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黒騎士様は今日も伝説を作っている

作者: 多喜

例えば、自分には人には言えない使命があるとか。

例えば、わけあって素顔を見せることはできないとか。

例えば、名を明かすことができないとか。


どこに出しても恥ずかしくない立派な厨二病患者であるが、ハルクの敬愛する黒騎士様はそれはもう真面目にそういっている。


ハルク曰く、黒騎士様がそう言うのならそうなのであるとのことだ。


なにせ黒騎士様は幼い頃死にかけていたハルクの命を救ってくれた。

生きるために必要な常識や言葉を教えてくれた。

側にいて守り、慈しみ、生きていく楽しみを与えてくれている。


ハルクにとって神とは加護を与えてくれる慈悲ぶかき存在でも、神殿で祈る手の届かない尊き存在でもない。


黒騎士様その人こそがハルクにとって唯一無二の神なのである。


さて、ハルクにとっては神でも周りからみたら厨二まっさかりな言動を繰り返す黒騎士様。

しかしそんな黒騎士様を表だって馬鹿にするような輩はこのあたりには存在していない。

なにせ黒騎士様は強い、西に魔王を名乗るものが現れれば力でねじ伏せ、東に神を名乗るものあれば拳で語り合い、各国から贈られた勲章は数知れず、そのくせ偉そうに依頼を選り好みすることもなく自分を指名した依頼ならばどんな些細なことでも喜んで引きうけてくれるという。


故にファン層は厚く、黒騎士様の特集を組めば雑誌は飛ぶように売れ、初期の活躍を記した書籍は幾度となく重版を重ねられている。

今や黒騎士様は生ける伝説となっているのだ。



ある日の敵は龍王であった。

もともと神のごとき力をもつ龍種の中でもとびぬけて強いそいつは、数多の同族を生贄として殺すことで神格を得ようとしていた。

そうなってしまっては手が付けられないと宗教国家をはじめとする近隣の国家の連合軍とともに討伐することとなった。


手ごわい相手であったが数の力で押し切る。

もう抵抗する力もないであろう龍王はヒューヒューと呼吸の度に穴の開いた喉から空気を漏らしながら声を絞り出した。その割にはっきりと言葉が聞き取れるのは魔術か何かを使用しているのかもしれない。


「お主は力が、神のちからが欲しくはないのか。それほどの能力がありながら何故同族の狭い世界に拘る。」


「俺はお前とは違う。」


黒騎士は静かに、しかしはっきりと否定を口にする。


「矮小な、人間が作り出した社会で認められたからと言ってそんなものが何になる。お主なら」


「黙れ。」


龍王が言い終わらないうちに、眉間へ深々と手にしていた剣を突き入れる。


「同族を殺して、信仰する者の存在しない神になんてなってどうしようというんだ。俺は、ここでこそ認められたい。」


眉間を貫かれた時点で事切れただろう龍王に黒騎士は目を閉じ祈りを捧げた。





事が終わり、黒騎士様は国から用意された宿屋へ戻り椅子に深く腰掛けた。

ハルクは龍の鱗で欠けてしまった剣を直す為に出かけている、夜まで戻らないだろう。


黒騎士様は自らの太ももの上に肘を置き、みっともなく背中を丸めて両手で顔を覆う。


「ちやほやされたい、ちやほやされたい、不特定多数から無条件に好かれたい、別に条件付きでも構わないから愛されたい、つーか信仰されてええええええええええ。」


みもふたもないことを言い出した。


「なんだよあの厳つい蛇、神の力がほしい?神格が欲しくないかって??」


「一緒にするなよ!!俺は元々神様だっつーーーーの!!」


「見ても分からないほど弱ってるってことだよな、つれえ。マジ信者増えろ。」


黒騎士様ご乱心、ではなく黒騎士様は実際神様であった。

ハルクの世迷いごとではなく正真正銘意識を得た瞬間から神として存在している。


黒騎士様は元々死を司る神である。

しかしほかの神様の違って、死の管理者たる黒騎士様には生きるものに加護を与えられるような能力は存在していなかった。

なにせ生きとし生けるものの正反対の存在こそ死である。生きるものに必要とされる能力などあるはずが無い。


つまり人類にとって黒騎士様の存在など生き物を飼っていないクラスにおける生き物係り。

否、生き物係りであれば広いくくりで人間という生き物を管理するため保健委員のようなこともするであろうが、黒騎士様の管轄は死。


しかしこの世界に死後の世界なんてものは無い、いうなれば死とは無。


この世界における臨死体験などは神が気に入った人間を生きたまま精霊として召し上げるための準備、職場体験のようなものだ。


故に黒騎士様は一切容赦なく何一つ管理する仕事が無い名前だけの存在である。


それでも古い本には名前ぐらいは乗っていて、身内が亡くなった際には死者の安らかな眠りを願う親族に祈られたりもしたのだ。死の世界が無くとも近しい人間の安寧を願う概念はあるようである。

だが圧倒的に知名度もなく、信仰するメリットもなく、神殿も巫女もいないため他の神のように降臨して神託を下すこともなかった。


故に廃れた。


にもかかわらず黒騎士様本人はとくに仕事もなかったため神格や信仰心の衰えに対し、なんか最近だるいなくらいの気持ちで存在していた。

しかしさすがに文献にすら自分の名前がなくなり祈りをささげる人間が減りに減った頃、だるいを越え辛くなりようやく信者獲得に動き始めることになった。

ちなみにその時の信者数は2人、早くに子供を亡くした老夫婦でハルクと出会ってから三年ののち静かに亡くなっている。ほんとうにぎりぎりのところであった。


さて、信者を増やしたいとは思ったものの何のメリットもなく名前も知らない怪しい死の神に信仰を傾ける人物なんていない。

耳触りが良い分、新興宗教のほうがまだ加入しやすいぐらいだ。


べつにほかの神を信仰していても構わないのだ。死者を弔うときにほんのちょっと思い出してさえくれれば。

あと欲を言えば本から消えた名前をもう一度戻したい。


どうしたら怪しまれることなく知名度を上げ、信仰を集めることができるか、死の神たる黒騎士様は考えた。

有名人に信仰されてる神はファンからも信仰されていることがある。

そのような流れならば怪しまれずに信者を獲得できるのでは。

そして有名人に知り合いなどいない死の神は自ら別人になりすまし有名になり、死の神をアピールすることにした。

別人のふりをしているので黒騎士様は神ではないし、神ではないので元の名前は名乗ることができず、ずっと黒騎士様と呼ばれている。

初対面の時ハルクにはうっかり名乗ってしまったが、死の神に対しての信仰が感じられるので別物だと考えてくれているのだろう。


信者がいなさすぎるとはいえ、なんとも痛ましいマッチポンプである。


その努力のかいあって町を歩けば子供に手を振られ、おっさんに酒をおごられ、そっくりさんや似た装備を身に着ける若者が増え、国からの指名依頼がはいるまでになった。

しかし信者はハルク一人である。

本にまでなっている人物が信仰する神ですら信仰されないとは神様とは厳しい業界である。


「勲章や金なんて要らないから神殿の一つでもたててくれねえかなあ。」


黒騎士様の願いは切実だった。




ハルクが工房の扉を開けると、むわっと熱風が押し寄せてくる。

室温を下げてはいけないような気がして素早く扉を閉める。

店主はちらりとハルクの顔を見ると「できてるぜ。」と奥の部屋を指した。

ハルクは黒騎士様の欠けた武器を下すことなく両手で大事そうにかかえてままいそいそと奥へ移動した。


「武器の修理じゃねえのか?」


その様子を不思議そうに眺めていた見習いが声をかける。


「この傷を修理するなんてとんでもない!!」


「なら何しに来たんだよ??」


「黒騎士様に刃こぼれした武器を使ってもらうわけにはいかないから新しいものを買いに!」


ハルクが奥の扉を開ければそこには黒騎士様が使っていた武器と寸分たがわず同じ新品が並んでいる。


「ああ?なら壊れた武器の買取りか?」


わざわざ重い鉄の塊を運んできているのだからそうなのだろうと見習いはハルクのかかえる武器を受け取ろうと手を伸ばしたが、ハルクはその手から逃れるように武器を背後に隠した。

武器のサイズ的に隠れてはいない。


「売るわけがない!!だが、修理依頼したわけでもないのに全く同じ武器が来たら黒騎士様に怪しまれるだろ?」


「なら直せばよくねえ持ってきた方を。その方が安くないか。」


「わかってないなあ、これは黒騎士様が龍種を討伐した証だぞ、このまま飾るに決まってるだろ。でもそうしたら黒騎士様が武器が無くて困るし、最悪欠けたまま持ち出して使うかもしれない。そうしたらどの傷がなにを倒した時のやつかわからなくなるだろうが。」


見習いにはちょっと意味が理解できなかった。


「いやもちろん俺はわかるよ、そばで見てたからな!でもほかのファンはそばまで行けるわけじゃないからな記念品は必要だろう。」


「それって危なくないのか?」


ひどくまっとうな意見である。


「黒騎士様の活躍がそばで見れるなら死んでもいい。」


ハルクは重度の黒騎士様ファンである。

ファンという言葉では生ぬるい、ハルクは立派な黒騎士様の信者である。

そして黒騎士様の活躍を描いた本の作者でもある。


ハルクは重版を重ねたその膨大な売り上げをもって黒騎士様の実際に使った武器や討伐した敵の部位や現地の写真などを展示する博物館を作っている。その場所は毎日数千のファンが訪れ、ファンの間では博物館を神殿、初めて黒騎士様が現れた場所を聖地と呼んでいるが、黒騎士様はそれを知らない。

そしてあくまで読者は黒騎士様のファンなので死の神の信仰にはこれっぽっちも関係ない。


黒騎士様と死の神を別の存在としていることが裏目に出ている。


黒騎士様が最初うっかりハルクに名乗ったのでハルクはそれが本名だと思い信仰している。

それがなければ信仰ゼロで存在が立ち消えていたことだろう。



「黒騎士様の活躍を見るためなら死んでもいいが、俺が死んだら黒騎士様の活躍を記す人がいなくなる!ダメだ、死んでられない!!」


「黒騎士様がそばにいて危ない目にあったことないけど、黒騎士様かっこよすぎて死にそう!尊い、はやく文字にしなきゃ、聞いてくれ、今回も黒騎士様マジ黒騎士様だった!」


見習いは逃げようと一歩足を後ろへひいたが、ハルクは二歩進みガッシリと見習いの腕を掴んだ。


「そういえば武器の傷についての説明がまだだったな!」


結局見習いが解放されたのはすっかり夜がふけてからだった。

恐ろしいことに何冊も本を出しているだけあり、黒騎士様かっこいいと洗脳されかけた。





それからしばらく経った日、黒騎士様とハルクはとある神殿に来ていた。

観光客とは別に、白い装束の神殿の者に囲まれ案内されている黒騎士様は完全に見世物になっていている。


なんでも黒騎士様を神殿へ呼ぶように数日前に巫女に神託が下されたらしい。

その話が広まり普段静謐な空気をたたえている神殿は、ここ数日見る影もない。


その様子に黒騎士様は

普段からこんなににぎわってんのか、これが神殿の普通か、知名度高い神様怖い。

と一人無言で引いていた。

やたらとやさしい笑顔の白い装束の集団に囲まれているのも拍車をかけている。


ちなみに関係者各位は数日で集まったかなりの額のお布施ににこにこが止まらないだけである。


黒騎士様は観光客が入れないような奥の別室に通され、巫女数人を介して神の話を聞くこととなった。

案内の白装束とハルクは隣の別室で待機である。


神秘性を守る為、また巫女の個人情報保持の為、直接顔を見せることはできないとのことで部屋の中には薄いレースのカーテンによる仕切りがある。そのため仕切りの向こうに何人かが座っているのがシルエットで分かるのみである。

シルエットだけなら神秘的だっただろう。

しかし黒騎士様には巫女の周りで動き回る神々の姿が見えている。

神たちは巫女以外に姿を見せる気はないようで見える範囲を調節しているようだが残念ながら同じ神である黒騎士様には見えている。


巫女達は神の言葉としてまず黒騎士様の活躍をねぎらい、最近の地上の荒れた様子を憂いていること、力が及ばず申し訳ないこと、それから地上で何かあった時にはまた頼みたいとのこと。

その際、この神殿に祀られている神々がが力を貸してくれること等々。


声変わり前の少年とも、幼い少女とも聞こえる高いで巫女は神の言葉を伝える。

もちろん巫女というからには女性なのだろうがその言葉は非常に神秘的な雰囲気で、黒騎士様は巫女ってすごいと素直に感心した。

この神殿が人気なのも理解できる。


一方そんな素敵な巫女に言葉を託している神の意見を要約すると

最近活躍してるから精霊として召し上げようとしたらなぜか無理だったので、召し上げやすい死期が近づいて弱った頃狙うとの事。ほかの神に取られないように事前にツバつけとく予定!

とのことである。


それをここまで美しく仕上げている巫女ってすごい。


とはいえ黒騎士様もハルクの著書などで生きる伝説まで押し上げられているので、もしかしたら信仰してる神を美しく仕立て上げる行為は信者のデフォなのかもしれない。


それはともかく、黒騎士様の答えはノー、考えるまでもなく一択である。


他の神と協力、ということを黒騎士様とて考えなかったわけではない。

神とて自力でできる範囲は限られている。時にほかの神に協力を仰ぐことがあるためあらかじめ親しくしておくのだ。

火の神と鍛冶の神、美の神と恋愛の神、大地の神と作物の神、長寿の神と医療の神このあたりはセットで祀られていることもよくある。

だが黒騎士様は死の神様である。

一緒に祀る意味とか黒騎士様自身全く思いつかない。

故に諦めた。


しかしこれはそういうことではない。

黒騎士様を神ではなく人間の部下として、いずれ精霊にならないかという誘いである。


そんなことをすれば、ほかの神の使いのように思われて、絶対に死の神の名前が薄れる。

断固拒否である。


黒騎士様がお断りのため口を開こうとしたタイミングで、ふんわりと丸い光の玉が下りてきた。

無風の室内でまるで風にあおられているようにゆらゆらふわふわしている。


それを見た巫女の間を飛び回る神達さっと姿を消し、巫女は光を見上げたまま動かない。

黒騎士様は心の中で盛大に叫んだ。


主神来ちゃったーーーーー!!


降りてきた光の玉は主神である。

この神殿の主神ではない、この世界の主神である。

文献にはすべての神はこの神に通じていて新たな神を生み出すことも、また神を殺すこともできると書かれる神の中の神。


主神があり、ほかの神があり、その神たちがさらに生き物に必要であろう大地や水の神を作り出している。

それ故植物の神を信仰しようが恋愛の神を信仰しようが、神様を信仰する気持ちそのものがすべて主神への信仰なのである。

問答無用で生きとし生けるすべてのものから信仰を集めるチートな愛されキャラ、それが主神である。

ちなみに見る側がこうだろうと思う見たい姿で現れるらしいが、黒騎士様はそれを知らない。


数名の神が一か所に集まって勧誘しているのを見て降りてきたのだろう。

主神は黒騎士様を見て不思議そうにゆらゆらしている。


「精霊候補を連れてくるという話でしたが」


「その件は辞退させて頂く。」


食い気味に強く拒否する黒騎士様に、まさか断るとは思っていなかった巫女が慌てて立ち上がったのか仕切りの向こうでなにか倒れた大きながする。


「強制できることではありません。」


主神は巫女のほうへたしなめるように声をかける。

球体の為どこに向かって話しているのかわかりにくい、せめて顔面がどこか分かりやすい姿で現れてほしいと黒騎士様は思った、しかし変わらず球体である。

黒騎士様に向き直った(ような気がする)主神。


「それに、あなたは私たちと同じ存在でしょう?」


主神が柔らかく問えば仕切りの向こうで再度大きな音がし、それについで扉の外でもなにやら騒がしい音がしたが、黒騎士様は無視して主神を黙ってまっすぐに見つめる。


「消えてしまいそうなほど弱っているとはいえ、本質的にほかの生き物とは全く違います。彼女たちの計画を聞いた時点で止めるべきでしたのに、わざわざ来させてしまい申し訳ないことをしました。」


「もったいないお言葉です。」


黒騎士様の声は丁寧な台詞とは逆に、馬鹿にしたような響きを持って短く吐き出された。


聞いてみたいことがあった、初めのころ神を作ったのが主神であるなら、なぜ自分のような不要な存在を生み出したのか。

疑問ではあるが主神に恨みや嫌悪があるわけではない。


むしろ今回は逆に感動していた。


ものすごい遠い存在でありながら自分を気遣っている台詞、初めて神だと気が付いてもらえたこと。

感動で泣きそうだし緊張で吐きそうだし、必死に耐え気持ちを表に出さないようにした結果、短い言葉がやっとであった。


「あなたが何を成そうとしているか、私にはわかりません。」


悲しいマッチポンプ活動が露見していないようで何よりである。

そもそも世界に羽ばたく主神様なので信仰を集めようなどという概念は無いのかもしれない。


「ですが、その弱った姿では苦労も多いでしょう。」


「どうでしょう、今回のお詫びもかねて私から皆に貴方に対する神託を下すというのは。」


さすが主神様、生きとし生けるものから信仰を受ける愛されキャラは、ほかの者に対するお詫びも規模が大きい。


黒騎士様にとってはありがたすぎる話である。

皆、というのは主神をメインに信仰している信者各位ある。

それはもう膨大な人数に、主神がわざわざ気に掛ける神ということが伝われば瞬く間にその名が世界に轟くことだろう。


信仰心が増えれば神としての力が強化され、有名人になる計画も拳による語り合い(物理)が減り、神の力による話し合い(威圧)で解決できるかも知れない。

そもそもこのマッチポンプ自体不要になる。

そうすればハルクも西へ東へと危険な場所についてくる必要もなくなり安全な場所で過ごせるようになるだろう。

唯一の信者を危険な目に合わせずにすむ。


そこまで考えて、黒騎士様はゆるゆると首を横に振った。


ハルクはいつだって黒騎士様の行くところについてきたがったし、危険な場所に連れて行った、命の危険がある場所だからと言って信仰心が下がったことは一度もない。

どんな状況でも圧倒的な信頼と信仰を向けてくれ、本まで書いて有名になる事に協力してくれるハルクに黙ってほかの神の協力を仰ぐのはなにか違う気がする。


知り合いの顔を思い浮かべ少し緊張がほぐれた黒騎士様は先ほどよりいくらか落ち着いた声で主神に答えることができた。



「気持ちだけ頂いておきます。」


「よいのですか。」


主神は黒騎士様の返事に少し間をあけてから再度確認する。


「こうなったのは、俺の怠惰が原因なので。自力で決着を付けます。」


「それに、こんな弱った俺でも必要としてくれる人がいるんです。」


そう、地上に降りて日々を過ごしても誰にも違和感を抱かれず、神と気が付かれることもなく、畏怖ではなく親しみを覚えられ、神の力はなく常に物理の力のみで戦う神でも信者が一人はいるのである。


「それはいいですね、誰かに必要とされるのは嬉しいことです。」


主神が頷いたように見えた。

ただ揺れただけかもしれないが、球体なのではっきりとはわからない。

そのままゆっくりと薄れていく光る球体を見送る。


巫女たちはその様子を仕切り越しに眺めている。

主神が現れたり、目の前の男が人間ではなかったり驚きはあったが、途中から邪魔をしないように静かにしていた。

主神は、黒騎士様を神と同じ存在と言っていたが、自分たちの信じる神とはずいぶん様子が違っていて神様らしい力も何も感じない。

しかし必要としてくれる人がいる、と言った時の声音からは相手が大切なのだという愛しさがあふれており自分たちの神様が時折見せるそれと同じだった。

怠惰などと言っていたがきっと何か事情があるのだろう。

主神は弱っているとも言っていたのでなにか理由があって地上にいるのかもしれない。


そんな好意的な意見はさておき、黒騎士様は消えゆく光を眺めながら自分の状況のまずさを改めて思い返していた。一人反省会というやつである。


なにせべつに困ってないしと放置した結果現在信者は一人きり。

神託が下れば知名度は上がるがそれは一時的なもの。

特に信仰するメリットのない神であるので自力で何とかする方法を見つけない限り何度でも信者は減ることだろう。故に今このマッチポンプをやめるわけにはいかない。



神にちやほやされても何の意味もない、人類に好かれたい。



黒騎士様はいつだって残念仕様である。

これを機に神様の知り合い増やそうとか、計画の方向性を見なおしたりする気にならないのが残念仕様である。


光がすっかりなくなってから巫女に声をかけた。


「ここで聞いたことは忘れてくれ。話したところで信じないと思うが。」


黒騎士様は巫女たちの返事を待たず、扉に向かって歩き出した。





その後出版された新たな黒騎士様の物語の初版は幻となっている。


物語では神との対話に直接的表現は使用されなかったものの、会話シーンから黒騎士様=弱った神説は瞬く間に広がった。

しかし最初期のファンによりすぐさまその噂は消し去られた。


黒騎士様=神ならば彼が作中幾度となく祈りを向ける姿は、黒騎士様自身が神だとばれないようにするための演技。

つまりその事実が広まることを黒騎士様は望んでいない!!


古参ファンは最も真実に近い存在であるといえる。


初版は即刻回収され焼き払われ現存している物はハルクの原稿を含め5冊だけである。

それ以降の出版分は文章が差し替えられた。

ハルクの金と一部の権力を持つファンの力をフル活用した迅速な火消はファンの愛の証だ。

なお、噂の火消には一部神殿の巫女も関わっていたとのことである。



だがこの事件は黒騎士様の心に少なくない傷を残した。


黒騎士様はハルクの書く物語を読んでいない。

そのため今回の件は、なぜか身バレした挙句に瞬時に神殿関係者から「いや、あれが神とかない。」と言われ周りが「それもそうか」と納得するという大変悲しい事件として心に刻まれた。


身バレはすなわちマッチポンプがばれることなので望んでいない。

しかしこの鎮火速度はどうなんだ、そんなにすぐ納得がいくほど神っぽくないのか。


「神様らしさって何だ、神々しさなんてでたことねえよ!!やっぱり大量に信者が必要なのか!?」


これだけ有名になってもまだ信者1名は逆に奇跡的な効率の悪さである。


しかたない、ファンの信仰は黒騎士様に集まっているし、黒騎士様の信仰する神ならば信仰したいと考えるファンも文献にもなく神殿もないため実態を確認できず信仰しようがない。

黒騎士様はまず、死の神が実在する神だとファンに理解してもらうことから始めなくてはいけないのだ。

しかしそんなことわかるわけもない。



「ハルク、なにか依頼はあるか。」


「西の海に眠っていたクラーケンが起き出して暴れてるらしいです!」


「海は初めてだな、念のためハルクはこの町で待機するか。」


「お供させてください!黒騎士様の側が一番安全です!」


何故信者が増えないか、いまいち理解していない黒騎士様は神様に見られない悲しみを武器に乗せて、今日も伝説を作っている。

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