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痛い。

やめてよ。

やめて…。

嫌だ!

来ないで…。

やだ…!行きたくない!

真っ暗闇の中で一人の男が、傷だらけの幼い少女の手を引っ張る。少女は泣いている。これから始まる恐怖の時間に対して。自分を傷つける人間の行動に対して。親と離される事に対して。その涙には、色んな感情が混ざっている。目から、鼻の隣を流れて左頬に溜まったそれはやがて自分の重さに耐えきれずポツンと床に落ちる。床には少女の血が点々と落ちている。それを見て男は「あーあー。もったいない」ともう片方の腕で少女を殴る。その衝撃で少女は気絶してしまった。

「やめてください!お願いします。この子には手を出さないで!私が代わりに受けますから!どうか…、どうか…!」

拷問を終えたばかりの少女の母親がヨロヨロになりながら男にすがる。そんな母親を蹴り飛ばすと、男は少女を引きずって地下牢の中から出ていった。

地下牢は泣き叫ぶ母親の声でいっぱいになる。しかし、母親の声は誰にも届かない。愛する娘の耳にさえ。声は地下牢の中で儚く響くだけだった。

やめて!

もういじめないで…!

やだ!

お母さんと一緒に居たい!!

もう…やだ…!






ベッドの上でシアは、はっと目を覚ます。悪い夢を見た。断片的ではあるが嫌な夢であった。その証拠に着ている服が汗でびちょびちょになり気持ち悪い。

シアはあることに気づく。体が動かない。それに何だか暑い。何かが自分にくっついて熱を放っている。心なしか息も苦しい。まだ、夢の途中なの?シアがそんな事を思っていると突然、金縛りが解けた。その隙にベッドから転げ落ちるように逃げる。

「いてて」

予想よりベッドが高く、その衝撃による痛みがシアを襲った。だが、悪いことだけではない。痛みを伴ったおかげで目がスッキリとした。体が半ば強制的に起こされた。

「大丈夫か…?」

ベッドから声がしたので、シアは立ち上がって声の主を確認する。

「すまない…つい、かわいくて抱き締めたまま眠ってしまったらしい。本当にすまない…」

声の主、ゼンが申し訳なさそうに言う。

「いえ…大丈夫です…」

ゼンは、幼い頃の経験からかわいいと思ったものに対して歯止めが利かなくなるのだ。正直、悪夢を見たのはゼンがシアを強すぎる力で「抱き締める」というより「締め上げた」ことが原因に思う。しかし、そんなゼンを咎めるなんてことはまずしない。人の事情にとやかく言うのは失礼だろう、シアはそう思っている。自分も、偉そうに文句を垂れることができる立場ではない。

「ほんとうにすまない。苦しかっただろう。私はもう起きるからゆっくりと寝てくれ」

そう言ってゼンはピンクの水玉のパジャマから青いジャージに着替え部屋から出ていった。カーテンと窓の間からはほんの少し明かりが射している。もう朝だ。昨日、大浴場で湯船に浸かりゼンの話を聞き終えたところからまったく記憶がない。が、その後のことはシア一人が考えても分かることではなく、広くなったベッドに向かってジャンプして寝っ転がり、シアは眠りについた。






時は昨夜に戻る。

「ふぅ~。終わったぁ!」シアがゼンの話を聞いているとき、ソロンはシアの嘔吐物の処理、料理の片付けをしていた。シアの大量の嘔吐物が入ったバケツ持ち、まず向かったのはトイレ。嘔吐物をトイレに流し、入念に洗った後、食事の片付けにはいる。シアが作った料理をほとんどゲロに変えたため、いつもに比べて片付けが楽である。少ない残飯を処理して皿を洗う。ここまでやってソロンはようやく仕事を終えるのである。

村長宅には、セイロン、ソロン、そして「ヨゴ隠密隊」の人々が暮らしている。大勢いるためすべてを管理することは難しい。そのため、飯、風呂、洗濯等々、それぞれ自分達で時間を決めて、自由に過ごしている。ちなみに、みんなが使う場所、風呂やトイレなどの共用スペースは、比較的に暇人のソロンが洗っている(ただし、女風呂のみゼンが毎朝洗っている)。

自分の仕事を終えたソロンは廊下の一番奥にある自分の部屋に向かう。部屋に着き、そのままベッドに飛び込む。

今日は色々あった。まさか川で女の子を拾うなんて…。しかも、城から脱走してきた幻の種族って…。非日常的過ぎて思考回路がショートしそうだ。そう思いをながら、ソロンは明日のことについて考える。まず、ワイホのところへ患者服を返しに行かなければならない。その帰りにシアの靴も買った方がいいだろう。食材はまだ余ってるはずだからそこからは家に直行。そのあとセイロン、シア、ゼンの3人と共にシアの事について話し合わなければ。

「釣りはいつ行こう…」ソロンはボソッと口に出す。すると「また釣りかよ!」と笑う声がしてきた。声のした方向を向くとソロンと同じくらいの歳の少年がドアの前に立っていた。

「ダン!」

ダンとは、ソロンの幼い頃からの親友であり、ヨゴ隠密隊最年少のエリート隊員である。

「いや、今日は一匹も釣れなくてさ。なんか不完全燃焼だから明日行きたいなて」ソロンは、説明する。

「どうせならよ、あの子も連れて行けばいいーじゃんかよ?」

ダンが言う「あの子」とはシアの事である。村長宅に住む隠密隊には、シアの事について既にしゃべっている。ヨゴ隠密隊は、王の命令で任務を遂行するが、基本的にヨゴ村長に絶対の忠誠を誓う。そのため信用できる、という事でみんな既にシアの事情を知っている。

「いや、今外に出したら捕まるに決まってんだろ!バカか!?」あまりに能天気な提案にソロンは突っ込む。仮にソロンの力でシアの姿を消せるとしてもリスクが高すぎる。

「いや、冗談だよ。冗談。でも、釣りは無理としても何か気晴らし的な何かをさせないとつまんないだろ?」

確かに一理ある。ダンは、状況と人の心を読むのがうまい。そのため相手を尋問するのが隊の中で一番うまい。だから、相手が何をしたいのか、何が必要なのかがわかるのである。

「考えとくよ。そういえば、お前いつ入ってきたんだよ?もう少し音を立てて生活してくれよ」

ダンは部屋の中のドアの前に立っている。何も音がしなかったので入ってきていた事にまったく気がつかなかった。

「え?お前が来る前から部屋にいたぜ?気づかなかったか?」

さらっととんでもないことを言うダンに軽く引いてしまったが、そんな反応をされるとは思っていなかったのか、ダンは「冗談に決まってるだろ?つっこんでくれよぉ!」と少し困った顔をしている。

「お前の場合、冗談に聞こえないんだよ。ていうか、何か用なのか?ここに来たってことは」

ダンはまだソロンの部屋に来た目的を話していない。「そうだったそうだった」とダンは「あの~、何だっけ。シアちゃん?にさ、ご挨拶ぐらいしとこっかな~と思ってさ。お前が連れてきたっていうからさ、てっきりここにいるかと思ったんだがいねぇな?お前はどこにいるか知らないのか?」と言った。

シア?確かに食事の後から姿を見ていない。こっちがバタバタとしていたせいもあるがどこに行ったのかわからない。すると急に思い当たる場所が浮かんだ。

「ゼンの部屋じゃないかな?」

「ゼンさんの?そりゃまたなんで?」

ソロンはゼンの部屋にシアを入れてしまったことについて話した。

「そうか…ゼンさんか。あの人の部屋に入り込んだのかお前。ヤバイな。勇者だぜ?あの人、隊のみんなに『私の部屋に入ったら最後。生きてそこから出られると思うなよ』て言ってるんだぜ?俺ぁ怖くていけないね!そのシアちゃんも今頃、皮を剥がされてるんじゃないか?」ダンが手を「無理無理」と振りながら言った。

とんでもない場所にシアを引きずり込んでしまったらしい。顔を青くするソロンにダンは

「ま、お前は生きて部屋を出れたんだから、お前の被害者であるシアちゃんに悪いことは起きてないのかな?」と言ってドアを開け、「じゃーな」と手を振って出ていった。

ソロンは不安で冷や汗を掻きまくっている。ダンはどこからが本当で、どこからが冗談なのかさっぱり読めない。

居ても立ってもいられなくなったソロンはゼンの部屋へと急いだ。






ソロンはゼンの部屋に着いた。もちろん部屋の外である。部屋に入れば今度は生きて帰ることはできないだろう。しかし、シアの安否を確認せずには今日を終えられない。そもそもに部屋にいるのか。ドアを開けて確認したい。しかし、居なければそれでいいが、万が一部屋にゼンがいた場合。恐らく顔が消し飛ぶだろう。

「どうしよう。二分の一で死ぬ」

とんでもない選択肢を出され、ソロンがパニックになっていると「なにか用か」と声がした。聞き覚えがある。こんなに人を切り裂く声をしているのはあの人しかいない。

そこにはソロンの予想通りゼンが、なんと、シアを抱えて立っていた。遅かったか…!ソロンが膝と手をついて倒れる。

「おい!?大丈夫か?」

急に力が抜けた様子のソロンをゼンが心配するがソロンには答える気力もない。

「俺……い…だ…」ボソッとソロンが言う。

「ん?何だ?」ゼンが聞き返すとソロンはバッと顔を上げて泣きながら「俺が悪いんだぁ!シアを、シアをゼンの部屋なんかにいれたからぁぁぁ!殺すことないじゃないかよおぉぉぉぉ!!」と喚いた。

「な、え?おい。え?」

ゼンは急にソロンが泣き出した事に混乱しながら、ソロンの言っていた事を思い返す。シア。部屋に入れる。殺す。俺が悪い。

ゼンはピンと来た。「そういうことか…」とため息を吐いた。

「そういうこと?」ソロンがゼンを見上げる。

「私は別にシアを殺した訳じゃない。一緒に風呂に入っただけだ。シアを抱えているのも、シアがのぼせてヘロヘロになっていたからだ。死んでない。ほら、見ろ。嘘だぁ、じゃない!見ろ!呼吸をしているだろ!」ゼンの説明を聞き、改めてシアを見る。確かに、お腹が呼吸によって動いている。髪もさっぱりした感じだ。スヤスヤと寝息を立てて気持ち良さそうに寝ている。

「よがったぁぁ!」ソロンは鼻水をすすりながら言った。そんなソロンに「どいてくれ」と言ってゼンは部屋へと入っていった。

ソロンは、落ち着きを取り戻すと涙をぬぐって自分の部屋に戻った。ベッドに倒れ込んだとき、ふと気づく。何でゼンはシアを部屋に連れていったんだ?ソロンの心の中で不安の種が芽を出した。『皮を剥がされてるんじゃないか?』ダンの声が頭の中でリフレインする。ソロンの心の中の不安の芽はどんどん成長し立派な花を咲かせた。シアを風呂に入れたのも皮を剥ぎやすくするため?

ソロンはもう、ゼンを悪者にしないと納得できなくなっていた。そのせいで、心の不安の花は、やがて大きな実となった。そこから種が落ち、またまた不安の芽が顔を出す。そんなループが続き、ソロンがやっとのことで睡魔に負けたのは朝6時だった。






朝6時。ゼンは日課の大浴場の掃除をしていた。隠密隊に所属する女性は今のところゼンしかいないが、隠密隊の育成チームには多くの女子がいる。育成チームの女子も村長宅に班を割り振られて生活しているため女子風呂を利用する人は、多いのだ。

村長宅は、基本的にソロンが掃除している。自分の部屋などは各々自己管理だが、トイレ、大浴場、廊下、食事場などの共用スペースはソロンの持ち場となっている。しかし、ある時ソロンが大浴場を掃除中に、風呂に入りに来た育成チームの女子と鉢合わせるという大事件(?)が起きた。育成チームの女子からはクレームの嵐だった。「もうお風呂入りたくない!」や「ソロン、キモい!」などを言い始める事態になった。そこで、唯一大人の女性であるゼンに風呂掃除を育成チームの女子が頼んできた。育成チームを卒業して隠密隊に入ると修行の時間がなくなるため、任務が下されてない時の隠密隊は育成チームに比べると時間に余裕がある。ゼンは「どうせ暇だし」とそれを引き受け、今に至る。

最初は淡々と、時間もバラバラでやっていたゼンも続けていくうちにやりがいを感じ始め、午前6時と正午、午後6時に掃除をして、きれいに保つということを心がけるようになった。

「ふう。こんなもんか?」どこかに汚れが溜まっていないか歩いて確認する。

「よし!」と十分きれいになった浴槽にお湯を流す。

浴槽内を洗えるのは育成チームがいない朝だけなのでぬかりなくやらなければならない。

風呂掃除を終えたゼンはそのまま外に出る。庭に洗濯をしに来たのである。予め準備しておいた洗濯セットを使い自分の服とシアの服を洗う。そして洗い終えた衣類の水をよくきってから物干し竿に掛ける。

「この天気だったら昼前には乾くか?」空は雲ひとつない晴天である。絶好の洗濯日和というわけだ。

ゼンは深く深呼吸する。

「ふぅ…いい朝だ」






シアが目覚めたのはゼンが洗濯を終えて部屋に戻ってきた時である。ガチャ、という音に目を覚ましたシアに「おはよう」と声を掛けたのはゼンである。

「おはよう、ございます…」

まだ完全に眠気が取れないシアは、腑抜けた声で返す。そんなシアに笑いながら「ご飯を作ってるから、これに着替えて来てくれ。食事場はわかるよな?あ、着替えはベッドの上に置いてくれればいいからな!」

ゼンはそう言って部屋を後にした。残されたシアはゼンの用意した着替えを見る。そういえば、いつの間にかパジャマを着ている。シアはお風呂でのぼせた後の記憶がないため、自分がどうやってパジャマを着たのかわからない。シアに服を着せたのは当然ゼンであるが、寝起きのシアにはそこまで考えるには至らなかった。まあ、いいやとシアは着替えを始める。

「これ、どうやって脱げばいいんだろ…」

始めてのパジャマにシアは戸惑う。だんだん目が覚めてきた彼女は昨夜ゼンがお風呂前に言っていた事を思い出す。たしか…『いいか?シア。風呂に入った後は私のおさがりのこのパジャマを着てくれ。こ○§◎★♯□◎¶#◆♯☆◇〒♯§▲※☆◇◆◎☆♯※◇」

大事なところを思い出せない。こうなったら後は自分の勘に頼るのみである。

まず普通に頭から脱いでみる。服が頭につっかえて抜けない。

次はこのボタンみたいなのを外してみる。なかなか難しい…。あ、とれた。おぉ!慣れてくると早くとれる。

シアは自力でパジャマ問題を克服して下着の状態になる。

「これも脱ぐのかな…?」

直面したのは下着問題。普通なら幼児でも答えられる簡単な問題だがシアは迷う。

こんなの着たことないしな…。でも、何だろう。私の中の本能がやめろって言ってる。うーんでもやっぱりな、脱ぐのかな?

シアは昨夜のことを思い出す。たしか……『ゼンさん。あの…、この白いヒラヒラの服はなんですか?』て、お風呂にはいる前にゼンの持ってきた着替えを見て質問した気がする…。それで…『これか?これは下着だ。知らないのか。これは服の下に着るんだ。シアは、まだ子供だか◎○※◎○※▼△§▲■※▲■…』…服の下に着る…脱がない!

今回は答えの文まで辿り着けたシアは下着問題をようやく突破する。後は着るだけの着替えを終えて、シアは食事場へと向かった。






「遅かったな、シア。だが、ちょうど出来上がったところだ。タイミングばっちりだな!」

食事場には、昨夜とはまた違う料理が並べられていた。パン、目玉焼き、サラダ、といったごく普通の朝食。しかし、シアにとっては違う。メニューの変わった食事に興味津々である。

そんなシアを見て「召し上がってくれ」とゼンが促す。

シアは椅子に座り、「いただきます」と同時にパンを手に取る。何だかお腹が減る匂いがする。シアはパンにかぶりつく。と不思議な食感がした。外はサクサクなのに中がもっちりしている。

「おいしいです!」そう言って他のものもどんどん食べ進める。

ゼンはそこまで手の込んだ料理を作ったつもりはなかったが褒められると嬉しくて「そ、そうか?」と笑った。と、ここでゼンがシアがパン以外も手で鷲掴みにして食べていることに気づいた。

「シア。箸は使わないのか?」

シアは、「ふぁし?」と口に物を入れたまま首を傾げる。

「これだ」とゼンは自分が使っている箸を見せる。

「これで私たちは食事をするんだ。シアも使えるようになった方がいいぞ?」そう言ってシアと向かいの席に座っていたゼンがシアの右隣に座る。シアに箸の持ち方、使い方を教えて自分の席に戻る。

席に戻って改めてシアを見ると四苦八苦しながらエアーで箸の練習をしている。ついさっきまで食べることに夢中だったのが、もう別のことに夢中になっているシアを見てゼンは母性をくすぐられた。

ゼンは自分では気づいていないがとても面倒見がいい。それに頼られると喜ぶ性格も乗じて無意識のうちにシアの面倒役をこなしていた。無意識のうちに。






ゼンが食事を片付けて部屋に戻ると先に食べ終えていたシアが椅子に座ってカーテンがしまったままの窓を眺めていた。

異様な光景に「シア、なにやってるんだ?」とゼンは訊ねる。

「外を眺めてるんです」シアが答える。外を眺めてるとは、どういうことか。

ゼンは、ふと思い出した。

「そうか…光がダメだからか?」ゼンが訊ねるとシアは驚いた顔で「知ってるのですか!?」と大きな声で答えた。

「いや、まぁ、なんだ…古い文献を目にしたことがあってな」

シアはそうなんですか!と驚いた声で反応する。そのまま続けて「私の母は大戦で死ぬ前に私に色々なことを教えてくれました。字の読み書き、紙の束ね方、言葉遣い…。まだ、小さかったので多くは思い出せないのですが、一つだけ。一つだけは鮮明に覚えているんです。『絶対に太陽の下には出るな』と。母が強くこの言葉を言っていた事を忘れることはありませんでした。そのくらいその時の母が怖かったんです。いつか、外に出れる日が来たとき、それだけは絶対に忘れるなと」シアは話終えて苦笑した。

「生憎、私はとても好奇心が強いみたいで、今にも外に飛び出したくなるんです。本当は。だけど、母との約束は絶対に破りたくないんです。だから、こうやって光のある光景を想像して眺めてるんです」

結構面白いですよ?とシアはまたカーテンを眺める。いや、よく見ると目を瞑っている。

ゼンは、そんなシアに「そうか…」と言い残して部屋を出た。






「ぅあ!ん…ん?」ソロンは自分がいつの間にか寝てしまっていたことに気づく。

「寝れたんだ。よかった」そう言いながら時計を見る。

「ん~と」目を擦りながら確認する。時計の長身は「6」を指している。続いて短針は…「1」と「2」の間…。だんだん頭が動いてくる。

……「1」と「2」………?

……「1」と「2」!?

「は!?1時半!?」驚きで目が覚めたソロンは窓を見る。急いでカーテンを開けると外はもう既に明るい───ソロンは日が出てから寝たので既にという表現は間違っているが───。

「ヤバい!いきなり予定が狂った!えーと、えーと、今の時間は……じいちゃんの部屋だ!」

じいちゃんの部屋、つまりセイロンの部屋でシアのこれからについて話し合う予定ということである。。

「ヤバい…。何て言おう。あ、そうだ」ソロンはいい言い訳を思い付いた。







部屋の前につき、コンコンとノックをして部屋にはいる。

「やっときたか!」そう口を開いたのはセイロンである。

「今日、ここで話し合いをすると言うたのはお前じゃろ!30分も遅刻しおって!何をしておったんじゃぁ!!」

予想通りセイロンが怒る。ソロンは先ほど思い付いた言い訳を口にする。

「い、いやさー?ほらシアは昨日ばあさんの患者服そのまま着てきただろ?それ、返しにいったらさ、もう、ばあさん話が長くて長くてさー。そう、それこそ30分?ぐらい居座っちゃったの。だから許してくれない?」

それに対して真っ先に口を開いたのはセイロンではなくゼンだった。

「それなら私がさっき届けてきたばかりだぞ?」

ピシッ。なにかにヒビが入る音がした。

「間違えたんじゃない…?」

悪あがきをするソロンにゼンが止めを刺す。

「いや、シアの着ていた服の洗濯は私がやったから間違えようがないし、それにワイホさんとも『ありがとね~』『はい』ぐらいの会話しかしていない」

思わぬところに落とし穴。ゼンの面倒見の良さがソロンの嘘八百を破った歴史的瞬間である。

「………………ごめんなさい。本当にすいませんでした」

その土下座はまるで芸術作品のように美しかったという…。






「それで、どういう感じなの?」

ソロンが真面目に訊く。

「今はシアが、村を出るべきか出ないべきかを話してたところじゃ」とセイロン。

「村長は、村を出た方が良いが言いというんだがな。私はでない方がいいと思うんだ」とゼンがしゃべる。

ちなみに、村を出るという選択=国を出る選択である。

ゼンは続けて「村長は、一度シアの存在を目撃されている村に留まるのは危険過ぎると考えているらしい。私は、逆でな。下手に外に出るより村長宅で匿う方が安全だと思うんだ」と話す。

それに、と「仮に村を出るとして、護衛が私だけでは心許ないと思うんだ。かといって大勢をを引き連れるわけにもいかない。目立ってしまうからな」

ゼンが自分だけでは不十分と言うのは珍しい。ゼンはよく「私がいれば十分だ」と言って単独任務を率先して引き受けている。そんなゼンががそれほどに言うということは、村を出るつまり国を出るのは相当に危険なのだろう。二人の意見を聞いてソロンは自分の意見を話す。

「僕はじいちゃんに賛成かな。昨日はうまく誤魔化せたけど、いつボロが出るかわからないし。心許ないんだったら僕もお供するよ」

「お前じゃお荷物が増えるだけだ」

ゼンにバッサリと切り捨てられたソロンは、崩れそうになるハートをギリギリのところで持ちこたえる。その顔はそれを悟られないためか、はたまた表情を作る余裕がないのか。感情がなくなっている。その顔のままソロンは続けて話す。

「まぁでも、どのみち村を出なければ見つかるリスクは高いままだよ。村を出ない選択をするなら、それこそ城がシアの捜索を諦めるくらいの事がないと。それは、ほぼ無いだろうし、あったとしてもすぐじゃないと思うな」

ソロンの意見を聞いて、ゼンも「なるほどな…」と納得をする。

「では、シアが村を出るということでいいんじゃな?シアもそれでいいか?」セイロンがシアに訊ねる。

「私は、皆さんの意見に従います」とシアは答える。それを聞いてセイロンは「よし。ではシアは村を出るということで決定じゃ。シアの護衛数は後々決めるとしよう。今すぐに、というわけにもいかないからの。焦らず準備を進めるんじゃ」

では次に、と「シアの行く先をを決めるとしよう。目的もなく村を出ても無意味じゃからな」セイロンが話す。

シアがどこに行くか。これは選択を間違えば死に直結する問題であるため、じっくりと話し合わなければならない。

「まぁ、どこかの国に逃げ込むのが一番良いよね」ソロンが口を開く。他国への逃亡。これは、成功すれば一番の安全を得られる方法である。

セイロンも「まぁ、それはほぼ確定事項じゃろう。問題はどこに逃げるかじゃ。ヨーグの手が届かない国でないと 意味がない」と続く。

やみくもに他国へ行けば良いというものではなく、シアの存在を受け入れて匿ってくれる国に逃げ込むことができないと根本的な解決にはならない。

「まぁ、候補としては帝国と中の悪い国で、かつ帝国の人間を受け入れる国じゃなきゃいけないから…。サールとか…かな?」

サール王国ヨーグ帝国の遥か東に位置しており多くの民族、種族が暮らす多民族国である。現在、王に君臨するネシビア7世は、種族差別を嫌い、それについて法を整備してきた。奴隷解放や、移民の受け入れなど、数々の人を救った功績から多くの国民に慕われている。最初の頃は、奴隷解放などの影響で仕事を奪われた奴隷商人などからの反発もあったが、そのような人達の意見を聞き入れて、職の安定化を進めたことにより、それらの問題も多くは解決されている。王国と銘打ってはいるが民の意見をしっかり取り入れる民主国のようなものである。ネシビア7世は城を持たない。何よりも「平等」を求めるためである。まだ、王に反対する者たち───アウトレイジの存在が目立つが、大陸の中で一番平和と言えるだろう。

セイロンもソロンの提案に異論はないようで頷いている。ゼンは、目を瞑って何かを考えている様だが、ソロンが「それで良い?」と訊くと「あぁ」と答えた。

「じゃが、サールは遠すぎる。歩きで行くには無理があるぞ?サールとの線路はなくなってしまったからの」

線路とは。それは、大陸総力大戦前までヨーグ帝国とサール王国を繋いでいた機関車の線路である。開通していたころは途中停車をしながら、4日で移動できた。しかし、大戦で帝国とサールが対立するとその交通を利用されないために両国が自国に繋がる線路を取り壊したのである。あるけば恐らく30日はかかるだろう。

「そこでさ、直接サールに行くんじゃなくて近くのカシバニ共和国に行くのはどうかな。カシバニからは、トト軍事連邦を経由してサールへの線路が続いている。早くて…10日ぐらいで着けると思う」

「そうじゃな…。だが、カシバニは危険過ぎる。そもそもヨーグからやって来た者を国に入れてくれるかもわからん」

カシバニ共和国はヨーグ帝国と共に大戦の原因となった国である。大戦前から帝国を嫌っており、カシバニ内でヨーグの人間とバレたらただではすまないだろう。

「でも、これが一番の近道なんだよ。だから、カシバニにいる間は列車が出るまで絶対に目立った行動はしない。そこさえ突破すれば後は楽勝だよ!」

「じゃが…」セイロンはまだ、納得できないようだ。それで、ゼンにも賛否を確かめる。

「ゼンは?良い提案だと思う?」先ほどと変わらず、じっと目を瞑りゼンは「あぁ」と一言答えた。

ゼンの賛成を受けてテ味方を手に入れたソロンは、セイロンを納得させようとする。

「ほら、ゼンも賛成してるよ?これしかないよ、じいちゃん!」

「………わかった。お前の案を信じよう。それと、この事は万が一でも外にバレるといかんからの。わしらだけに留めておこう。口外無用じゃ。わかったか?」

ソロンは「分かった!」と答える。ゼンとシアももそれに続いてうなずく。「じゃあ、今日はこれで解散じゃな?焦らないと言っても今日の内にできる事はできるだけ今日の内に頼むぞ?」セイロンのその言葉を最後に各々部屋を出た。






翌日。ソロンは、ゼンと共に「ゴート城下町」に来ていた。シアは、もちろん村長宅で留守番である。

ゴート城下町は、ヨーグ帝国内で一番大きい都市であり、ここに来れば大抵何でも揃う。交通の便も良く、ヨゴ村からは機関車で二時間ほどで着く。

ゴート城下町にはそこにしか無いものがたくさんあり、町は連日買い物客で溢れている。他国からの客も多く、帝国の経済を支える商人の町なのだ。

二人は、シアの村出発に向けての物を買うために町に来た。まずは、保存食の調達である。国を出てからは、徒歩での移動になる。カシバニまで馬を使うという手もあるが、そうすると馬をカシバニに置いていかなければならない。出来るだけ逃亡の痕跡を残したくないので馬は使えなくなった。そのため、食料が大量に必要である。

「じゃあ、私が食料を調達してくる。お前は、他のものを買ってきてくれ」ゼンはそう言ってソロンに買い物リストを渡す。

「ありがとう。えーと…シアの服、シアのブーツ、シアの帽子にシアの手袋、シアの水筒…。え、ちょっと!多くない!?」

不平等だと抗議するソロンにゼンは、言う。

「おい、紙をよく見ろ」

そう言われてソロンは紙に視線を戻す。他に何も書かれていないが。どこをよく見れば良いのか。すると紙を持っていた左手の人差し指が違和感を感じ取った。カサッと紙がずれたのである。

「もしかして…」嫌な予感がする。

ソロンが二つ折りになっていた紙を開くとそこには、びっしりと文字が書かれていた。

「ちょ!?ゼン!さすがにいじm…」

即座に顔をあげると通り際の見知らぬおじさんが「え?」と目を丸くしている。ゼンはもうそこにはいなかった。さすがは隠密隊最強。ここから立ち去ったことにまったく気づかなかった。

ソロンは怒りと悔しさから叫びそうになったがここは城下町のど真ん中。道の真ん中で立ち止まっているだけでも不自然なのに叫び出したらつまみ出されてしまうだろう。

どうにもできない感情を抑え込もうとソロンは地団駄を踏んだ。そんなソロンの半径1メートル内には人がいない。みな、おかしな人を避けて道の端を通っているのだ。すでに「変質者」というレッテルを貼られていることに、怒りで回りが見えないソロンは気づけなかった。







時刻は夜7時。ソロンとゼンは最終列車に乗るため駅にいた。ちなみにソロンは買い物を4割ほどしかこなせていないが、それだけでも大量の荷物を抱えている。そんなソロンのとなりにゼンはスンっと立っている。こちらも大量の荷物を抱えているがソロンには到底及ばない。

ソロンは駅に着いたとき、ゼンに買い物がまだ終わっていないことを明かした。ヘトヘトのソロンに「あぁ、そうか」と、ゼンはその事を問題にしないで受け流した。これには怒りが再燃したソロンだが疲れすぎて怒る気力もない。駅に列車がつくとそれに乗り込み、ヨゴ村へと向かう。ソロンはくたくたなので、椅子に座ってすぐに熟睡してしまった。ソロンの頭が自らの肩に乗っていることも気にせず、ゼンは窓の外を眺めていた。







「んが?」

ソロンはぐわんぐわんと自分が揺さぶられていることに気付き目を覚ます。

「着いたぞ」自分を揺さぶっていたのはゼンだったみたいだ。

「ん……」まだ完全に起きてはいないがソロンは立ち上がり、荷物を持って半目で列車を降りた。

なんだか、列車に乗る前より荷物が軽い。はっとして自分の荷物を確認するとなんと、数が減っていた。

「やば…」そう言って列車の方を見るが既に時遅し。そこに列車の姿はなかった。ゼンがどうした?と心配してきたので振り向いて荷物を忘れてきた事を話そうとした。だが、言葉は体の外に出なかった。ゼンがソロンの買った荷物を持っていたからである。

「いや、ごめん…何でもない」

ソロンは困惑する。ゼンが優しさから自分の荷物を持っているのか。それともただ単に間違って持ったのか。そんな事を訊くのは恥ずかしいのでゼンの行動の真意は謎だが。

しかし、ソロンははっとする。そもそも自分の荷物がバカみたいに多いのってゼンのせいじゃないか?あれ?これって優しさっていうより、人として当たり前だよな?やらなきゃ人間じゃなくないか?

ソロンの怒りがほんの少し火を点けたが、ゼンがまだ人間を辞めていなかったため、多目に見ることにした。そんなゼンは、疲れを見せずに歩いていた。






「○○さん、王は脱走者の捜索を一端打ち切るそうです。『お前の好きにしろ』と。ただし、脱走者が王の権力の及ぶ範囲を、万が一出た場合、『奴』を送り出すそうです。この意味、あなたならわかりますよね。あなたも私も、脱走者の捕獲に失敗したら『奴』のエサになります。慎重にお願いしますよ」

男が「○○」に王の意向を伝える。

「絶対に失敗できない…か…。分かった。焦らずに進めよう、恐らく時間はあるはずだ」「○○」が答える。「○○」の言葉に「了解しました」と返事をして男は姿を消した。







翌日。ソロンが熟睡している中、ゴンゴンゴン!!!!と扉を叩く音がした。その音で跳ね起きたソロンは「な、なになに!?」とドアを開ける。するとそこには息を切らしたゼンが立っていた。

「よく聞け!?いいか…!ふぅ…」

「な、なんだよ…」

何かあったのだろうか。そんなになるくらい大変なことが。

「シアの捜索が…打ち切られた!」

ゼンの言葉の意味が一瞬分からなかった。しかし、すぐソロンはに驚く。

「はぁ!?何で!?」

急すぎる。こんな簡単に捜索を打ち切るなんてよっぽどの事がないと起こらない。

「デマじゃないの?その証拠ってあるの?」

少し落ち着いてソロンが訊ねるとゼンは右手で握りしめていた紙をソロンに渡した。

「えーと。『脱走者は必死の捜索の末発見するには至らなかった。ここで脱走者は死亡したと断定し、捜索を打ち切る』……ほんとだ…。ちゃんと城発行の印がついてる。え、この紙、どこにあったの?」

ソロンが訊ねるとゼンは答える。「今朝、村長の元に届いたらしい。村長も驚いていた。それで、村長の部屋にお前とシアを呼ぶよう言われ、私が来たということだ」

急げ、とゼンはソロンを促す。まだ、パジャマのままだがそんなことは気にしてられない。ソロンは急いで部屋に向かった。







ソロンがゼンと共に村長───セイロンの部屋につくとそこにはシアがちょこんと座っていた。

シアもソロンと同じ状況なのかパジャマ姿で目を擦っている。

「集まったか。ゼンから情報は聞いとるな?よし。なぜか、城が捜索を打ち切った。恐らく裏に何かがある。そこで、じゃ。ゼンに城へ向かってもらい、城の状況を探ることにする。潜入という形ではなく、あくまで参上という形でな」だから、とセイロン。

「ゼンが城から戻ってくるまでは、家から一歩も出てはいかんぞ。シアはもちろんだがソロンもじゃ。お前はシアを運んでいるのを目撃されているからな。わかったな」

「分かった」とソロンは頷く。ソロンは何だか嫌な予感がしてならなかった。







時刻は正午。ゼンが城から戻ってきた。シア、ソロン、ゼン、がセイロンの部屋に集う。

「よし。では、早速分かったことを教えてくれ」セイロンが促す。

わかりました、と「私はヨゴ隠密隊として、最近多発している謎の失踪事件についての話をする、という体で城へ参上しました。もちろん、姿を消して色々と怪しいところも調べてみました。兵士の立ち話なども盗み聞いた上での私の判断は『何の異常もない』です。何かを企てていたり、秘密裏に何かが動いてる様子、痕跡はありませんでした」ゼンは話す。

ソロンとセイロンは目を丸くして口をあんぐりと開いている。何もない訳がない。二人はこう信じて疑わなかった。まさか、城が本当に捜索を打ち切るとは思ってもいなかったのである。

「え。じゃ、じゃあ、シアは死んだことになってるの?」ソロンの問いに「あぁ」とゼンが答える。

「本当か?本当の本当に本当か?本当なんだな?」セイロンは未だに事実を飲み込めない。ゼンは、そんなセイロンがおかしいのか笑いながら「はい、本当です」と答える。

ゼンから返事をもらった二人は、お互いを見つめて、一瞬喜ぶ素振りをみせた。しかし、すぐにズーンと沈んでしまった。

「ど、どうしたんですか?」なぜ二人が沈んでいるのか分からないシアは困惑しながら訊ねる。もしかして、あんまり嬉しくないのかな…。シアは不安になる。

「いや、さ…」まず最初に口を開いたのはソロンである。

「なんだろう…。あの、シアを守るために今後どうするかとか考えに考えたじゃん。それに、村に居るのは危険だからって逃亡計画まで練ったじゃん…。俺なんて馬鹿みたいに買い物させられて、その結果、宝の持ち腐れ状態になっちゃたし…。なんだろう、苦労が、報われない…」

「わしだって、シアを守るために頑張ったんじゃ…。シアを家に受け入れて、どうすればいいか、考えて…。正直、わくわくしとったんじゃ…。冒険出来ると思ったんじゃ…」

場をわきまえない、失礼な物言いをする二人にゼンは「村長!そんなこと、言ってはいけません!お前もだ!ソロン!今はシアが自由になれたことに素直に喜ぶところですよ!」と渇をいれる。

「なに、村長まで『冒険したかった』なんて子供じみたこと言ってるんですか!これは、遊びじゃないんですよ!?生きるか死ぬかの問題なんです!ソロンもだ!苦労が報われないなんて言う状況じゃないだろ!」一通り良い終えるとゼンはシアに「大丈夫か?」と優しく声をかける。

「ふふ…」シアが声を出す。「ん、どうしたんだ!?」ゼンが心配になり声をかける。すると、シアは「アハハハハハハ!!」と大きく声をあげて笑った。二人があまりに失礼なことを言い出すから壊れてしまったのか。そんなシアを見てゼンはソロンとセイロンに対する怒りがピークに達して床をバンッ!と叩く。これにはセイロンも、「自分が買わせたくせに…」と愚痴を垂らすソロンも

ビクッとして背筋を伸ばした。

「何…してるんですか…。何、黙ってるんですか…。シアがこんなに…こんなに傷ついているというのに!!!!ごめんなさいの一言も言えないのかあぁ!!!お前らはああぁ!!!!」バンッ!!ともう一度床を叩き、ふぅー、ふぅーと呼吸を荒げて今にも二人を殺しそうなゼンに二人は口をパクパクさせる。もちろん二人はごめんなさいと言っているつもりである。

「ふざけてるんですか…!?ふざけてるんですか?ふざけてるんですかああぁあぁぁあぁあぁあぁ!!!!!!!????」ゼンが二人に飛び付こうとした時、「待ってください!」誰かがゼンを呼び止める。この状況でゼンを止められる者はただ一人。そう、シアである。

「そんなに怒らないであげてください。私は、別に壊れてなんていませんから…。ね?」シアが優しくゼンをなだめる。だんだんと冷静さを取り戻すゼンは、はっとし「申し訳ございませんでした!!」とセイロンの方を向いて床に頭を叩きつける。これにはセイロンも「だ、大丈夫じゃ。き、きき気にするな」と村長の威厳もない腑抜けた声で返すのが精一杯だった。一人、「俺は?」と口に出す男がいたがその声には誰も耳を傾けず、シアが話始めた。

「私は、嬉しいんです。そんなに私のために準備を進めて頂いたことに。気持ちが沈むということは、それほど私を守ってくれるために気持ちを作っていてくれたという事だと思いますから」

それに、と「私は、親以外に愛情を受けたことがありません。そんなに私の事を考えていてくれるなんて…、そんな経験がなくて…。何だか、恥ずかしくなって笑ってしまったんです。誤解をさせてすみません」シアは続ける。そしてゼンの方をみて「ゼンさんも私のために感情をあんなに激しく顕にするなんて。そんなに、私の事を思っていてくれるなんて…。私は、幸せ者です」

シアの素晴らしい演説に三人は、自分より年下の女の子に諭されるなんて、何だか情けなくなり「「「申し訳ございません」」」と3人同時にきれいに土下座をした。「だから、謝らないでください!」本気で困っているシアを見て、3人はごめんごめん、と小さく笑った。






「シアの捜索が打ち切られたってことは、村に留まるほうが安全だよね。危険が無くなったのに危険に向かう必要はないもんね」

そう話すのはソロンである。

「そうじゃな。だが、いくら捜索が打ち切られたからといってホイホイと警戒を解くのは阿保のすることじゃ。シアには、家を出ないでもらわないといけない。この家は、だだっ広いでの。遊ぶにも足りるだろう」セイロンもソロンの意見に続く。

「そうだね。その方がいいよ。シアもそれで良い?」ソロンが訊ねると、シアは「もちろんです。居させて頂けるだけでも感謝しかありません」と立派に答える。そっか、とソロンは反応して、そうだ、と「今日は、シア解放記念日ってことで俺が腕を奮ってご馳走を作るよ!」と言った。「それはいいな」ソロンの提案にゼンが賛成した。

捜索が打ち切られた事をこんなに祝えてしまうくらいにシアはソロンたちにとって大切な存在となっていた。会って約3日4日でこれほどの絆が芽生えるのはシアの不思議な魅力が為せる技なのか。

食事の時間まで各々自由に過ごすこととなった。





ゼンが部屋に戻ると、そこではシアが椅子に座っていた。ゼンの部屋はもう、シアとの共同部屋に変わりつつあった。

「また、想像の景色を眺めているのか?」ゼンが問う。シアはカーテンの閉まった窓をじっと見つめている。

はい、とシア。「いつか本物を見れる日が来ることを願って、眺めるだけで気持ちが落ち着くんです。今すぐに見てしまいたいという衝動を抑える事ができるんです」そう言ってカーテンを眺める。

「だが、モデルがないと。想像だけじゃ難しいだろ?」ゼンが訊ねると「夜の町を光でぱあっと明るくするんです。想像だけですから何となくですけど」シアは、カーテンを見ながら答える。そんなシアを見ていると何だかかわいそうな気分になる。

そこで、ゼンはあるプレゼントをシアへ用意した。シア、とこちらへ来させて自分の前に立たせる。背中にプレゼントを隠しながら喜んでもらえるかどうか不安に駈られるゼンは口を開く。「じ、実は、城下町に行った時に見つけてな。これなんだがいるか?」そう言って隠していたプレゼントをシアに渡す。

シアが手渡されたのは、二枚の風景画だった。一枚は昼間の城下町が描かれている。もう一枚は夕日に照らされる城下町の絵だ。

「……」シアは何も言わない。やはり、絵だけでは、不十分だったか?ゼンがそんな事を思っているとシアが突然泣き始める。

ゼンは戸惑う。絵が美しくて泣いているのか?それともただただ絵だけでは満足できずに泣いているのか?「どうしたんだ!?」ゼンが困惑しながら訊ねるとシアは鼻声で答えた。「こんなにきれいな絵、それに、お日様の絵を…。私、人から物を貰うなんて、初めてです…!いいんですか、もらっても…?」

「あ、あぁ!もちろんだ!朝日の絵は探したんだが無くてな。すまない、この二枚で我慢してくれ」そんなに感動されると思っていなかったゼンは照れぎみに答える。そうか…。シアにとってはすべてが初めての瞬間なんだな…。自分にもそんな時期があったのかもしれないが、まったく覚えていない。いや、初めての瞬間なんてもの、意識した事がない。今の自分には感動できるものがあるのだろうか…。あったとしても、シアのように心の底から感動はできないだろう。

回りが感動に囲まれているシアをゼンは少し羨んだ。






「○○さん、今はどんな状態ですか?このまま任せてもいいんですか?」

男が「○○」に訊ねる。

「あぁ、大丈夫だ。完全に油断している。このままいけば一ヶ月はかからずに捕獲できる」

「一ヶ月ですか!?そんなに長い時間が必要なんですか!?大丈夫なんですか?」男は驚きを隠せない。

「焦らずに進める、と言っただろう。急いでもボロが出るだけだ」

あまり納得はしていないようだが男は「…わかりました」と言ってどこかへと消えた。






ソロンは今、余りに余った保存食を活用して料理を作ろうとしていた。冷蔵庫には、今日にピッタリの「アレ」があったのでシアをビックリさせるためにもこっそりやらなければ…。そんなことを考えていると「ご馳走作るんだって?」と後ろから声がした。「うわ!」とビックリして振り向くとそこには、ダンが立っていた。

「お前、だから音をたてて生活しろって何回も言ってるだろ!?」

ダンはソロンに会いに来るとき、必ず後ろから声をかけるのである。昔から変わらない。

「いや、だってお前の反応面白いんだもん」

ダンが笑って言う。

「そういえばよ、シアちゃんの捜索打ち切られたんだってな。よかったじゃんかよ!」

「あぁ…うん。良かったんだけどさ、少し複雑なんだよな。せっかくいろいろ準備したのに」ソロンがそう言うとダンは「そんなこと言うもんじゃねーぜ!危険な旅がなくなったことに安心でもしときゃいいんだよ!お前みたいな奴は!」相変わらず笑いながら反応する。ダンもゼンのようにソロンを注意した。ダンにも常識はあるらしい。ノリは違うが。

「それで、何のようなんだ?」ソロンが訊く。

「いや、よ?俺さ、未だにシアちゃんと会ってないんだよな。どこにいるか知らねーかなって。挨拶したいじゃん?そろそろ」

まだ、会ったことないのか。そう思いながらソロンはシアがどこにいるかを思い浮かべる。シアがこの家で知っている場所は……ゼンの部屋、じいちゃんの部屋、食事場、大浴場、トイレ、くらいだろう。シアはここにいないので、まず食事場は候補から消える。じいちゃんの部屋にもさすがいないだろう。すると残るのはゼンの部屋、大浴場、トイレ。今は、午後6時を回った頃なのでゼンが大浴場を掃除している。シアは、ゼンに懐いているので、一緒にいる可能性が高い。ソロンが導きだした答えはズバリ「女湯」!!

その事をダンに伝えると「女湯かよ~!シアちゃんもしかして俺から逃げてるのかな~?あ、ご馳走楽しみにしてるぜ~!」といってどこかへと行ってしまった。お礼くらいしてけよ…。食事場には、寂しげな背中をしているソロンだけが立っている。






シアは女湯…ではなくゼンの部屋にいた。先ほどゼンからもらった風景画を眺めている。

すごい…。お昼ってこんなに空が青いんだ…。太陽はこんなに照っているのか…月とは比べ物にならない。

次にシアは夕日の絵を見る。これまたお昼とは印象が違う。

空がオレンジ色になってる!なんでだ?さっきは青かったのに…。太陽もお昼は黄色っぽい色だったのに対して濃いオレンジ色になっている。なんだか、もの悲しい雰囲気が漂っているように見える。お昼の絵を「元気!」とすると夕方の絵は「寂しい…」という感じがする。

この二枚の絵はシアに大きな影響を与えた。今までシアは自分のイメージのみで風景を想像していたが、それと実際は大きく異なることが分かった。シアのイメージでは空は白色で、太陽は月のように黄色に近い光を放っていた。雲の色は夜と同じ灰色を想像していたが雲は白かった。

シアは、そんな風に自分のイメージと現実の違いを見付けるだけで楽しむことができた。

自分の新たな世界の扉を開いてくれたゼンにお礼がしたい。そんな気持ちが芽生えるのは当然の事だった。







午後7時。食事場のテーブルには、ソロンの作った「ご馳走」が並んでいた。ソロンがみんなを呼ぶ。ゾロゾロとみんなが集まってきた。今日はソロンがご馳走を作るということで、皆ご飯の時間をそれに合わせたのである。ざっと百人はいるだろうか。しかし、大量に買った保存食を材料としているため量は十分に足りるだろう。ソロンのご馳走を楽しみにしてきた隠密隊と育成チームはその料理を見て絶句する。最早、料理と呼べるのか、これは。皿の上にはなにやらごちゃごちゃした「ご馳走」がのっていた。

一番最初に口を開いたのはダンである。

「ソロン?一体何なんだこれは?」

皆同じ事を思っている。これが何なのか。ソロンは答える。

「何って『ご馳走』だよ。分からないの?」

そう答えたソロンの目は死んでいた。ソロンの悪い癖が発動している。必殺「責任逃れ」である。この状態になったソロンは大抵何かをやらかしている。シア以外の皆は、それを知っている。




時を遡ること一時間前。ダンから解放されたソロンは早速調理を開始した。まず魚系の保存食をフライパンで焼いてみる。するとすぐに以上が起こった。魚の色が変色し始めたのである。だんだんと中心から青くなっていくそれに驚き、ソロンは急いで火を止める。魚が入っていた缶を見てみる。缶の裏側には、注意書きがあった。ソロンはそれを口に出して読む。

「えーと、『※注意 この保存食は既に調理済みであり、特殊な加工を施しております。熱を加えると変色し、味が変わってしまいますので、料理に使用のはお控え下さい。尚、栄養成分は変化ませんのでご安心下さい』」

まじか…。ソロンは頭を抱えた。作業を効率化させるため、つまり、少しでも楽をしようと、同時調理をしていた。馬鹿みたいに多い保存食を少しでも減らそうとフライパン一つに4つ×火にかけたフライパン5つ=20の魚を青く変色させてしまった。ここで、ソロンの特性「ケチ」が発動する。

栄養成分は変わりないらしい。つまり捨てるのはもったいない。見た目がグロくて味が未知数なだけである。こういうやつを隠す料理をソロンは知っている。鍋。とりあえず煮込んどきゃなんとかなる。謎の確信を抱き、特注の鍋を用意する。大人数用の鍋である。これ一つでざっと50人は賄える。専用のコンロが必要なため同時作業ができないのが玉に傷である。

鍋に水を入れて床に設置してある巨大コンロにやっとの思いで乗っける。大きくて一度に作れる量が多い分、アホみたいに思い。偉大な先人が発見したいろいろな原理を使わないとまず動かない。

脚立に乗って青くなった魚を鍋へとぶちこむ。そこで、ソロンはあることに気づく。

20匹だけ青いとか不自然じゃないか?

青い時点で十分に不自然だが、今のソロンにそんなことは関係ない。バランス。それさえどうにかすればなんとかなる。謎の持論を信じて、魚の保存食を鍋へとぶちこむ。青く変色した魚がプカプカと浮かんでいる。ソロンは気づく。緑の魚が増えてる。なぜだ!?ソロンはもう一度裏の注意書きを読む。

「『※注意 この保存食は既に調理済みであり特殊な加工を施しております。熱を加えると変色し、味が変わってしまいますので、料理に使用するのはお控えください。』」

注意書きには「青く変色」ではなく「変色」と書かれている。これから察するに料理によって変色する色が変わるのだろう。鍋に視線を戻すと確かに青と緑が混ざったおぞましい魚が泳いでいる。こうなったら開き直るしかない。すべてはバランスが大事。見た目がグロいならグロい路線を貫く、それに限る。ソロンは、買ってきた保存食の3割をその鍋に入れた。干し肉も果物も。選り好みせずにバランスよく入れた。もちろん鍋は魔女が煮込んでそうな色合いである。よく混ぜると結局、抹茶色(緑)に落ち着いた。一つを作り終えてソロンはふぅと息をつく。もう、自分でも歯止めが利かなくなっているのが分かる。隠密隊と育成チームが皆来ることを想定するとこの鍋があと一つ必要である。ソロンは一応人数分を作った。変なところで律儀になるのは、自分でも分かっていた。だからこそ歯止めが利かなくなっているのが分かった。2つの鍋をそれぞれ台車にのせる。あとは盛り付けるだけだ。ソロンはその「ご馳走」を律儀に約百皿に盛った。




時は戻って現在。「ご馳走」もとい「魔女のスープ」が入った皿がテーブルにきれいに並べられている。料理以外を完璧にこなすことでなんとか誤魔化そうとしているソロンの思惑がビシビシ伝わってくる。そんな中、偏見の目を持たないシアが椅子に座り「食べないんですか?」と皆に問う。「あ、あぁ!食べるぞ?ほら、皆席に着け!」ゼンがしゃべる。ゼンに言われてしまっては誰も逆らうことはできない。皆皿が足りなくなることを願ったが、ソロンを含めた全員と皿の数がピッタリと合う。一人ご機嫌に「いただきます!」食べ始めるシア。皆はシアの反応を待つ。これによって待つのが極楽か地獄かが決まる。

シア 「お」

ほか「「「お?」」」

シア 「お」

ほか「「「お?」」」

シア 「お」

ほか「「「お?」」」

シア「大人の味がする」

ほか「「「!?」」」

大人の味がする。そう言ったシアの顔は何となく凛々しく見える。

大人の味がどういう味かは分からないが、シアが淡々と食べ進めるため、皆の食べたくないという気持ちにだんだんと好奇心が勝っていく。

そうしてほぼ同時に一口目を口に運んだ全員の最初の一言。

「「「「「「「大人の味がする」」」」」」」







大人の味を堪能したゼンがシアと共に部屋に戻るとシアが「あの…」と話しかけてきた。

「どうしたんだ?腹が痛いのか?」

大人の味を食べ終えた後のため、シアが腹を壊したのではないかと心配になるゼンだったがそれは杞憂だった。

「いいえ、そういうわけじゃないんですが…」実は、とシア。

「あの絵のお礼をしたいんです。でも、何をすれば良いか分からなくて…私は、お金を持っていないので物は買えませんし、かといって自分で何かを作る技術もありません。何か出来ることはないでしょうか?」

どうやらシアは絵のお礼がしたいらしい。が、物で返すことができないので何かをさせてくれ、というわけだ。

「いや、別に無理することないぞ??シアは私がかわいいものに目がないことを知っているだろう。視界にシアが居るだけで全然お礼になる」ゼンがそう答えると

「それではだめです!何かさせてください!」とシアも引かない。何かさせないと収まる気がしないので

「じゃあ、また、一緒に風呂に入ってくれ。それで良い」とゼンが提案すると

「それじゃあ何もしていないのと一緒です!他にも何かありませんか?」とまだ利かない。

「わかった。じゃあ、風呂から上がったら肩を揉んでくれ。それなら良いだろう?」

「わかりました!」

納得して笑顔になるシアを見て、ゼンは心が温まった。







風呂上がり。シアがゼンの肩を揉んでいる。しかし、その指には力が感じられない。

「無理することないぞ?シア。のぼせ気味なんだから。倒れられたら困る」

ゼンと共にお風呂に入ったシアは、相当にゼンが好きなのか、ぬるま湯ではなく、ゼンと一緒の熱い湯の方に浸かった。パシオ族は他の種族に比べて体温が低いため、「熱い湯」とはパシオ族のシアにとって熱湯と同じようなものである。

もちろんすぐにのぼせそうになり、風呂から上がったあとも少しクラクラしている。そんな状態でも「肩を揉みます!」とやる気満々のシアをゼンが拒めるわけもなく。形だけの肩揉みをされている。

ゼンはなんだか懐かしい気分になる。自分も小さい頃、やらなくても良いと言われた肩揉みを、意地になって必死にやったことがあった。当たり前だが肩を揉めるわけもなく、肩の上で指を動かしてやった気になっていた。

そうか…。やられる側はこういう気持ちなのか。シアが一生懸命に肩を揉んでくれている。しかし、肩の上で指を動かしているだけで実際は揉めていない。ただ、自分のために何かを必死にやってくれるのはとても心が温まるし何より嬉しい。小さい頃の自分とシアを重ねて懐かしい思いをしたゼンは「もう、いいぞ」と言ってシアの方を見る。「わかりましたぁ」まだクラクラしているシアにゼンは少し笑ってしまった。「部屋に戻ろう」そう言って二人は部屋に戻っていった。出会ってからの時間は短いが、その後ろ姿はまるで母と娘である。







シアが村長宅に来てから1ヶ月が経った。時が過ぎるのはあっという間で、シアも村長宅に大分慣れてきた様子だ。最初は敬語しか話さなかったシアだが徐々に敬語を使わなくなっていき、今では村長のみに敬語を使っている。そんなシアは育成チームの同年代の子と一緒にいることが増えてきている。ソロンは、シアに友達が出来るか不安だったが、心配する必要はなかったみたいである。同年代の女子と楽しそうに話すシアは、1ヶ月前とは大分変わっている。伸ばしっぱなしだった長髪は肩で切り揃えられ、痩せこけていた頬も大分ふっくらしてきた。体も全体的に肉がついてきて健康そうである。

しかし、ある時、事故が起こった。シアと共に中庭で遊ぼうとしたシアの友達がシアを外に連れ出し、その結果シアが意識を失ってしまったのだ。異常を感じた友達がすぐにシアを日陰にやり、大人を呼んだため、大事には至らなかったが一歩間違えば取り返しのつかないことになっていた。

そのシアの友達が無理矢理シアを日陰に外に出したとばかりに思われていた。しかし、その友達はシアが自分から外に出たと言い、シアに確認したところ、シアは自分から外に出たという事がわかった。

シアは今、ゼンの部屋のベッドの上で休んでいる。そこへゼンが水を持って部屋に入ってきた。

「具合はどうだ、シア。よくなったか」

ゼンが訊ねるとシアは「うん」と一言だけ返す。明らかに元気がない。倒れたからという事もあるだろうが、それだけではないのだろう。ゼンは水をテーブルに置きながら訊く。

「どうして外に出たんだ?危険だとわかってただろう」

ゼンの問いにシアが答える。

「ちょっと、出たくなっちゃって」

シアは嘘を吐いている。

「母親との約束はどうしたんだ?太陽の下には出ないって約束したんだろう?絶対に破らないと言っていたじゃないか」

「覚えてたんだ……。うん、約束破っちゃった」

ゼンが問うとシアは小さく答えた。カーテンと窓の隙間を見つめているためどういう表情をしているのかは、分からない。だが、恐らく悲しい顔をしているだろう。

「母親との約束を破るほどの出来事があったのか?……もしかして、いじめか?」

ゼンはド直球に訊いてしまったことを後悔するがシアは、「そんな、いじめなんてないよ。皆優しくておもしろいよ」と問題なく答える。この言葉に嘘は無さそうだ。

「じゃあ、何があったんだ。教えてくれないか?私は、心配してるんだ」

しゃべり方の癖でつい強い感じに訊いてしまった。それが影響してか、はたまた気分の問題か。少しの間をおいてシアが話し出す。

「ゼンはさ、幼い頃に親と離れてここに来たんだよね。その時ってやっぱり寂しかった?」シアの質問にゼンは正直に答える。

「前も話したかもしれないが、やっぱり私も幼かったからな。それは、もちろん寂しかったぞ。連日大泣きするくらいな」

「あはは、そういえばそうだっけね。話してた」少し間をおいて

「私も地下牢に居たときは何回もお母さんと離ればなれになったんだ。拷問の時間になるとお母さんと離されて。そして意味もなく痛めつけられるの。小さい私を何度も何度も殴るの。パシオ族は怪我の治りが早いからどんなに殴ってもすぐには死なないってわかってるんだよ」と自分についてシアは語った。

ゼンには黙って聞く事以外できなかった。重い話に口を挟めるほど愚かではない。ここは、黙って聞くべきである。

「でもね、拷問が終わるとまたお母さんに会えるの。それで傷だらけになった私を『ごめんなさいごめんなさい』て謝りながら、泣きながら抱き締めるの。その時の私はお母さんが何で謝るのかわからなかったけど、今思うと『こんな環境に生まれさせてしまった事を許して』ていう意味なのかなって」そんなこと思えるわけないのに……シアは小さく呟く。

「ある日、お母さんが地下牢を出ていって一日中帰ってこなかった時があったの。私は怖くて、寂しくて泣き疲れて眠るまでずっと泣いてた。次の日、お母さんが城の兵士に蹴飛ばされて帰ってきたの。でも、なんだか様子がおかしいの。倒れたまま動かないの」シアの話し声に泣き声が混じる。

「それで……ね。お母さんに近づいたの。そしたら…笑ってたの。

私は、なんだかお母さんが遠くへ行っちゃうんじゃないかって、不安になって『行かないで。行かないで。行かないで…』てずっと喋りかけたの。そしたら『大丈夫よ。シア…。私は…あなたのずっとそばにいるからね』って。『あなたは人を癒す力があるのよ。そんな自分に誇りを持って生きて』って。最後に『大好きよ』って言って動かなくなっちゃったの。私は、お母さんは眠ったんだって、また起きるはずだって、ずっとそばにいて待ってたの。そうしてたらいつの間にか寝ちゃってて、起きたら誰もいないの。隣にいたお母さんがいなくなっちゃったの」シアがこちらを見る。目からはそれがどれだけ辛かったかを物語る涙が溢れに溢れていた。そして、鼻水を啜りながら

「ゼン。私…怖かったの…。皆が明るいところにいるなか私だけが暗がりにいて。また、置いてかれちゃうんじゃないかって。私だけが一人。寂しくなるのが嫌で…あんなに大好きだったお母さんとの約束…破っちゃった…」

シアは話終えると、抑えきれなくなった感情のままに泣き叫んだ。ただ一人置いていかれる寂しさをゼンは誰よりも知っている。自分もシアと同じように母親と離ればなれになる過去があったから。シアを自分のようなひねくれた人間にはしたくなくて。ゼンは泣き叫ぶシアを抱き締めた。「大丈夫だ。大丈夫だ」と。「お前は一人じゃない」と。ゼンは涙を堪えながらシアを抱き締め続けた。シアが泣き止むまで。いや、泣き止んでもシアがゼンの背中に腕をやり、離さなかった。そのままシアが満足するまで抱き締めていた。






「ごめんね、ゼン。心配かけて」

少し落ち着き、ゼンが持ってきてくれた水を飲みながら、シアがしゃべる。

「もう大丈夫だと思う。ゼンが居てくれれば寂しくないから」

「そうか」とゼンは部屋の出口へ向かう。

「しっかり休むんだぞ」そう言い残して部屋を出た。




シアが中庭で倒れる二時間前。村長宅の空き部屋にて。

「○○さん、もう限界ですよ。いくらなんでも長すぎます。1ヶ月はとっくに経ちました。王も機嫌が悪いと専らの噂です。王が待てずに『奴』を送り込むなんてことになったらおしまいですよ!?『奴』の恐ろしさは、あなたも分かってるはすだ!」

男は語気を強める。

「『奴』か…。そうか。『奴』の出動だけは、阻止しなければ

ならないな…。だが、仮に『奴』を寄越したら、脱走者の身も危ういだろう。それは、王の本意ではないはずだ」

「○○」は男に問う。

男はため息を吐いて答える。

「だから、私は急いでいただきたいんです!王が脱走者を用済みと見なす前に!王の気分が変わらないうちに!もし、そうなれば脱走者もろとも『奴』のエサとなります…!」

「そうか……わかった」

そう言うと「○○」──ゼンは男の前から姿を消した。

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