新しい生活
翌朝、目が覚めて起き上がろうとすると、体に重みを感じた。体に抱きついている卯月を見て、そういえば一緒に寝ていたんだったなと思い出しながら、そっと体から離し、布団を出た。
いつもなら起きてすぐに布団は畳むが、卯月がまだ寝ているためそのままにしておいた。
昨日作った、焼きあがった状態のハンバーグを冷蔵庫から取り出してレンジで温め、他にもいろいろ緑のものなどを弁当に詰めていく。
朝食は目玉焼きとレタスにトーストにした。卯月の分も作り、盛り付けた皿をラップに包んで机に置いて家を出ようとした時、卯月が起きた。睡眼を手でこすりながら「どこへ行くんですかぁ?」と聞いてくる。
「学校行ってくるね。朝食はそこに置いてあるから。昼食も、箱に詰めたのをそこに置いてあるから」
「わたしはお留守番ですか?」
「うん、そうなるね」
「うぅ……嫌ですけど、わたし、頑張りますぅ!」
妙な意気込みを見せる卯月に笑い、それじゃあと言って家を出る。
階段を下りると、そこには春侑が立っていた。下りてきた自分に気づくと、「はよーっす」と笑みを向けてきた。「おう」と軽く返事をして、そのまま通学路につく。
「ねえ、昨晩、何もなかったよね?」
「何があるって言うんだよ。何もなかったよ」
「そ、そうよね。いやほら、いっちゃんはアニコンでペトコンだから」
「だから違うっつの」
へへっと笑う春侑に、俺はため息をつく。
「そういえば、つきちゃんはどうしてるの?」
「可哀想だけど、学校に連れて行くわけにはいかないし、ご飯は準備して留守番頼んできた」
「うん、まあ仕方ないよね」
どうやって暇を潰すのだろうか。適当に本でも渡しておくべきだっただろうか。テレビを見ていいと言ったほうが良かっただろうか。そんな不安が頭をよぎっていく。
そんなことを考えていると、いつのまにか学校に着いていた。また頬を膨らませてむくっとした春侑が隣に立っている。全く話を聞いていなかった。「ごめん」と軽く謝ると、「もうっ」と言って微笑んでくれた。
教室に入り、大神に軽く挨拶して自分の席に着き、鞄を開ける。中身を見て、俺はため息をついた。弁当を家に置き忘れてしまったのだ。
「はよーっす」
教室に虎子が入ってきた。おそるおそるそちらの方を見ると、目が合い、ニカッと笑みを向けられた。苦笑しか返せなかった。
「まいったな……」
俺の弁当を楽しみにしているであろう虎子を見て、俺はまた、ため息をついた。
昼休憩になると、俺は弁当が入っていないバッグの中身を見てため息をひとつつき、虎子のもとへ向かおうと席を立つ。
そういえば、今日は一緒に食べる約束をしていた。さらに憂鬱になる。食堂でも許してくれるだろうか。
教室を出ようと扉に手をかけたところで、春侑が話かけてきた。
「ね、ねえ。今日も一緒に食べない?」
昨日もこんな事があったなと思いながら「悪い。今日は無理なんだ」と返す。春侑の表情が暗くなる。
「ねえ、どうしてそんなに、とらちゃんの昼食管理に熱心なわけ? も、もしかして、とらちゃんの胃袋を掴もうと……!?」
「違うわ。春侑は、今までのあの人の昼食メニューを見たことあるか?」
その問いに、春侑は少しうーんと思い起こす素振りを見せ、かぶりを振る。
「一年の二学期の時にな、保護者アンケートを遅れて出しに行ったんだよ。その時、昼休憩でさ、見ちゃったんだよ。先生の昼食を。――からあげ棒、鳥の軟骨、豚の生姜焼きにビーフジャーキー」
「見事にお肉ばっかりだね……」
「それ見てさ、俺の弁当いりませんかって持ちかけたのがきっかけ。はぁ、朝と晩も渡したいくらいだ」
「ははっ、とらちゃんが聞いたら喜ぶよ。……私も、かな」
「お前は料理作れるだろ。昨日なんて完璧だったじゃないか。……おっと、早く行かないと。じゃあな」
「あ、うん……そういうわけじゃ、ないんだけどなぁ」
後ろで春侑が何かを言っていた気がしたが、俺の耳には、はっきりと届かなかった。