1話 プロローグ
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「努力を怠るな。常に謙虚であれ」
それは冒険者だった爺ちゃんがよく言った言葉だ。
冒険者――大陸に三つ存在する地下迷宮の探索や、北にある魔界の調査を生業とする職業。
「エール、決して毎日の修行を怠ってはならん。努力は裏切らないんじゃ」
爺ちゃんは昔、バビロニア王国の巨大ギルドに所属する超一流の冒険者だった。通り名は「聖弓」。大陸最強の弓撃手と謳われただけあって、その実力は凄まじいものだったらしい。
爺ちゃんのパーティーが王国の地下迷宮を78階層まで踏破した記録は今もなお破られていない。40年前、魔王軍が進攻してきたときも、3体の魔人を討ち、国を救ったことから英雄とさえ呼ばれたこともある。
「力を持つものは、弱いものを助けなきゃならん。誰かを守るためにも常に己の技を磨くのじゃ」
そんな爺ちゃんには冒険者を引退してからも、様々な誘いがあった。しかし、爺ちゃんは人里離れた山奥の家で婆ちゃんとゆっくり暮らすことを選んだ。だけど、その平穏な日々は長くは続かなかった。母ちゃんを生んだとき、婆ちゃんは亡くなってしまった。
爺ちゃんは男手ひとつで母ちゃんを育てた。そして20年が経ち、母ちゃんが父ちゃんの元へ嫁ぐと俺が生まれた。母ちゃんは爺ちゃんを山奥で1人にすることを躊躇ったが、爺ちゃんは婆ちゃんと過ごした土地に住み続けると言い、母ちゃんを笑顔で送り出した。
そして俺が5歳のとき、病が村を襲った。両親や妹を含め、村人全員が病で死んでいった。奇跡的に生き延びたのは俺だけだった。そんな俺を引き取ったのは爺ちゃんだった。
「エール、あぁ哀れな子よ。お主にこれ以上、辛い思いはさせぬ。両親の代わりにはならんかもしれんが、それでもお主を立派な男に育てよう」
爺ちゃんはよく冒険者だったころの昔話をしてくれた。そしてこの世界がどれだけ素晴らしいものかを教えてくれた。俺は爺ちゃんが語る物語が大好きだった。
「俺も爺ちゃんのような冒険者になりたい」
5歳のとき、俺は爺ちゃんに思いを告げた。
「冒険者になるには厳しい修行をしなければならん。辛くて苦しいことが待っておる。それでも冒険者になりたいか?」
俺は覚悟を持って頷いた。
「そうか。わかった。なら儂が持つ全てを教えよう」
その日から俺の修行が始まった。
爺ちゃんは冒険者を引退してからも、一日も修行を欠かすことはなかった。修行は早朝に行われる。
「いいかエール。矢を射るには何よりも『見ること』が大切なんじゃ。目標を正しく見分けることができなければ、それを射抜くことはできん。目で見るだけじゃない。風を読み、音を拾い、肌で感じる。そして心でそれを捉えるのじゃ。それができるまでは弓を持つことは許さん」
最初の二年は、弓はおろか、矢にさえ触れることは許されなかった。
俺に許されたのは、標的を見定めること、そして、爺ちゃんの動きを観察することだけだった。
ただひたすらに爺ちゃんの傍らで見るだけの時間が過ぎた。
「よし。まだ完全とは言えぬが、実戦なしではここまでが限界じゃろう。今日までよく我慢した。今日からは弓矢を持つことを許可する。しかし、それを射るのはまだダメじゃ」
その日、爺ちゃんは以前愛用していた弓矢一式を俺にくれた。
「エール、次は今までの逆じゃ。一度弓を携えたなら肌身離さず生活をしなければならん」
俺は爺ちゃんの言葉通り、弓と生活を共にした。飯を食う間も、風呂に入る際も、寝るときでさえ、それを持っていた。
ある日、俺はこんなことを尋ねた。
「爺ちゃんは弓を持たないで生活をしていてもいいの?」
「儂レベルになれば、弓を持たずとも、弓を持つことができる。と言っても、この意味がわかるにはまだまだ長い時間がかかるじゃろう」
弓矢を持つことが許されても、それを射ることはできない。今まで通り、遠方の標的を見定め、爺ちゃんの動きを観察する日々が続いた。それまでの修行と違うのは、俺が爺ちゃんの動きに自分を重ね始めたことだった。
常に弓矢を持って生活を送っているせいか、その重さや手の感触はいともたやすく想像できた。
「矢を放ちたい」
弓矢をもつようになってから半年後、俺の思いは最大まで高まった。何度も爺ちゃんに内緒で矢を放とうとしたこともあったが、我慢した。爺ちゃんが矢を放つ度、俺は心のなかで矢を射ることだけを渇望した。
そして、夢の中で弓矢を射るようになった。それから半月が経ち、爺ちゃんはついに俺に矢を射ることを許可してくれた。
ヒュ。シュタ。
「いい弓筋じゃ。これが2年間の観察の成果よのう」
実際に弓を射ったとき、俺は驚いた。
それは最初に放った一矢が10m先の的に見事に命中したからではない。弓矢を射る感覚がそれまで想像していたものと完全に一致していたからだった。
「まるで初めてじゃないような……」
「そうじゃろ。焦らず、努力を怠らず、基礎を固めた結果がこれじゃ。どれ。まだ難しいかもしれんが、あそこの的を狙って射ってみろ。当分の目標はあれを射ることになる」
爺ちゃんは流れるように弓を構えると、100mほどの先の的の中心に矢を射った。
俺もその後に続いて、弓を構え、矢を放つ。
「ほう。エール、お主には儂以上に弓の才能がある」
俺の放った矢は爺ちゃんの矢の真隣に命中していた。
「儂はこれをするのに3年の月日を要した。それを初めて矢を放つその日に成し遂げるとは」
爺ちゃんは感慨深くそう呟いた。
「じゃがな、エール。どれだけ才能があろうとも決して驕ってはならんぞ。常に謙虚であるのじゃ。慢心をしたとき、成長はそこで止まる。どれだけ腕が上達しようとも、努力を怠ってはならんのじゃ」
次の日からはより遠距離の的を射る修行と、動体を射る修行が始まった。
それから更に2年が経つと、爺ちゃんは俺に言った。
「お主に教えることはもうない。じゃが、勘違いするな。教えることがないというのは、お主の腕が十分なレベルに到達したということではない。これから先は自分で修行するしかないんじゃ。エール。お前は天才でありながら立派な努力家じゃ。そのまま努力を続ければ、必ずや最強の冒険者になれる」
「ありがとう爺ちゃん。精進するよ」
「最期にこの言葉を託そう」
そう言って、爺ちゃんは弓を構えると、今まで見せたことのない一撃を放った。
「『善』は平常心に宿る。敵は常に己の心の内におる。決して憎しみで矢を放つでないぞ。愛をもって矢を射るのじゃ」
その日から俺は1人で修行をするようになった。弓の腕は日を増すにつれて上達していった。だが、爺ちゃんの言葉通り、俺は慢心することなく、毎日の努力を欠かさなかった。
――――そして、5年前のあの日、事件は起こった。
それは夜中のことだった。
俺は寒気を感じ、布団から飛び出した。否、それは寒気というよりはただならぬ殺気と言ったほうがいいかもしれない。気配は外から感じられた。
弓を持ち、恐る恐る表に出ると、そこには二つの人影があった。
「エール、それ以上近づくでない」
その声は、今まできいた爺ちゃんのどの声よりも鬼気迫っていた。
爺ちゃんの身体からは大量の血が流れている。すでに戦闘は始まっていたようだった。爺ちゃんが狙っている標的。満月に照らされた男を見て、俺はその正体をすぐに理解する。
「まさか......魔人」
魔人。魔王より生み出される悪の存在。
2mはあろう長身。筋肉は多くないものの、その身体能力は人間を遥かに上回っている。白髪の短く刈り上げられた頭の上には凶悪な角。赤い血のような光を帯びた目。
爺ちゃんの物語で魔人より強い敵はいなかった。40年前に屠った3体の魔人も爺ちゃんのパーティーが全員で力を合わせ、やっとこ倒せたほどだ。
「ランシズ、お前も随分と老いたな。動きが鈍い」
魔人は自身の身体に刺さった二本の矢を無理やり引き抜く。一瞬だけ、血があふれるが、すぐに傷口は塞がっていく。
「たとえ身体が老いたとしても、技は進化し続けておる」
爺ちゃんは矢を構えたまま、静止している。
「【武具召喚】」
魔人がそう唱えると、5本の剣が彼の背後に漂う。
「ジーク、どうして今更になって儂の元へ来た」
「理由なんてひとつだよ。40年前の恨みを晴らすためだ。人間と魔人じゃ時間感覚が違うらしいな。時というのは残酷だ。お前もすっかり老いて、孫までいるとは」
「エールにだけは手出しさせん」
二人が同時に動き出す。
静寂。そして轟音。
衝撃波で砂塵が巻き起こると、音速の戦闘が目の前で繰り広げられる。
激しい攻防。爺ちゃんのほうが押しているように見えた。しかし、魔人はその再生能力といかれた身体能力で足りない分の実力を補っていた。
消耗戦なら、矢を消費する爺ちゃんが不利になるように見えた。だが、それは違った。魔人のほうも再生に魔力を消費する必要があった。徐々に傷口を塞ぐスピードは落ちている。
残り矢は5本。
すでに魔人の再生は止まっていた。爺ちゃんが弓を構える。
勝負は決まったと思った。だが、魔人は浮遊している剣のひとつを俺の方へと投射した。
視界が赤く染まる。錆びついた鉄の匂い。
その攻撃は俺を庇った爺ちゃんの身体を貫いていた。
「はははは! ざまぁねえな! 孫を庇って死ぬとはとんだ最期じゃねえ――」
「【春の雪】」
魔人の言葉が途切れる。深手を負いながらも爺ちゃんは矢を放っていた。
その一撃は、魔人の身体に無数の穴をあけた。
「ぐっ。て、てめぇ。どこにそんな力が....でも、俺の勝ちだ。人間は脆い、から、な」
魔人はそう言い残すと、闇の中へと消えてゆく。
「爺ちゃん!」
俺は倒れかける爺ちゃんを支える。
「早く止血しないと」
そういって慌てる俺の腕を爺ちゃんは強く握る。
「エールよ。いいんじゃ。やつの攻撃は致命傷になっておる―ーもう長くは保たん」
「嫌だ! まだ間に合う! そうだ。回復魔法を教えてくれよ。爺ちゃんの仲間でどんな傷も治したっていう人がいたよね」
「エール。話を聴いてくれ・・・・・・最期のお願いじゃ」
涙が頬をつたう。俺の震える手を爺ちゃんは握った。
「実はなエール、儂は自分のことを英雄だと思ったことは一度もないんじゃ。儂はたしかに大勢の命を救ったかも知れない。じゃが、中には救えない命もあった」
爺ちゃんは悲しそうな表情を浮かべた。
「いまでも後悔しておる。だから儂は冒険者を引退してからも修行を怠らなかった。少しでも強くなろうと努力した。それがまるで贖罪になると信じて。じゃが、その一方で儂は逃げていた。人を避けるようになり、山奥に籠もることで、人を助けるということから逃げていたんじゃ」
「そんなことない。爺ちゃんは俺にとっての英雄だ!」
「ありがとうエール。お主を育てられて儂は救われた。お主には才能がある。誰よりも強い英雄になる才能が。だからエールよ。お主には多くの人々を救ってほしい。弱い者を助け、儂が救えなかった分も、どうか」
「わかったよ。爺ちゃん。俺はみんなを救う」
力強く爺ちゃんに言う。
「そうか、よかった。それでこそ儂の孫じゃ。愛してるぞ。エール」
爺ちゃんは笑顔を浮かべると、息を引き取った。
*****
それから5年。俺は1人で修行を続けていた。
爺ちゃんが最期に放った技。
【春の雪】を習得するまでは冒険者にはならないと決めていたからだ。
矢を放つ度に思い浮かぶのは、あの魔人の顔だった。
「ジーク。あいつは絶対に殺す」
憎しみを糧に俺は努力を続けた。だが、一向に爺ちゃんの技を得られる様子はなかった。
そして、今日、爺ちゃんの死からちょうど5年が経ったこの日、俺は爺ちゃんが言っていた言葉を思い出した。
「『善』は平常心に宿る。敵は常に己の心の内にいる。決して憎しみで矢を放ってはいけない。愛をもって矢を射る」
今までの俺は、ジークを殺すことだけを目的に矢を放っていた。しかし、本当に戦うべきは己だ。憎悪は弓を放つ上で不要なものだ。
弓を構え、心を落ち着かせる。
魔人の高笑い。俺を庇う爺ちゃんの姿。それらが脳裏に浮かぶ。だが、それを全て断ち切り、明鏡止水の心で俺は矢を放った。
「【春の雪】」
ストン。ズザズザズザ!
淡い光を放つその矢は3000m先の的の中心を貫く。
その一撃は、新たな俺の物語が、今日始まることを告げていた。
『自分が「なろう小説の主人公」だと自覚して異世界転生した俺は、【作者を操る】最強のチート能力で無双して、負けヒロインたちと異世界ハーレム生活を謳歌します』
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