御伽噺
小さな世界の、大きな舞台。
狂った演劇、始めましょう。
僕は、君の悪の御手伝いをしてあげる。
そう、絡繰り絡繰り、操り姫は眠りの中。
始めましょう。君と僕の、人生舞台。
水辺に聳える、高い塔。
最上階に、暮らしてる。
絡繰り、絡繰り、眠り姫。
おやすみなさい、おやすみなさい。
総ての負を、背負いながら。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 今日 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
晴でもなく、雨でもなく、曖昧に曇った空を見上げ、僕は溜息を吐いた。僕は曇り空は好きだ。両極端な天気より、曖昧なあの曇り空が、好きなんだけど…。
「ねぇ、栖あの雲、今にも泣きそうよ。まるで、今のアンタみたいね」
僕の肩を叩き、空を指差し愉しげに笑ったのは隣を歩く有夜。
決して悪い奴ではないんだけどさ。正直言うと、この娘"有夜"の事あんまり得意じゃないんだよね。
「アンタどうしたのよ。また、考え中?」
「"また"とは、なんだ。人間は日々常々考えることを辞めれない、難儀でとても可哀想な生き物だ。だから、"また"ではなく、"今も"の方が、正しい。」
「ふぅん。相も変わらず、難しいことを言うのね、栖は。アンタが一番難儀な生き物だと思うわ。」
相も変わらずとは、酷い言われようだ。然し、難しいことを、言ったつもりは無い。僕なりの、正論を述べたまでだ。
だけど、幼少期より、こんな性格故か、話しかけてくる奴なんて居なかった。そう、唯一人、有夜を除いて。
時に、嬉しかったりした。有夜だけは、どんな話にも付き合ってくれて、何より、聴くときは、真剣に向き合ってくれて、尚且つ、話を理解してくれた上で、疑問と意見を述べてくれる、良い奴だ。
「あ、そうだ。栖、今度また、遊びに行かない?無理にとは、言わないから、考えといてよ。じゃぁね。」
「あぁ、うん。解った、考えとく……って、もう居ないし。彼奴早ぇよ。」
威圧力の有る、有夜は時々考えといてよ、なんて言いながら、有無を言わせない所がある。そう、答えも聞く耳を持たないのだ。だから、平気で、人の返事も待たず、どこぞに駆けていく。
否、我が友ながら、流石と言うべきか。其処が苦手なのだが。
彼女は、矢神 有夜 (ヤガミ アリヤ)。名前の所為で、男に間違われるのが、難点なんだと、彼女は言っていたが、僕は素敵な名前だと思う。笑むと、チラリ顔出す八重歯が見える、普通に元気印の女の子で、社交性もある。僕の、唯一の友達だ。
然し、遊びに行く、ねぇ。僕は、遊び行くのは苦手なんだよな。話の通じない、エゴに塗れた人間が、沢山居るとこに、好んで行こうとは、思えないのだ。
僕が、ひねくれ者なのか、斜め凭れた所から色眼鏡で、世界を観ていると、誰かが言った気もするが、果たして、それが、誰なのかは、思い出せないのだ。
まぁ、なんだ、そんな彼女の誘いだし、遊びに行きますか。と、考えていたら、件の彼女からのメールである。
栖、アンタまだ、ガラケーなの?
早く、スマフォに変えなよね。lineのが早いんだからさ。
ま、理不尽だよねぇ。こんなん、言われても。
と、さて置き、今度遊ぶってヤツ、来週の月曜、祝日で良い?
あぁ、ゆっくりで良いから考えといてよ。
いや、うん。流石だよ、有夜。ちぐはぐな内容を有り難う。
やっぱり、遊びに行くの決定じゃんか。構わないけどね。来週の月曜?…予定はないし、有ったとしても、家事全般だしね。
「返信完了っと。」
曇り空は、相も変わらず、重たく湿った雨を溜め込み、分厚くなっている。
そういえば、さっき有夜は、あの雲は今の僕みたいだと言っていたな。
泣きそう、なんて、あるわけ無いのに。ほんと、有夜は、面白いな。然し、そう見えたなら、僕が未熟だっただけだし。そんなの、今はもう過去噺にしてしまえばいいのだから。
「…洗濯物、乾いてないだろうなぁ。」
ゆらり風に揺られながら、帰路に着く。
鮮やかな世界が、灰色に染まるのに、時間は要らないのだろう。この空のように、厚い雲に覆われて曇ってしまえば、雲一つ無い晴天だったとしても、灰色に変わるように、僕の視得る世界も、灰色に変わる。
「ただいま。」
なんて言ってみても、誰かが返事をするわけではない。お帰りなんて、言ってくれる人なんて、最初から居ない。
僕は、過去を準えて生きている。新しい頁を拓いて書くわけではない。誰かの過去と同じ様に、僕は過去に生きている。
これは幻想夢で、有夜も僕の御伽噺のエキストラに過ぎない。僕は、識ってる。僕自身、存在して居ないのだと。
此処は、御伽噺の国。本当のヤガミ アリヤは、男の子で別世界に生きている。
君らが鏡を透して、観た世界。其処は、君らからしたら過去の世界で、僕らの棲む世界なんだ。
そう、だから僕は識ってる。有夜と、来週の月曜日祝日には、一緒に出掛けられないってコト。
知りたくないことさえ、理解してしまう。御伽噺の国って、残酷だ。
本を読むのは頁を捲って、それで、ドキドキワクワクって、少しずつ未来を識っていって楽しむじゃないか。
僕らは、誰かの過去。御伽噺の国に密かに住まう住人。然し、僕は別世界に"僕"を持たない。御伽噺の国こそが、僕の世界なんだ。
御伽噺の国で、生まれ育った僕は、総てを視る力がある。
だから、判る。あんな約束をした理由も、有夜と約束を果たせなくなる理由も。
「…よく見たら、来週の月曜日祝日って、明明後日じゃないか。」
約束の日迄、後3日間。楽しみに、待とうか。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 明日 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
僕と有夜は、常に一緒にいた。何処に行くにも、一緒だった。そんなだから、有夜と栖の一字を取って、有栖コンビなんて、言われてたんだっけ?
懐かしい過去噺。あの頃の有夜は、黒髪ロングで、蒼いスカートを好んで着ていた。
有夜は、昔から何か約束をした日の格好は、白いブラウスに蒼いワンピースだった。有夜に、蒼はよく似合っていたし、僕は、そんな有夜が、可愛いなって思っていたね。
「キョウも、曇りだな。」
御伽噺の国は、変化の無い日々を送るんだ。新しい、過去噺が追加されない限り、晴れることも、雨降ることも、無いんだ。
一寸、語弊があるかな。新しい、過去噺が追加されると言うのは、僕らからして、別世界。所謂は、君らの住む世界でね、新しい赤子が産まれ、其の子供が、満10歳に成ることを指す。
別世界で、満10歳と成った子供は、御伽噺の国で、新しく赤子として、生まれる。新しい過去噺の追加、と言う訳。
「アサッテか…。最後に有夜の顔は観ておきたいなぁ。」
僕は、ニヤリと無意識に笑ったのだろう。磨かれた硝子に、自分の歪んだ笑みを浮かべた顔が薄ら映った様だ。
ヤガミ アリヤは、別世界でも明るく社交的な奴のようだ。
僕は、自室の手鏡(否、今は姿見と言うべきか、まぁ、鏡に変わりないが)の中を観ながら、そんな事を想っていた。
そんなヤガミ アリヤだが、此方の御伽噺の国では、可愛い一人の女の子で。
アサッテ、何が起こるかなんて判るはずもなく、彼女はきっと月曜日祝日、僕とのおでかけを楽しみに、白いブラウスに蒼いワンピースを選んでいるのだろう。
「そういうとこ、可愛いんだよ、有夜は。」
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 明後日 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
言い忘れていたが、この御伽噺の国では、約束を取り付けた場合、約束を取り付けた日を今日、約束日迄のカウントを、明日、明後日、明明後日、と数える。約束日は、明日、明後日、明明後日迄の三日間に終わらせる決まりがあるのだ。
さぁ、キョウは約束した今日から数えて、明後日、キョウからして約束の月曜は、アシタ、約束した今日から数えて、明明後日。面倒だが、ややこしいが、これが、御伽噺の国の世界であり、規則なのだ。
さて、キョウも曇り空の御伽噺の世界。気分だ。外に出掛けようか。そうだな、有夜、彼女の顔を見に。
行きながら、歩きながら、キョウは僕の噺でもするかい?はたまた、其れは最後にしておくかい?
あははっ、まぁ、いいさ。有栖コンビが、観られるのは…最後かもしれないよ。懐かしい懐かしい過去噺だけどさ。
この、御伽噺の国は、君らの過去を準えた、世界なのだよ。だから、…だから、僕だけが、君らの過去であり、僕らの未来の結末を知っているんだよ。
あの角を右に曲がると、丁度、有夜が来るはずだよ。そして、僕を見つけると、周りを目に映さずして、言うんだ。
僕は角を右へ曲がった。ほらね、有夜が僕に満面の笑みで声を掛けてくる。
「あら、栖じゃない。どうしたのよ。約束日は明明後日よ。」
「あぁ、気分でね。散策だよ。」
「アンタの考えは、ほんとよくわからな」
彼女は、最後まで話すことはなかった。今、目の前で、崩れ落ちていく、有夜が居る。
嗚呼、僕は今でも、笑顔なのだろう。唯一の友を喪ってさえ、笑顔だなんて、どんなに薄情且つ、エゴティストなのだろうか。
所詮は、僕の"過去"のエキストラな訳だ。有夜は、素敵だったのに。散り際は、儚く脆い、花弁のようで、朝の迫る夜のようだった。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― 明明後日 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
僕の噺をしようか。物好きな君のために。鏡の世界の、御伽噺の国に棲んでいる、これは、序盤で話したね。
それで、僕の名前が『栖』だってコトも識っているね。有夜が、散々スミカって呼んでいたからね。
そう僕は栖。過去を準える鏡の世界で、生まれ育った。君たちの住む別世界に"僕"の未来は無くて、完全に、御伽噺の国で産まれたのが、僕なんだ。
様々な、過去噺を背負い混ざったのが僕と言う、存在。
僕は栖。鏡の世界、御伽噺の国に棲む、…否、語弊有りだ、鏡の世界、御伽噺の国を創造して、過去噺を準える国を作ったと言ったが正しい。
僕こそが、鏡の世界、御伽噺の国のレゾンデトール。
きみの、舞台を教えて、準えて、楽しませて
ジキルとハイドには気をつけて
面白可笑しく、絡繰り絡繰り、眠り姫。
おはようさん、今日も、キノウの始まりだ。