18.救世主
「奏ちゃん、ここからの景色って最高だよね!」
美雨は気持ちよさそうに潮風を全身に浴びて大きく深呼吸をする。
「本当、何度見ても飽きないって、こういう風景のことを言うんだろうな……」
まだ昇りきっていない太陽が眩しくて、顔に掌をかざしながら遠くを見つめる奏士。
奏士と美雨は二人の家から高台になっている道をまっすぐ辿る様に歩いている。
もともと人通りも少ないし、車もやっとすれ違える程度の細い道だ。
辛うじて舗装されてはいるが、年季の入った味のあるそこは今朝も二人の貸切状態になっている。
右手に見える景色は海の青色と空の水色がお互いを引き立てあう様に煌めきながら一面に広がっている。
その両脇には新芽が初々しい新緑の影がゆらゆらと風に揺れては、心地よい木々のさわさわとした音が二人を包み込んだ。
洋菓子屋までは本当に短い距離ではあるが、たった10分程度の距離の中に、ここ数日の疲れた心が洗われるような景色を二人は眩しそうに目を細めながら眺めていた。
しばらくすると左側に童話のアンデルセンを連想させる様な可愛らしい欧風の赤い屋根のお店が見えてきた。
外はオープンカフェになっていて、美しい海を見渡しながらランチを食べにくる人も多い。
木で作られている扉を独特のキィという音を立てて引き開ける。
棘のない耳に心地よいベルの音がカランカランと鳴り、中から優子と同い年位の女性がにこやかに現れた。
「こんにちは! 涼子さん、注文したケーキ取りに来ました」
奏士はここに引っ越してきた頃から知っている相田涼子に軽く会釈をした。
「出来てるわよ! ……あら? 隣にいる可愛らしい子は、奏士くんの彼女かな??」
ふふふと年頃の男女を羨ましそうに見つめる涼子。
奏士が口を開くより前に、
「いえ、違うんです。奏ちゃんにはもっと素敵な彼女がいますから! 私はだだの居候なんです」
そう威勢よく言い切って『エヘヘ』と恥ずかしそうに美雨は笑った。
奏士はそんな美雨を見て心がチクリと痛んだ。
自分には瑠美がいる、美雨の言っていることは当然のことなのに、変にゆらゆらと定まらない自分の心が悲鳴を上げているようにも思えた。
「そうなのね? お嬢さんは何て名前なの?」
奏士の同居人に興味津々の涼子。
「晴風美雨っていいます。奏ちゃんとは同級生なんです」
ぺこりと頭を下げる美雨。
「美雨ちゃんかぁ! こんなすっごく可愛い娘と一緒に住めるなんて、奏士くんは幸せものね!」
『コノコノ!』と、年甲斐もなく肘で突きながら茶化す涼子に、奏士はどんな顔をしたらいいのかわからず恥ずかしそうに俯いた。
全く言葉の出ない奏士に、
「照れちゃって〜! さぁ、せっかく来たんだから何か食べて行って! 私が奢るから!」
美雨にはバチっとウインクをした。
「いいんですか? 嬉しい!」
素直に喜ぶ美雨に、涼子はとても好感が持てた。
「奏士くん、彼女とさっさと別れて美雨ちゃんと付き合っちゃいなさいよ〜。長年あなたを見てる私が言うんだから、彼女は奏士くんの運命の人で間違いないわよ!」
何か悟った様な表情で躙り寄ってくる涼子に奏士はドキッとして一歩後ずさる。
「なーんてね! 奏士くんはすぐ真に受けるんだから! そんな引きつった顔しないでよ!」
ププと吹き出しながらからかう涼子に、つられて美雨も一緒に笑顔になっていた。
「さあ、好きなところに座って! 今メニュー持ってくるわね」
美雨と奏士は顔を見合わせて微笑む。
「昔から涼子さんあんな感じだからさ。全く年取っても全然変わんないな」
呆れた様に彼女を見やる。
「不思議な人だね。もっとたくさんお話ししてみたいなぁ」
美雨の言葉に、背後から突然、
「じゃあ、いつでも待ってるわね! 現役女子高生とお話しして、私も少し若返らなきゃ!!」
『はい!』とメニューを手渡された。
突然現れた涼子の存在に『ひゃぁ!』と驚いた美雨を見て、奏士はクスクス笑いながら優しい眼差しを向ける。
「外にしないか? 天気もいいし」
奏士と美雨は店内から外に出て、二人用の丸テーブルに決める。
「ここ、眺め最高だね」
嬉しそうに奏士の向かい側に腰を下ろす美雨。
注文を聞きにきた涼子の姿を見つけて、
「俺、涼子さんのオススメでいいや」
そう言って奏士はよく見る事もなくメニューを閉じた。
「じゃあ私もおんなじでいいや。でも、ケーキは絶対食べたい!」
キラキラ輝かせる美雨の目を見て、『ようし!任せときな!』腕をパンと叩き店の中に戻って行く涼子。
「涼子さんのおすすめは、まず間違いないからさ」
一息ふうと息を吐き、お冷に口をつける奏士。
グラスをテーブルに置きふと静かになった美雨を見遣ると、頬杖をついて切なそうに遠くを見つめていた。
「美雨……?」
心配になり声をかける。
一度視線を落としてから奏士を見つめる瞳はいつもの元気な美雨だった。
「私今まで生きてきて……大好きな人の側に居られてずっと幸せ者だと思ってたの」
美雨は奏士の瞳をじっと見つめた。
「でも……、それよりも今が一番かも!」
にっこり笑う美雨を見て、どう言う意味なのか、奏士は混乱した。
ただ、その中でも一つ確実に思うことがあった。
「なぁ、俺たちって、出会ってからまだ数日しか経ってないんだよな……。なのに、俺、美雨とはなんだか初対面の気がしなくて……不思議なんだ」
目線の先の遠く小さく見える、海に浮かんだ船を見ながら、この感覚の謎を解き明かそうと目を細めた。
「私は……奏ちゃんのこと、ずっと前から知ってたよ」
突然言い出した美雨の言葉に耳を疑う。
「えっ? どこかで会ったことあるのか?? 全く心当たりがないな……」
考え込む奏士を切なく愛おしそうな目で見つめる美雨。
そんな美雨を涼子は遠目で見ていた。
昔から霊感の強い涼子は、半分みゅうの生き霊でもある美雨の気持ちを悟っていたのだ。
「こんな事ってあるのね……」
涼子の眼に映るのは人間の美雨ではなくて、奏士が小さい頃からずっと一緒にいた猫のみゅうだった。
(彼女の話をもっと聞いてみたい……、何か力になれる事はないだろうか……)
近い未来に用意されている美雨の運命すら悟り、涼子は密かに涙をこらえるのだった。




