春の広場
北イルカ駅を南へ向かって出発した俺の乗ってる6両編成の列車は、ガタンゴトン、と複雑なポイントを通り抜けると、ヒュイーンという音とともに加速した。
そして2分ほど経つと列車は衣北大通り駅に到着した。この駅は、3年前まで「大通り」駅だったが、地元イルカ市衣北区からの要請で、衣北の文字が加わったそうだ。この駅は高架駅で、ホームの真下を名前の由来となった国道3号線が通っている。
列車は再び動き出して、新衣北、衣北港旅客ターミナルを過ぎ、列車は衣北トンネルに入る。北イルカから下ってくるとイルカ線初めてのトンネルで、車内は轟音に包まれる、とはいうものの、やはり比較的新しい車両だからか古い車両に比べると控えめだと俺は思うけどね!
体感2分ほどの長さのトンネルを抜けると列車の右側に海が現れた。海までは砂浜を挟んで30mくらいだろうか。通学でここを何度も通っているから特別驚くことではないのだけれど、今日は晴れていて、遠くの地平線まで見える。水面は上がってきた太陽の光をキラキラと反射して輝いている。
そんな海の横を進んでいき、新川駅を過ぎると列車は萌浜駅に到着した。ここは「衣北海浜公園前」という副駅名がついていて、その名の通り駅直結で砂浜があり、夏には海水浴にくるお客さんで駅も、目の前の砂浜もとてもにぎわう、のだがご存知の通り今は11月である。俺は海に背を向けて座っている態勢なので、後ろを振りかえって砂浜を見渡してみるけど、、、誰もいn、あ、犬の散歩が一組いた。逆にそれ以外は誰もいない。
列車は静かに動き出す。体をひねってホームを見る限り降りた人は4人ほどだろうか。そして俺と結音が通う高校の最寄り駅の伊奈浜駅を発車し、列車はこれでもか!というくらいまで加速する。伊奈浜から次の明日葉までは普通列車でも時速120kmで走行する区間になっている。そして結音と待ち合わせをしているイルカ駅にどんどん近づいていく。そして列車は明日葉に着く。ドアが開くと同時にかなりの人が流れ込み、椅子がすべて埋まり、立ち客もいる。この駅は最近できたガラス張りの駅舎が特徴の駅で、以前は周りに何もなかったけど、駅ができたことによってマンションが立ち並ぶようになったらしい。その結果、今ではイルカ線の快速も止まるようになった。あ、結音からLINEが来た。どれどれ。
待ち合わせの場所着いた気がする!▷
◁ちゃんと春の広場ってかいてる?
確 認 中!▷
あ、書いてるよ!▷
おっけ!今さ、明日葉だからあと10分くらいで着くから
◁そこで待っててくれる?
分かった、でもその前に飲み物買ってきてよき?▷
◁ついでに俺の分も買ってくれる?炭酸以外で
じゃあカルピスね!▷
結音はもう着いたらしい。イルカ駅は広く利用客も多いため、待ち合わせ場所は春夏秋冬の4か所がある。今日は結音の家から一番近い春の広場で待ち合わせすることにしたのだ。ってか早いな!待ち合わせ時間9時半じゃなかったっけまだ30分もあるんだけど、、、。
明日葉を出ると、向こうの座席を挟んだ反対側に、一本の川が寄ってくる。一級河川の里見川だ。両岸に桜並木がしばらく続いており、春には桜が川を覆うような、そんな観光スポットになる。ちなみに俺も一回桜と川と列車の写真を撮りに来たことがあったっけ。
そんなことを考えているうちに列車は地下へと潜り始める。ここ、明日葉からイルカの少し先の本名萌までが地下区間だっけ。そしてこの辺りからがイルカ市の中心部で、中高層のビルやマンションが立ち並び始める。もちろん、トンネルの中からだと見えないけれど!列車は中洲大橋、衣央川、仲町と止まり、衣央公園に着いた。この次が、待ち合わせのイルカ駅である。ちなみにほんの少し前に軽く流した衣央川は、桜並木のことでちらっと触れた里見川の合流先である。そんなこんなで
『まもなく、イルカです。空港線、衣港線、地下鉄名萌線、地下鉄萌葉線、地下鉄衣北線は、お乗り換えです。出口は、左側です。列車とホームの隙間が広く開いているところがございますので、足元にご注意ください。本日も、いるてつイルカ線をご利用いただきまして、ありがとうございました。』
伊藤萌祈さんの自動放送に続いて、ミッチェルさんの英語放送がかかる。大きな駅らしくポイントをたくさん渡って、列車は9時13分、多分定刻通りにイルカに到着した。例のピアノのドアチャイムと同時にドアが一斉に開くと同時に車内の7割ほどのお客さんが降りていく。俺も立ち上がり流れに乗って降りる。地下だから風がほとんどないのが幸いだ。ここイルカ駅は日本の東京駅ほどは大きくないものの、ポジション的にはそんな感じの位置だ。新幹線はないし、人口規模もだいぶ違うけれど。
ホームから一つ上の改札階に上がるエスカレーターはかなりの長さがある。列車が出ていくことで気圧の差により上から生ぬるく地下らしいにおいの風が体にあたる。上がり切ると、もう目の前が中央改札口だ。
イルカ駅はイルカ鉄道の路線が3路線、市営地下鉄が3路線乗り入れていて、ホームは9面、番線は18もある。首都イルカの中心駅だけあって、一日の利用客は20万人を超し、それに比例するようにここ中央改札口は自動改札機が17台も並んでいる。改札に切符を入れてそして取ると、前は商業施設の「Irustaイルカ」があり、右は百貨店やほかの商業施設、東口バスターミナル方面、左はいるてつグランドホテルイルカや国立劇場、西口バスターミナルなどがある。
イルカの人口は、日本で言うと札幌と同じくらいの200万人ほどだから、東京や横浜のようなスケールでビルが広がっているわけではないが、まあまあの規模の都市だ。
そして俺は春の広場のある左側に向かった。駅弁屋やコンビニ、お土産店などが軒を連ねる通りを数十m進むと広いところに着く。ここが春の広場だ。休日だけあって多くの人が待ち合わせている。天井も高く、明るいので地下なのに狭さを感じさせない。そして、あ、いた。向こうも俺を見つけたらしく控えめに手を振っている。今日は裾の長いベージュのチェスターコートを身にまとい、首にはもこもこマフラーを巻いている。相も変わらずかわいい。振る手の指先が完全の伸びきってないのもかわいい。ああなんて幸せな人なんだ俺は。とにかく彼女のもとに駆け寄る。
「隼人おはよ!」
「おはよー!」
「これ、さっき買ったカルピス。濃いめが好きって聞いたから普通の買ってきたよ」
「なんだそれいやがらせかよ笑笑」
と口では言うものの俺がカルピス好きって覚えててくれた嬉しすぎる。
「違うよ普通のしかなかったの!!」
「わかってるって」
別に彼女とは金曜日の高校の授業ぶりだがホームルームクラスが違うのでなかなか話す機会がない。なので最近あった部活や日常のたわいもない話をした。
「そういえば結音の切符買わなきゃじゃん」
「そうじゃん。私この前言われた学生証ちゃんと持ってきたよ」
「えらいよくできました」
「私を馬鹿にしちゃ困るよ」
アニメでありそうなセリフと声で返してくる。そんなわけで、イルカ駅のきみどりの窓口へ向かい、北イルカ駅で買ったときと同じように「冬パス 北エリア」を購入した。
「よしこれで完璧だね!あ、何かお弁当でも買っていく?」
結音に聞く。
「でも今日は食べ歩きメインがいいな」
「了解!」
「じゃあもう行こっか。早くいったほうが色々食べれるし」
「まだ朝9時過ぎなのに食うことしか目がねえのかよ」
「別にいいじゃーんだって食べ物食べなきゃ人間死ぬよ??」
「いやそれ極論すぎだから」
「あははバレた?でもそれはほんとじゃん」
そんな結音の笑う顔はいつ見てもかわいい。
そして俺と結音は俺が数分前に来た道を戻り、例の中央改札口から構内に入る。
「今日どんな感じで行くの?」
「この前結音が港北のチーズハットグの店に行きたいって言ってたから、伊北線とかで北に行こうかなって」
「あ、ちゃんと考えてくれたの嬉しい!そうそうあとさ、伊北駅の近くの個人経営のパン屋さんが、おいしいって私この前テレビで聞いた!!」
「じゃあそれも行ってみるか!」
「うん!思ったけど本当にこの旅何にも決めなかったんだね笑笑」
そんなことを言いながら今度はさっき上がってきた方とは反対の、イルカ線の北に戻る方向のホームに降りる。また長いエスカレーターを今度は2人で下りホームに着く。9時29分発の快速の北イルカ行きがちょうどホームに入ってきた。
「これ乗るか!」
「そうだねっ!」
車内は立ち客ちらほらいる程度で、ほとんど座席は空いていない。ブレーキのキキっという音と同時に列車は止まった。ドアの脇に並び、降りる人を待って乗り込む。車両は行きと同じ10000系だ。ロングシートの車内で幸い2人並んで座れる席を見つけたのでそこに座る。
「じゃあ、まずはだいたい20分くらい乗るね」
「了解っ!」
ドアが閉まり、列車が動き出す。ということで、結音と合流し北への(ほぼ)無計画デートが始まった。