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神を飼い始めました  作者: 土車 甫
第一章 神を飼い始めました
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ウサギを飼い始めました

 あの後、シャッターを何度か叩いたが反応なし。大きい音を出したためか、腕の中のウサギが震え始めたため、叩くのをやめた。


 どうしようと思いながらウサギの頭を撫でていると、アパートに着いていた。無意識に足が動いていたのだ。


「遂に、ここは俺の安住の地になったのか」


 そう呟き、階段を上る。


 そういえば、春侑はまだ帰ってきていないのだろうか。携帯を見ると、春侑からメッセージが届いていた。「晩御飯、何がいい?」との事。「なんでもいいよ」と返すと、「返事来ないから、もう勝手に決めちゃった!」と怒った顔文字付きで返ってきた。


 部屋に入り、荷物を置いて、何もない床に座り込み、膝の上にウサギを置く。


「どうしたものかねぇ……あっ」


 そういえば料金を払っていない。もしかすると、このように押し付けて買わせる悪徳な店だったのかもしれない。急いで鞄の中から財布を取り出すと、一銭も抜かれていなかった。いや、あとから請求に来るのかもしれない。……どうやって? 住所を教えた覚えはない。


 そんなことを考えていると、ウサギが鼻を俺の手につんつんと当ててきた。撫でて欲しいのだろうかと思い、おそるおそる撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。


「ははっ、可愛いな」


 感想を漏らすと、ウサギの体がピクッと動いた。なんだか焦った様子で体を動かしている。照れているのだろうか。だとしたら、言葉が通じたということだ。それは凄い。


 数分後、撫でていた手に汚れがついてしまっていた。あの店の環境はどうかしていた。


「仕方ない、洗ってやるか」


 すると、ウサギは体をビクつかせた。やはり言葉が通じているのだろうか。


「綺麗にしてやるからな~」


 通じているのであれば、黙々と作業するよりいいなと思い、話しかけながらする事に。


「専用のシャンプーはないから、シャワーだけで勘弁してね。そうだ、首輪外さなきゃな」


 首輪に手をかけると、ウサギは一層暴れ始めた。


「ちょっと、落ち着いてくれよ。外さなきゃ洗えないだろ……よし、これで!」


 首輪はワンタッチで外すタイプで、指に力を入れて外す。――すると、目の前のウサギに異変が起きる。


「……へ?」


 ウサギは光り始め、その光はどんどん大きく、人間の形になっていき――目の前に、一人の少女が現れた。あのウサギの毛と同じ色の髪を持ち、頭から長い耳をのばし、裸姿の――


「ご、ごめん!」


「きゃぁ!?」


 少女は、畳んで部屋の隅に置いていた布団にダイブし、身を隠す。俺は混乱する頭を抱えながら、今の状況を整理する。ウサギが人間の少女になった。わけが分からない。


「いっちゃーん? 騒がしいけど、もしかして帰ってるのー?」


 ドアの外から春侑の声が聞こえてくる。帰ってきていたのか。……いや待て、やばいぞ今の状況。

 男子高校生と裸の少女が一つの部屋に二人っきり。こんなところを見られたら、絶対誤解を招いてしまう。


「あ、あぁ! 帰ってるよ! ちょっと待ってくれ!」


 返事をして、少女を見る。畳まれた布団の中に潜って、姿を隠している。しかし、足だけ見えていたため、ブレザーを脱ぎ、被せて隠した。


「おまたせ」


 急いでドアを開けると、ふくれっ面の春侑が立っていた。まだ制服姿だが、買い物袋は持っていない。もしかすると、俺より先に家に帰っていたのかもしれない。ふらふらとした足取りで帰っていたため、その可能性はありえる。


「もうっ。どうして返事が遅かったんだよー」


「取り込み中だったんだよ」


「へぇー。そうかそうか。さぞ子犬を可愛がっていたんでしょうね」


 口尖らせる春侑に、言い返せなくてぐっと口を紡ぐ。


 春侑はため息をつき、部屋の中を覗こうとする。


「おいおい。あんまり覗かないでくれよ」


「なによ、いいじゃない。今日の晩御飯を食べる場所を見たって」


「え? なんだお前、ここで食べる気なのか?」


「……ダメ?」


 しょんぼり顔で言う春侑。尻尾があったら、絶対垂れ下がっている。


「……はぁ。いいよ。こんなところでよければ、一緒に食べようぜ」


 返事が遅くなった事の申し訳なさもあり、承諾すると、春侑の表情がパァっと輝いた。


「やった! ていうか、こんなところって何? ここはうちのアパートの一室なんですけど!」


「す、すまん。言葉の綾だって」


「……ふふっ。分かってるよーだ」


 ニシシと笑う春侑の額に、軽くデコピンをかます。


「いった~。もうっ、女の子にこんなことしちゃダメなんだぞ!」


「お前にしかしないから安心しろ」


「えっ……そう、なんだ。えへへ」


 春侑との付き合いはまだ浅いが、春侑の性格上、こちらが気にかける必要がないため、一緒にいるのが楽である。


「それじゃあ、俺、着替えるから」


「あ、うん! えへへ、待っててね! ……ん? 今、なにか動いたような」


 体をビクつかせ、部屋の中を見る。布団がもそっと動いた。


「き、気のせいだって!」


「うっそだー。だって本当に動いたんだよ? あっ、ほら今も動いたよ! ちょっと中見させてね。お邪魔しまーす」


「ち、ちょっと!」


 俺の制止の言葉も虚しく、春侑は部屋の中に入っていく。そして、布団を前にして、落ちているブレザーを指差す。


「あーあ。ダメだよ、こんな風にブレザーを下に置いたら。ちゃんとハンガーにかけないと。もうっ、やってあげるね」


「ま、待って――あっ」


 遅かった。春侑がブレザーを持ち上げると、例の少女の足が現れた。それを見て、春侑は後ろに飛び跳ねる。


「きゃあっ!? ひ、人の足!?」


「こ、これは誤解だって!」


「……うん。まだ温かい。死んではいないわね」


「なんで冷静にそんなこと調べれんの!?」


 春侑は遂に、一瞬躊躇ったが、布団に手をかける。そして、ゆっくりと布団を剥がす。


「……すぅ……すぅ……」


「……え?」


 そこには、規則正しい寝息を立てて寝ている、裸姿の一人の少女。例の耳は消えている。幻覚だったのだろうか。


 驚いて大声を出すのだろうか。もしかすると、正義の鉄拳制裁が来るかもしれない。そう思い、構えていると、春侑はゆっくりとこちらを向いて言った。


「説明して」


 笑顔で放たれた、その短い言葉に込められた凄みは計り知れず、俺は小さい声で「はい」と答えるしかなかった。





 正座した状態で、目の前に仁王立ちする春侑に、放課後にあった奇妙な出来事の話をした。彼女がウサギだったこと。押し付けられるように自分の手元に来たことを。


 春侑はいまいち納得いかない顔をしていたが、とりあえず今はこの状況をどうにかしないと、と裸で寝ている少女を一瞥して言い、下着を買いに近所のコンビニへ向かった。俺をあの少女と二人きりにはできないと言われ、俺もついて行った。その間、少女を一人きりにしてしまうのだが、だからといって俺一人が買いに行くのは社会的に死んでしまうので、少女には悪いがそうさせてもらった。


 高校生の男女が子供用の下着を買うというのも珍しい話だよなと思いながら、それが入ったコンビニ袋と女性物の服を春侑に持たせて、アパートの部屋の前に立つ。その前に、着せる服を取りに、春侑の部屋へ寄った。鍵を開け、ドアを開けると――下半身に衝撃が走った。下を見ると、少女が抱きついてきていた。体は震えている。


「おっ、起きたんだ。どうしたの?」


 訊ねてみるが返事は返ってこなかった。


「い、いいから早く離れて! あっ、ダメ! 離れたら見えちゃう……あぁ、どうすればいいの!?」


「俺も分かんねえよ」


 顔を俺の腹部に埋めたまま、強く抱きついてくる少女の頭をなんとなく撫でてやる。すると、一瞬体をビクつかせたと思えば、さっきまでしていた震えが止まった。しばらくして、顔を上げる。目には涙が溜まっていた。


「もしかして、寂しかったの?」


 すると今度は返事が返ってきた。といっても、コクリと頷いただけなのだが。しかし、会話が成立したことに変わりはない。


 安心したのか、抱きついてくる腕の力が抜けていく。それを見抜き、春侑は少女を抱き上げて、俺から引っ剥がした。少女は悲しい表情を浮かべ、俺に手を伸ばしてくる。


「いっちゃんは外に出てて! ほら、はやく!」


 下着が入ったコンビニ袋も取られ、俺は追い出されるように部屋を出る。今日はよく追い出される日だ。




 あれから数分後。ボーッと何の変哲もない町の風景を眺めていると、ドアが開き、春侑が出てきて「もう入っていいよ」と言われた。


 従って部屋に入る。すると、また下腹部に衝撃が走った。やはり少女が抱きついてきていた。以前と違うのは、服を着ていること。春侑の私服であろう少しオシャレな服をダボつかせて着ている。下はスカートを履かせているのだが、短いスカートのはずが丁度いいサイズになっている。というか、春侑がこんなの持っているとは思わなかった。


 少女を抱き上げてみると、とても軽く、難なくそのまま部屋に入れた。隣から刺さる春侑の視線が痛かったが。


 少女を下ろし、床にあぐらをかいた。すると、そこらに座ればいいものの、少女は俺のあぐらの上に座ってきた。俺の上半身に体重を投げて、リラックスする。頭を撫でてやると、笑みを浮かべて目を瞑った。


「ねえ、なにしてるの?」


 少し苛立ちを感じさせるトーンで、春侑が聞いてくる。「別にいいだろ」と返すと、口を歪ませそれ以上は言わなかった。


「俺は黒柳良辻。ねえ。君のこと、教えてくれる?」


 優しく問いてみると、少女はこくりと頷き、口を開けた。


「……う、卯月うづき、ですっ」


「卯月ちゃんか。ねえ、俺の記憶違いじゃなければ、卯月ちゃんはウサギだったはずなんだけど、どうして今は人間の姿をしているの?」


 訊いてみて、なんて意味不明な質問をしているのだと自分で思う。


 卯月は少し間を置いて、絞り出すように答えた。


「ご、ごめんなさい……」


「え、どうして?」


「わたし、あなたに迷惑かけちゃいます……」


「うーん、迷惑かどうかは答えを聞いてから考えるようにするよ」


「そう、ですか……」


 少しの躊躇いのあと、決心した卯月は立ち上がり、今にも泣きそうな顔で言った。


「わ、わたしは、神様なんですっ」


 その発言を受け、俺と春侑はポカンとする。言葉の意味が理解できなかった。遅れて、やっとその意味を理解する。


「わ、わたし、本来はこっちの姿なんですっ。でも、あの人に首輪を付けられて、あの姿に……」


「首輪……あっ」


 床に投げられている首輪を見る。そういえば、あれを外した瞬間、卯月はウサギから人間の姿になったのだった。なるほど、言い分が通じる。


「あの人って、あの背の高い男の人?」


「はい……あの人は、わたしをたすけてくださったんですっ」


 あの人が彼女を助けたとはどういう事だろう。その事について聞こうと口を開けると、横から春侑が出てくる。


「ねえ、いっちゃん。つきちゃんが神様だって、信じるの?」


「いやだって、あんな超常現象見せられたら、信じるしかないだろ」


「私はそれ見てないもん!」


「もんって……」


 すると卯月は、例の首輪を拾い上げ、「見ててください」と自分の首にそれを付けた。――卯月の体は光に包まれ、それが次第に小さくなっていき、さっきまでの卯月の姿は消え、Tシャツの中から小さいウサギが現れた。


「えっ……今……なんで……」


 突然見せられた超常現象に、春侑は言葉を失う。


 ウサギ姿の卯月は、ぴょんぴょんと俺のそばに来て、膝を鼻でつんつんと突いてきて、足で首を掻いた。外せということだろうか。


 首を外してやると、また光に包まれて、人間の姿になった。服は着ていないため、裸だ。


「……不便だね、この変身」


「あっ……うぅ……」


「いっちゃんは見ちゃダメぇ!」


「――ぎゃあ!?」


 動揺の中放たれた春侑の拳は加減を知らず、俺の頬にクリーンヒットさせ、俺の体は横へ飛んで行った。次第に気絶が薄れていき、遂に意識は途絶えていった。


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