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少女シア

ここは、帝国ヨーグの領地内にあるヨゴ村。その村の小さな病院の一室。そこに二人の少年少女がいた。ソロンは、場の空気が和んだ事を感じ、話を切り出した。

「もう体は大丈夫なの?」

この少女は先ほど川に倒れていたところを助けられ、病院に運ばれてからまだあまり時間が経っていないのである。

「ちょっと疲れがあるけど元気が出てきました。あの、私を助けてくれたのはあなたなんですか?」

少女が訊ねると、少年は照れくさそうに

「うん。釣りの帰り道に川で倒れた君を見つけたんだよ。死んでるンじゃないかって驚いたけど、息があったから慌ててここへ運んできたんだ」

少年が説明すると少女は「助けていただきありがとうございました」と頭を下げた。

少年はほっとして「よかった。助けてよかったんだね」と小さく笑った。

「私はシアといいます。あの、お医者様はどこへいるのですか?ぜひお礼を言いたいのですが」

あ、そうだったと少年は「僕はソロン。ばあさ…お医者様は、村長に君のことを伝えにいったんだよ。あと十分もすれば帰って来るんじゃないかな」と伝えると、急にシアの顔が曇った。

何かまずいことでも言ってしまったのかとソロンが不安を覚えていると、シアが口を開き「ちなみにここはどこなのですか?」と訊ねてきた。

「ここは帝国ヨーグっていう国の辺境のヨゴっていうところだよ」できるだけ不安を悟らせないよう明るい声でしゃべったのが悪かったのか、シアは目を三池港開いて「ヨーグ…ですか?」と震えた声で言った。





「帝国ヨーグ」。それはシアが今一番耳にしたくない言葉だった。シアはパシオ族が持つ魅了の目という力を使い、拷問の最中に城を抜け出してきたのだ。パシオ族は、自分に少しでも好意を持つ相手の目を見つめるとその相手を操ることができる。しかし、操られている者が痛みなどの刺激を受けるとその効果は切れてしまう。それに強い集中力と体力を使うので相手にもよるがあまり持続ができない。

シアは一年前から拷問兵と距離を縮めようと努力してきた。目が合ったら小さく微笑んだり、積極的に話しかけたり、と色々な方法で距離を縮めていった。

拷問は夜、拷問小屋で行われる。拷問をする意味は長い年を経て変わり、今はパシオ族を衰弱させて脱走を抑制するために行われている。地下牢から少し歩いたところに拷問小屋がある。地下牢は、城の裏側にあるためまず人がいない。そのため拷問小屋にいくまでの道が一番手薄である。シアは合計で三人いるうちの最も若くまだ女を知らないような兵士に狙いをつけた。拷問兵はローテーションで見張り、拷問、記録の役目を繰り返す。シアを移動させるときにつく兵士は、決まって見張りと拷問の係である。拷問兵がシアの後ろを歩き少し距離を取って見張りの兵士が歩く。大陸のパシオ族は光が苦手なため夜でも明かりがあるところは通らない。つまり死角が多くなるということである。計画を緻密に立てながらシアは脱走計画を実行していった。

最初の頃は、蔑んだ目で唾を吐かれたこともあったり、拷問の内容が重くなったりということがあった。しかし、だんだんと続けていく内に心を開くようになり目が合えば微笑み返してくれるまでに、関係は進んだ。名前も教えてくれてノナハというらしい。その頃にはノナハの拷問は軽くなり、ノナハがシアの後ろを歩くときは、バレないように少しだけ話をした。相手に話を合わせてできるだけ笑顔を保った。

そして、脱走の日。いつものように拷問を終えて地下牢に戻るとき、ノナハが見張り役の兵士に「今日は、俺一人でいいよ。だから、代わりに俺の分の食事も用意しておいてくれ」と伝えると、見張り役はただついていくだけの面倒くさい仕事が一つ減ったことを喜び、わかった!頼むぞ!と残して去っていった。拷問兵がついていくだけ、と思うほどパシオ族の脱走は考えられなかったのである。もちろん、シアがノナハに「帰りは二人きりがいい」と拷問小屋に行くときに話したため、ノナハが話を切り出したのである。そして二人きりになって地下牢前で止まると「ノナハ」と言って彼の目を見る。やったことがないため成功するか不安だが、親に教えてもらったことを信じて、集中してじっと目を見続けた。ノナハもこちらの目を見続けている。なかなか何も起こらないので失敗したのかと視線をそらすと、おかしな点に気づいた。ノナハが動かないのである。その目は先ほど自分の目があった場所をじっと見続けている。ノナハはとっくの前に操り人形になっていたのである。

試しに右手を上げて、と命令するとノナハはゆっくりと右手を上げた。目線は変わらないので少し不気味だが、今が脱走のチャンスである。そのまま城の裏側の扉を開けてもらいすぐに外に出た。

シアはあっさりと脱走計画が成功したことへの喜びと、早くここから離れなければという焦りからそのまままっすぐ全速力で走った。

ノナハが操り人形から目が覚めたのは遅いと心配になった見張り役がノナハを迎えに来たとき、シアが崖から川に飛び込んだ後のことだった。シアが使った人を操る魅了の目は、相手の好意が大きければ大きいほど効果が大きくなる。ノナハは、それほどまでに美しいシアに魅了されてしまっていた。





どうかしたの?そう聞こえた気がしてシアはハッとする。声の主はもちろんソロンである。「やっぱりまだ寝てた方がいいよ」と心配そうに言ったソロンは、毛布を自分にかけようとする。シアは「大丈夫。それよりちょっとお外に行きたいです」と焦りから、起きたばかりの怪我人にしては急なお願いをしてしまった。

「そう?立てる?立てなかったら肩貸すよ?」

正直まだ逃げるほどの体力は戻っていないが事態は一刻を争う。恐らくシアの脱走はバレて捜索隊が自分を探しているだろう。

少しでも遠くに行かなければ、そう思ったときシアは、大事なことを思い出した。

「ソロン」

「何?」

恐る恐る訊いてみる。

「今は、朝ですか?…それとも夜ですか?」

この部屋には窓がなく外の状態を確認することができない。仮に朝だった場合、逃げるには相応の準備が必要である。だからこそ、朝か夜かは、シアの生死を決める重要なものである。

「え?なんで?」そこ重要?という感じがソロンからジワジワ伝わってくる。当然である。仮に外の空気が吸いたいのであれば、昼夜を気にする必要はないし、外に行くことに昼夜が重要であることはそうそうないだろう。

「いや…ひ、日焼けが心配で!焼けやすいんです。お、お肌が」

苦し紛れの言い訳だが、ソロンはそっか!と納得の表情を見せた。

「今は、お昼だけど、多分気にする必要はないんじゃないかな?今日は、日差しも強くないし」

「そうですか…」その言葉は、小さく悲しい余韻を残して部屋に消えていった。






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