逃亡2
グラデル家は国内では武の名門と知られ、輩出する者はいづれも名将と謳われ、その地位は揺るぎないものであった。
戦場におけるグラデル家の将は、一騎当千の武勇を発揮し、他の家の将には一目おかれる存在であった。
しかし、私は違った。
他の兄弟たちとは雲泥の差と言っていいだろう。武勇は人並み程度、グラデル家以外の武将と比べれば、見劣りするレベル。
私には武勇の才に恵まれなかった。
そのため私は家族から、こう呼ばれた。
不要の将。
まるで、役にもたたない。必要もない。
恥知らず。面汚し。
様々な罵詈雑言を私は受けて育った。
しかし、それでも勘当もされずに育ったのは、ひとえに長兄のおかげとも言えた。
長兄は言った。
「お前にしかできないことが絶対にある。それを見つけ、極めろ」
その言葉に突き動かされるように、私は自分にできることを探した。
そして私は見つけた。記憶力、頭の回転、それだけは兄弟たちより優っていた。
そう感じて以来、様々な書物を読み漁った。
そこで私はルキフェルの一族について知ったのだ。常人には発揮できない力を持つ種族。
他に恐れられた、畏怖の対象。
調べるうちに私はいつしかルキフェル族に憧れをいだいていた。
この者たちの能力があれば、兄弟に負けない。
嫉妬なのか、羨望なのか。
自分には無いものを求めていた。
そして、それは今目の前にいた。
「何? じっと見つめられて気持ち悪い。やめて」
辛辣な言葉が投げられた。
「少し見ていただけではないか。何だ意識しているのか?」
「黙らないと捨ててくよ」
応酬には更なる矢が放たれ、取りつく島もなし。
「これからどうするのだ?」
ルキフェルの一族、アリアに肩を担がれ歩き、今後の算段について尋ねた。
「まずは私の仲間と合流する。あなたを治療できる者に診せること、そして、、、」
アリアは言葉を区切って前方を凝視した。
「そして、この追っ手を振り切ること」
言うが早いか、アリアは突撃した。
「て、敵っ!」
追っ手の1人が襲撃してくる者を認識するや
「遅い!!」
「がっ、、、」
アリアの槍は彼らを瞬く間に貫いた。
彼らには叫んで味方を呼び寄せる暇すら与えられなかった。
「たかだか3人で私は止められぬよ」
何故か彼女の言葉は憂いを帯びているように感じた。
しかし、私は感嘆した。
「すごいな。グラデルの者でもこれほどの身体能力を持つ人がいるだろうか」
「伝承では私の一族は人間ではないからな」
それ故に忌み嫌われるルキフェル族。彼女は自分に対する憎しみなのか、自らの力を好ましく思っていないようだった。
力に憧れる者。
力を憂う者。
そんな2人だった。
「仲間だ」
彼女はそう言って、前方を見るよう促した。
碧い瞳の、武装集団、10人ほどか。
男が半数以上で、3人は女性。
自分の国では見る光景ではなかった。
戦場に女性が立つことはないのだ。
兵となる者、将となる者はいづれも男であるからだ。
女性は家を守ること。それが私の国で連綿と続いてきた文化である。
異文化に戸惑う反面、私を高揚感が包んだ。
知識欲。新たな出会い。見識の広がりといったそれらの刺激が私を支配し、先程まで命を狙われていたのが嘘のように、絶望は希望へと姿を変えていた。
こうして、フィル=グラデルは家を、国を捨てることとなった。