29話 最強のデバフ魔法が効果なしってどういうことだよ
毎日投稿。
47階層。物理攻撃が通らないはずのスワンプウィザードを倒した後、怪物は上方に向けて弓矢を構えた。
「【全方一斉掃射】」
「――――何をしたんだ?」
最初は、目の前で何が行われていたのかを理解することができなかった。怪物の構えていた10本の矢は、一瞬にしてその手の中から消失した。特に何かが起きた様子はなかった。
それから、しばらくして怪物が何をしたのか理解した。
探索を続けても、見つかるのは魔物の死体だけ。
怪物の放った矢は数千はいるだろう47階層全ての魔物を死に至らしめたのだ。
魔物との戦闘は時間がかかる。それがなくなってしまえば、足止めという俺たちに課せられた目的は失敗に近づく。
面倒事はそれだけではなかった。小娘もビストラ様のみが知るはずの目印を解読し、それを頼りに下層への最短ルートを通るように言い始めた。
「これなら本当に――」
二人だけでも地下迷宮を攻略できたかもしれない。
かつての小娘の戯言が現実味を帯びる。
だが、それに感心している暇はない。
このままでは足止めする間もなく、シトラスとフォーゼに追いついてしまう。
呑気なのはエマくらいで、他のメンバーもその焦りを感じ始めているようだった。エマ以外は俺と同じように、怪物から距離をとっている。
「しかし、まあ問題はないか」
まずい現状に思えた。だが、よく考えれば焦る必要もない。
「こっちにはミストがいる」
異端の聖職者ミスト。
俺たちから一歩引いた位置で影のように気配を殺し、常に不気味な笑みを口元に浮かべているこの女こそ、俺たちのパーティーの秘密兵器だ。
「あれがいくら怪物だとしても、こっちにはそれを倒す手段がある」
1年前まで、『曇天の霹靂』はギルド内でも特に目立つパーティーではなかった。ありふれたパーティー構成。決して弱くはないが、『宵の明星』に比べればどうにもパッとしないメンバー。曇り空のような陰鬱な雰囲気をまとう俺たちが、脚光を浴びるようになったのは、50年ぶりの75階層突破を最初に成し遂げたからだった。
70階層のケルベロスがリポップしていなかったという運の良さもあった。しかし、それでも75階層のフロアボスを倒すことができたのは俺たちの実力だと誇っていいだろう。
たしかに、俺を除けば個々のメンバーの実力は一流止まりだ。『宵の明星』の超一流のメンバーたちと比べればそれぞれは完全な下位互換と言っても差し支えないかも知れない。だが、そんな俺達でも奴らよりも先に75階層を踏破できた。その理由はミストの絶大な力にある。
ミストの強さ。それは、超強力なデバフ魔法を極めた点にある。
本来デバフ魔法というのは、実戦で使われることのない魔法だ。習得までに多大な時間がかかる上に、大した効果も期待できない。
魔法の発展自体がここ数十年になって始まったことだし、ほとんどの魔術師は基礎となる攻撃魔法や回復魔法の研究に力を入れ、ごく一部の変わり者がバフ魔法の研究をしても、デバフ魔法の研究はまずされなかった。
だが、そんなデバフ魔法にミストは可能性を見出した。彼女は病的なデバフ魔法への愛で独り研究を続け、その結果、魔術協会が定めるところの「特異点」をいつの間にか突破していた。
元々、デバフ魔法を強化するスキルをミストは持っていた。故に彼女はデバフ魔法研究の先駆者であり、またその最強の使い手でもあった。
目立つことを好まない彼女は表に出ることを避けた。そのためミストは冒険者として有名ではないが、それでも一部の最上位冒険者たちはその強さを認めていた。
彼女にかかれば、ゴブリンロードはゴブリンに。トロールキングはトロールに。ナイトメアチッリはただのリッチに。ケルベロスはただの野良犬に成り下がる。
もちろん、そのデバフをかけられるのは魔物だけではない。
SS級冒険者でさえ、彼女のデバフを受ければ、D級以下の雑魚へと早変わりする。
「そうだな。まだミストを使うのは早計か。今の全体攻撃も一度きりのものかもしれない。ミストには本当に足止めが利かなくなるギリギリのところでデバフをするようにお願いしよう」
そこまで考えると俺は心に安堵を覚えるのだった。
*****
49階層。ここに来ても怪物は、さも当然のように矢の雨を降らそうと弓を構える。
48階層でその技は全ての魔物を殺し切ることはできなかった。おそらく、消耗が激しいスキルなのだろう。
だが、それでも一度【全方一斉掃射】を放たれてしまえば、先程のように7割ほど魔物が殺されてしまうかも知れない。そうすれば下層への大幅な時間短縮をされてしまう。
――――そろそろ潮時か。
俺はパーティーの一番後方にいるミストに声をかける。
「あの男にお前の力を見せてやれ」
・・・・・・・。
返事はなかった。
「おい。聞いてるのかミスト? あの男にもうデバフをかけていいぞと言っている」
しかし、返事はこない。
俺はミストが深く被っているフードを取り、その顔を見た。
「どうした! ミスト!」
ミストの顔は汗だらけだった。唇を噛み、悔しそうに顔をしかめている。
「何があったんだ」
俺がミストに問い詰めると、恐る恐るといった風にミストは言葉を紡ぐ。
「48階層に入ってから、ずっとデバフ魔法をかけてる。でも、あの怪物は私の魔法をものともせず動くの。私は何度も魔法を重ねがけした。何度も。何度も。何度も。何度も!! でも、あいつには効かなかった! 教えてウィリアム。あいつは、あいつは一体何者なの!!」
開いた口がふさがらなかった。
頼りの綱であったミストでさえあいつの前では無意味だった。
「いや、多少の効果はあったのか」
48階層から矢を外すようになったのは、ミストの功績か。
そんなことをぼんやりと思っていた俺の目の前で、怪物は矢を放つ。
「【全方一斉掃射】」
この怪物はもう誰にも止められないのだろう。
「面白いかも!」
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