2 白
彼女の母親と思われる女性は、取り出したハンカチで涙を拭うと、どうぞ、と言って、家の中へと僕を導いた。
女性が流した涙の意味が分からず、動揺し、何も言葉にできぬまま後に続いていく。僕は女性に、自分という人間、今日という日にここにきた理由、何も説明できていない。だけど、この人は僕を家の中に導いていく。
女性はリビングを抜けると横にある襖の前で足を止め、ゆっくりとその襖を開けた。そして、振り返りながら、どうぞこちらへ、と声を掛けてきた。
視線が合うと、中へどうぞ、といった感じで手を部屋へと差し向ける。その手に引っ張られるように、ゆっくりと足が動き出す。
女性は、「これを冷蔵庫に入れたら、すぐに冷たい飲みものでも持っていきますので、座って待っていてください」
そう言いながら手に持っている袋をかかげ、リビングとつながるキッチンへと向かった。
僕は頭を下げ、すれ違うように部屋に足を踏み入れた。だが、そこで止まってしまった。
目の前の光景に足が動かない。
畳部屋の右側に飾られた花々の多さと華やかさに思わず立ち止まってしまった。だが、そのことに意識が奪われたのは一瞬で、他のものが目に飛び込み、胸に忍び込んできて、まるで意識が遠のくように頭の中は真っ白になっていた。
白い布で覆われた小さな祭壇。
四角い白い箱。
砂の入った白い入れ物。
白い座布団。
白い世界に微かに漂う残り香。
そして、止まったままの弾ける笑顔。
頭の中の真っ白な霧、その中から浮かび上がってくるひとつの形が、胸に突き刺さる。
彼女は……。
「娘の奈津子です」
横から小さな声が聞えてきた。グラスがのったお盆を手に女性が横に立っていた。
いったいどういうことなのか、何が起こったというのか、何も分からない。だけど、ひとつだけ、はっきりしている。騙していたことを謝り、就職が決まったことを伝えたかった彼女は、もう……いない。
六畳の和室に作られた小さな祭壇には、骨壷がおさめられているであろう箱と、一段上には写真が置かれている。周りには囲むように赤や白、黄色といった花が飾られている。
花の名をほとんど知らない僕には、何という花であるかは分からない。だけど、白い花の名が菊で、ここにその花がある意味を、僕は知っている。
僕と彼女の始まり、それは半年くらい前、僕の部屋に届いた絵葉書だった。




