10話 ホブゴブリンと対峙しました
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「いまのは!?」
「何かいるな」
シンシアと共に洞窟を進んでしばらく。ある地点を通過したとたん、形容し難い威圧感を覚える。
魔人を初めて見たときと似た感覚。いや、考えすぎだ。魔人がこんな場所にいるわけがない。
「光? 出口か」
洞窟は山の斜面を貫通していた。今にして思えば、それは自然にできたものにしては直線的だった。おそらく、ゴブリンの手によって掘られた通路だったのだろう。
違和感はずっと覚えていた。30m先の景色がぼやけてみえない。光が屈折して、何かを覆い隠している。何かしらの隠密スキルが使われているのかも知れない。
でも、誰が。何のために?
結論は見いだせない。ひとまずは前進するしかない。
「ここは.......」
坑道を抜けると、そこは森が続いていた。しかし、何かが異常だった。景色は色褪せたようにどこか薄暗く、草木は腐敗している。まるで生命力を吸い取られたように。
「エールくん、これ以上は危ない。私が先行するわ」
シンシアがそう言って、俺の前へ進み出る。その真剣な顔は別人のようだった。彼女がどれほど近接戦闘をできるかはわからないが、たしかに弓撃手の俺よりは前線で戦うことができるのだろう。だが。
「いや、俺が先に行く」
彼女を危険に晒すことは男としてのプライドが許さなかった。
ゆっくりと、息を殺しながら歩みを進める。すでに弓矢は構えている。
ガサガサ。
音がした。
何かが、来るッ!
「……こ、これが!」
―――ゴブリンロード、か。
目の前には異形の存在が現れていた。
緑色の皮膚に覆われた5mほどの体躯。前腕から胸元までの筋肉は異常なほど発達し、前かがみの姿勢で地面に拳をついている姿は猿のようでもあった。
首から上に顔はない。代わりにあったのは、脳のようなグロテスクな塊。その表面では、ぬらぬらと濡れた大小無数の目が、別個に周囲を見渡していた。
臀部からは長く伸びた尻尾が生えていた。いや、それは尻尾というより触手というのが正しいのだろう。触手の先には口があり、そこには人間の歯のようなものが生え揃っている。
俺は構えていた弓から矢を放つ。
次の瞬間、ゴブリンの腹部に風穴があいた。
が、しかし。
メキメキメキメキ。
傷口はすぐに再生を始める。攻撃は効いていないようだった。
「ゴブリンロードのはず、ないわよね」
シンシアがそう呟くのを俺は聞き逃さなかった。
「ゴブリンロードじゃない? そうか。ならここで逃げるわけにはいかないな」
どうやら俺は勘違いをしていたようだ。
ゴブリンロードでないなら、こいつは“ホブゴブリン”に違いない。
そう言われてみれば納得できる点があった。シンシアはたしかゴブリンロードは額に第三の目を開眼していると説明していた。しかし、こいつは三つどころか無数の目を持っている。
ゴブリンロード以外に巨体なゴブリンは、ホブゴブリンしかいない。答えは明白だ。
「いくらあなたでも無茶よ!」
「あぁ。確かに無茶かもしれない。だが、この程度の敵すら倒せないなら俺は冒険者をやめる」
鬱積していた感情が爆発した。
自分の能力を過信しているわけではない。ただ、俺がしてきた修行は無駄ではないはずだ。
一瞬ではあるが、目の前の敵をゴブリンロードと誤認し、怖気づいた自分が情けない。ホブゴブリンであるならば、たとえF級の俺でも勝てる見込みがある。
シンシアは俺のほうをちらりと見ると、覚悟を決めたように懐から二本のクナイを取り出し、ゴブリンに投擲した。
「【刹那爆殺】」
クナイはゴブリンの両腕に突き刺さる。そして、次の瞬間、爆発した。
肉の焦げる音。かなり大きな一撃だ。爆煙でよく見えないが、もしかすると一撃でゴブリンを屠ったかも知れない。
いや、まだだ。
メキメキメキメキ!!
ゴブリンの両腕はたしかに吹っ飛んでいた。だが、すぐに切り口から3本の腕が生えた。
「嘘、でしょ」
ブン。
ゴブリンはシンシアの目の前に来ると、6本の腕でパンチを放つ。
「危ない!」
俺はシンシアを庇い、その攻撃を受ける。
―――あれ、思ったより攻撃が軽い。
想定以下の衝撃ではあったが俺はしっかりと【受け身】を取り、そのダメージを無効化する。これでダメージはゼロだ。
「訓練所で学んだ成果は出ているようだな」
無傷で立ち上がった俺を見て、シンシアは言った。
「どうして。どうして、平然と立ち上がれるの?」
シンシアと言えども[武闘家]系統のスキルは知らないようだ。俺はそれに答える。
「【受け身】をとった。訓練所で覚えたんだ」
彼女の目には恐れがあった。戦える状況ではなさそうだ。
「シンシア、危ないから下がってろ。こっから先は俺が一人でやる」
攻撃を受けて、余裕ができた。
やはりこの程度の相手なら倒さなくてはいけない。
今回出てくる怪物はクトゥルフ神話を意識して描写しています。元々ダークな雰囲気で書かれた未発表の前作から引き出してきて、修正をし載せたという感じです。こういうグロテスクな怪物をどれだけリアルに描写できるかというのは、文筆家としては腕の見せどころかなと思っています。
ブックマークや評価や感想、いつもありがとうございます。
かなり多くの方々が応援してくださるので、良い意味で気を張りつつ執筆活動が続けられています。
引き続きがんばりますので、これからもよろしくおねがいします。




