪で力を分散させているのか。厄介だな。だが、対処方法はある」
俺は矢筒から30本の矢を取り出す。
「【三十連射】」
1秒の間に30本の矢を速射する。
ズズズ………。
豚の皮膚はその体の内側に食い込む。そして、幾本の矢が絶え間なくそれを押し、ついには皮膚を破る。
ブシャ!!
矢が分厚い皮膚を突き破りその体を貫通すると、豚は破裂し、肉片となり散る。
「やったか?」
だがしかし、豚はその身体を再生させる。
「この前と同じか」
頭部の目の一つが黒く染まっている。残り残基は4つ。
「あの目を狙っても特殊な結界に跳ね返される。ならば今と同じような攻撃を続ければいい」
そう思い、矢筒に手を伸ばす。が、そこにはもう3本の矢しか残されていない。
「エール様、もう矢が……」
地下迷宮に入ってからここまでの道中で俺はかなりの矢を消費していた。予備の荷物にも残り50本の矢しかない。
そのことを危惧してミルキィは言ったのだろう。
「そうだな。だが、問題はない」
矢が足りなくなるという状況は、ゴブリンロードと対峙したときと同じだ。
あのときは第一奥義【春の雪】を進化させることでその場を凌いだが、今回は別の方法をとる。
奥義は窮地にのみ使うものだ。それに頼るようでは成長することはできない。
「どう、やって……?」
そう疑問を呈するミルキィの前で、俺は今回のために用意した秘策を披露する。
「【武具召喚】」
かつて、祖父の命を奪った魔人ジークが使っていたスキル。
その光景を思い出し、俺は真似をする。
疾風があたりを駆け抜けた。
矢筒には48本の矢が補充されていた。
「そのスキルをどうやって」
ミルキィは驚いたような表情を浮かべている。
「【武具召喚】は魔人が持つスキルのはずじゃ」
ミルキィが話す言葉は耳に入るが、それについて考える余裕はなかった。
1秒に三十の矢を連射し、なくなれば矢を補充する。
時間にすれば10秒にも満たなかっただろう。だが、集中していたせいか、その間は時間がゆっくりと流れたような気がした。
「よし。次で最後」
そんな時、異変が起きる。
プシューーーー!!!
突如、モームは背中の管から大量の煙を噴出し始める。
「ゴホッゴホ!」
目と鼻がやられ俺は咳き込む。
最後の目くらまし。
視界は悪い。だが、目で見えずとも俺はその姿を捉えられる―――はずだった。
「ブヒヒヒヒイィィィ!!」
そんな声をあげ、モームの身体はどろりと溶けていく。
「なにが!」
そして、完全に霧の中へと消えていく。
「逃げられたか」
俺がその事実を受け入れた時、頭上から音がした。
バサリ。バサリ。
重たい羽音。
頭上を見上げると、そこには体長40mはあろう怪鳥の姿があった。
キョエエエエエエエエエエ!!
怪鳥ラーガは奇声を発しながら、彼方へと飛んでいった。
「面白いかも!」
「続きが気になる!」
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