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2 .私が人間だったなら……

「みゅう、はい、おやつ!」

 今日もにっこり微笑む奏士の顔にうっとりとしてしまう。


◆◇◆◇


 私はこげ茶色の模様が入ったアメリカンショートヘア。

 もちろんメス。

 奏ちゃんと一緒に生活を始めたのは彼が6歳の頃から。

 イギリスから帰国し、一変する生活によるストレスを案じて、彼のご両親が私をこの家に連れてきた。


 小さい頃は家中を一緒に駆け回り、疲れたら寄り添って昼寝もした。


 彼が悲しそうな顔をして学校から帰って来た時は心配で片時も離れられなかった。


 私の知らない外の世界で、奏ちゃんに何があったのかはいつもわからないけど、彼の表情や仕草、撫でてくれる手の温度、ピアノの音色……、会話なんて出来なくったって私はいつも奏ちゃんの気持ち、分かっていたつもりだよ。


 でも……、今日来たお客さんと話して戻って来た奏ちゃんは、今まで私が見たことのない顔をしてたのは……気のせいかな……?



「ミャー」

 奏ちゃんに話しかけたくて仕方がないけど、私の口から出る言葉はいつも同じ……

 一度でいいから奏ちゃんと会話してみたい……



「みゅう? どうした?」

 心配そうに私を覗き込む。


 不安な気持ちがなかなか消えなくて、鳴きながら奏ちゃんの膝のうえに蹲った。


(どうか……ずっと私のそばにいて……)

 そんな気持ちを察してくれたのか、いつまでも頭を優しく撫でてくれる。


「今日は……一緒に寝ようか?」

「ミャー」


 奏ちゃんは優しく布団に私を招き入れた。

 寄り添い寝息を子守唄の様に聞きながら、今日も彼の愛情に包まれて眠るのだ……


◆◇◆◇


 いつものように奏ちゃんを送り出し、庭で遊んだり日向ぼっこしながら、ひたすら帰りを待つのが私の日課。


 昨日の奏ちゃんの様子が気になってはいたけど、学校について行くわけにもいかないし……

 また、今日もいつものように奏ちゃんのピアノを聴きながら膝の上に乗せてもらえれば、この不安な気持ちも忘れられるかな……?


 玄関で今か今かと愛しい主の帰りを待つ私。


 ガチャっと玄関の扉が開いて奏ちゃんの姿を確認する。

「ミャー」

 抱きかかえられた奏ちゃんの背中越しに、見覚えのある女の子が立っていた。


 私は嫌な予感がして奏ちゃんの耳元に必死で声をかける。

「ミャー、ミャー!!」


 その様子を見ていた後ろの女の子は、

「可愛い猫ちゃんね。お名前なんていうの?」

 そう無神経に声をかけてくる。


「みゅうだよ。鳴き声そのまんま」

 奏ちゃんはなんだか嬉しそう……?


「みゅうちゃんかぁ! いいお名前ね!」

 

 本当にそう思ってるの?

 あなたどうしてここにいるの?

 これから私と奏ちゃんの二人の時間なんだから邪魔しないでよ……


「ミャー、ミャー!!」

 鳴き続ける猫の言葉は二人に伝わる事はない。


(奏ちゃん、お願い気がついて……)

 私は奏ちゃんとのピアノの時間……、毎日毎日すごく楽しみにしてるんだから……!




「ほら、みゅう。少し静かにして。今日は大切な用事があるから、もう少しまってて」

 奏ちゃんはそう言って私を廊下に下ろした。


「どうぞ、上がって」

 その女の子はいそいそと玄関を上がり私の横を通り過ぎる。


「へー、波来くんちって、なんだか外国のおうちみたいで素敵ね」

 さらさらの長い髪を揺らしながら、所々に施されている可愛らしい小物でいっぱいのニッチに目をやる。


「これは母さんの趣味。うち、イギリスに住んでたからさ。有田さんちだって、きっと綺麗なんでしょ?」

 振り返り話しかける奏ちゃん。、


「うちは純和風だよ。可愛さのかけらもないから羨ましい」

 ふふふと笑う表情は悔しくも私まで見惚れちゃうくらい素敵……



「じゃ、こっちで。楽譜持って来てくれた?」

 (やだ!奏ちゃんの部屋に入らないで!)


「うん。一度見ただけで弾けるの?」

 (お願い、そんなに近寄らないで!)



「あぁ、この程度なら、全然簡単」

 そう言って鍵盤の上を長い指が滑っていく。


「ミャー!」

 他の子に私の大切な奏ちゃんとのピアノ、聴かせたりしないで……!

 猫の言葉が人間に伝わるはずもないのに……


「すごーい!! 尊敬しちゃう!!」

 彼女の色めいた表情をみていると悲しくも『女性』という性別だけは同じなんだ…と気付いてしまう。



 神様……私の奏ちゃんを取られちゃうかもしれないんです。

 お願い、もう人間の女の子を奏ちゃんに近づけないで……!

 それが無理なら……どうか、私を人間にしてください……



 二人の横に小さく蹲りながら、会話に花を咲かせる様子を心を握り潰されるような思いで見ていた……


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