20.美雨の想い
和気藹々とした時間の中、お店の電話が鳴った。
「ちょっと電話に出てくるね」
涼子はそう言って足早でテラスからお店の中に入っていく。
「はぁ…疲れた……」
奏士は美雨に追われたり、涼子に写真を撮られたり、色々な意味でどっと疲れて椅子に座り込んだ。
「結局見せてくれないんだから!」
もう!と頰を膨らます美雨。
「なぁ、これからどうする? 母さんの友達来るって言うし、家にいたら俺たち邪魔になるよな」
そうなのかな?とよく分からない表情で首を傾げる美雨。
「そういうもんだろ? まぁ、家にいてもダメとは言われないだろうけど、ピアノも弾けないしな……」
何か用事はないか探してみるが思い浮かばない。
「奏ちゃん、だったら、あの五体目の猫ちゃんの置物買いに行こうよ!」
美雨が期待溢れる瞳で奏士を見つめる。
「うーん、まぁ、暇だし行くか!」
みゅうが戻ってきたら行こうと思っていたが……きっとそれは叶うことはないんだろうな……と徐々に現実を受け入れようとしていた。
みゅうの面影のある美雨が欲しいと言っているのだから、それもいいかと、逢えない辛さに蓋をして気持ちを切り替える。
「やったっ!!」
飛び跳ねて喜ぶ美雨を微笑みながら見つめる奏士。
そこへ涼子が戻って来た。
「奏士くん、もうお母さんのお友達到着しちゃったみたいだから、早くケーキ持って戻ってきてって! 今連絡あったの」
涼子が慌てて奏士に注文のケーキを渡す。
「じゃ、行くか、美雨」
そう言う奏士に、涼子はほんの少し美雨と二人で話がしたい事を伝えると、
「それならケーキ置いて自転車でまたここに戻ってくるから、そしたらあの雑貨屋に出かけるか」
そう言って美雨を残し、奏士はお店を出て行った。
「お昼になるまではお店暇だからさ、今紅茶でも入れるね」
さっきのはしゃぎようとは打って変わって、落ち着いた大人の女性の顔を見せる涼子。
店内に移動すると観葉植物の艶やかな緑が目を癒す。テラスに繋がる大きな窓から海が一望出来る席に案内され、ゆったりとした空間に美雨の気持ちも穏やかになった。
「お待たせ」
涼子は美雨のとなりに座り、温まったティーカップに紅茶を注ぐ。
「美雨ちゃん、あなた、奏士くんが飼っていた猫のみゅうちゃんでしょ?」
突然の涼子の質問が図星すぎて、美雨は言葉を失くし涼子を見つめることしかできない。
「私、結構見えるのよ。霊とかそう言う類」
微笑みながら美雨を安心させる様に優しく話す。
「見えるって……、猫の私が……?」
美雨は声が震える。
「そうね、いつもではないんだけど、完全に猫の姿で見える時もあるわ」
ふふと笑う。
「じゃあ、私が人間になった事……全部知ってるんですか?」
美雨は恐る恐る涼子の顔を見た。
「全部は流石に分からないわよ。でも、確実に分かっていることは、あなたは奏士くんのことが好きで、二人の間にはあまり時間がないと言うことは分かる」
涼子の表情は強張り真剣な眼差しに変わる。
「美雨ちゃんの体、半分下が金色に輝いているのよ。とても眩しくて綺麗なんだけど……悲しいことに、いつも亡くなられる方って、全身が金色に輝く様に私には見える。理由は……美雨ちゃんは自分で分かっているのかな……?」
心配そうな涼子を信用して、みゅうは思い切って奏士の元を離れ、人間の美雨に生まれ変わるまでの経緯を話した。
「そっか……」
全てを美雨の口から聞いて、涼子は美雨の肩を優しく抱きしめる。
「美雨ちゃん、奏士くんと、その有田さんの事応援するって言ってたけど……本当ににそれでいいの?」
もう一度確認するように美雨に尋ねる。
「……はい。奏ちゃん、有田さんが初めてうちに来た時、凄く嬉しそうな顔してたんです。その人と、両思いになれたんだから……、私の入る隙間なんてないです」
涼子の目には美雨と奏士はもうすでに恋人同士のように映っていたが……
「美雨ちゃんの事、全く奏士くんの記憶からなくなっちゃうのよ? 私の目には奏士くんは美雨ちゃんのこと凄く大切に思ってる様に見えるけど……」
涼子の言葉に美雨は笑顔で頷いた。
「奏ちゃんは本当に私のこと、大切に思ってくれてます。それはもう、痛いくらいに私も分かってる……」
美雨は大きく息を吸った。
「でも、それは恋とは違う好きなんだって……、奏ちゃん今日も私のことみゅうに似てるって話してたし……」
美雨の痛々しい様子に、涼子の目に涙が溜まっていく。
「私、人間にはなれたけど……、やっぱり彼女にはなれなかった……」
俯く美雨。
「でも、いいんです。本当なら猫のまますぐに死を迎えてたはずなのに、今こうして奏ちゃんに自分の事言葉で伝えたり、奏ちゃんのピアノに合わせて歌ったり、抱っこしてもらったり……。美味しいものも一緒に食べられたし。ずっと一緒にいられなくても、最期の最期にちゃんと伝わる言葉で『ありがとう、大好き』って伝えられるだけで、本当はもう十分満足しなきゃなんだって」
美雨の頬をキラリと大粒の涙が流れ落ちた。
「奏ちゃんが、家では気を遣わなくていいって言ってくれたんです。だから……二人の時は思いっきり甘えさせてもらっちゃう! 猫の時はもっと一緒に寝たり膝の上に乗っかったりできたし、顔を舐めても嫌がらなかったし……言葉が喋れる分、スキンシップが減っちゃったのが寂しいけど……でもこれ以上贅沢言ったらバチ当たっちゃいますから」
涙を振り切る様に笑顔を作る。
「美雨ちゃん……。お願い。諦める前に必ず奏士くんに『好き』って伝えて。あなたに恋してる『好き』なんだよって……。伝えてみないと分からないことってたくさんあるのよ? 奏士くんもまだちゃんと自分の気持ち、分かっていないかもしれない。せっかくあなたは人間の姿になって、言葉が話せて、堂々と告白できる権利をもらったんだから……私と約束して、お願い!!」
しっかりと美雨の手を握る。
「………」
美雨はなかなか首を縦に振れないでいた。
店の外からカチャっと自転車を留める音がする。
「奏士くん、戻ってきたみたいね」
美雨は涙を流したことが分からない様に笑顔を作る。
「涼子さん、色々ありがとうございます」
美雨は丁寧に頭を下げる。
「辛くなったら、いつでもここにおいで。一人で考えると辛いことたくさんあるでしょ? なんでも聞いてあげるから」
涼子の優しい微笑みは、美雨の心を安心させる。
「はい!」
そう言って奏士の方に駆け出した。
涼子はスマホで撮った二人の抱きしめ合う写真を見ながら、
『奏士くんのこんな表情……、美雨ちゃんの前でしか私は見たことないのよ……?』
こんなにも近くて遠い二人の運命をどうにか変えていける方法を、暖かい日差しとは裏腹に切なさの雲で覆われながら、涼子は一人考え耽るのだった。




