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7 .人間になった晴風美雨です。

 どこかで感じた事あるような気持ちのいい揺れ……


 みゅうはゆっくり目を開けるとそこには見慣れた光景が広がっている。

「あれ……? ここ……」

 目の前に広がる海原を横目に視線をずらすと優子がハンドルを握っている。


「あら、起きたの? もう少しで着くけど、長旅だったんだからまだ寝てていいのよ」

 ふふふと微笑んでみゅうの身体を気遣った。


(あれ……人間になるなんて……やっぱり夢だったのね。そりゃそうだよね、そんな都合のいい話あるわけないもの)


 ぼーっと海を見ながら、あのまま姿を隠して最期を迎えるつもりだったのに、結局戻ってきちゃったなぁと、情けない気持ちと、安心した気持ちがみゅうの中で交錯した。


「遠慮しないでのびのびと暮らしていいんだからね。まぁ、同い年の男子と一緒の家に住むなんてちょっと嫌かな?」

 優子の優しい声が心地よい。



(ん? 同い年の男の子?? どう言う意味かな……? 奏ちゃんの事……?)


 じっと優子を見つめるみゅう。


「どうしたの?? 私の顔に何かついてる??」

 恥ずかしそうにこちらを向くのは、間違いなく奏士の母である優子だった。



「息子には今日はとにかく早く帰って来なさいって朝言ってあるから、着く頃には多分もう家に居るわよ。そんなに口数多い方じゃないけど、とっても優しい自慢の息子だから、安心してね」


 大きなカーブを曲がり、遠くの方に一際目立った黄色いおうちが見えて来た。


「ウチに『みゅう』って猫が居たんだけど、昨日から行方不明になっちゃって……もしかしたらみゅうの事、また探しに行ってるかもね……」



(えっ? 私はここに居るじゃない……)

 不思議そうに優子を見つめた。



「昨日もみゅうが居ない事に気がついてからずっと探しに一晩中走り回ってたみたいで……帰って来たの朝の4時よ?? あの子みゅうの事大好きだったから気持ちは分かるけど……なんだかみゅうも余命が近かったから、懐いていた奏士の悲しい顔を見たくなくて自分から離れて行ったようにしか思えなくて……」


 今にも涙が溢れそうな優子の瞳を見てみゅうは、たくさん心配をかけてしまったと反省する。


「………?」

(なんで私ここに居るのにそんな話をするのかな……)



「おかあさん……」

 みゅうは優子へのいつもの呼び方で声をかける。



「あら、おかあさんなんて呼んでくれるの?? なんだか娘ができたみたいで嬉しいわね」

 真っ赤な目をして微笑む優子。



(あれ……? 話が通じてる……?!)



「あの……私……」

 恐る恐る声を出してみる。


「いいのよ、お父さんとお母さん亡くなったばかりなのに、突然日本の会った記憶もない家族と住むことになるなんて、気持ちついていかないわよね。無理しないで、慣れるまでは私たちも出来る限りフォローするからね」


(どう言うこと……?)


「でもほんと懐かしい! イギリスにいた頃、美雨(みう)ちゃんのご両親には本当にお世話になって……。困った時いつも頼りにさせたもらってたのよ。まぁ、途中うちがコッツウォルズに引っ越しちゃったから短い間ではあったけど……。だからたくさんあなたのご両親には恩があるんだから、堂々としてていいのよ!」


(イギリス……?)


 頭の中が混乱する中、左のサイドミラーに写る見たことのない可愛らしい女性に釘付けになる。

 手をスッとあげ頰を掻くと、ミラーの中の女性も同じ仕草をした。


(……え??)


 両手で頰を叩いてみる。

 鏡の中で両手で女の子が頰を叩いていた。



「え?! なんで? 嘘でしょ?!」

 自分の手を肉眼で見てみると、人間の女の子のきめ細やかな肌をした白い手だった。



「急にどうしたの?? 何か忘れ物でも思い出したの?」

 優子が運転しながら心配そうにこちらをチラッとみた。



「あの、いや……私の喋ってることって通じてるんですか……?」

 驚きのあまり声が震え出す。


「何言ってるのよ。いくらずっとイギリスにいたからって、こっち来てからずっと流暢な日本語で、あなた私と話してたじゃない」

 優子は何を今更と呆れながら笑い出した。


「さあ、着いたわよ! 今日からしばらく、ここはあなたの家だから」


 庭に揺らめく美しい花々に、明るいグリーンの玄関の扉……

 足元を見ると視界に入って来た細い足で車から降り土を踏む。


(私……両足で立ってる!!)

 ゆっくりと一歩づつ前に進んでいく。


 扉を開けると懐かしいラベンダーの香り……



 すぐ横の姿見に全身を写すと、瑠美のような小柄な女の子が立っている。前かがみになって靴を脱ごうとすると、背中の半分程まで伸びた焦げ茶色の柔らかい髪が、サラサラと前に滑り落ちシャンプーの香りがした。

 白いシンプルなワンピースから、すらっと出る手足は完全に人間の女の子のものだった。


 鏡に映る自分の顔に目をやると、小さい顔にアーモンド型の茶色の瞳、小さな広角の上がった唇。透き通るような白い肌の上をほんのりとピンク色に染める頰。

 よく見ているとどこか猫だった自分に面影を感じる顔……

(あぁ、本当に私人間の女の子になれたんだ……)

 嬉しくて身体中の体温がぐんぐん上がっていく。




「奏士! 連れて来たわよ! 帰ってるんでしょ??」

 優子の呼びかけに、のそりとめんどくさそうに部屋から出てくる奏士。


「……これから、またみゅう探しにいくんだから短めにしてくれよな」

 疲れた表情で優子の前に歩いてくる。


 後ろに隠れていた美雨は、奏士の姿を見つけ嬉しくて飛びついた。


「奏ちゃん!! 久しぶりに会いたかったよ!!」

 あまりの嬉しさに、人間である事をうっかり忘れてしまっていた。


「おい……ち、ちょっと!! なんだこの子!!」

 奏士は美雨の体重に押されて尻餅をつく。


 ぎゅーっと力強く抱きついてくる彼女をなかなか突き放せない。


「まぁ!」

 と嬉しそうに優子が微笑む。


「会いたかったぁ……」

 そう呟く彼女に奏士は全く心当たりがない。


「おい! 初対面なのにいい加減にしろよ!!」

 奏士のいつにない強い口調に、ハッと我に帰る。


(そうだ……私人間になったんだった……!)

 慌てて奏士から離れる美雨。



「美雨ちゃん、あんな小さかったのに、奏士の事覚えてたのかしら……? でも、あの時は……確か2歳くらいだったわよね……?」

 記憶を手繰り寄せる優子に、

「かあさん、会わせたい子ってこの子? 一体誰なんだよ!?」

 奏士は服を払い直しながら立ち上がった。


「この子は、晴風美雨(はるかみう)ちゃんよ。奏士と同い年で、イギリスにいた時お世話になった方の娘さん。ひとりぼっちになっちゃっていく場所に困ってるって話を聞いたから、一ヶ月位、うちで預かることになったのよ。後々は日本で暮らしていきたいそうだから」

 優子は美雨の肩を優しく抱く。



「なんだよ、そんな話全然聞いてなかったぞ!」

 突然すぎる話に心の整理がつかない奏士。



「みゅうが居なくなって……話をするのを忘れてたのよ。家族みんな、元気が無くなっていたけど……、こんなフレッシュな風が吹いて来たら、いつまでも俯いていられないでしょ? 彼女はうちの救世主よ!」

 美雨の方をトンと叩く。



「まだ帰ってくるかもしれないだろう?! そんな新しい人間を受け入れる気分になんかなれるかよ!!」

 奏士は優子と美雨の間を割るように外に飛び出していく。



「美雨ちゃん、ごめんなさいね。あなたがここにくるまで、色々あって……大切な猫が帰ってこないから、奏士も苛立っているのよ。私ももう少ししたら、またみゅうの事探しに出るから、あなたはここでゆっくりしててね」

 優子は客間に美雨を通す。



「ありがとう……ございます」

 複雑な思いでお礼を言う美雨。


(帰るはずのない私のことを、こんなに一生懸命探していてくれているのに……)


 窓から見える色とりどりの庭を見つめながら、美雨は奏士を想うのだった。



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