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奴隷の革命

ソロンの部屋は重い空気に包まれている。誰も喋らない。ただただ沈黙が続き、その沈黙の時間が重い空気をよりどんよりとさせている。

シアの失踪事件の犯人は、ゼンとダンだった。怒りやショック、戸惑いがソロンの頭の中を駆け巡っている。ごちゃごちゃして、もう、何がなんだかわからない。

もしかしたら、疲れで幻覚を見ているのかもしれない。しかし、その可能性を無くすようにゼンが沈黙を破る。

「正直、こんなに早く見つかるとは思っていなかった。さすがだな、ソロン」

ゼンがソロンを称えた。

何言ってるんだ?…他人事のように。そんなゼンの態度がソロンの怒りを爆発させた。

「なんだよ!それ!さすがだなって、何感心してるんだよ!ふざけんな!何でそんな余裕なんだよ…、ゼンとシアはあんなに親しかったじゃないか!シアと過ごしてた時間は全部嘘だったのかよ!なんとか言えよ、ゼン!!」

ゼンは黙っている。そんなゼンの代わりにダンが立ち上がって答えた。

「隠密隊は私情を挟まないんだよ!王からの命令は絶対なんだよ!そんなことも分からねぇのか?これは俺たちの『仕事』だ…。そんなお子さまなお前が口出せるほど甘い世界じゃねぇんだよ!」

ダンも感情的になっている。鎮火された二人の怒りにまた火が灯る。

「『仕事』なんて言葉、ただの逃げだ!お前は、せっかく笑顔を取り戻したシアによくそんなことができるな!お前もゼンも最初から…、最初からシアを守る気もなかったのかよ!?」

「うるせぇ!!お前は何にも縛られてねぇからそんな事が言えんだよ!人の気も知らねぇで…!俺たちは、隠密隊だ!仕事は仕事なんだよ!お前だったら分かるだろ!?」

ゼンとダンが口論をしているとその騒ぎを聞き付けた他の隠密隊が「なんだ?なんだ?」とソロンの部屋に集まってきた。

人が集まってきて、少し冷静さを取り戻した二人は黙る。

すると、集まっていた隠密隊の中からセイロンが出て来て部屋に入ってきた。

「いったいどうしたんじゃ、二人とも。ゼン、なぜあいつらは言い争っていたんじゃ?」

セイロンがゼンに訊ねた。

「その事については、後で私が詳しく教えます。そこで、お願いがあります。家にいる隠密隊を全員、食事場に集めてくれませんか?」

セイロンは「…わかった」と集まっていた隠密隊に食事場に全員を集めるよう言い渡して自身も食事場へ向かった。

「二人も来てくれ。すべてを話す」そう言ってゼンも部屋から出ていった。ダンもそれに続く。

ソロンは一人になった部屋で大きく深呼吸する。そして食事場へ向かった。







「よし、みんな集まったか。実は大事な話があってな。こうして集まってもらった」

ゼンはそこにいる隠密隊のみんなに真相を語った。自分が城と繋がっていたこと。シアを連れ出したこと。

「すまない。すべては私が仕組んだことだ」

みんな黙っている。驚いている様子だが、ゼンを咎めるものは誰一人いない。自分たちも同じ境遇だったらゼンと同じような選択をすることがわかっているからである。

「俺からも言わせて下さい。みんな、本当にすいませんでした。」

他の隠密隊と一緒に聞いていたダンが立ち上がって言った。

食事場は沈黙に包まれる。そんな中、誰かが口を開いた。セイロンだ。

「ゼンとダンの事は誰も咎められん。同じ隠密隊として自分たちも気持ちは一緒じゃからの。しかし、ゼン。それだけを言うためにわざわざ皆を集めたのか?」

ゼンがそれに答える。

「いえ、それだけではありません。私も、恐らく皆もシアがなぜ捕まっていたのか知らないのです。匿う際にシアが追われの身であることは村長から聞いたと思います。しかし、それ以上の事は聞いていません。そこで、村長から話を聞きたいと思っています。村長、恐らくソロンも何か知っていますよね。それを私達に教えて下さい」

なるほど。みんな、シアがなぜ追われているのか知らないのか。それを聞くために。でも、なぜ今?ソロンがそんな事を思っているとセイロンが「わかった」と言ってみんなの前に出る。

セイロンがシアの素性、脱走の理由を話す。みんなは声を出して驚いていた。予想以上にシアが悲惨な状況だったことに。

「そんな、ひでぇ話があんのかよ!」

「大戦中のアレも、シアたちの血だったてことか!?」

「そんな事実知らなかったぞ!?」

「まさか、そんな存在がいるなんて…」

皆が口々に言う。

「ありがとうございます、村長。ようやく決心がつきました」

「決心?」

ソロンは、ゼンが何を決心したのかあまり分からなかった。

「私は、シアを連れ戻す。皆もそれに協力してほしい」

場が一瞬で凍る。「シアを連れ戻す」それはつまり、王に逆らうすなわち、国に逆らうということである。

「いったいどうするの?」ソロンがゼンに訊く。まさか、ノープランでそんな事を抜かしているのか。

「私は、この国はもう長くないと踏んでいる。奴隷が国の半数以上を占めるなんてあまりにおかしすぎる。奴隷たちには人権がない。私はそんな、金だけを持っている奴が楽をする国はこれから生きていけないと思っているんだ。8年前に大戦が終わったにも関わらず、法の整備も人権回復もしていない。この国の王政は、腐っているんだ。今の話を聞いて確信した。だから、私は国を変える。それで、シアを連れ戻す」

ゼンが質問に答えた。国を変える。正気だろうか。確かにゼンは恐らく国の中でも指折りの強者だが、国を変えるなんて無茶がある。机上の空論だ。

「何言ってるんだよ。今さらシアを連れ戻そうって。自分が引き渡したんだろ」

ソロンはまだ、ゼンとダンを許せていない。自分は隠密隊ではないから。

「お前…!まだそんなこと言っ…」

「ダン、よせ」

ダンが言い返してきたが、ゼンがそれを止めた。

「確かにシアを城へ引き渡したのは私だ。それは変えようのない事実だ。だからこそ、私はシアにもう一度会って許しを乞いたい。今、シアが城でひどい目に会っていると思うと、自分が許せい。私は、私情を殺して任務を成功させた後、自分の部屋に戻った。そこには、いつもいたはずのシアがいないんだ。1ヶ月という短い間だったが毎日シアがそこにいたんだ。やはり、大切なものは失ってから気づくとはよく言ったものだ…。部屋で私は泣いたよ。泣いても、泣いても虚無感は消えない。心にポッカリ穴が開いている気分でな。私がどれだけシアに深い愛情を持っていたかを痛いまでに知った」

ソロンはなにも言えない。ゼンがどれだけ苦渋の決断をしたかが痛いほど伝わってきたからだ。これは、許さざるを得ない。ダンも仕事と割りきって感情を抑え込んでいたのだろう。冷静になってみると、さっきの言い争いも自分が一方的に否定した事が原因だったかもしれないと思ってきた。

「でも、どうするの?国を変えるなんて…。革命でも起こす気なの?」

ソロンが質問する。

「あぁ、そうだな…革命だ。だが、起こすのは私じゃない」

私じゃない?どういうことだ?間を空けてシアが言い放つ。

「奴隷逹だ」







ん?あれ?ここは…どこだ?地面に草が生えてる。なんだか周りも明るい。上を向くと青い空が広がっていた。

「ここって………外!?」

自分は今、外にいる。しかも太陽がまだ頭上にある。

「なんで……!?全然平気…!」

「おーい!」

後ろから突然声がした。慌てて振り向くとそこにはゼンがいた。他にもソロンやセイロン、育成チームの友達など村長宅に住む皆が手を振って、笑っている。自分はどうやら、光を浴びても大丈夫みたいだ。すぐに皆のところへ走って向かう。

しかし、シアはたどり着けなかった。残り二メートルくらいの所で急に景色が変わったのである。そして、だんだんと辺りが暗くなっていった。回りに何もない暗闇の中、シアは一人でポツンとそこに立っている。

「あれ…みんなは…?」

そう疑問を感じていると上の方から「おーい!シアー!」と皆が呼んでる声がした。どうやら、深い穴に落ちてしまったらしい。助けてもらおうと叫ぶ。いや、叫ぼうとした。

「……。………!!…………………………!!!!」

声が出ない。何で…?さっきまで出てたのに。

「おーい!シアー!」

上から聞こえる声がだんだんと遠くなっていく。待って!私はここだよ!助けて!口を動かしても声が出ない。やがて上から声がしなくなった。

「なんで…、声が出なかったの?」

今はしっかり声を出せる。声が出なかったのは助けを呼ぼうとしたときだけだった。上を向くといつの間にか夜になっていた。完全な真っ暗闇。星も見えない。すると、どこからか足音がしてきた。だんだんこちらへ向かってくる。コツコツ。コツコツ。

「だ、誰?何なの……?」

足音が止んだ。そして、急に肩を掴まれた。シアは驚いて、振り替える。そこには、顔は見えないが兵士らしき格好をした男がいた。そして、自分に向かって言ってきた。

「拷問の時間だ」

その瞬間、目の前にいた男は消えた。何だか身体中が痛い。拷問の後なの?

何だか目の前の光景が90度傾いている。しかも、何だか人がいる。まだ、視界がはっきりしない。その時、背中に強い衝撃があ走った。痛い!

「う、うぅ……」

頭がスッキリしてくると、今の自分の状況が分かってきた。自分は今、横に倒れている。手足はなぜかは動かない。

「…きろ」声が聞こえる。

「起きろ…」起きろ?だが、手足が動かないので起き上がれない。

「起きろ!」

その声と共に背中に激痛が走る。その瞬間、視界がクリアになった。

「う…ぅ……ここは…?」

周りにはいっぱい人がいた。

「起きました」

後ろから声が聞こえた後、足音が鳴る。少し歩いて止まったのが分かる。

「起きたか…、まったく………。手間をかけさせおって」

シアはこの声に聞き覚えがない。誰だ?声の方向を見る。そこには、若い男が豪華な椅子に座っていた。男の前には眼鏡を掛けた男が立っている。

「目が覚めたか?ハハハハ!無様な格好だな。まぁ、ひとまずは『よく帰った』とでも言っておこう」

よく帰った?どういう意味か。ここは村長宅ではない。シアは気づいた。そう。ここは村長宅じゃない!そこ以外で「よく帰った」とはあそこしかない。その事実がシアを絶望させる。

なんで!?なんで城にいるの!?この場所は見たことないが、城しかあり得ない。回りにいた男逹の格好が城の兵士服だからだ。

「驚いたか。晴れて巣箱へ戻ってきたというわけだ。ただでさえ数が減っているというのに…。悪いことをした罰が必要だな…」

若い男が「やれ」となにかを命じた。その瞬間辺りが明るくなる。まぶしい…。苦しい。息が上がってくる。動悸が激しい。

「あ…ああ…ぁああぁ…!!」

シアは呻き声を上げて意識を失った。







「「「「「奴隷!?」」」」

皆が一斉に声をあげた。何を言っているのだろう。

「正気か!?奴隷なんて、数が多いだけで戦えるとは思えない!」誰かが言った。

その通りだ。奴隷は人権がないため人以下の扱いを受けて衰弱しているのがほとんどだ。健康的な奴隷なんてほぼいない。

「大丈夫だ。あくまで『革命』を起こすのが奴隷であって、私たちが何もしない訳じゃない。私たちは奴隷たちによる革命の『影』となるんだ」

影…?

「私たちはまず、奴隷市場へ向かう。そこで警備兵と売人を無力化する。異変を感じ取った奴隷逹は気になって様子を見に来るはずだ。奴隷逹は驚くだろう。自分達を縛っていたものがなくなるからな。そこで、驚きはどうしようもない怒りへと変わる。そうなったとき、私たちが姿を消して『革命』を促すように叫ぶんだ。『革命だー!』みたいにな。奴隷逹は誰かがそう叫んだことによりだんだんと一緒に叫ぶようになる。そうなってしまえば後は簡単だ。奴隷逹は城へ向かう。奴隷逹は、兵士逹より圧倒的に数が多い。まさに多勢に無勢だ。かといって腐っても兵士だ。恐らくそれで、やっと互角の戦いとなる。兵士逹が奴隷逹の鎮圧に手こずっている間に城へと忍び込むんだ」

みんな黙って聞いている。

「城に入ったら捜索班と制圧班に分かれる。捜索班は、城内でシアを探すんだ。制圧班は王を探す。恐らく王は王座の間に居るだろう。迂闊に外にはでないはずだ。その時注意すべきなのは王の側近だ。奴は強いと聞く。恐らく一人で制圧班を食い止めるほどの力を持つ。そこをなんとか突破して王を捕らえる。王は気づかれないように奴隷逹のところへやっておけばどうにかしてくれるだろう」

誰も何も喋らない。スケールが大きすぎて反応しにくいのだ。

「私はこの国を変えたい。変えなければシアは戻ってこれないだろう。頼む。自分で蒔いた種だということはわかっている。しかし、私はずっと前から国が変わることを夢見てきた。奴隷制に溺れ、あろうことか自国の村を襲う奴までいる。それを見ても国は何もしない。奴隷制がなくなれば経済が動かなくなるからな。私のこの案は、大戦後からずっとずっと考えていた事だ。そして、今。国を変えなければ戻ってこない仲間がいるんだ。頼む。協力してくれ…!」

「わかりました」この声は、ダンだ。ダンは立ち上がって話し始める

「俺も、そう思います。隠密隊になるまで「王の命は絶対」と教えられてきましたけど、今回みたいに、仲間を裏切るなんてもうしたくないです。俺は協力します」

「俺もやります」

「俺も」

「やります」

「俺も」

席に座っていた隠密隊がだんだんと立っていく。こうなってはソロンも立ち上がる他ない。「国を変えたい」みんな心のどこかでは、国に対して「変わってほしい」と願っていたのだろう。自分もそうだ。

「みんな…すまない………ありがとう」ゼンがそう言うとずっと話を聞いていたセイロンが話す。

「わしも賛成だ。シアが国に縛られているなら国から逃げるのではなく、国を変えてしまえば良い。発想の転換じゃな。それしかないじゃろう。」

しかし、いつ決行するんだ?ソロンは疑問に思う。今すぐにというわけにもいかないだろう。

「ゼン、いつ決行するの?」

「そうだな…二日後だ。準備を含めてそれくらいが妥当だろう」

ゼンの言葉を聞いて急に緊張してきた。二日後の今頃はどうなっているのか。考えても仕方がない。

「ちなみに、ソロン。お前は留守番だぞ?」

耳を疑った。自分は戦力に加わっていないのか。行く気満々だった。

「そうなの…?」

「当たり前だろう?お前が隠密隊を除隊された理由を思い出せ。お前は時期村長なんだぞ?お前は間違っても死ぬわけにはいかないだろう」

確かに。これは命を落とす危険があるのだ。自分は村長の孫だ。隠密隊もそれで除隊された。自分が行くのは得策ではないだろう。そういえば戦闘経験なんて今までになかった。

「そうだね。確かに」

ソロンのお留守番が決まった所で解散となった。







二日後早朝。隠密隊は5人1班で14の班に分かれて、まだ人気のないゴート城下町にいた。

「これより、奴隷革命及びシア奪還作戦を決行する。いいか。失敗は許されない。全員、心してかかれ!」

「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」

ヨゴ隠密隊の全員が一斉には返事をして、それぞれの班が自分の配置へ向かった。

ゼンは制圧班であるのでまず、城へ向かって奴隷逹が蜂起するのを待つ。今日、国を変える…!そう強く思って…。








また今日が始まった。ここは奴隷市場。ここに来てからもうずっと死ぬ日を待っているだけだ。自分がここに初めて連れてこられた時に一緒に連れてこられた他の奴らはもうみんな死んだ。病気で…。餓えで…。家畜のような扱いを受けて報われることもなく。少ない食料で狂ってしまい、死んだ人間の死体を食べ始める奴もいた。だが、それを咎めらる奴はいない。死体を食べている姿。それは自分もなりうる姿だからだ。

死体を食べているやつは必死だ。そこら辺に転がっている石で死体を殴る。破れた皮膚から少しずつ抉って少しずつ肉を食べる。まるで地獄だ。食べ続けていれば、見回りの警備兵はもちろんその事に気づく。そして、すぐに食べていた人の頭をを銃で撃つ。

そう。死体を食べれば殺される。他の奴隷を襲いかねない危険な奴は生かす価値はないと。そうして2つの死体を引きずってどこかへ行くのだ。自分達にはただただ恐怖でしかない。自分はいつ壊れてしまうのか。壊れて殺されるのならその前に死にたい。そう思う奴は少なくない。自死を選ぶやつは毎日いる。朝起きたら、必ず死体がある。もう嫌だ。死にたい。でも、死ぬ勇気が自分にはない。ここには犯罪者も多くいる。そいつらに殺されたい。もう限界だ。

あいつも…シアも、ずっとこんな気持ちだったのだろうか。自分は、そんなシアを何度も痛め付けて…。死ににくいとはいえ、よく耐えれたもんだ。自分はここにいるだけでつらい。される側にいる今だったら分かる。自分はクズだった。最初はシアを無慈悲に拷問し続けた。その時はなにも思わなかった。だが、シアに気が向いてからはずっと心が痛かった。脱走された時はもっとだ。

「きっと神の報いを受けたんだ…。アンジャナは僕の右手を引かないだろうな…」

奴隷───ノナハは呟く。

約1ヶ月前、ノナハは牢から出された後、すぐ奴隷市場へ引き渡された。

当然ノナハは驚く。自分は罪を軽くされたのではなかったのか!?

「お前は王に見捨てられたんだよ。よかったな。すぐにアンジャナが迎えに来てくれるぞ」

引き渡されるとき、ノナハを連れていった兵士は笑いながらそんな事を言っていた。悔しいかったが、そんなことはどうでもよかった。ダンテがいないのだ。せめて、巻き込んでしまったあの人だけは助かっていてほしい。

「ダ、ダンテさんは!?あの人はどうしたんだ!?」

ノナハを引き渡して踵を返していた兵士が止まって振り向く。

「ダンテ…?あぁ、一緒に牢にいた奴か。安心しろ。先にあっちで待っててくれてるはずだ。よかったな!」

兵士嘲笑しながらさっさと行ってしまった。

「うそ…だろ……?」

それはダンテが殺されたということだった。そんなノナハは怒りや悔しさよりも、ダンテに対する申し訳無さの方が勝っていた。自分を庇ったせいで……自分がシアを脱走させてしまったせいで…!

「おい!動け!こっちだ!」

奴隷商人がノナハを殴る。しかし、ノナハは抵抗はしなかった。しようと思えなかった。ただフラフラと奴隷商人に連れていかれることしかできなかった。

時は戻って現在。ノナハは空を見つめていた。建物の内部なので空は見えないが、無気力にただ上を向いていた。

自分はここまでよく耐えた。そろそろ終わっても良いはずだ。誰か…。誰か殺してくれ…!

その時、外から声が聞こえてきた。何やら騒がしい。

「おい!どうしたんだ!?大丈…」

「何だ!?何が起こっている!おい!え?ギャァァァァァァ!!」

「おい!なんで!?なんで!?」

「来るな…!来るなあああああぁぁぁぁ!!」

様子がおかしい。銃声も聞こえる。他の奴隷逹も異変を感じとった様子だ。

しばらくして叫び声と銃声が止んだ。それを機に一人の奴隷が外に出た。それに続きだんだんとみんな外に出ていく。ノナハもその中の一人である。

「おい!み、見ろ!」誰かが叫んだ。

外には人が血を流して倒れていた。それも警備兵と奴隷商人だ。

「な、何だ?」

ノナハは状況を読み込めなかった。みんな恐怖している。しかし、元いた建物には誰も戻らない。他の建物にいた奴隷逹も外に出ていたからだ。ここ一帯の警備兵、奴隷商人が全滅していた。外に出ても「戻れ」という奴がいない。

その時、遠くから声が聞こえてきた。だんだんとこちらに迫ってきている。よく聞くと何か言葉を叫んでいる。ノナハは耳を済ませた。

…めいだー!!!…くめ…………かくめ…だー!……

革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!

ノナハは言葉を聞き取る。革命?


革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!



革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!



革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!



革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!革命だーー!!



声がすぐそこに迫ったときノナハは驚きの光景を目の当たりにする。

奴隷だ…!!奴隷が叫んでこちらに向かっている。何をする気だ?

「まさか…!!」

ノナハはピンとくる。

城に攻めいるつもりか!?無茶だ!生身の人間が戦って勝てる相手じゃない!ましてや奴隷だ!不戦条約で国が護衛用の武器以外を撤廃したとはいえ、武器を装備する城の兵士に勝てるはすがない。

ノナハはあることに気づいた。

「なんで…、なんでだ……!?」

奴隷が武器を持っていたのだ。警備兵や奴隷商人から強奪した以外の武器を。

刀だ。持っている人数は少ないが、それでも十分すぎる。

「どこから…?」

ノナハがそんな事を呟いた時。周りにいた一人の奴隷が言った。

「革命だ。革命だ!」声はだんだんと大きくなってゆく。

「革命だーー!!」その奴隷が叫んだ。それにつられて他の奴隷も叫び始める。

「革命だーー!!」「革命だーー!!」「革命だーー!!」

一帯の奴隷が声を大にして叫んでいた。

ノナハもつられて叫ぶ。どうせここで死ぬなら最後に抗って死んでやる!!そう強く決意して。






奴隷市場入口付近。見張りの警備兵が話をしていた。

「なぁ、何か中が騒がしくないか?いつもこんなうるさくないよな?」

警備兵Aが警備兵Bに訊く。

「まぁ、確かに。なんなんだろうな。俺がちょっと見てくる」

警備兵Bは中へ駆けていった。

しばらくして、警備兵Bが慌てて戻ってきた。とても息が切れている。

「おい!!!……やばい!!な、中が…全滅してる!!」

「はぁ!?全滅?何かの間違いだろ?なんでったって全滅してんだよ」

警備兵Aは警備兵Bの言うことが信じられない。いつものジョークか?そう思っていた。

「奴隷だ…!奴隷が蜂起した…!!やばいんだよ!城へ報告…」

警備兵Bは言葉を最後まで紡げなかった。バタッと地面に倒れる。

「え?」

警備兵Aは驚いた。警備兵Bが急に血を流して倒れたのである。

「おい、おい!?大丈…」

例によって警備兵Aも言葉を紡ぎきれなかった。そのまま警備兵Bの上に倒れる。

警備兵が絶命した後、その回りに大勢の人間の姿が現れた。

「よし、弊害は全て排除した。城下町に向かうぞ」

ある男が言った。無論、隠密隊である。

「「「「はっ!」」」」

そう返事をして隠密隊はまた姿を消した。







ソロンは今、村長宅のセイロンの部屋にいる。うずうずして落ち着きがない様子である。

「じいちゃん、大丈夫なの?一昨日はさ、気持ちが昂って革命に賛成しちゃったけど、冷静になってみると奴隷逹が城の兵士に勝てるとは思えないよ。武器庫の道具を全部やったとしても、少ないと思うんだよね」

武器庫。それは国も知らない秘密の場所である。村長宅の地下にあり、そこに繋がる道は大食堂にある。大戦中、ヨゴ隠密隊はここの武器を使って戦った。大量の武器が格納されている。

「大丈夫、とは言えんな。奴隷逹が革命を成功させるにはヨゴ隠密隊がどれだけ早く城を制圧できるかに懸かっておる。奴隷逹の蜂起が鎮圧される前に制圧できなければ終わりじゃ。奴隷逹は数が多いからの。そう簡単に鎮圧できるものではないが、所詮は奴隷だからの。衰弱している者がほとんどのために、予想を上回って早く鎮圧されるかもしれん。武器も与えたが使いこなせるのがどれくらいいるかも分からん。分かりやすく言えば質VS量じゃな。どちらが優勢なのかは終わってからでしか判断できん」

セイロンが答えた。全ては隠密隊に懸かっている、と。

「じいちゃん、よく平気だね。つまり、『賭け』ってことでしょ?もう、心臓バクバクだよ、僕。できるだけみんなには死んでほしくないし」

奴隷逹がどれくらい城に対抗できるのか。そこが未知数であることが良くでるか、悪くでるか。

「勝ち目のない賭けは『賭け』とは言わん。少しでも勝てる望みがあるから人は賭けるのじゃ。今までの大陸の歴史でも革命は数多く起こってきたが、最初から成功するとわかっていた革命はほぼないはずじゃ。今、わし逹に出来るのは信じて待つ、それだけじゃ」

セイロンの話を聞き、ソロンは「わかったよ…」といって自分の部屋に戻っていった。







城門にて。見張りの兵士の1人は遠くで何かが動いているのを見た。

「何だ?」

そう言って、顔を前につきだし全神経を目に集中させる。

「人か…?」

奴隷市場の方向だ。

「おい、あそこ。何か見えないか?」

他の兵士に訊ねるとその兵士も何かを見ていたらしく

「だよな。何かこっちに向かってる感じがしないか?」と答えた。

しばらくして。二人は大量の人間がこちらへ向かってきていることを確認した。

「なんだあれ!他国のお偉いさんか?」

「にしては、隊列とかバラバラすぎる…」

二人の頭には「奴隷」いう言葉が浮かんでこなかった。奴隷の蜂起はそれほどまでにあり得ないことだったのである。

二人が奴隷逹の大群だと分かったのは、声が聞こえたときだ。最初は小さくて分からなかったが「革命だーー!!」と矢継ぎ早に叫んでいた。

「お、おい!は、は、早く王に伝えるぞ!」

「わ、分かった!」

二人は城へ入っていった。







「何!?奴隷が蜂起している?バカなことを言うな。奴隷ごときが蜂起できるほどの力を持っているわけが無いだろう!」

王は二人の言葉を聞いて言い放った。

「嘘ではございません!見たのです!しかも、『革命だ』と叫んでおりました!」

1人の兵士が言った。

「私も見ました!間違いありません!奴隷逹が奴隷市場の方向から向かってきています!何があったかはわかりませんが、あれを町の奴隷逹が見たら、そいつらも蜂起し出すかもしれません!」

二人の様子から嘘ではないと感じ取った王は自ら外に出て確認に行った。

「ばかな…!」

奴隷逹がいた。本当にいた。とてつもない人数でこちらへ向かってきている。急いで王は命令した。

「おい!奴らを止めろ!殺してもいい!早くしろ!」

そうして城から大量の兵士が奴隷逹の鎮圧に向かった。

城にはもう、ほとんど兵士が残っていなかった。ゼンの読み通りとなり「行くぞ!」とゼンを先頭に隠密隊は姿を消して城へ潜入した。

「制圧班は私についてこい!捜索班は地下牢を探せ!」

そう言ってゼンは王座の間へ向かった。







ゼン達は王座の間に繋がる扉の前に着いた。そして皆に刀を抜くよう指図する。

「いいか。まず、側近をやるぞ。なめてかかれば死ぬ。いいか、行くぞ」

そのかけ声で姿を消したまま扉を開ける。そこには王と側近だけしかいなかった。二人は急に開いた扉を見て驚いた顔をしている。

「なんだ!?誰だ!姿を見せろ!」

王が叫んだ。しかし、ここで姿を見せるバカはいない。ゼン達は音を立てないようにゆっくりと二人に近づく。

隠密隊は二人を囲む。そして、刀を突き付けて姿を現した。

「降伏してもらいます。大人しくすれば、今は殺すことはしません。両手を挙げてください」ゼンが指図する。

隠密隊が姿を現すと二人はさらに驚いた顔をした。

「貴様ら…、自分達が何をしているのかわかっているのか!反逆は罪が深いぞ!」

ゼンの指図は受けずに側近が叫ぶ。それに続き、王が言った。

「まさか…奴隷逹の蜂起はお前らが促したのか……!」

「今日、この国は奴隷逹によって生まれ変わります。あなた逹はもう上に立つ存在ではない。負けを認めてください。奴隷を増やしすぎだのが失敗でしたね。城の兵士を引き付けてくれています。さぁ、早く両手を挙げてください」

王は手を挙げようとはしなかったが側近はゆっくりと手を挙げ始める。

よかった。抵抗を受けなかった。無駄に抵抗を受ければ、その分奴隷逹が多く死ぬ。

ゼンが内心でほっとしていると、異変が起きた。手を挙げていた側近が急に消えたのだ。

「な!?」

すぐに側近がいた場所を刀で斬る。しかし、側近は姿を消している訳ではなく振り切った刀は空を斬る。

「くそ!注意しろ!」

隠密隊は残された王をほっといて、横に並んで戦闘態勢に入る。その時、隠密隊の1人が吹き飛んで壁に叩きつけられた。

「おい!?何だ!どうしたんだ!?」

ゼンは困惑した。隊員の前を何かが通ったが速すぎて目で追えず、何が起こったのかさっぱり分からなかった。

そうこうしているうちにまた1人が飛ばされる。飛ばされた隠密隊員は倒れたまま動かない。

「皆、気を抜くな!」

ゼンが言った瞬間、また1人が飛ばされる。先程から正面から後ろに飛ばされている。制圧班は隠密隊の中でもトップクラスの戦闘力を持つ者を配置したが、謎の攻撃にそれもまったく意味を成さない。

「正面だ!正面から何か来る!いいか!それを見抜け!」

残りの1人にゼンが言う。その1人も何が起こっているか分かっていない顔をしている。

くそ!強いとは知っていたが、まさかこんな力を隠していたとは……。

また1人が飛ばされる。残ったのはゼン1人だ。他の隊員は気絶か死んだか分からないが、今はそんな事気にしてられない。

「ふぅぅぅぅ……」

ゼンは息を吐いて集中する。気配を感じた瞬間に動けるように脚に力を入れて待つ。

……来た!!

その瞬間、ゼンは地面を蹴って右に緊急回避する。その瞬間ゼンのすぐ横を何かが通りすぎた。

危なかった……。後、少しでも遅かったら他の隊員達と同じになっていただろう。

ゼンがそんな事を思っていると側近がゼンの前方に姿を現した。

「よく避けたな…、そこは褒めてやろう」

そう言うとまた、側近は消えた。消えた、というより見えなくなった。

王は王座の後ろに隠れている。逃げはしてないようだ。

「超人的すぎる…!こんな力どこから……?」

「分からないだろうな」

ゼンが言葉を発した瞬間、急にゼンの左隣に側近が現れた。

「くっ!」

ゼンは急いで距離をとろうとする。しかし、間に合わなかった。ゼンが地面を蹴ろうとする前に、側近が内から外に腕を薙ぎ払う。それはゼンの左肩の下に当たりそのままゼンが吹っ飛ぶ。

「ぐっ……!!」

他の隊員のように壁には叩きつけられなかったが、床に叩きつけられゼンは倒れる。もはや、強いとかのレベルではない。何かが違う。

「くそ……くそっ!」

ゼンは起き上がり側近の方を見る。大分飛ばされた。王座の近くから約30メートル位だろうか。しかも、今の攻撃を受けてから左腕が全く動かせない。

側近はこちらを向いて叫んだ。

「これがお前らと私の力の差だ!!上に立つべきは力ある者!

貴様らは弱すぎたのだ!」

そう言ってまた見えなくなる。動き始めは分かるのだがそこから目が追い付かない。

ゼンはすぐに立ち上がって回避の型に入る。脚を肩幅に開き、左足を少し前に出す。そして、膝を軽く曲げて、姿勢を低くする。刀は逆手にして右手で握っている。

ヨゴ隠密隊は独自の「型」という戦闘スタイルで戦う。「型」はどんな敵にも対応できる適応力の高いスタイルで育成チームの頃から鍛え上げられる。

ゼンは気配を感じ取った。右だ!!

すぐに前へ回避する。後ろをやはり何かが通った。何だ?

その延長線上に側近が姿を現す。そこで、ゼンは「何」が飛んできたのかが分かった。側近だ。側近が姿を消して、見えない何かを飛ばしてきていると思っていたが違った。側近自体が飛んできていたのだ。そう考えれば、先程急に隣に現れたのも説明がつく。

「だとしても、速すぎる…!」

目で追えないほど速いのだ。人間があんなに速く動けるわけがない。しかも、力が強い。側近の腕が当たっただけで左腕は使い物にならなくなった。

側近は力を持たない「ノンパトム」のはずだからあんな力は持っているはすがない。

「さすがは『隠密隊最強』というだけある!しかし、まだ人の域を出られていないな!それじゃあ、私には勝てない。お前の負けだ!」

そう言って側近はまた見えなくなる。ゼンは回避の型に入る。例によってまた、攻撃を避ける。それが繰り返される。

「くそ…キリがない!」

このまま繰り返していけば、いずれ自分の体力が尽きる。その前に打開策が必要だ。しかし、側近が考える時間を与えてくれない。

ゼンは自分の体力をできるだけ削らないようにするのが精一杯だった。








ここは城の地下牢。死刑となった罪人などが多く収容されている。

捜索班は見張りの兵を拘束してから、分かれてシアを探していた。捜索班の1人のダンは牢の中の1人1人を急いで確かめていた。

「くそ……どこだ!」

ダンがシアを探していると罪人の中に見覚えのある顔があった。シアではない。ある女だ。

「こいつは…『奴』じゃないか…!」

「奴」とは、王がゼンの任務が失敗したときに送り込もうとしていた刺客だ。

「奴」────通称「人喰いシスター」略して「人喰い」。今はしていないが、その名の通り元々は修道女の格好をしており、城に捕まる前は教会にいた。「人喰い」の異名を持つとは考えられない美人である。

この人喰いは大戦後に多発していた失踪事件の一部の犯人である。

人喰いはその名の通り、教会で人を食っていた。食われていたのは「人喰い」の美しさに心を奪われて、欲望のままに人喰いを襲った男達だったらしい。教会の裏には人骨が埋まってあった。ある時を境に人を食べるのがやめられなくなったという。

その姿からは想像もできないほど力が強いらしく、捕まえるときに抵抗されて死んだ兵士がたくさんいる。まさに規格外で、ある兵士は殴られて頭が吹っ飛んだという。もはや人間業ではない。しかも「人喰い」は不死身なのか、頭を撃たれても死ななかったために生け捕るほかなかったという。そのため兵士達には不死身であることと、修道女であり美しかったということから「人喰いの女神」と恐れられた。

ダンも教会で見かけたことがあり、人喰いだった事を聞いて、とても驚いたのを覚えている。

「あら…いつもの人ではないのですか?残念です…せっかく仲良くなってきましたのに…」

ダンが思わず口にすると、人喰いはダンを牢の見回り兵と勘違いしたのかそう言った。

「ずいぶんお若いですね…もしかしてまだ子供なのですか?」

人喰いが聞いてきた。無視してシアを探そうとするが、人喰いが何か知っているかもしれないと質問してみた。

「そうだ。俺は子供だ。それより、あんた、金髪で肌が白い少女を見なかったか?探しているんだ」

「まぁ!本当に子供なのですか?かわいいですねー!少し幼い顔をしていたのでまさかと思ったのです!でも、なぜそんなにお若い歳で兵士になられたのですか?」

人喰いはダンが子供であると知って興味津々である。しかし、今のダンにはそんなのはいらない。

「俺は兵士じゃない!居場所を教えてくれないのなら話に付き合ってる暇はない!」そう言って立ち去ろうとすると人喰いは慌てて止める。

「お待ち下さい!わかりました!わかりましたから!金髪で白肌ですか…確かに見たことありますね…。ここを通ったのは覚えています」

ここを通ったのか!ならばこの奥にいる可能性が高い!聞いてよかった!

「そうか!よく教えてくれた!じゃあな!」

そう言ってダンは奥に進んでいった。

「あぁ!お待ち下さい!話をしてくれるのではなかったのですかぁ!!おーい!!!おーーーーーーい!!!行ってしまわれたのですか…つまらないですねぇ…」

てっきり教えれば話をしてくれると思っていた人喰いは頬を膨らませていた。

一方、ダンは地下牢の一番奥の方に向かって走っていた。もちろん、途中の牢屋の中を確認しながら。そして、ついに見つけた。金髪で白い肌だ!

「おい!シア!助けに来たぞ!!」

その声にシアが気づく。

「ダン!?どうして…!助けに来てくれたの…?」

シアは泣きそうになっていた。それほど助けに来てくれた事が嬉しかったのだ。ダンはそんなシアを見て、心が痛んだ。シアをここに戻したのは他ならぬ自分からだ。

「あぁ!もちろんだ!」

それを今は話している暇はない。ダンはできるだけ明るい声で答えた。今はシアを助けなければ。話はそれからだ。

「おーい!!みんな!いたぞー!!」

すぐに仲間を呼ぶ。

「みんな!」

シアはとても嬉しそうだ。早速、見張りから奪った鍵で牢を開ける。すると、中からはシアともう3人幼い子供達が出てきた。シアと容姿の特徴が一緒である。パシオ族だ。

「おい?この子達は?」

ダンが訊ねる。

「この子達はね、私が入れられた牢屋に入ってたの。親をなくして子供達だけだったんだよ…。私、この子達も一緒に助てほしいの!ダメかな…?」

もちろん、それを断る理由はない。

「当たりめぇだろ?聞いた話が本当なら、お前達は何も悪いことしてねんだから。むしろ帝国の被害者なんだから」

ダンがそう言うとシアは涙を流しながら「ありがとう…」と礼を言った。子供達は何が何だかよくわかっていないようだった。

「とりあえず城を出るぞ!奴隷と兵士の戦いに巻き込まれない内に!」

ダン達はそう言って地下牢から出ようとした。が止まる。見てしまったのだ。人喰いが牢屋の鉄格子を曲げて出ようとしていたのである。

「ん?あら!先程の方ではありませんか!よかった!話をしに戻ってきてくれたのですね!とても美味しそうだったので我慢出来なくて出ちゃうところでした」

牢屋は抉じ開けられようとされているが、まだ十分な大きさになっていない。早く逃げなければみんな餌になる。

「逃げるぞ!」

ダン達は急いで地下牢を出た。

「あぁーーー!!また行ってしまいました…」

人喰いシスターは暗闇で寂しく呟いた。







2日前、シアは意識を失った後、地下牢に放り込まれた。

何かが自分を揺さぶっている。何だろう。シアはゆっくりと目を開けた。

「あ、覚めたよ」

子供の声…?「覚めたよ」とは自分のことだろう。あれ、私、何してたんだっけ…

「お姉ちゃん大丈夫?なんでお寝んねしてたの?」

シアの頭が覚める前に他の子供が質問してきた。今は、自分のことに精一杯でシアはそれに答えることができなかった。

「お姉ちゃん、なんで泣いてるの…?寂しいの?よしよし。寂しくないよー」

子供達が自分を撫で始めた。なぜか自分は涙を流しているようだ。何だろう。ものすごく悲しい。寂しい。怖い。

「そうか…夢じゃないんだね…」

シアは思い出した。自分がどんな状況だったかを。自分はなぜか知らないが、城に戻されていた。思い出したら、涙は止まらなくなってしまった。

「大丈夫?よしよし。怖くないよ」

子供達が自分を撫で続ける。それにほっとしたのか分からないが涙は止まるどころか溢れ続けた。止まらない。

しばらくして、ようやく涙が収まったシアは子供達に「ありがとう。もう平気だよ」とお礼を言って状況を整理する。

「ここは、地下牢だよね…」

1ヶ月ぶりの地下牢。床が驚くほど冷たい。自分は戻ってきてしまったみたいだ。今まで精神的にも身体的にも温かい所にいたので、前よりもすごく冷たく感じる。

「私…最後に何してたんだっけ…」

シアは思い出そうとする。そうだ。確かゼンと話してたんだ。ゼンが部屋を出た後、持ってきてくれてた水を飲んで…何だか眠くなって寝たんだ。そこからの記憶がないから、それが私の最後の記憶っぽいな…

シアは自分が寝ている間に城へ連れ戻されたことを理解した。それしか考えられない。

「みんな、子供なの?お父さんとお母さんは?」

子供達は首を傾げた。

「お父さんとお母さん…?なぁに、それ?」

シアは子供達のその言葉で察した。この子達には物心がつく前にすでに親がいなかったのだ。だとすると、誰がここまで育てたんだ?

「みんなを育ててくれた人は誰なの?何処にいるの?」

シアは聞き方を変えて訊ねる。すると1人の子供が答えた。

「シエルのこと?シエルはね…僕たちが自分の事をできるようになったら…いなくなっちゃった…」

子供達が暗い顔になる。辛い事を思い出させてしまった。どうやら、そのシエルという人物が彼らを育てたらしい。しかし、死んでしまったようである。

「そっか…ごめんね。辛い事、思い出させちゃったね」

シアが謝ると「大丈夫だよ!僕にはみんながいるもん!」と子供が答える。

シアは、その一言で胸を撫で下ろした。自分は1人だったから。親を亡くしてずっと孤独だったから。子供達に、一緒にいてくれる仲間がいてよかった。そう思った。

「そっか…みんな偉いね…」

シアは、そこからずっと子供達に外で見てきたお話をした。絵で見ただけだが、空が青かったこと。やけどをしそうになるくらい熱い食べ物があったこと。自分とは肌の色も髪の色も違う人達がいたこと。

シアは、村長宅に来てからの事をずっと子供達に話していた。子供達に不安を覚えさせたくなかったのかもしれない。仲間がいるから大丈夫、と言った子供達の気が少しでも変わってしまわないように。

子供達はシアのお話を目を輝かせて楽しそうに聞いていた。

ちなみに、この時、拷問は行われていなかった。拷問の移動中に脱走が起きたことから、その後は放置をしていたらしい。

そのお陰で、子供達はシアのお話を楽しく聞き続けることができたのだった。








く…!!そろそろ体力が限界だ…!

ゼンは側近との戦いを続けていた。しかし、超人的な力を持つ側近に翻弄されて、攻撃を避け続ける防戦を強いられていた。

側近には疲れた様子が全くない。化け物だ。

「お前もしぶといな!だが、そろそろ限界が近づきつつあるらしい。動きが鈍っているぞ!」

側近が攻撃をやめて煽ってくる。悔しいがその通りだった。もう、足が疲労で震え始めている。

そして、ついに限界が訪れた。ゼンの背後に側近が現れ、ゼンはいつものようにそれから距離をとろうとする。しかし、右足に力が入らず、十分な距離をとることができなかった。

それが命取り。ゼンは側近に脇腹を蹴られ、吹っ飛んで壁に激突した。

「ぐぁっ!!!」

床に倒れたゼンは立ち上がろうとする。しかし、脇腹に激痛が走り立つことができない。

「そろそろ、年貢の納め時のようだ!冥土の土産に教えてやろう!これは、パシオの血を摂取した者が得られる人知を超えた力だ!」

「パシオの血…?」

ゼンは困惑した。パシオの血は大戦中に「アンジャナの涙」として負傷した兵隊逹に配布されていた。傷が治るというまさに人知を超えた効力があったが、それを摂取してこんな超人的な力を発揮する奴はいなかったはずである。

「どういう…ことだ?」

ゼンは側近に聞く。どういうことかさっぱり分からなかった。

「それについては、王直々に語ってもらおう!王よ!お願いします!」

側近がそう言うと今までずっと王座に隠れていた王が姿を現した。

「そうだな…。教えてやろう。パシオの血の本当の力を…」

そうして、王は語りだした。

「私は、100年以上前にパシオ族を拉致させた張本人だ」

「……は?」

こいつは何を言い出しているんだろう。そんな気持ちがにじみ出て素っ頓狂な声を出してしまった。

「私が初めてパシオ族に会ったとき、私は老いていた。確かな年齢は思い出せないが、先は長くなかっただろう。しかし、私には子がいなかった。生まれつきの病気でな。そんな時に癒しの血を持つ『女神の血族』と呼ばれる者達がこの国に来た、という知らせを受けた。話によると、その血を傷口に垂らせば、たちまち傷は治り、飲めば病気が治るという。私は、すぐに血を持ってこさせた。これを飲めば私の病気も治るかもしれない。そう思ってな。子供を作るには老いすぎていたと思うが、私にはこれしか手がなかった。藁にもすがる思いで私は血を飲んだ。飲んだというよりは舐めたと言った方が正しいかも知れん。それくらいわずかだったのだ。その後、私はすぐに効果を試した」

ゼンは、世迷い言を言う王に困惑していたが、今の自分にはただ聞き続けることしかできず、黙って聞いていた。

「しかし、だ。病気は治っていなかった。『女神の血族』なる者達はとっくに国を出ていてな。私は絶望した。あの者達がまたいつ現れるのかわからないからな。だが、杞憂だった。そいつらは半年後、また国を訪れたのだ。私は命令して、大量の血を持ってこさせた。もしかしたら、前は量が少なすぎたのかもしれない。そんな思いで、私は大量の血をごくごくと飲んだ。正直、最初は血を飲むなんておぞましくて躊躇したが、飲み始めれば楽なことだった。私はもちろんすぐに効果を試した。だが、それでも病気は治っていなかった。私は憤慨した。そいつらに騙されたと思った。そこで、私はある変化に気づいた。ふと鏡を見たとき自分の顔のシワが少なくなっていたのだ。私は驚いた。そういえばなんとなく体のだるさがなくなっている気もした」

ゼンにはまだ、王が何を言いたいのか分からなかった。一体自分は何を聞かされているんだ?そう思っていた。

「そこで、私はある仮説を見いだしたのだ。パシオの血には『癒しの力』ではなく『若返りの力』があるのではないかと。例の如く、パシオ族は既に国を出ていてな。私はそこから奴らがまた訪れるまでウズウズしながら待っていた。自分の仮説を証明したくてたまらなかったのだ。そして、また、半年後。パシオ族は国を訪れた。もちろん私は大量の血を持ってこさせた。しかし、自分の為ではない。次は私と共に老いていた側近に血を飲ませたのだ。側近は私と同じく最初こそ躊躇したもののすぐに血を飲み干した。するとどうだ。見た目が若くなっているではないか。私と一緒だった。私の仮説は証明された。『癒し』と思われていたのは、言うなれば『時を戻す力』だっのだ。だから傷口に垂らせばそこが治る。飲めば、病気が治る。奴らはまさに人知を超えた力を持つ『女神の血族』だったのだ。しかし、私はその発見に喜びはしたが同時に悲しんだ。その発見は先天的な病気は治すことが出来ないと言っていること同じだったからな。そこで、私は考え付いたのだ。『癒しの力』ではなく『若返りの力』すなわち『時を戻す力』があるのなら。私には子供を作ることが出来ないのなら。ならば、ずっと私が王でいればよいではないか、とな」

王は懐かしむように目を瞑る。そして、話を続けた。

「私は国を出たパシオ族を拉致させた。少し取り逃がしたようだったが、それでも十分だった。すぐに地下牢へ閉じ込めて血を持ってこさせた。新鮮な血だ。私は、側近と共にそれを口にした。すると自分の体に異変が起こった。悪い意味ではない。何か力が宿った気がしたのだ。側近も同じような感覚を持っていたらしい。すると頭の中で何かが言った。『お前は人の記憶を操れる』とな。神のお告げのように。側近も私と同じだった。とてつもない力を得たと言っていた。私たちはそれを『覚醒』と呼んでいる。」

力…!?覚醒…?そんなことあるのか?大陸上には様々な力を持つ種族がいるが、力を急に得るなんてことは絶対にないはずだ。ゼンは困惑した。確かに自分にも特殊な能力はあるが、これは元々から持っていった力だ。ある日突然もらったものではない。

「すぐに力を側近で試した。側近の目を見つめて朝食のメニューを変えるように念じたのだ。すると、どうだ?本当に記憶を書き換えれた!私は能力を持たないノンパトムだったからな。私は当然驚いた。しかし、その力は自分を慕っていない者には効かなかった。奴隷などにはな。だが、それでもその能力は私にとっては都合のいい力だった。王で有り続けるために邪魔となるのは人々の記憶だ。私が死んで、次の王に変わらなければ人々は不思議に思うだろう。だから私は一定の期間で、人々の記憶を『王は変わった』というふうに変えた。パシオ族の事も都合よく操作して悪い噂を流させた。他国もその噂を聞いて、だんだんと非難をやめていった」

何だか、現実味を帯びてきた。もしかしたら、自分達も記憶を書き換えられていたのではないか。ゼンにはそう思えてきた。

「私がパシオ族を拉致してから、パシオ族は二度と大陸に現れることはなかった。取り逃がした奴らがパシオ族の祖国へ報告したのだろう。それも私には都合が良かった。パシオ族の力を私だけの物にできるからな!時が流れ、パシオ族が姿を消したことも相まってパシオ族の事を知っている人間はいなくなった」

ちなみに、と王は続ける。

「私と側近は力を得たが、同時に失なったものもある。側近は生殖機能を失い、私は『痛み』を感じなくなった。私はどんなに残虐なことをしても心が痛まない。奴隷制がどれだけ暴走しても、自分の兵士を罰を与えて殺しても、なにも感じない。だから、私はなにもしなかった。お陰でどうだ?この国の大半が奴隷となり、ただで働いてくれる。何ていい国じゃないか!」

王は話を終えてふぅーと息を吐いてから言った。

「どうだ?これがこの国の真実だ。奴隷の暴走も簡単に止めれる。お前達はただただ無駄に死んでいくんだ」

王は笑っていた。イカれてる。ゼンは王が気持ち悪くて仕方がなかった。王に対して怒りしかなかった。しかし、自分には、どうすることも出来ず、殺されるのを待つだけしか出来なかった。

「やれ」

王が言った。

「はっ!」

側近が返事をして腕を振り上げた。ゼンは目を閉じる。

側近がゼンの頭に殴りかかろうとしたその時。扉がガタンッと開いた。

「またか!今度は誰だ!?」

側近は手を止めて扉の方を向く。

「まさか…」

ゼンには察しがついた。姿が見えない。隠密隊だ。捜索班が帰って来ない制圧班を心配して駆けつけたのである。

「まだいたか!姿を見せろ!」側近が叫ぶ。しかし、隠密隊の姿は現れない。

ゼンは焦っていた。制圧班が一瞬で倒されたのに捜索班に勝てる訳がない。

「逃げろっ!!」

ゼンはそう叫んだ。









ダン達は異変を感じていた。

制圧班がまだ帰って来ないのである。

ダン達は今、城の近くにある高台にいる。ここからだと奴隷と兵士の戦いも良く見える。まだ、決着はついていないようだった。

「おい!制圧班はどうしたんだ!まだか!?」

隊員の1人がダンに聞いてきた。

「まだだ…何かあったのかもしれない。様子を見に行こう。シア達は安全な場所に移動させたからもう大丈夫だろ。シア、待っててくれ」

「…わかった」

シアの返事を聞いてダン達は城へ戻っていった。

「ん?誰かいる…」

シアはダン達が行った後、高台の上の遠くに人影を見つけた。何か作業をしている。

「兵士じゃないみたい…何してるんだろ…?」

シアの好奇心が疼く。どうにも止めれなくなり、シアは子供達を連れてそれを見に行った。

近づいていくと、その人は絵を描いていた。何の絵だ?

「あの…何を描いているんですか?」

シアは敵では無さそうだったので聞いてみた。絵描きは急に声を掛けられ驚いていたが、すぐに答えてくれた。

「この国の分岐点となる奴隷逹による『革命』です。まぁ、これが『革命』となるか、『クーデター』となるかまだわかりませんがね」

そう言って絵描きは絵を描き進めていた。シアはどういう絵になるのかが気になって仕方がなかった。子供達も興味津々だ。

「あの…見ててもいいですか?」

シアが聞くと、絵描きは「どうぞ」と一言だけ言葉を返した。

シアと子供達は絵描きの絵の完成をずっと眺めていた。








ダン達は王座の間について驚愕していた。隠密隊が全滅していたのだ。しかも、選りすぐりの戦闘員達が。ゼンでさえも倒れている。

「まだいたか!姿を見せろ!」

ゼンの近くにいた側近が叫ぶ。隣には王もいた。

「逃げろっ!!」

ゼンがそう叫んだ瞬間、側近が消えた。

「な!?」

どういうことだ?なんで消えた?側近には隠密隊のように姿を消す力なんてなかったはずだ。

ダンがそんなことを思っているとすぐ横を何かが通りすぎだ。それもすごいスピードで。

「なんだ!?」

1人が声を上げた。その瞬間。壁に亀裂が入った。そしてだんだんとそこに叩きつけられた隊員の姿が現れる。

「おい!何があった!!」また誰かが声を上げる。

するとまた、壁に亀裂が入る。もちろん叫んだ隊員が吹っ飛ばされたのだ。

くそ!なんだ!?何が起こってる!?

ダンには状況が読めなかったが、なんとなく察しがつく。制圧班はこれにやられたようだ。

「くそ!何処にいやがるんだ!」

「おい、バカ!喋るな!」

二人の隊員が声を出した瞬間、1人が飛ばされて、すぐにもう1人も壁に吹っ飛んだ。ダン以外全滅だ。

これが側近か…!こんなの規格外だろ…!納得したくないが制圧班が負けたのも仕方がないだろう。人間技じゃない…!

そこで、ダンは何かを思い出しそうになる。こんな規格外の力を持っている奴を自分は1人、知っている。誰だ…?

ダンは、はっとした。奴だ。「人喰い」だ!そしてダンはあることを考え付き扉をバンッと開けて地下牢へ急いだ。

「逃がすかっ!」

ダンはその声を聞いて、急いで走る。側近だ。追いかけてきてるのが分かる。ダンが通った所には大きな音ともに窪みができている。

ヤバい…当たったら死ぬ…

ダンは必死に地下牢へ走った。

ダンが地下牢に着いてその中に入ると側近の攻撃がやんだ。側近はそこから追ってこなかった。その隙に「人喰い」のところへ行く。

「おい!俺だ!さっきの子供だ!」

ダンは、奥で踞っていた「人喰い」がこちらを振り向き、嬉しそうに言った。

「まぁ!戻ってきてくださるとは!お話をしに来てくれたのですか?それとも何か恵んでくださるんですか?お腹ペコペコです!」

「そうだ!お前に食べてほしい『者』があんだ!いいか!ここから出してやるから、俺は食うなよ?もう一回言う。俺は間違っても食うなよ?眼鏡の男を食うんだ!分かったか!?」

ダンは必死になって言う。ここから出た瞬間に側近は自分を攻撃してくるはずだ。これを拒まれたらみんな仲良くお陀仏になる。

すると人喰いは

「まぁ!食べ『者』をくださるのですか?そんな…よろしいのですか!人ですよ?あぁ、ダメよマリエル。いくら空腹だからってまた人を食べるなんて…でもこんな機会、もう二度とありませんわ!あぁ、でも…私は神を裏切ってしまった…食べることも許されないのですわ!いいえ、でも…」

人喰いはマリエルというのか。新事実を知ったが、ダンには今、それは関係ない。マリエルは自問自答を繰り返している。何か葛藤しているようだ。

「わかった!いいか!お前は今日だけ食べることを許されるんだ!俺じゃないぞ?眼鏡だ!よし、牢を開けるぞ?もう一度言う。眼鏡の男を食え!地下牢を出たらすぐにいるはずだ。モタモタしてっと帰っちまうぞ?」

ダンは焦る。今は攻撃してこないが、側近がいつ地下牢に入ってくるかわからないのである。早く人喰い、マリエルを連れ出したかった。

「あぁ、わかりましたわ!これも天の恵み!感謝していただきます!」

ダンはその返事を聞いて牢をを開ける。

「いいか!そこの階段を上がって扉を開けたらごちそうが飛んでくるはずだ!もったいないから絶対に逃がさず食え!」

ダンがそう言うとマリエルは「はい!」と元気良く返事をして地下牢を出ていった。

その瞬間、ドーンッ!と大きい音がした。やはり、側近は待ち伏せていた。

ダンはその様子を扉を少し開いて覗き見る。するとマリエルの上半身が無くなっていた。

まじか…!人喰いでも勝てなかったか…!

ダンが絶望していると、突然マリエルの下半身からだんだんと上半身が形成されていく。

そして元通り。見ているダンにはとても気持ちが悪かったが、ほっとしていた。本当に死なないようだ。

「いきなり蹴って来るとは元気な魚ですね!あぁ!さぞ大物なのでしょう!さぁ!出てきてください!」

マリエルは何事もなかったかのように言った。するとマリエルと少し距離をとって側近が姿を現す。

「貴様、『人喰い』だな…?なるほど…こいつを出しに行ったのか」

そう言うと、側近の姿が消えた。

その瞬間、マリエルに何かが飛んできた。ズゴーンッ!!と音が城に響く。

「あぁ!自分から寄ってきてくれるなんて、よほど食べられたいのですね!分かりましたわ!頂きます!」

そう言ったマリエルは側近の左足を両手で掴んでいた。

「な!?」

側近は驚く。まさか受け止められるとは思っていなかったのである。それはダンも同じであった。

「おい!離せ!おい!やめろ!やめろ!ぐああぁぁあっ!!くそ!やめ…うがああああああぁぁぁぁ!!!!!」

側近の断末魔が城内に響く。マリエルは側近の右足を、服を剥いで食べている。膝下はもうなくなっている。バリボリとご丁寧に骨まで食べて。

「これは…ちょっときついな…」ダンは扉を閉めて吐きそうになるのを必死に堪えた。側近の叫び声はまだ続いている。

やがて、側近の声が聞こえなくなり、バリッバリッ!という音だけが聞こえた来た。ダンは思わず耳を塞ぐ。

自分が食べてもいいとは言ったものの、いざ食べさせると気持ち悪くなってくる。

すると、足音が聞こえてきた。声も聞こえる。マリエルではない。

「おい!どうした!もう始末したのであろう?」

王だ。

その時、ボチャッ、ドサッという音が聞こえた。何が落ちたのかは見なくても分かる。側近だったそれだ。

「うぅっ!なんだこの臭いは!」

王の声が聞こえる。だんだんと近づいている。まずい。マリエルに王を食わせてはいけない。王の処遇は奴隷達が決めなければ、奴隷達による革命にはならない。

ダンは急いで扉を開ける。最初に目に入ったのは血溜まりと肉片だった。もちろん誰のものか火を見るよりも明らかである。

「待て!マリエル!そいつは食うな!」

ダンがそう言うと王の声がする方に歩き始めていたマリエルが振り向く。顔が血で真っ赤である。服も血で染まっている。

「なぜですか?食べてもいいと仰ったではないですか!」

マリエルは食べたくて食べたくて仕方ないらしい。

「い、いや、待て!まず眼鏡の男を全部食え!お残しはダメだ!」

よくわからない理由をこじつけたが、マリエルは納得したようで「そうですね」と側近だったものをまた食べ始めた。

マリエルが食べ始めたのを見た後、ダンは急いで王座の間へ向かった。








……て!……ゼ……!!!起き……!ゼン!!……ゼン!……起きて!

誰かが自分を呼んでいる。起きて…?誰だ?状況がわからない。私は今、どういう状態なんだ?

「う……うぅ…」

う!あばら骨が痛む。折れてるのか?何でだ…?……そうだ!私は側近に敗れたんだ。確か、殺される直前に捜索班が…ダメだ。側近が王座の間を出て行った時から記憶が途切れてる…

「ゼン!?ゼン!起きて!ねぇ!起きて!」

あまり揺さぶらないでほしい。ものすごくあばらに響く。わかった。わかったから。起きればいいんだな…

「うぅ…痛……わかった……起きるから…揺さぶらないでくれ…」

「ゼン!ゼン!!良かった!……良かった…」

う!まさか覆い被さってくるとは……痛むからやめてほしいが…「シアか…無事だったんだな…良かった…」

私には拒むことは出来ない。私は抱き締めてくるシアの背中を右手でそっと撫でる。

「ゼンさん!大丈夫ですか!」

ダンが声を掛けてきた。

「あぁ、あばらが痛むが大丈夫だ。それより、ここは?みんなは…どうなった…?」

そうだ。側近にやられたみんなはどうなったんだ。

「大丈夫です。側近の攻撃でみんな、意識を失ってただけみたいです。もちろん大怪我してますけど。ここは、ゼンさんが決めた集合地点の城の近くにある高台です」

「そうか…良かった…」

高台。それはゼンが絵描きに絵を描いてもらった場所。町全体を眺めることができる。そうだ…奴隷達は…?

「奴隷達はどうなったんだ…?」

「今、ここから見る限りは優勢ですね。隠密隊もうまく奴隷達を支援している感じです。あとは、こいつをどう使うかです」

そう言ってロープでぐるぐる巻きにされている王を指差した。

「おい!気を付けろ!そいつは人の記憶を操作するらしい」

「え、本当だったんですか。なんかさっきから自分でそんなことを言ってましたけど。分かりました。気をつけます」

あれ、そういえば側近はどうしたのだろう。姿が見えない。

「側近はどうした?まさか、倒したのか…?」

あれは化け物だった。姿を現した途端に、一瞬で立場を逆転された。

「側近ですか…それは、あの…はい。倒しました」

「倒したのか!?一体どうやって!?うっ!痛…」

驚きのあまり起き上がろうとしてしまい、あばらに激痛が走る。

「大丈夫!?」というシアの言葉に「あぁ…大丈夫だ」と返事をして再度ダンに訊ねる。

「あれは、制圧班でも勝てなかったんだ。どうやって倒したんだ?」

ダンは何だか言いにくそうに答える。

「あいつが…食いました…」

ダンが指を指す。その方向を見ると『奴』がいた。人喰いシスターだ。手を組んで正座している。目を瞑っており、神への祈りを捧げてるように見える。

「な!?おい!なんでそこに放置してるんだ!食われるぞ!」

こんな危険人物をほったらかしてるなんて正気じゃない。こいつが暴れだしたら、みんな一緒に奴のエサだ。

「いや、なんか側近を全部食べたら満足したのか、『お礼がしたい』って言われて。『大丈夫だ』って言ってるのに聞かなくて…しつこいんです…なんか食われそうで怖くて、それでみんなをここまで運ぶのを手伝ってもらってそのままなんです…」

「だが…!」

ゼンは人喰いの方を見る。今のところ危害を加えそうな様子はない。ダンを見るに刺激しない方がいいのは明らかだ。今は、構わないでおこう。

そして、ふぅと一息ついてからゼンは言った。

「よし、じゃあ最後の仕事に取り掛かるとしよう」








「くそ!数が多すぎる!」

「退くな!所詮は奴隷だ!」

「おい!しっかりしろ!ぐぁっ!」

ここはゴート城下町。今、まさに国のこれからが決まる戦いの最中である。

ノナハは必至に戦っていた。そこから沸き上がる止めどない怒りと悲しみを糧に。何人も殺した。同じ仲間だった兵士を。

もう、止められない。奴隷達の戦いぶりは凄まじかった。今まで受けてきた屈辱を返すかのように。何度銃に撃たれても、何度剣で刺されても、その命が尽きるまで動かなくなることはなかった。

兵士も必死である。奴隷達を容赦なく殺す。仲間を殺された分、多く。仲間の死体を、敵である奴隷の死体を、踏みつけて。地面は赤い血で染まっている。死体で埋まり、逆に踏まないようにするのが困難なくらいである。

ノナハは、また1人を殺す。殺した奴が持っていた銃を持って兵士達を撃つ。もちろん兵士達もただでは死ななかった。倒れても起き上がってくる。まるでゾンビだ。

戦いは熾烈を極めている。奴隷は兵士よりも多く死体を作り、転がっている。

その時、ノナハは見た。城の上に王がいるのを。一瞬動きを止めたノナハを兵士が撃つ。その銃弾はノナハの左肩を撃ち抜いた。

「ぐっ!」

すぐに撃ってきた兵士を銃で撃つ。兵士は倒れたがまた起き上がる。

「くそっ!」

ノナハにはもう体力が残っていなかった。足掻いて、足掻いて限界を超えて戦っている。

「皆のもの!!聞けぇ!!!」

城の上から声が聞こえた。先程いた王だ。なんだ?

その声を聞いてだんだんと人々が戦いを中断する。

「我々、帝国軍は奴隷達の蜂起に勝ち目を見出だすのが困難と見た!!我々は降伏する!!帝国軍は、武器を捨てろ!!!」

ノナハには、最初は何を言っているのか、さっぱりわからなかった。興奮しすぎて頭が回らなかった。しかし、王国軍はその意味をすぐに理解したようで、皆、下を向いて武器を捨てた。

ノナハはその意味をだんだんと理解する。そして、叫んだ。

「勝った…勝った……勝ったぞぉぉぉ!!!!!!!!」

ノナハのその声に奴隷達も一斉に叫ぶ。

「うおおぉぉぉ!!!勝ったあああぁ!!!!」

「革命だ…!!!奇跡だ…!!!」

「やったああああぁぁぁぁ!!!!勝ったぁぁぁぁぁ!!!」

奴隷達の革命だ。変えてしまった。国は敗れたのだ。奴隷達が自分達で国を変えた。

「お、おい!言ったぞ!これでいいだろう!?」

王は、姿を消して自分に刀を突きつけている男に言った。

「あぁ、あとはあんたを奴隷達に届けるだけだ」

「話が違うではないか! おい!やめろ!やめろおぉぉ!!」

大陸歴1602年、8月12日。ヨーグ帝国ゴート城下町で、奴隷達の蜂起に帝国軍、降伏。同日、ヨーグ帝国滅亡。











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