第一話 『英雄たちの凱旋』
初めまして。諸事情で投稿頻度は遅めですが、よろしくお願いします。
長期間続いた降雨の後の森林を、少年ダイス・カルタ―ナは進んでいた。季節に順応したほぼ全身を覆う旅装束を、彼はその中肉中背で細い身に纏っている。男性にしてはやや長めの明るい茶髪と色白の肌から、清潔感のある印象がそこにはあった。
「確か、スピア・バードの生息圏はこの当たりだったか?」
時折耳にする小型鳥類の鳴き声と草木に吹き付ける弱風の音を耳にしながらに、過去に受けた依頼の記憶と周囲の様子を比較する。スピア・バードは肉食の大型鳥類であり、草食の動物を餌とする。そしてここ一帯はその条件を大いにクリアしている他、冒険者が嫌う状態異常効果を持つ虫類が数多く存在する。その為、防衛面でも彼らにとっては心強いものとなっていた。
だが冒険者の中にはそれを意に介さない存在もいる。それが魔法を駆使する者――魔法使いだ。魔法は万能という言葉の象徴である。傷を治癒し弱体を解除し、火を発生させ敵を殺傷する。それは万事すべてを解決するこの世界からの恩恵なのだ。そんな存在を行使できるのだから、虫類など恐れるに足らない。
そしてダイスもまた、それらの魔法を駆使する者の一人。さらに言えばその誰もが到達できないような圧倒的な才能と技術を併せ持つのだが、現在は理由あって秘匿事項になっていた。
「それにしても、どうして芋虫の類はあんな気持ち悪い見た目をしているんだ……ん?」
嘆息に小言を挟むダイスの耳にその時、ヒュンッという風切り音が届く。そして彼目掛け高速の物体が飛来した。それはまるで獣戦士の投擲した槍のように速く、正確なものだ。だがそれを大きく跳躍して回避したダイスは、砂埃を上げながら間もなく突き刺さった飛来物に目を向ける。
果たしてそこには、長く鋭利な嘴を引き抜こうと奮闘する、間抜けな大型鳥類の姿があった。1メートルを超す青色を基調とした体には、無数の棘が浮かび上がっている。そして嘴以外にも、その翼の先に生えた爪は肉食獣類の鉤爪を彷彿とさせる危険性が感じられた。
「確かに並みの冒険者じゃ、相当な注意を払っていないと避けることも厳しい相手なんだろう。けど――」
一度避けてしまえば大きな隙が生まれる。ダイスはそれを教訓として教え諭すように、右手で発生させた小サイズの雷撃を、スピア・バード目掛けて打ち込んだ。
『キュエッッッッ!!』
如何に硬質な装甲を持つスピア・バードも、当然のごとく致死量の魔法――それも弱点の属性を撃ち込まれれば、そこで生を手放すのも当然。わずかな黒煙を上げて、スピア・バードは絶命し黒焦げの死骸となった。
「これをあと4体討伐すれば、依頼達成だ」
ダイスは特に面倒くさがることも不安がることもなく、進路を確定させ再び森林を突き進んでいった。
✳︎
「なあ、知ってるか? ここ最近、王国が伝説の冒険者チーム『トライ・ガルター』の生き残りを探してるんだってよ』
「生き残りって……あの“黒腕の魔法使い”か? それは難しいだろうよ。常に暑苦しそうなローブを纏って碌に素顔を晒さないような奴だぞ?」
「ああ、実は人間じゃないんじゃねえかって噂が出歩くほどだったしな。だが王国側にもそいつを探し出す算段ぐらいはあるんだろうよ」
そう会話する、壮年の男二人がいるここは“ムタリム鄭”と呼ばれる酒場だ。そしてがやがやと盛り上がる各々の団体の服装に注目すると分かるが、この酒場では冒険者ギルドも兼ねている。
分厚い防具に身を固める精悍な重戦士に、金属部がほとんどない皮装備に身を包む斥候。彼らはきっと何度目とも分からない冒険を終え、生き残った者たちなのだろう。喜色満面に自身の武勇を語る者が周囲を無理矢理に盛り上げる姿も、この酒場では幾度となく繰り返された光景だった。
ここでキイッと両開きの扉が開き、一人の冒険者がこの空間に踏み入った。防御面にやや乏しいような旅装束の人物――ダイスだ。
「おう、戻ったか!」
そしてカウンター側に立つ筋骨隆々の男が、ダイスに親しみを込めた表情を向けた。だがそう務めているだけで、実際はただ威圧しているようにも見えなくはない。輝ける禿頭や顔に一直線に走る傷跡が一層、そういった説得力を生み出していた。元冒険者として身に着けたその風格は、引退してギルドマスターとなった現在も健在なようだ。
「ああ……やっぱりここの居心地の良さは良いな」
「ほう、嬉しいことを言ってくれる。かの“黒腕の魔法使い”様のお言葉だったら尚更だ」
ダイスの抗議を込めた無言の視線を意に介さず、その男性――ギルザはオレンジ色の果実酒を彼に差し出した。間髪おかず、信頼を含んだ視線を彼に向ける。
「一応だが、依頼の結果とその証拠品を提示してくれるか?」
その言葉を受けて「勿論だ」と返事したダイスは、雑嚢から取り出した五本の鋭利な嘴をギルザにそっと差し出した。受け取ったギルザは一瞬のみそれに視線を寄越し、即座にダイスへと向き直ると、愛想のある笑顔――すくなくとも本人はそう思っている――を作った。
「確かに受け取った。これで依頼完了だ。お疲れさん」
「そうか、今回も大分疲れた……」
「おいおい、まだまだ若いお前さんが何言ってるんだ」
「経験で言えば、その辺の同年代とは比較にならないほど濃密だったけどな」
果実酒を一息に飲み干して一息ついたダイスは、「それもそうだ!」と笑うギルザに礼を告げて席を立とうとした。だがその言葉は、誰かが上げた一声の前に簡単に掻き消されてしまう。
「おい! “姫騎士団”が帰って来たぞ!」
✳︎
異様なほど静まり返った酒場では、その場の誰もが酒場の入り口に注目している。
そしてごくりと誰かが喉を鳴らしたのと同時に――三目麗しい美少女たちが登場した。
『うおおおおおおおおおおおおおおお!!』
その瞬間に沸き起こった空間を震撼させるような大歓声。この場の女性は羨望の眼差しをその一団へと向け、男性といえばそろって鼻の下を伸ばし始めた。
魔法使いに剣士、そして神官。煌びやか、それでいて性能面でもしっかりと気を配った、高品質そうな防具を身に纏う彼女たち。それこそが“姫騎士団”。各々の特化した技術を生かした連携を武器に、最前線で活躍するSランク級の冒険者チームだ。
彼女たちは酒場最奥に位置する長方形のテーブルが設置された場所に陣取り、周囲の女性冒険者たちと楽し気に会話を始めた。“姫騎士団”が何故、女性のみで構成されたチームであるのかという理由を知っている男性陣は、すっかり蚊帳の外である。
「あいかわらずの人気だな。まあ、あいつらの影響でこの酒場の知名度も上がるから助かるって話だが」
「そうか。……じゃあ、今度こそ帰るよ」
「がはは」と豪快に笑うギルザを他所に、ダイスはそう簡潔に言い残すと今度こそ席を立った。そして彼はようやく、二度目の夜空を拝んだのだった。
✳︎
一人酒場を去ったダイスの姿を、周囲の喧噪に浸りながらも話題の中心にいる少女二人が注視していた。銀色を基調とした防具と赤毛が特徴の少女と、青色のローブを纏う銀髪の少女だ。視線を誰もいない酒場の入り口に尚も向けながら、赤毛の少女――マドルの問い掛けに銀髪の少女――アーニが返答した。
「あの人は、どう思う?」
「……本当の実力も素性も分からないけど、返ってそこが怪しい」
「じゃあ、彼が『トライ・ガルター』の生き残り……?」
「……可能性は十分にあるね」
「でも、接触は今受注してる依頼を達成してからにしよう」と付け加えたアーニの言葉に、マドルは「それに……」と付け加えた。
「男の人って、怖いし」
「……男は嫌い」
二人の少女は感情のないような空虚な瞳で、天井をそろって力なく仰いだ。
一人でも評価いただければ、書き続けたいと思っています。