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5 .消えたみゅう

(今日も帰りが遅い……。奏ちゃんのピアノが聴けなくなってからもう4日も経つのに)


 みゅうは毎日ずっと玄関で奏士の帰りを待っている。



「みゅう。奏士は学校で今合唱コンクールの練習してるんだって。当分帰り遅くなるんだから、こっちに来てなさい」

 奏士の母、優子はみゅうの体調を心配して声をかけた。



「最近あまり食べないし…、ちょっと病院行ってみる?」

 頼り無げに丸まった背中を、優しく撫でる。



(病院か……嫌だなぁ)

 そうは思っていても、具合が悪いのは奏士のいないせいだけではなかった。

 最近体が重たくて何度も吐いている。


 心細さに押しつぶされそうになりながら、優子と一緒に車に乗り込んだ。


 美しく煌めく海原を眺めながら元気を出そうとするが、すぐに疲れて蹲ってしまう。


(奏ちゃんに側にいてほしいなぁ……)


 考えたくはなかったが、年老いた自分に近づく死を、少しずつ予感し始めたみゅうは、か細い声で鳴くのだった。





 その日の夜、優子は奏士を呼び出した。

 リビングに入り込む夜風に当たりながら優子は、目に堪えきれない涙をいっぱい溜めていた。


「……母さん……どうしたの?」

 いつもなら明るいカントリーミュージックが流れる中、ご機嫌で夕飯の支度をしている頃なのに。

 今日は遠くから聞こえる波音と、食器が静かにカシャンとぶつかり合う音だけが響いている。



「奏士……落ち着いて聞いてね……」

 優子の震えた声に、奏士は嫌な予感が身体を走り抜けた。



「みゅうが……、あと一ヶ月しか生きられないって……」

 大粒の涙を零しながら優子は俯く。


「………嘘だろ……? ついこの前まであんなに元気に外を走り周ってたじゃないか!!」

 突然の話に、心の中がぐちゃぐちゃになりそうな奏士は、まだ素直に母の言葉を受け入れられない。



「今日、また玄関で元気なさそうに、奏士の帰りをじっと蹲って待ってるものだから、心配になって病院につれていったのよ……。もうかなり前から病気は進行していたみたい。先生にどうにも手の施しようがないって言われたわ……」

 優子は声を震わせながら精一杯冷静に説明した。



「早くてあと一ヶ月、持っても三ヶ月だって……。奏士……学校忙しいとは思うけど、みゅうはあんなに奏士に懐いてたんだから、もう少し側にいてやる事はできないの?」

 優子はみゅうの最期をもっと幸せいっぱいに送ってやりたいと願う。


「あぁ、わかった。ちょっと有田さんに相談してみるよ」

 奏士は急いでみゅうを探しにいく。


「母さん、みゅうどこにいるか知ってる?」

 キョロキョロしながらリビングをひと回りした後、自分の部屋のベットの下や、ピアノの椅子の上を探し回る。


「さっきまでリビングのソファーに居たんだけど……どこにもいないわね。どうしたのかしら……」

 二人はみゅうの名前を必死に呼ぶが、出てこない。


「まさか……猫は最期は飼い主に亡くなった姿を見せない様に居なくなるて聞いたことあるけど……

 優子の身体が小刻みに震え出す。


「みゅう……!!」

 奏士は名前を叫びながら暗い夜道を走り出した。


「みゅう!! どこだ!!!」

 みゅうと行った場所をひたすら辿り、しらみ潰しに探し回る。


「頼む……! 出てきてくれ……!!」

 時計はもう午前0時をまわっていた。


 みゅうが戻ってきているのではないかと一度家に戻る奏士。


「母さん、みゅうは?!」

 息を切らして帰ってきた息子を見て、静かに横に首を振る。


「クソッ!!」

 再び外に飛び出そうとする奏士の腕を、父、浩介がぐっと掴む。


「待ちなさい奏士!! もう今日は夜遅いから、明日また探そう。学校もあるだろう?」

 浩介も、もちろん居ても立っても居られない気持ちではあったが、奏士の事も当然心配だった。



「みゅうは病気なんだ……。今頃きっと一人で震えてる……。俺のこと、待ってるかもしれないんだ!!」

 そう言ってまた奏士は家を飛び出した。




 まだ探していなかった砂浜に降りてみる。

 満月の灯りがゆらゆらと水面に写り込んでいた。



(そういえばみゅうとここに遊びに来て、突然大雨が降った日があったっけな……)



 遡れば二年前のことだ。

 真夏の灼けるような暑さの日……

 夕方になってようやく外に出れそうだとみゅうを連れて砂浜を散歩した。


 突然雲行きが怪しくなり、轟く雷と共にゲリラ豪雨に襲われた。

 奏士はみゅうを濡らさないように慌てて着ていたTシャツに包み雨宿りのできる場所を探し回った。


 あまりのひどい雨に視界が悪くなり足元にあった岩に躓き転んでしまった。

 脛からみるみる血が流れ出していたが、必死でみゅうを守りながら岩陰を探した。



「ここなら大丈夫だろう……」

 やっとの思いで雨から逃れみゅうを降ろすと、奏士の足の傷に気がついたのか、流れ落ちる血を拭うかのように舐め出したのだ。


「みゅう、ありがとう。このくらい大丈夫だよ」

 みゅうの優しさが心に沁みた奏士はみゅうをギュッと抱きしめる。





「あの時は……本当に恋人同士みたいだったな……」

 奏士の頬を涙が伝う。




「みゅう、お願いだ……もう一度顔を見せてくれ……」

 思い出の岩陰にたどり着き、みゅうと時を過ごした場所で声が枯れるまで泣き叫んだ……


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