17話 少しだけキレました
「お、来たか! もう宴は始まってる。よろしくなミルキィ」
酒場に入ると、ビストラが俺たちを迎えに来た。
どうやら『曇天の霹靂』のメンバーは既に飲み始めているらしい。
「夕食がまだなんだ。とりあえず、何か食い物を頼む」
俺はミルキィと空いている席に座り、注文を頼んだ。
しばらくして、料理が届く。どれも見たこともない美味そうなものだ。俺とミルキィが楽しく会話をしながら、食事をしていると、『曇天の霹靂』のメンバーの一人がやってきた。
「よう新人。ちゃんと酒は飲んでるか?」
スカーフで顔を隠した男。隠密者だろう。
「酒か。実は成人したのが最近でな。一度も飲んだことがないんだ」
「もったいない。ほら、一杯やれよ」
そう言って隠密者の男は酒を勧めてくる。俺はミルキィのほうを向く。
「私は構いませんよ。飲んでみてください」
「そうか。じゃあ遠慮なくいただくよ」
ゴクリ。
淡い炭酸が喉を通り抜ける。少しほろ苦い味。あまり美味しくはない。
「どうだ? 美味いか?」
ニヤリと隠密者は笑っている。
「あまり、俺の口には合わないかもしれないな」
「まあ最初はそんなもんだ。体調はどうだ? 全身がビリビリしないか?」
隠密者は驚いたように尋ねる。
「全身がビリビリ? まるで毒を飲んだみたいな言い方だな。何も問題はないよ」
「そ、そうか。ほな。またあとで」
男は逃げるように去っていった。
「一体何だったんだろう」
「何だったんでしょうね。他のお酒を飲んでみたらどうですか? もしかしたら口に合うかもしませんし」
「あぁ。じゃあそれも飲んでみるか」
琥珀色の酒を飲んでみる。
「おお。これはいける」
とろりとした果実酒。口当たりが独特だが、後味は爽やかで美味しい。
「あまり酔いすぎないようにしてくださいよ」
「気をつけるよ」
そう言って俺は同じのを飲んだ。
*****
少し酔いが回ってきた。初めての酒だというのに、羽目を外し過ぎたかもしれない。バクバクと心臓は高鳴り、饒舌になってミルキィになにか話をしていた。
そんなとき、『曇天の霹靂』のメンバーの一人がやってきた。
「やあ。お二人さん。俺は槍騎兵のヤリモンドだ。よろしく」
「弓撃手のエールだ。よろしく頼む」
「弓撃手? 珍しいな。おぉ。その背中のがもしかして弓か?」
「そうだよ。これは俺の愛用品だ」
俺は背中から弓をはずし、手に取る。
「へー。初めて見る。少し貸してもらってもいいかな?」
俺はヤリモンドに弓を渡した。
「面白い形をしてるな。どうやって使うんだ。どれどれ」
ヤリモンドは興味ありげに弓を持ったままおもむろに立ち上がる。
そして、両手で端をもった弓を下に振り下ろすと同時に、片膝を上げる。
バキ。
弓はヤリモンドの手で綺麗にへし折れる。
「あっれぇ? おっかしいなぁ。ミスって折っちまったよ。ごめんごめん」
そう言って、ヘラヘラと笑みを浮かべながら折れた弓をこちらへ差し出してくる。
「なあ。お前、舐めてんのか?」
弓を受け取りながら、思わずそんな言葉が先走ってしまう。
相手も酔っていたのかもしれない。
初めて弓を触ったのなら仕方がないのかもしれない。
だが、それでも俺の弓を折ってちゃんとした謝罪もなしにふざけて笑う態度が気に食わなかった。
俺の言葉を聴いた途端、ヤリモンドはまるで石化したかのように動かなくなる。
「ぁあ……ああ! ああ!!」
ブルブルブルブル。
ヤリモンドの脚が壊れたように震えだす。口をパクパクと動かし何かを言おうとするが、息がひゅーひゅーと音を立てるだけで、言葉は出てこない。
―――フラッシュバックだろうか。
アルコールで酩酊した頭のなか、俺の一言をきっかけに過去のトラウマが刺激されたに違いない。
「おい。なに怯えてんだ? しっかりしろ」
ヤリモンドの突然の変化に、俺は弓を壊された怒りも忘れ、声をかける。
しかし、それは無意味だったようだ。ヤリモンドは崩れ落ちるように倒れると、地面に四肢をつく。
「ぅおええ!!」
そして吐瀉物を撒き散らす。
ブルブルブルブル。
震えは続いている。全身をわなわなと震わせながら、かすれた声で涙を流し、言葉を発する。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「どうした。大丈夫か?」
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい! ごめんなさい!!」
地面に頭をこすりつけ。涙を流しながら、ヤリモンドはただそれだけを唱える。
よく見れば、失禁もしているようだ。足元には尿が溜まっている。
声をかけても、大きく震えるだけでヤリモンドは動かない。
「おーい誰かー! 助けてくれ!」
俺だけではどうしようもないと判断し、酒場にいる他のメンバーに呼びかける。
「エール様、許してください。私がいけませんでした。私はエール様の奴隷でもなんでもなります。なので、どうか命だけは許してください。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい!!」
異変に気がついたメンバーが駆けつけても、ヤリモンドは泣き喚き続けている。ずりずりと頭を地面に擦り付けながら、その場を離れようとしない。
「あっちのほう行くか」
気味が悪いので、俺とミルキィはその場から去った。
この回は書いててかなり筆が乗りました。宴会編はなかなか面白くなると思います。
書籍化目指して毎日投稿してます!
「続きが気になる!」
「面白いかも!」
と思われた方はブクマや評価などしていただけると嬉しいです。
感想やレビューもお待ちしています!




