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裏切り

ゼンは、自分の部屋を出て、少し時間を置いてから部屋に戻る。辺りはもう日が落ちて真っ暗だ。暗闇の中、ぐっすりと眠るシアに「ごめんな…」と呟き、シアの両手両足を痛みが伴わない程度に、だが絶対にほどけないように調整して縛る。力任せにやらないのは、彼女なりの最後の優しさなのだろう。

スヤスヤと寝息を立てているシアを起こさないよう、慎重に担ぐ。そして、ゼンは、物音を立てないように部屋の窓を開ける。

村長宅の窓は基本的に大きいため、シアを担いだゼンでもギリギリ外に抜け出せる。窓枠に鉤縄の先端を引っ掻けて2階から降りる。そしてそのまま文字通り、姿を消して村長宅を後にした。





ゼンがシアを連れ出したすぐ後のこと。ゼンに忠告をしていた、あの仲間の男が部屋に入る。鉤縄とテーブルに置いてある空のコップを回収して窓を閉めた後、ベッドの上であたかもシアが寝ているかのように偽装工作をする。

金髪のウィッグを付けたマネキンの頭を枕元で調整した後、布団をかける。

自分のやるべき仕事を終えた男は廊下にに人がいないことを確認して部屋を出た。しかし、シアを見舞いに来た育成チームの友達が姿を消して、ひとりでに開閉するドアを目撃していることに、男は気がつかなかった。






事件が発覚したのは翌日の午前8時頃。部屋でシアを見ていたはずのゼンが慌てた様子で、部屋からシアが消えている事をセイロンに報告した。セイロンがすぐに隠密隊を捜索に出したことで、事件が皆に知れ渡った。

ゼンの話によると、昨日シアが倒れた後、自分の部屋でシアと話をしたという。シアの泣き声を聞いた人がたくさんいるので、この時点でシアが消えてはいないことは確定だろう。ソロンも泣き声を聞いている。

あれは、午後5時くらいだったろうか…。ソロンは、シアの泣き声が聞こえてきて心配になりながらも、ゼンが部屋に人を入れるのを嫌うため会いに行くことが出来なかった。

ゼンは、その後部屋を出て、食事場で軽食を済ませた後そのまま用事へ出掛けたらしい。帰ってきたのは、朝6時頃で、ベッドの上で寝ていたシアを確認したと言っている。そこから、大浴場の掃除、洗濯を終えた後、食事場で朝ご飯を食べてから部屋に戻った。そこで、シアがなかなか起きないため起こそうと近づいてたら、そこにはシアではなく金髪のウィッグを付けたマネキンが寝ており、慌ててセイロン報告したと言う。

つまり、シアの泣き声が聞こえてきた午後5時以降、どこの時点でシアが金髪マネキンと入れ替わったのかが不明であるというわけである。

ゼンの部屋からシアの泣き声が聞こえて来たとき、聞いた全員がそっとしておこうと、そこから誰もゼンの部屋に近づかなかった。

「シアが連れ去られたって事だよね…」

ゼンの話を聞き終えたソロンは呟く。一体誰が?城の兵士以外にも、シアを狙う者がいたのだろうか。シアは幻の種族と呼ばれるパシオ族であるため、どこからか情報が漏れて誘拐されたのかもしれない。

「それしか考えられないな…。一体誰が…!」ゼンが怒りで震えている。ゼンとシアは特に深い仲であったために、シアの事が心配なのだろう。

ソロンは考える。村長宅はヨゴ隠密隊という精鋭部隊が暮らしているため、家全体が常に警備されている状況と言ってもいい。生半可な人間では侵入するのも困難だろう。ヨゴ隠密隊の目を掻い潜れる強者はそれこそ…。

ソロンははっとする。村長宅は、外からの侵入が困難であり、それを出来る人は、この辺りにはいないだろう。つまり、あるとすればもうひとつの可能性…。

「もしかして、隠密隊に裏切り者がいるんじゃない…?」

ゼンは「バカな!そんなことあるわけないだろう!」と否定している。しかし、ソロンは

「いや、十分にあり得るよ…。そうであれば誰にも怪しまれずに、気づかれずにシアを連れ去ることができるんだよ。でも、一体誰が?」

ソロンは思い当たる節がないか記憶を整理する。ソロンの中で、容疑者として外れているのは、ゼン、セイロン、育成チームのメンバー、そして自分自身。容疑者としては、ダンを始めとするその他の隠密隊。数が多過ぎて絞れない…。

「捜索に出ている人たちは後回しにして、家にいる人たちから事情聴取しよう。ゼンもお願いね」

ゼンは「あぁ…わかった…」そう言ってソロンの元を離れた。






ゼンは焦っていた。ソロンが予想を上回るペースで真相に近づき始めている。あの男に、ソロンが余計なことに気づかぬよう監視を続けてもらっていたのに…。ぬかった…。

ゼンは「奴」と恐れられているものの出動が現実味を帯びて来たことに対して焦ってしまい、計画のうちの一つの手順を抜かしたのである。

それは、不審者を仕立てあげることである。ソロンやセイロン、他の隠密隊の疑惑の目を外に向けるために必要な事であったが、計画の実行事態には差し支えないので計画実行の日を早めるために、抜かしてしまったのである。

恐らく皆、いつかは真相に辿り着くだろうが、不審者を仕立て上げなかったため、予想以上にそのスピードが早い。それと、今回の事については、大きな誤算があった。シアが倒れた事である。それによってシアの位置は、ゼンの部屋に固定されてしまい、そこから消えた、という明らかに不自然なシナリオを作らなければならなくなってしまった。

また、シアが泣き叫んだことにより、シアがどの時間までは部屋にいたか、つまりシアがどこを境に消えたのかという時間の予測範囲が狭まってしまった。

あの時、シアが泣き叫んだ時、ゼンはシアを思わず抱き締めた。寂しい、と泣くシアに対して体が勝手に動いてしまったのである。それは結果的にシアの泣いている時間の短縮に繋がったが根本的な問題の解決にはならない。

幸いにもソロンはゼンを容疑者から外しているらしく、少しばかり自由に動ける。

ゼンは事情聴取をする振りをして、少しでも疑惑を下げるために偽装工作をすることにした。






ソロンは隠密隊の隊員達を事情聴取していた。隊員達はソロンの質問に素直に答える。怪しい気配、素振りを出すものはまだ見つかっていない。

「ごめん。…ありがとう」

ソロンは混乱していた。ソロンが事情聴取をしていると聞いて変な焦りを出す人がそろそろ出てもいいと思うのだが、隊員達は己の潔白を証明するかのように落ち着いていた。

「まずいな…。見当違いだったのかな…」

ゼンを容疑者から外してしまっているソロンは、真相への歩みを進められる訳もなく、ただ足踏みをしているだけだった。

そこへ、「ねぇ」とソロンに声を掛けてきた人がいる。

振り向くと、そこにはシアとよく遊んでいた育成チームの女の子がいた。シアが倒れた時も、一緒に遊ぼうとしていた子だ。

「シアちゃん。消えちゃったの?」

不安そうに女の子がソロンに訊ねる。こういう時、なんて答えればいいのか。不安を煽ることはしたくないし、かといって嘘を教えるのも違うだろう。少し考えてソロンは言う。

「うん。今、探しているんだ。でもきっと見つかるよ。僕らには隠密隊がついてるんだから」

その隠密隊に疑惑の目が向いていることは言わない。流石にそれを言うと、隠密隊の卵である彼女は隠密隊を抜けたがってしまう気がしたからである。それは、村のためにも良くない。

「そっか…。あのね、私、昨日シアちゃんの部屋にお見舞いに行こうと思ったの」

「シアの部屋」とは「ゼンの部屋」のことである。

「シアちゃんを慰めようと思って暗くなるまでお花を摘んで、部屋に向かったの」

ソロンは驚く。シアの部屋には、皆が空気を読んで近づかなかった。ゼンとシアの空気を壊してしまうのはあまりに野暮であるからだ。つまりこの子は唯一と言ってもいい、シアの部屋に向かった貴重な証人である。

「ほんとに!?なんかおかしい事とか無かった!?」

ソロンは、思いもしない幸運に少し興奮しながら聞いた。

「私が、部屋に行ったときね。シアちゃんの部屋のドアがひとりでに開き始めたの。私、怖くなって動けなくなっちゃったの。だから逃げられない代わりに自分の姿を消したの。ドアが閉まったら足音が聞こえてきて、それが遠くに行くまで私、ずっと身を潜めてたの」

これは大きい情報である。ひとりでにドアが開いた。そして、足音が聞こえた。つまり、隠密隊の中にシアの居所を知る犯人がいるということを決定付ける証言である。

「そうなんだ。それでその後はどうしたの?」ソロンが問うと女の子は「怖くて自分の部屋に戻った」と答える。

この子は知っているのだろうか。部屋から出てきたのが隠密隊の一人だということを。ソロンは先程は気を使って隠密隊の中に犯人がいることは明言しなかったが、もしかしたらこの女の子はそれを知った上で情報を提供してくれたのかもしれない。

「ありがとう!これでシアをもっと早く見つけられそうだよ」

ソロンが例を言うと女の子は「絶対見つけてね」と言葉を残して

行ってしまった。

他にも、そういう子がいるかもしれないと育成チームの子達に聴きに行こうとしたが、ひとまずゼンにもこの情報を伝えることにした。確かな情報の共有は犯人を見つけるために必要である。そうして、ソロンは隊員達にゼンを見なかったかと訊き始めた。






ゼンは今、自分の部屋にいる。どこかに自分へと繋がる証拠がないか探しているのである。シアを眠らせるための睡眠薬入りの水が入っていたコップはあの男が回収している。鉤縄も男が回収済みだ。

しかし、ゼンはあることに気づく。窓の下に何かが引っ掻いた跡が残っていたのである。

「まずいな…」

白い跡を残しているそれは、隠密隊の者であればすぐに鉤縄による引っ掻き傷である事がわかるだろう。ソロンも例外ではない。

廊下に誰もいないことを確認してから、シアはベッドの位置を少しずらす事にする。幸いな事にベッドを少しだけ窓の方に寄せれば傷は見えなくなる。ゼンはベッドの片方を少し持ち上げて音を立てないように窓の方に寄せようとした。その瞬間、何かが足音を立てて近づいてきた。そのすぐ後にガチャッという嫌な音がする。

「ゼン!!はぁ…はぁ…。聞いて!隠密隊の中に犯人がいるのは間違………。何してるの?」

そこから興奮気味のソロンが喋りながら入ってきた。

最初こそ興奮を隠せない様子だったが、ゼンが不自然にベッドを片方だけ持ち上げているのを見て少し困惑している。

ゼンは固まった。タイミングを見計らったかのように部屋に入ってきたソロンになんと説明しようか必死に考えている。ソロンの様子を見るに全力で走ってきたのだろう。はぁはぁと息を整えている。

「こ、これか?これは、今、その、は、犯人の痕跡を見つけたんだ!」

今まさに隠そうとしていた痕跡をソロンに教える。

「ほんとに!?どれ?」ソロンが近づいてくる。「こ、これだ!見ろ。この引っ掻き傷…。これは何か見覚え無いか?」ソロンに丁寧に教えてしまう。

「これ、鉤縄の跡じゃないか!すごいよ!ゼン!よく見つけたね!」ソロンはゼンがつけた傷とも知らずに目を輝かせる。

ゼンは、タイミング悪く部屋に入ってきたソロンに犯人の痕跡すなわち自分の痕跡を教えてしまった。あの状況でいちばん怪しまれない言い訳がこれしかなかったのである。

「でも、窓が閉まってるね。ゼンが閉めた訳じゃないでしょ?」

ソロンが質問する。

「あぁ、もちろんだ」嘘は言っていない。ゼン自身が閉めたわけではないので落ち着いて答える。

「ここから、シアを連れ出した可能性が高いね。窓から連れ出したってことを気づかれないように、一旦部屋に戻って鍵を閉めたんだね。きっと」

ソロンは、犯人が一人だと思い込んでいるためそのように推測した。そして、確信する。

「ゼン、実はさ…シアの友達がシアのお見舞いに行こうとしたとき、この部屋のドアがひとりでに開いたんだって。扉がしまった後に足音が聞こえたって言ってたから、足音の主が犯人で間違いないよ!隠密隊の誰かがシアをどこかへやったんだ」

「なるほどな」

ソロンの話を聞き終えて、ゼンは出来るだけ落ち着いた声で反応した。ソロンは犯人を一人だと思っているらしい。好都合である。

「後は、犯人の特定だね。ゼン!急ごう!」

そう言うソロンにゼンは「わかった」と静かに答えた。






犯人が特定できない。隠密隊の誰かが犯人とは分かっているが、そこから先に進めない。昨日、怪しい行動をしていた人間は事情聴取の結果見つからなかった。考えてみれば犯人は自分の姿を隠しているため、まず目撃情報がないのは当たり前である。ゼンもそれは同じようで「なかなか見つからないな…」と呟いていた。

考えに考えて、頭がパンクしそうなソロンは「ちょっと部屋で休んでくる…」とゼンに言い残して部屋に向かった。







「はぁ~…。シアはどこ行ったんだ?何のために連れ去られたんだ?……う~ん。分からないな」

「本当、謎だらけだぜ。なぁ?名探偵さん。事件は迷宮入りか?」

「うるさい。はぁ…早くシアの居場所を突き止めないと。命の危険に晒されてたらどうしよう…」

ソロンは、ん?と気づく。自分は誰と話してるんだ?今は部屋に一人である。ソロンは床に寝っ転がりながら無意識に誰かと話しているかのような錯覚に襲われた。大分頭が疲れているしい。

「どうすんだ?もういなくなってから1日たっちゃうぞ?」

誰かが話しかけてくる。さっきの声と同じ声だ。しっかりと聞こえる。ん?聞こえる?ソロンが疑問を持ち始めた瞬間「おい、無視すんなよ」と肩を軽く蹴られる。この声には聞き覚えがある。神出鬼没のあいつの声だ。錯覚じゃない!そして蹴られた方に目をやる。

そこには、自分を見下ろしてムスッとしているダンがいた。しかし、彼に絡む気力はない。

「どうしたんだよ。お前、僕の事好きすぎるぞ…」ソロンがうざったらしく話す。

「いや、お前が探偵ごっこしてるって聞いてな。捜索から帰ってきたら、どういう状況なのか聞こうと思ってたんだよ」

そう言ってソロンの頭の近くに腰掛ける。

正直「探偵ごっと」と言われてカチンときている。が、ソロンに状況を聞きに来るということはダンもシアの行方が心配なのだろう。ソロンは隠密隊の中に犯人がいて特定まであと一歩のところまで来ていることを話す。

ダンは、驚いた顔で「ひぇ~意外とちゃんとやってんな!にしても、本当に隠密隊の誰かが犯人なのか?」と話す。

ダンは、裏切り者がいるということを信じれないらしい。ソロンだって信じたくないが。

「シアちゃんはさ、捜索が打ち切られて、危険な旅をせずとも安心できることになったってのにな。1ヶ月で大分うちにも馴染んでたのにな…。まったく、誰だか。許せねぇな」ダンはそう言って顔をしかめた。

ソロンは、シアの捜索が打ち切られた時の事を思い出す。そういえば、ダンはその時も今と同じ様なことを言っていた。

「ん?」ソロンは何か違和感を感じて思わず声を出してしまった。

そんなソロンに「どうした?」とダンが訊く。しかし、ソロンは答えない。今、何かが見えてきそうなのである。

そして…ある事に気がついた…。

様子がおかしいソロンに「おい?大丈夫か?」とダンは声をかける。そんなダンを見て、ソロンは「気が付いたこと」を反芻する。まさか、いや。でも…そうとしか考えられない。

ダンの問いかけにも答えずソロンは、身を起こしながら訊く。

「なぁ、ダン。僕達親友だよな…」急にそんな事を言い始めたソロンに、ダンは「は?」 と思わず口にしたがすぐに

「当たり前だろ?小さい頃からの付き合いなんだしな!」と答える。

「そうだよな。隠し事なんてないよな」様子がおかしいソロンにダンは「おい!なんだよ!一体どうしたってんだよ!」とだんだんイライラし始める。

そんなダンのことを気にせずに、ソロンは一つの疑問をダンに問いかける。

「お前さ、何で、シアの国外逃亡のこと、知ってるんだよ…。この事は僕を含めて四人しか知らない」

ダンは平然として「あぁ、ゼンさんから聞いたんだよ。嘘じゃないぜ?」と答える。余裕があるのは恐らく本当にゼンから聞いたからであろう。

しかしなぜ、ゼンがダンにそのような事を教えるのか。疑問は増えるばかりだが、今は気にしてられない。今は、怪しすぎるダンを言及するのが最優先である。

「わかった。百歩譲ってゼンから国外逃亡の事を聞いた事はまだわかる。お前、捜索が打ち切られた時、僕に『危険な旅が無くなった事を喜べ』て言ったよな。何で無くなったっ事を知ってるんだよ。捜索が打ち切られただけじゃ、シアの国外逃亡が無くなるなんて分からないだろ?」

ダンは黙っている。顔は笑っていない。いつもへらへらとしてるダンがこのような顔をするのは分、とても威圧感を感じる。

「だから、ゼンさんに聞いたって言ってるだろ?捜索が打ち切られる前に話を聞いて、打ち切られた後にその事が無くなったって聞いたんだよ。別に怪しいことじゃないだろ」

ダンの言う事も一理ある。仮に捜索が打ち切られる前にゼンから話を聞いたとすれば、それが無くなったことを聞かされるのは必然であろう。そこで問題なのは、なぜゼンがダンに話したのかということだ。

ゼンは秘密を守れない人ではない。「言うな」と言われれば絶対に秘密を話すことはないはずだ。そんな人間であればゼンは恐らく「ヨゴ隠密隊最強」と呼ばれるまでに至らないだろう。ゼンが情報を誰かに漏らす。それはつまり、得た情報を誰かに伝えなければいけなかったという事だ。となると、ゼンも怪しくなってくる。

そこで、ソロンはあることに気づく。ゼンもダンも「隠密隊」であるという事に。そんな事は分かりきっているが、当たり前過ぎて考えた事がなかった。もし、ゼンとダンが「隠密隊」として王から脱走者すなわち、シアの捜索を命じられていたとしたら?

ソロンの頭の中で、バラバラだった点と点が繋がる。全ては繋がっていたのだ。そして、ソロンは問う。

「ゼンがお前に秘密を漏らしたって事は、そうしなければいけない事情があったんだ。じゃないと説明がつかない」

ダンは黙ったまま、目付きがとても鋭くしてソロンを見つめる。

「ヨゴ隠密隊は、基本的に村長に、つまりじいちゃんに絶対の忠誠を誓うよな。だからこそ、隠密隊が暮らす村長宅でシアを匿う事ができたんだ。だけど、それにも例外があるよな。それは、王からの命令があった時。村長に直接害を与えるような命令じゃなければ、王の命令が絶対だ。僕も育成チームにいたとき何度も教えられた」

王からの命令。ヨゴ隠密隊は王から直接任務を受ける。王からその事を秘密裏に進めろと言われれば、当人以外誰もその事を知ることはない。ダンが王から命を受けて、ゼンに協力を持ちかけたのだろう。ゼンも王の命令と知れば断るわけにはいかない。それが隠密隊の絶対定義であるからだ。

ダンは何も喋らない。ソロンの話を黙って聞いている。

「よくよく考えれば、城がシアの捜索に隠密隊を使わない方がおかしいよな。僕もじいちゃんも隠密隊を信じてたからその可能性に触れすらしなかった。お前が王からの命令でシアの捜索を秘密裏にしていたとすれば、不自然な事があったのも説明がつく。シアの捜索が急に打ち切られたのだって、国外逃亡を計画したわずか二日後の事だ。ゼンから計画を聞いたお前は国外逃亡を阻止するために、王に捜索を打ち切らせたんだろ?シアが、わざわざ国外に逃げるなんて事しなくても良いように」







くそっ!やっぱりこいつは危険だった…。ゼンさんが監視をするよう命じたのも、間違いではなかったな…。

ダンはソロンの推測を聞いて焦っていた。

犯人を特定できない、とソロンが悩んでいたため、油断してついいらない事をしゃべってしまった。それでソロンの疑惑が自分に向いてしまった。

やらかしたな…。正直、ソロンを舐めていた。もともと頭は切れる奴だったが、所詮は素人。名探偵ごっこの「ごっこ」から抜け出せないまま頭を悩ませるソロンに油断した…。

余計な事さえ言わなければソロンに疑われることはなかった。なぜならソロンは、自分が「親友」として会いに来てると思っているからだ。もちろんソロンとは親友だ。しかし、今は私情を捨てなければならい。自分は「監視役」としてソロンに近づかなければならない。ソロンがいつ閃くかわからないからである。

ダンは、ゼンから「ソロンが真相に近づき始めている」と聞き、急いでソロンの元へと向かった。しかし、見たところ迷宮入りを果たしているソロンに油断したダンは、自分を少しでも容疑者から外すためにシアの身を案じているフリをした。

それがいけなかった。そこからソロンの違和感に火をつけてしまい、逆にダン自身が容疑者になってしまう事態になった。それに加えて、ダンが自分の墓穴を掘ったのは「ゼンからシアの国外逃亡計画を聞いた」とソロンに言ってしまったときである。

ダンは、ソロンが自分を疑い始めた事に焦りった。まさか、口外無用の情報なんて知らなかったのである。ゼンからはそんな事を教えてもらっていなかった。そこで「何故知っているのか?」と問うソロンに、余裕を見せるために敢えて「ゼンから話を聞いた」と答えた。ダンは自らがこれ以上自分の首を絞めないよう、本当の事を話してどうにか誤魔化そうとしたのである。その結果、ソロンの推理を加速させてしまった。

ソロンが話終えるとダンは口を開く。

「証拠はあるのか?俺が城と繋がってるっていう証拠はあるのかよ?」

自分でも往生際が悪いとは思っているが、ダンにはこれしか言えることがなかった。

「それはお前が、シアの逃亡計画を知ってること自体が証拠じゃないか!」ソロンが答える。

しかし、ダンも引かない。

「それだけじゃ、繋がってるなんて言えないだろ。俺はシアちゃんの身を案じて、ゼンさんにシアちゃんの事を聞いたんだよ。それだけだ。証拠にはならない」

あくまで自分は違うと悪あがきを続けるダンにソロンは堪忍袋の緒が切れた。

「ふざけんな!シアの身を案じてるフリをして…!お前が犯人なんだろ!?ゼンを利用して!認めろよ!!シアをどこにやったんだよ!?城に渡したのか?また暗い地下牢に戻したってのか!?言えよ!!」

そんなソロンに段もキレる。

「だから、俺じゃねぇっつってんだろ!?まだ、わかんねえのか?そんな探偵ごっこしてる暇があるならシアちゃんを探せばいいだろ!俺に聞いたってなにもでねぇぞ!?俺はもう行くからな!!」と立ち上がる。

逃げようとするダンを、ソロンも「待てよ!!」と立ちながら引き留める。そんなソロンを無視してダンがドアを開こうとすると、突然「待て」と声が聞こえドアが急に開いた。内開きのドアのため、ドアを開こうとしていたダンは必然的にドアにはねられる。

ドアにぶつかり倒れるダンは何が起きたかわからないように困惑している。ソロンも同じように目を見開き驚いている。ドアを開いたはずの人が見えないのである。シーンと静まり帰る部屋に「ダン、すまないな」という声が響く。二人はこの声に聞き覚えがある。だが、肝心の姿が見えない。不思議に思っていると、誰もいないドアが閉まる。そして、ドアの前にだんだんと人の姿が見えてくる。声の主、ゼンだ。

「ゼンさん…」

誰よりも早く言葉を発したのはダンだった。ソロンからは顔が見えないが恐らく悲しい顔をしているだろう。声がとてもか細い。先程部屋に響いていた怒声が嘘のように部屋は静かである。普段は耳にも入らないような音がとてもうるさく感じる。

「ゼン…ずっと聞いてたの?」ソロンが訊くと「あぁ」とゼンは真顔で答える。

そんなゼンにソロンは喋りかける。

「ゼンは、最初から全部知ってたの?ダンが城と繋がってるって…。もしかして…ダンがシアをどこにやったか知ってるの?」

ソロンがゼンに訊く。シアの身を案じるあまり気が急いでいる。

「一つ…お前は勘違いしている」

ゼンが言う。勘違い…?何だ?ソロンが考えているとゼンが言いはなった。

「ダンは城と繋がっていない。城と繋がっているのも、シアを連れ出したのも、私だ」

淡々と言うゼンにソロンには困惑しかなかった。

は?ゼンが?一番シアを想っているゼンが?ソロンは信じられなかった。最初はゼンがダンを庇っているんだと思った。確かにゼンは今回の事に加担したと思うが、それはダンに協力を持ちかけられたからではないのか?王の命令に逆らえなかったからではないのか?

「ほんとなの…?」ソロンの問いかけにゼンは頷く。それが本当だと裏付けるように、ダンは倒れたまま下を向いている。

何とも言えない、気まずい雰囲気が部屋を漂う。ゼンは表情を崩さず、ただそこに立っていた。







シアとゼンが、ゼンの部屋で鉢合わせた日。ゼンは、早朝に人気のない場所で城の兵士と会っていた。

「ゼン殿。我らが王から参上しろ、との声を預かってきた。昼頃に向かうようにしてくれ」

「了解しました」

兵士の言葉にゼンが答えると兵士はどこかへ行ってしまった。

いつも、「参上しろ」と言われるときは新しい任務を頼まれるときである。久しぶりだな…最近は、平和が謳われるようになったので隠密隊としての仕事はほぼなかった。あっても他国の内情を王に報告するぐらいの任務である。危険な任務は、大戦が終わってからなくなっていった。ゼンは村長宅に準備をしに戻った。





昼頃、ゼンは王の元へと参上した。王座の間はとてつもなくピリピリしている。何かあったのか、そこにいる人全員が神妙な面持ちをしている。明らかに様子がおかしい。ゼンが異常に気づいた時、王がシアへと言う。

「よく来たな。待っていたぞ。実は昨夜この城から脱走者が出てな。そいつを秘密裏に捕まえてほしいのだ」

「脱走者が……」どうりで空気がピリついているわけだ。

「秘密裏に、ですか?」シアが訊ねる。

王は「そうだ。その脱走者の存在が表に出ぬうちに捕まえろ。任務に失敗すればそれ相応の責任をとってもらう。いいか、脱走者の存在を絶対に広めるな!」と話す。

「わかりました。では、脱走者の特徴をお教え下さい」ゼンが訊く。

「そやつは、パシオ族といってな。肌が白くて金髪だ。この国の者とは姿がまったく違うからな。目立つはずだ」王が答える。

「パシオ族…?」

ゼンは聞いたことのない名前が出てきて困惑した。

「奴らは幻だ。この世に存在するようで存在しない。奴らの存在を知っているのは、城の極一部の人間とお前だけだ。奴らは血で他者を癒す不気味な一族でな。先の大戦でよく役立ったが、それで数が減ってしまってな。なんとしてでも奴の存在が国に知られる前に連れ戻したいのだ」

ゼンには大戦中の事を思い出す。そういえば大戦中に城が「アンジャナの涙」という赤い謎の液体を配布していた。アンジャナとはヨーグ帝国が信仰する万能の神だ。ゼンが見たことのある「アンジャナの涙」は血のように赤かったが、まさか本当の血だったとは。鉄臭い臭いがしなかったため分からなかった。

「そうなんですか……分かりました。必ず見つけ出します」

シアが言うと

「頼んだぞ。それと1つ、よい情報をやろう。パシオ族は光を嫌う。昼であれば日の当たらないところに身を隠しているはずだ。必ず見つけ出せ」と王が教えてくれた。

「ありがとうございます」

そう言ってゼンは城を出た。






ゼンはまず、城下町を捜索する。ゼンには脱走者がいそうな場所に思い当たるところがある。奴隷市場だ。

奴隷市場。そこには多くの奴隷がいる。町の3分の2の土地を占める、ヨーグ帝国唯一の奴隷市場であり、国中の人がそこに足を運ぶ。稀に他国からも買い求める人が来るほどだ。奴隷には親を亡くした子供、売られた子供、大戦中に捕虜となっていた他国の兵士、珍しい種族、身分の低い種族など多くの理由を持つ奴隷がたくさんいる。奴隷は大戦中、後に爆発的に数が増えた。奴隷は種族や歳にもよるが売ると高い。大戦中、後はたくさんの人手が必要となるため、権力者や富裕層がこぞって奴隷を爆買いした。奴隷には人権がないため、すぐに死んでしまう者も多い。そのため買い続けなければ数が減る。そこに目をつけた奴隷商人が自国の村などから拉致したり、身分差を利用したりして奴隷を供給し続けた。もちろん、奴隷として売りたい人間を持つ奴らはたくさんいる。その結果、大戦が終わった後も数が増え続けて奴隷はついにヨーグ帝国の人口の半数以上を占めるまでに至った。ヨゴ村は「ヨゴ隠密隊」がいるため、奴隷商人たちに襲われる事はなかったが、そのせいで無くなった村も数多い。

そんな場所は脱走者にとって絶好の隠れ場所である。色々な種族がいるので目立たないのである。ゼンは早速向かった。







奴隷市場の中にある1つの建物に入ると、辺りは鎖に繋がれた奴隷がたくさんいた。360度どこを見てもたくさんの奴隷がいる。買い求めに来た客用の道があるが、それがなければ前へ進む事もままならないだろう。道の端にあるロープで奴隷と道を分けている。奴隷達も逃げようと思えば逃げれるだろうに誰も逃げようとする素振りを見せない。それほどまでに衰弱してるか、それとも逃げても意味がないと分かっているのか。そんなことより、とゼンはその道を進み、脱走者と思しき人間を探す。肌が白くて金髪…。そんな容姿をする者は一通り見たがいなかった。「金髪、白い肌」の特徴がある人は見当たらない。

ゼンが他の建物に移動しようとすると「お買い求めでしょうか?」と慎重が低い小太りの男が話しかけてきた。丁度いい、とゼンは金髪白肌の人がいないかを男に聞いた。すると「はて…私の管轄内にはそのような特徴の者はおりませんね…。奴隷は肌の色で分けられております。ずっと奥に行けば白肌の奴隷がいる場所につくと思いますが…遠いので定時のバスをご利用ください」そう言って男は去っていった。

ゼンは男の言った通りにバスで移動した。そして男が言っていた場所につき、脱走者を探す。身を隠すとしたらここだろう。ゼンはたくさんある建物の内の1つに入った。







結局、脱走者は見つからなかった。いや、見つけられなかった。思えば「金髪で白い肌」なんて特徴を持つ人間は無数にいるのだ。恐らく、よく見ればちょっとずつ違うのだと思うが、みんな「金髪で白い肌」のため骨が折れる。逆に奴隷を買いに来た人が目立ち、目がいってしまう。目がものすごく疲れている。それにゼンは奴隷制が嫌いなため、奴隷を見るだけで心が痛む。そのため、今日一日だけでものすごいストレスが溜まっていた。

ゼンは自分を癒すために村長宅へ戻ることにした。






村長宅に戻ると、なにやら隠密隊の皆が話をしていた。

「おい、本当に匿うのか?バレたらただじゃすまないぞ!?」

「いや、でも見捨てるのはかわいそうだろ…?」

「そうだよな…村長も俺達を信じて決断したんだよな…裏切れないよな…」

どうやら捨て子だか、旅人だか知らないが家で誰かを匿うことにしたらしい。そんなこと、今のゼンにはどうでもよかった。早く部屋に行きたい。

普通に考えれば「匿う」という時点でタイミング的に脱走者とわかるだろうがそんなこと考える暇もないほどゼンは疲弊していた。






ゼンはようやく部屋に辿り着く。疲れすぎて遠く感じた部屋はもう、目の前。ゼンは中に脱走者がいるとも知らずドアを開ける。

ゼンは、一瞬固まってしまった。暗い自分の部屋に人がいたのだ。そして目を擦る。疲れて厳格が見えたみたいだ。そう思ってもう一度部屋を見る。そこには、やはり誰かがいる。心なしか今日、目が眩むほど見た金髪白肌の人物に見える。

それがゼンの理性をぶち壊した。ゼンは叫んで謎の人物に飛びかかり、相手を押し伏せる。そして、理性が飛んだゼンは機械のように問う。

「お前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だお前は誰だ…」

謎の人物は何も言わない。結果、ゼンの火に油を注ぐことになる。

「誰だぁ!お前ぇはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」ゼンが叫ぶ。その途端、部屋の明かりがついた。それではっとする。

後ろを振り返るとソロンが立っていた。ソロンに加勢するよう頼んだら「違う違う、ごめん。まず、落ち着いて。ここってゼンの部屋だっけ?誰もいなかったからお客さんを入れちゃった」と答えた。

「お客さん?」すぐに振り返ると金髪白肌の少女が泣き叫んでいた。まさか、もしかして、まさか…脱走者?

「まさか、こいつが例の…」思わず、呟いた。今、自分は脱走者を発見したのである。こんな幼い少女だったとは…。ゼンは、今自分が客を迎える側の人間であることに気づく。それはつまり…。

そこからは例の通りである。







二人が部屋を出ていった。どうやら食事をするらしい。自分も誘われたが断った。今は、最優先で自分を癒してやらないといけない。

部屋に一人となったゼンは自分に癒しを与える前に少し考えをまとめる。

恐らく、あの少女が脱走者と見て間違いないだろう。特徴が合致しているし、何より先程の兵士が「匿う」と言っていたため、追われの身である事は間違いない。このタイミングで匿うと来たら例の脱走者以外考えつかない。確か…名前は…シア。ソロンがそう呼んでいた。

「しかし、厄介なことになったな…」

思わぬ偶然で脱走者を見つけることができた。しかしまさか、自分の家───村長宅で匿うことになったとは。匿うこと自体が厄介であるのに、加えて隠密隊が住む村長宅ときた。無理に連れ出そうとすれば恐らく皆異変を感じ取るし、何より脱走者が抵抗をするだろう。そうとなってはもう、捕まえることは難しくなる。誰かに協力を仰がなければ。協力者がいなければ捕まえて連れ出すのは至難の業だ。恐らく、王の命令と知れば隠密隊は協力せざるを得ないだろう。自分もそうである。つまり、誰でもいい。一人だけでもいい。協力をしてもらえば確実に任務は成功する。二人以上いると情報の共有が面倒くさいし、ばれるリスクが高まる。

「さて、誰がいいか」

その時に浮かんだのはソロンだった。ソロンはとても頭が切れる。隠密隊から除隊されなければ、今頃優秀な隊員になっていたただろう。しかし、大事な時しか力を出さないのが玉に瑕である。

「ソロンに協力してほしいところだが…」

ソロンは隠密隊では無いため、恐らく匿う気満々のソロンは絶対に断る。ソロンが協力者にならないなら、それはとても邪魔な存在になる。誰かに監視させる必要がある。ソロンの近ずいても不自然じゃない隠密隊…いる!ダンだ。あいつはソロンとはお互いに親友と呼び合う仲だったはず。しかもいつもはヘラヘラしているが、隠密隊としての仕事となると人一倍真面目に取り組む。こんなに良い人間はいない!

「ダンだな…!」

そう言ってゼンは「癒し」を後回しにして部屋を後にした。







しばらくしてゼンは部屋に戻ってくる。

「よし。後はどう連れ戻すかだ」

ダンは読み通りゼンに協力すると言ってくれた。隠密隊として私情を挟まない奴であるから「王の命令」と聞いて2つ返事で引き受けてくれた。ダンにはとりあえずソロンの監視役をしてもらう。

「相手を油断させる必要があるな。私が完全に味方と思わせなければ」

無理やり連れ出すのは難しいと見たゼンは、脱走者との距離を縮めることにした。外がダメならば内から攻略していくしかない。そうと決まれば、もう考えるのはやめだ。ただでさえ疲れていたのに頭を使いすぎたせいで限界である。

ソロンは廊下を確認する。「よし、誰もいない」そう言って部屋のクローゼットに入っているお気に入りの大きな熊の人情を取り出す。ゼンはいつも「部屋に入ったら殺す」と言っているので万が一でも入ってくる奴はいない。思う存分癒されよう。






ゼンは驚いた。人形から癒しをもらっていた時ドアが閉まる音がしたのだ。背筋が凍る。すぐにドアを開いて確認する。そこには食事を食べ終えた脱走者がいた。まずい。よりによってこいつに見られるとは…。とりあえず「入れ」と言ってドアを閉める。

どうしよう。絶対に見られたくない秘密を見られてしまった。恥ずかしさで心臓がバクバク言っている。いや、待てよ…。むしろ好都合ではないか!恐らく今のを見たことによって自分の印象が「急に押し倒してきたヤバイ人」⇒「意外とかわいい一面がある人」にグレードアップしたはずだ(正確には「鬼」⇒「ただただヤバイ人」)。このチャンスを逃すわけにはいかない。ゼンが無理やり納得していると脱走者が部屋に入ってくる。

まずは誠意を見せるべきだろう。

「そうだな…」ゼンは小さく呟く。「な、なんでしょうか」脱走者が問いかけてきた。早く誠意を見せなければ脱走者を困惑させるだけである。

ゼンは自分の中で一番の誠意を見せる。頭を上に少し反らして、そこから床めがけて思いっきり振り抜く。

「お願いします。どうかこの事は誰にも言わないでいただけないでしょうか」

もちろん本心である。これを外に流されたら自分の威厳が無くなってしまう。

そうすると、脱走者が口を開く。

「そんなに、かしこまらないで下さい。元は、覗き見た私が悪いのですし、もちろん誰にも言うつもりはありません。それこそ、お詫びに何か私にできることはありませんか?」

驚いた。意外にも礼儀を心得ているらしい。しかも自分に詫びたいという。チャンス到来である。ゼンは、ゆっくりと頭を上げて言う。

「いいのか?」

ゼンの言葉に「わ、私にできることであれば…」と脱走者が答える。

「じゃあ、一緒に来てくれ。移動する」

そう言ってゼンは立ち上がり二人分の着替えを持つ。服を出しているとき、さっきの「アレ」を見られた事によってなんか分からないが吹っ切れて馴れ合い口調になってしまっている自分にゼンは気づく。今さら戻すのもおかしいか。

「じゃあ、行こう」

「わかりました…」

脱走者は不安そうに頷く。ゼンは、そのまま脱走者を連れて大浴場へと向かった。





大浴場に着いた。脱走者は困惑しているが、やはり仲を深めるには裸で語り合うのが一番だろう。

「早速だが私と一緒に風呂に入ってくれ」

少し間を置いて「わかりました」と脱走者が答えた。

脱走者から返事をもらったゼンは早速服を脱ぐ。

「えぇ!?」

隣から声が聞こえた。もちろん脱走者の声である。

「どうした。何か体についていたか?」ゼンが問うと脱走者は「いえ……?」と困惑しながら答えた。

そうか、と返事をしてゼンは裸になっていく。困惑していた脱走者もようやく服を脱ごうとする。あぁ、恥ずかしかったのか。ゼンがそんな事を思っていると脱走者ご訊ねてきた。

「あの、ゼ…」

脱走者が言い淀む。その意味を察したゼンが「ゼンでいい」と答えると脱走者が言葉を続けた。

「ゼンさん。あの…、この白いヒラヒラの服は何ですか?」

白いヒラヒラとは下着の事だろうか。なるほど、下着の文化が無いのか、パシオ族には(正確にはシアが獄中で生まれたためである)。

「これか?これは下着だ。知らないのか。これは服の下に着るんだ。シアは、まだ子供だからな。私のようなのはまだ早いんだ」

ゼンが答えると「はぁ」となんとなく理解したような声で返事をしてきた。

ゼンが完全に裸になると同じく裸になった脱走者に

「いいか?シア。風呂に入った後は私のおさがりのこのパジャマを着てくれ。これはズボンが前後ろ分かりにくいからな。気を付けて穿いてくれ」

ゼンはそう言って脱走者と共に、脱衣所から浴室へ移動した。






自分の体を洗い終えて湯船へと向かう。そこでは、先に入っていてくれと言っておいた脱走者が湯船に入らないでしゃがんでいる。

「どうした。入らないのか?」とゼンが訊くと、「ちょっと熱すぎて…」と脱走者は答えた。

「熱いのか。そうか…。そういえばシアは触った感じ体温が私たちより低いもんな。より熱く感じるのかも知れないな。じゃあ、隣の湯船に入るといい。結構ぬるくなっているはずだ。

ゼンがそう言うと脱走者は隣の湯船に足をつける。

「どうだ?」と訊いたら「大丈夫です。これなら浸かれそうです」と答えてきた。

「よかった。10分くらい経ったら上がろう」

脱走者は「風呂」というものが初めてらしいので、長すぎるとのぼせてしまうだろう。10分経ったら上がる、そう決めていた。

脱走者が湯船に浸かった後、ゼンも隣の湯船に浸かる。浸かり始めたとき脱走者が訊いてきた。

「あの、何でさっき、部屋で、あの…あんなことしてたんですか?」

ゼンは驚く。まぁ、当たり前の疑問なのだが。訊かれるとは思ってなかったので多少びっくりした。しかし、自分の事を話せば少しでも心を開いてくれるかもしれない、と思ったゼンは「ハハ…話せば長いぞ?」と前置きして語り始める。







ゼンは話終えて「長かったか?」と脱走者の方を向き訊ねる。その瞬間、驚きの光景を目の当たりにした。脱走者が沈んだいたのである。しかも、徐々に顔が湯船へと消えていく。

「おい!?大丈夫か!?」

脱走者の鼻が湯船に入る前に脱走者を持ち上げる。危ないところだった。こんなところで死んでもらっては困る。脱走者は小さく「はぃ…」と答える。意識が途切れそうになりながらも必死に自分の話を聞いていたのだろう。そうとなると少し嬉しい思う反面、申し訳なさが出てくる。

「すまない。話が長すぎて10分を超していたな」

脱走者を抱える。体温が自分より少し低い感じだ。自分にとってはそうでもない体温だが、のぼせてしまった彼女にとってはとても苦しい温度だろう。すぐに浴室を出て、脱衣所にある椅子に寝かせる。体温を下げなければ…。いや、まず水分補給か。しかし、ここにはコップがない。水道はあるが。

そう、水道はある。恐らく軽い脱水症状を起こしている彼女には、迅速な水分補給が必要だ。ならば、もう口移ししかない。手で水を持ってきてもこぼれてしまう。

「よし、待ってろ!」

ゼンは裸のまま急いで水道に向かい口に水を含む。そして脱走者の口に己の口を押し当てて直接水を流し込む。脱走者が水を飲み込むのを確認して、再度水を口に含み同じように水を流し込む。それを数度繰り返して後、タオルを広げて脱走者を扇ぐ。脱走者の体温が下がってきたことを確認して、ゼンは「ふぅ」と息をついて椅子に座る。こんなところで脱走者を殺すわけにはいかないため、必死になって処置をした。いや、正直、殺すわけにはいかないというよりも、自分の話を必死に聴いて苦しむ事になった彼女を助けたいと思ったからである。ゼンの心には、少しだけ少女に対する愛情が生まれていた。しかし、「ゼン」としての彼女にはそうだが、「隠密隊員ゼン」としては私情を挟むわけにはいかない。気持ちを整理し直して、寝たままの少女を着替えさせる。少しは、距離が縮んだか?ゼンからすると距離は縮んだ気がするが問題なのは向こうがどう思っているかである。そんな事は聞くわけにもいかず。ゼンは少女の着替えを終わらせて、自分の着替えを始める。そして着替え終わるとそっと少女を持ち上げて、大浴場から出ていった。








ゼンは部屋につくと少女をベッドに寝かせる。途中、ソロンに会って変な誤解をされたが、それは気にしない。

「私も寝るか」

そう言ってどこに寝ようか考える。今日は疲れているため床では寝たくない。かといって布団を準備できる訳でもない。仕方なく、ゼンは少女と同じベッドで寝ることにした。

「よく見るとかわいいな…。そういえば、どうしてこの子は捕まってたんだ?」

ゼンは疑問に思うが考えても仕方がない。少女の隣でゼンも眠りについた。






ゼンは目を覚ました。何か温かいものを抱き締めている。モゾモゾと動いているが自分が強く抱き締めているため動けないようだ。はっとして腕を離す。その瞬間に「温かい何か」はベッドから転げ落ちた。結構壮大に落ちたので「大丈夫か…?」と声をかけると転げ落ちた何か───少女が立ち上がる。

寝てる間に少女を抱き締めてしまったみたいだ…そんな事は口が裂けても言えない。無意識に抱き締めているとか、恥ずかしいし、何と思われるかわからない。そのため、

「すまない…つい、かわいくて抱き締めたまま眠ってしまったらしい。本当にすまない…」と自分でも少し意味がわからないいいわけをしてしまった。大の大人が「かわいくて抱き締めた」とか不自然過ぎる。

「いえ…大丈夫です…」

若干引いてるような気もしなくないが、傷つきそうなのでそこからは考えなかった。







食事を終えて部屋に戻ると先に戻っていた少女が閉まったカーテンを見つめていた。

「シア?なにやってるんだ?」

ゼンには何をしているのかさっぱりわからず、その異様な光景について少女に訊ねた。

「外を眺めてるんです」少女が答えた。

外を眺めているとはどういうことか。ゼンは、王が言っていた言葉を思い出す。パシオ族は光を嫌う。

「そうか…光がダメだからか?」ゼンが訊ねると少女は驚いた顔で「知っているのですか!?」と大きな声で答えた。

まずい…ついしゃべってしまった。ゼンは慌てて説明を考える。

「いや、まぁ、なんだ…古い文献を目にした事があってな」

テンプレートすぎる嘘をついてしまったゼンは少女が疑いを持たないか心配だったが、「そうなんですか!?」と驚いている。危なかった。そこから少女は自分の事を語り始めた。母親から、絶対に太陽の下には出るな、と強く言われた、と。その約束を絶対に破りたくない、と。少女にとってはそれが今も母親と繋がっていると思える一本の蜘蛛の糸なのだろう。少女のしゃべり方から少女の決意の強さが見える。

「結構面白いですよ?」少女は言った。

少女はカーテンの向こうにある風景を想像しながらカーテンを見つめている。いや、見つめてはいない。目を瞑って景色を眺めている。

ゼンはそんな少女に「そうか…」言葉を残して部屋を出た。






ゼンは今、人気の無い場所である男と話している。ダンだ。

「ダン、すまないが1つ頼まれてくれ」

「わかりました。私は、何をすればいいんですか?」ダンが聞き返す。

「脱走者を発見した、と王に伝えてきてくれ。私はこれからやることがあってな。そっちをはずすと面倒なことになる。頼むぞ」ゼンが答えるとダンは「わかりました。行ってきます」と言って姿を消した。

ゼンはそのまま持ってきていた生乾きの患者服を持ってワイホのところへと向かう。少女が着ていた患者服を返しに行くのだ。それと、ワイホに口止めを頼みに行く。

ワイホの元へと着いたゼンは「すいませーん!」とドアをノックした。足音が近づいてきてドアが開く。ワイホだ。

「あら!ゼンじゃないの。一体どうしたんだい?」

「これ、シアが着ていた患者服です」

向かっている途中でできるだけ太陽に当てていたため、服は乾いている。その服を渡すとワイホは

「あら!ありがとねぇ~!」

「はい。あと、ワイホさんにちょっとお話が。昨日の事とシアの事は誰にも言わないようにお願いします。シアの身に危険が及ぶかもしれないので」ゼンがこう言うとワイホは

「あったりまえよ~?そんな簡単に口を開く婆さんじゃないんだから!わたしぁ!」

そうですか、ありがとうございます、とお礼を言って家へ戻る。ワイホのことは信じよう。ワイホは優しい人だ。昨日の事は言わないでくれるだろう。そう思いながら歩くスピードを早めた。







ゼンは、自分の部屋に一旦戻り少女と共にセイロンの部屋へ向かう。

コンコン、とドアをノックするとセイロンがドアを開けて「入ってくれ」と迎えてくれた。

「ありがとうございます」と礼をして部屋に入る。

「あれ、ソロンは?」少女がふと口に出す。

「まだ来ておらぬ。全く、あと5分しても来なかったら始めよう」

そして、5分経ってもソロンは姿を現さなかった。

「よし。あのバカは置いておいてこれからシアの今後について話し合いたいと思う」セイロンが続けて

「まずはシアが今後どうするかじゃ。この村、つまり国を出るか、それとも村に残ってわしらが匿うか」と話す。

「わしから最初に意見を言わせてもらうと、わしは国を出た方がいいと思っておる。あの城からの権力が及ばぬところへ逃げるしか安全はないと思っとる。どうじゃ?」セイロンが話終えると、ゼンが口を開く。

「逆に私は出ない方がいいと思っております。下手に出て自分の身を危険に晒すよりかは隠密隊が暮らすこの家が一番安心できる場所です」

ゼンから言わせれば国外逃亡なんてもってのほかだ。この場所にに少女を固定しなければ任務は失敗となる。それだけはダメだ。

「そうか…シアはどうじゃ?」

セイロンが少女に聞く。すると少女は

「私は皆さんが決めた事にこの身を委ねたいと思ってます。後、ソロんの話を聞いて決定を待ちたいです」と答える。

「そうか…」とセイロンが呟く。セイロンにとっては予想通りなのだろう。だからこそシアに答えを求めない。

そこからしばらく話しているとノックが聞こえてドアが開いた。ソロンである。

そこから例の下りを終えて、ゼンがソロンに今の状況を伝えると

「僕は、じいちゃんに賛成かな。昨日はうまく誤魔化せたけど、いつボロが出るかわからないし。心許ないなら僕がお供するよ」とセイロンに賛成した。

「お前じゃお荷物が増えるだけだ」

ゼンは焦りを見せないようにできるだけ落ち着いて言い放つ。仮に国を出てソロンがお供に加わるというのは、正直心強い。しかし、少女を国から出すわけにはいかないため、ここで敢えてソロンの心を挫く。ソロンの顔から分かりやすく表情が消えたので、どうやら効果はあったようだが、ソロンはそのまま話を続ける。

「まぁでも、どのみち村を出なければ見つかるリスクは高いままだよ。村を出ない選択をするなら、それこそ城がシアの捜索を諦めるくらいの事がないと。それはほぼ無いだろうし、あったとしてもすぐじゃないと思うな」

「なるほどな…」ゼンは呟く。

ソロンの言った「城が捜索を諦める」という事を実現させればこの国外逃亡を阻止できるかもしれない。今のところ、少女の国外逃亡はほぼ確定みたいな感じになっている。そんな事を思っているとセイロンが

「ではシアは村を出るということでいいんじゃな?シアもそれでいいか?」と少女に訊ねた。

「私は皆さんの意見に従います」と少女が答える。

決まってしまった。少女の国外逃亡が。ゼンはどうするか考える。よほどの事が無い限り白紙にはならないだろう。それこそ、城に捜索を中断させなければ、二人が考えを変えるのはまず無いだろう。

二人はシアの行き先について話しているが自分にとってはそんな事どうでもいい。少女が国を出た時点で任務は失敗となる。やはり、城に捜索を打ち切ってもらおう。しかし、簡単に打ち切るだろうか…。王は、なんとしてでも少女を見つけたいはずだ。

いや、待てよ…。ゼンは思い出す。もう自分は少女を見つけたことを、ダンを使い王に知らせてるではないか。自分が少女を見つけたことで、「そこから先は任せてくれませんか?」と頼めば捜索を打ち切ってくれるかもしれない。少女を発見したことによってその頼みは信頼できるものと思ってもらえるだろう。

そんな事を考えているとソロンが自分に向かって「それでいい?」と聞いてきた。とりあえず「あぁ」とだけ返事をして、また考え始める。

そうだな…。後の問題はいつ、言いに行くべきか。誰にも怪しまれない時間。そこでゼンは考え付く。国を出るということは、それ相応の準備が必要だろう…。となるとゴート城下町に行くしかない。あそこにしか国を出るための十分な装備は売っていない。出来るだけ早い方がいい。明日だ。明日、ソロンを連れて城下町へ行こう。城下町であるから、城にも近い。ソロンには適当に買い物でもさせておこう。

そこで、城には優秀な絵描きがたくさんいることをふと思い出す。なぜ、思い出したか。少女だ。少女の、太陽が出ている外を見てみたいという願いが急に頭をよぎったのである。なぜかはわからないが。

少女との距離を縮めるには、それ相応の事はしなければならない。昼の絵を描いてもらい、少女にそれをプレゼントすればきっと自分の事を好きになってくれるはずだ。よし。決まりだな。

ゼンがそんな事を考えていると

「ゼンは?いい提案だと思う?」とソロンが、また自分に聞いてきた。「あぁ」と適当に返事をすると

「…わかった。お前の案を信じよう。それと、この事は万が一でも外にバレるといかんからの。わしらだけに留めておこう。口外無用じゃ。わかったか?」とセイロンが言う。

どうやら案がまとまったみたいだ。一応頷く。

「じゃあ、今日はこれで解散じゃな?焦らないと言っても今日の内に出来ることは今日の内にたのむぞ?」

セイロンのその言葉で皆解散した。ゼンはそのまますぐダンを探しに行った。






ゼンはダンを見つけて、人気の無い場所へ移動する。

「いいか。よく聞け。脱走者が国外逃亡をするということに決まった。そうだ。とてもまずい。そこで、だ。王に捜索を打ち切ってもらうよう頼む。明日、私はソロンと共に城下町へ行く。お前は私たちよりも先に行って待っていてほしい。だが、お前が城下町にいるということは誰にも気づかれないようにしてくれ。後々面倒になる」ゼンがダンに話すと

「わかりました。では駅で姿を消して待っています。そこで、ゼンさん達の姿が見えたら尾行します。それでいいですか?」とダンは答える。

「あぁ、そうしてくれると助かる。では、頼むぞ」

そう言ってゼンはそこを後にする。

この時、ゼンは2つの失敗を犯した。1つは、ダンにシアの国外逃亡が極秘であることを伝え忘れたこと。もう1つは、焦りのあまりに捜索をすぐに打ち切らせてしまった事だ。これが後々ソロンが真相に気づく手がかりとなってしまった。そんなことになるとは露知らず。ゼンは翌日にゴート城下町へ向かった。







ゼンは今、ゴート城下町にいる。もちろんソロンも一緒に。1人で行くと怪しまれるためである。そうして、ソロンに買いきれない量の買い物がびっしりと書かれている紙を渡す。

「じゃあ、私が食料を調達してくる。お前は他のものを買ってきてくれ」

ソロンは買い物のリストを見て、内容を確認している。

「ありがとう。えーと…シアの服、シアのブーツ、シアの帽子にシアの手袋、シアの水筒…。え、ちょっと!多くない!?」とゼンが言った。

はて…自分がリストを書いたときより量が減っている。これでは帰るまでに買えてしまう。ゼンは、気づいた。ソロンは2つ折りにしてある一面しか見ていなかったのだ。

「おい、紙をよく見ろ」

ソロン視線を紙に戻したのを確認してゼンは姿を消した。後に聞いた話だが、その時いた場所に変質者がいたらしい。鉢合わせなくてよかった。






ゼンは、商店街の裏にいる。

「いいぞ」

周りに誰も人がいないことを確認してから言う。すると隣にだんだんと男の姿が見えてくる。

「よし。では、今から城に向かう。お前には王からの返答を私に伝えてほしい。王に捜索打ち切りの願いを出す時は私も一緒にいるが、その後に用事があってな。王の返答が来たらそのままヨゴ村へ帰っていてくれ。村で情報を共有する」

「わかりました」

ゼンが話し終えると男、ダンは一言返事を返す。

「では、早速向かおう」

2人は城へと向かった。







「何?捜索を打ち切れだと?」

そう言ったのは王である。周りにいる誰もが驚いた顔をしている。王の言葉にゼンは言葉を返す。

「はい。昨日、私の協力者となったこの者が、私が脱走者を発見したことをご報告したはずです」

「それで、なぜ捜索を打ち切るのだ?お前が万が一そいつを見失ったときはどうするつもりだ」王は言う。

「いえ、私が脱走者を見失う事はありません。私を信じて下さい。捜索を打ち切れば、脱走者も油断をして警戒を解くはずです」

ゼンは少女が村長宅で匿ってもらっていることは言わない。そんな事を知られたら自分たちはただでは済まない。

「そうか…少し、考える時間をもらおう」

「検討していただき、ありがとうございます。あと、1つお願いがございます」

「なんだ?」王が訊く。

「絵描きをお借りさせてもらえないでしょうか。任務の成功のために必要なのです」ゼンが言うと、王は「ふむ…わかった」と言って側近に絵描きを用意するように命じる。

少しして絵描きが王座の間に着く。

「そやつを使え。腕は城内の絵描きの中では3本の指に入る」

「ありがとうございます。では、私はこれから用事があるので、絵描きと共に城から出ます。ご意向がお決まりになりましたらこの男、ダンにお教えください。では…」

ゼンはそう言って、城を後にした。






城を出ると早速絵描きに用件を言う。

「あなたにはこの街の風景を描いていただきたいんです。今の風景と、そうだな…夕方の風景をお願いしてもよろしいですか?」

絵描きは

「了解しました。では、あの高台の上で描いております」と返事をする。

「ありがとうございます。日が暮れた頃に向かいます。暇になったら絵だけを残して帰られても結構です。よろしくお願いします」

ゼンはそう言ってその場を後にする。自分は食料を買わなければならないのだ。ソロンに怪しまれないように。そうして、店へ向かった。








日が暮れて絵描きが指した場所へ向かうと、絵描きがまだ絵を描いていた。

「絵はどんな感じでしょうか」ソロンが近づくと絵描きは言った。

「あ、絵ならもう出来上がりましたよ。想像以上に良く出来上がったので直接お渡ししたいと思いまして。今はまた別の風景画を描いていました」

確かに薄暗くて分かりにくいが絵描きが今、描いているのは夜景のようだ。点々とした町の明かりと空のきれいな星が呼応しているようで、とても美しい。ゼンは思わず、その絵を見て「美しい…」と声を出してしまった。その声に気づいた絵描きが言った。

「良ければ、その二枚に加えてこの絵も差し上げましょうか?」

「よろしいですか?こんな美しい絵を…」ゼンが訊ねると

「よろしいですよ。この絵だって私が持っていても仕方ないですし。絵は、見る人がいなければただの絵です。誰かに見てもらうことによって芸術となる。私はそう思っていますから…。あ、そろそろ描き終わるのでもう少し待っていて下さい」

絵描きはそこからキャンパスに向かって一言も喋らずに絵を描き始めた。

誰かに見てもらって初めて価値がつく…か…。つまり、誰かがいることによって、自分は初めて自分に価値を見いだせるということだろう。確かにそうだな…。

ゼンがそのようなことを思っていると、絵描きは芸術品を作り終えたようで、少し絵の具を乾かしてから、紙袋に頼んだ絵と夜景画を入れた。

「おかげで良い物が出来ました。ありがとうございます」

男はそう言って紙袋をゼンに手渡す。

「いえ、こちらこそありがとうございます。絵までプレゼントしてもらって。大事にします。では…」

そう言うとゼンは絵描きと別れた。






翌日、セイロンの元に、少女の捜索を打ち切ったという知らせが届いた。各村に、その事は知らされていた。

ゼンはセイロンからその事を聞いて、あたかも今、知ったように驚きを見せた。

すぐにセイロンの部屋で4人が集まる。そこで、セイロンに城の様子を見てくるように頼まれた。すぐに村長宅を後にした。もちろん城には向かわない。自分の姿を消して、適当なところで時間を潰す。そして正午を回ったところでセイロンの部屋へと戻る。

「よし、では、早速分かったことを教えてくれ」と皆が集まってから口を開く。

「わかりました」と言って、時間を潰していた時に考えた物語を話す。もちろん全部嘘だ。二人は自分の話を聞いて驚いている。

二人は最初こそ疑いを持っていたが、嘘に動揺する二人に笑ってしまったゼンが「本当です」と答えると、一瞬喜んですぐにズーンとし始めた。

なんだ?どうしたんだ?なぜ二人が落ち込んでいるのかわからない。その事を代わりに訊いてくれたのは、捜索を打ち切られた少女だった。

「どうしたんですか?」

二人はその訳を話し始めた。どうやら、ソロンは、少女の国外逃亡のためにしてきた準備が意味を無くすのが悲しいらしい。そこは分からなくないが、セイロンに至っては旅に同行する気満々だったらしく、冒険にワクワクしていたからと言う始末だ。

場をわきまえない言葉を放つ二人を注意して、少女に「大丈夫か?」と声を掛けた。

少女はよほど悲しかったのか「ふふ…」と下を向いている。次の瞬間、「アハハハハハハ!!」と大きな声を出して笑い始めた。少女の人格が壊れた。先程の二人の態度を見てイライラしていたのに、目の前で一人の人間の人格が崩壊する所を見てしまった。何だか、とても怒りが沸き上がってくる。なぜか、少女を壊した二人にとてつもなく怒りが沸き上がってくる。そして、遂にそれが爆発した。

バンッ!!と床を叩く。少女にまず謝れという事を床を叩いて示したのだが、二人は黙ったままである。ふざけているのか?この状況で…?

「何、してるんですか…。何、黙っているんですか…。シアがこんなに…こんなに傷ついているというのに!!!!ごめんなさいの一言も言えないのかぁ!!!お前らはああぁ!!!」

もう一度床を叩く。こんなに言っているのに、二人は口をパクパクさせるだけで言葉を発しない。本当にふざけてるのか?私をなめているのか?その感情がそのまま言葉で出る。

「ふざけてるんですか…!?ふざけてるんですか?ふざけてるんですかああぁあぁぁあぁあぁあぁ!!!!!!!????」

そこからは例の通りである。しかし、ゼンにはなぜ自分があんなに声を荒げたのか、分からなかった。







一連の出来事が終わりゼンが部屋に戻ると、少女がカーテンを眺めていた。

「また、想像の景色を眺めているのか?」

「はい、いつか本物を見れる日が来ることを願って眺めるだけで気持ちが落ち着くんです。今すぐに見てしまいたいという衝動を抑えることができるんです」と自分のの質問に少女が答える。

「だが、モデルがないと。想像だけじゃ難しいだろ?」そう訊ねると少女はいつもどうやっているのか教えてくれた。夜見た景色をベースにしているらしい。しかし、絵で見た昼と夜の風景は全く印象が違う。昼は活発さを感じるが、夜は寂しさを感じた。その印象のまま夜を昼に置き換えても正確な「昼」にはならないだろう。

そこで、例によって少女に、買ってきたことにした絵を渡す。少女は絵を受けとると黙ってしまった。そして突然に泣き始めた。訳を訊くと物を貰うのが初めてで嬉し泣きしてしまったみたいだ。これで、少女との距離も大分近づいた気がする。

絵描きからもらった夜景の絵は自分のぬいぐるみと同じ場所にしまってある。美しく絵だが少女には必要ない絵だ。どうしたの?と訊かれると面倒だから今は、まだしまったままにしている。







シアが倒れた。何でも、昼間に外に出たらしい。ゼンは、応急処置をされて日陰で横になっていたシアを抱えて自分の部屋のベッドに寝かせる。意識はまだ戻っていない。こんな時に…。

ゼンは、ダンからシアを早く捕まえるよう言われたばかりである。早くしなければ「奴」を送り込まれる。「奴」が来たらこの村の人間は全員死ぬだろう。隠密隊の多くも「奴」の犠牲になるはずだ。それだけは何があっても阻止しなければならない。

正直、ゼンはシアを城には渡したくない。シアと時間を共にすることで、彼女への愛情が芽生え始めてきたのだ。ゼンは元々面倒見が良い上に、頼られるのが好きな性格である。シアに特別な感情が芽生えるのは、恐らく必然だったのだろう。だから、シアと十分な関係を築きあげ、捕まえる機会があっても行動に移せなかった。ゼンが行動に移せなかったのは、シアがなぜ城に捕まっていたのか知らなかったから、というのもある。こんな少女がなぜ城に捕まっていたのか。

罪を犯せば、奴隷になる。どんなに小さい罪でも犯せば最後、犯罪者は奴隷市場に連れていかれる。

つまり、城から逃げ出したシアは犯罪を犯して捕まっていた訳では無いということになる。しかも、王が言っていた「秘密裏」といのが気になる。城は自分に何か隠している。そんな事を考えるようなっているゼンは、ダンに急ぐよう言われて苦渋の決断をした。

今夜シアを城へ届ける。シアに愛情が芽生えて、準備を怠ってきたが、十分だ。私情は捨てろ。お前は隠密隊だ。王の命に背けば村は消える。やるしかない。そう自分に言い聞かせながら、部屋を出た。







しばらくしてゼンは水を持って部屋に戻った。ベッドの上でシアが起き上がって窓の方を見ている。目が覚めたみたいだ。

「具合はどうだ、シア。よくなったか」

「うん」とシアが静かに答える。

ゼンはシアに最後に1つ、聞いておきたいことがあった。水をテーブルに置いてからその事を訊く。

「どうして外に出たんだ。危険だと分かっていただろう」

「ちょっと出たくなっちゃって」

「母親との約束はどうしたんだ?太陽の下には出ないって約束したんだろう?絶対に破らないと言っていたじゃないか」

「覚えてたんだ……。うん。約束破っちゃった」

「母親との約束を破るほどの事があったのか?……もしかして、いじめか?」

「そんな、いじめなんてないよ。皆優しくておもしろいよ」

「じゃあ、何があったんだ。教えてくれないか?私は、心配してるんだ」

会話が途切れる。少しの沈黙が部屋を包んだ後、シアは自分の事を話し始めた。







ゼンの部屋には話し終えて泣き叫んでいるシアの声が響いている。そんな彼女を自分は抱き締める事しかできなかった。

寂しかった。シアはそう話した。自分の胸は今にも張り裂けそうだ。寂しさを恐れる彼女を、また一人にさせなければならない。「大丈夫だ。大丈夫だ」

ゼンはシアに言い聞かせる。何が大丈夫なのか。自分は今からシアを連れ去る。もしかしたらそんな自分にも言い聞かせていたのかもしれない。

「お前は一人にじゃない」

寂しさで、シアがひねくれてほしくない。そんな思いで言った言葉も自分の胸にグサッと刺さる。よく言える。お前が一人にするんじゃないか。このまま時が止まってほしい。そうすればシアはこのまま寂しさを感じずに済む。時間が止まれば自分がずっと側にいてやれる。

ゼンは自分がなにもしてやれないどころか、シアを一人ぼっちにするしかない自分が悔しくて、情けなくて、シアに申し訳なくて…。

ゼンは目の外に出ようとする涙を必死に堪えていた。

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