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31.人間の恋

 美雨は岩場の陰から中を覗き込む。

 しんとした暗闇の中からは何の気配も感じない。


「誰もいないのかな……」

 一歩足を踏み入れあたりを見回した。



「来ると思いましたよ」

 突然現れたように一匹の猫が喋り出す。


 人間の姿にだいぶ慣れた美雨は、猫が言葉を話す様が異様に感じていた。


「だいぶ人間の心に変化してしまったようですね」

 何もかもを悟ったように、あのみゅうを人間にした年老いた猫は言う。


「……あの、私……あとどれくらい人間でいられますか?」

 美雨は震える声で限られた時間を惜しむが如く、すぐに本題に触れた。


「……あの女性が、あなたに言った通りですよ」

 淡々と年老いた猫は言う。


「それは……、もしかしたら明日にでも私は死ぬかもしれないと言う事ですか……?」

 美雨はやっぱり涼子の言っていたことは本当だったのか……と肩を落とした。



「そうです。今の所は……」

 何かを含んだ言い方が引っかかる。


「今のところって……死期を先に伸ばす方法があるんですか?」

 美雨は食いかかるように年老いた猫に近づいた。



「あなたの寿命は日々変化をしています。最大一ヶ月ではありますが、途中で幕を下ろしてしまうこともあるということです。あなたが想っている奏士さんと言う男性の心は、おそらくあなたに対して家族に近い愛情をお持ちなのでしょうね。加えて、瑠美さんという方もいらっしゃる……。私も確実にこれだという原因までは分かり兼ねますが、貴方達二人の今までの様子を感じとらせていただいて、おそらく……」



「家族の愛情じゃダメなんですか……? 恋人だと判断する基準はなんなんですか……?」

 美雨は、昨日今日と奏士と二人の時間に深い愛を感じていたし、これ以上何を深めればいいのか分からなかった。


「貴方自身、人間がするような恋をしていますか? それはどのようなものか理解していますか?」

 年老いた猫は美雨に問う。


「人間がする様な恋……?」

 ただ奏士を好きというだけでは駄目だと言うのか……?



「このまま最期を迎えることも一つかもしれません。でも、もっと彼の心に近づく事が出来るのであればそうしたいと思うでしょう? 残りの時間、もう一度奏士さんと真剣に向き合ってみたらいかがですか?」


「そうそう、彼に信じてもらえない状況で、貴方がみゅうだったということを伝えてしまったら、即刻この人間の時間は終わってしまいますから、くれぐれも気をつけてくださいね。唯一……あの涼子という女性は、少し普通では無い様ですがね」

 そう言って美雨に始めて見せる優しい視線を送った。


「さあ、もう戻りなさい。悔いのないように……」

 そう言って岩場の奥へ猫は消えていく。





(恋……?)

 美雨は当たり前のようにしていたつもりだったのに、何が足りないのか……考え込んでしまう。


(涼子さんなら分かるかな……? 大人だし……とにかく聞いてみよう)

 そう思い立った美雨の足は無意識に涼子の店に向かって走り出した。



「涼子さん!! お願い!! 人間の恋を教えて!!」

 突然お店の扉がものすごい勢いで開いたかと思ったら、息も絶え絶えな美雨が押し寄せてきた。


「美雨ちゃん……? どうしたの急に!」

 目を丸くして驚く涼子は、美雨の質問の意味がよくわからない。


「人間の恋を教えてください! お願いします!!」

 美雨はそう言って涼子に深々と頭を下げる。


「人間の恋って……、私は逆にそれ以外の恋を知らないから教えてなんてあげられないけど……。あっそうだ!!」

 涼子はいい方法を思いつく。


「ちょっとまってて!! 今いいの思い出したから!」

 奥に下がってなにやら探していたのは、恋愛映画のDVDだった。


 涼子にとってこの作品はありきたりな内容すぎて一度見たきり封印していたが……


(恋愛経験があまり無い子にはもしかしたら響くかも……)


「参考になるかはちょっと分からないけど……」

 そう前置きした上で、

「これあげるから、奏士くんと一緒に見みたら? 後でゆっくり感想聞かせてよ!」


『後で』なんてないかもしれない。

 でも、美雨のキラキラした表情を見たら、とても明日で死を迎える子のようには見えなかった。


 美雨の体は相変わらず全身黄金に輝いていたが、何故かきっと明日も明後日も笑顔で顔を見せてくれるだろうと、涼子は感じていた。



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