いつもの昼
四時間目の授業の終わりを知らせるチャイムが鳴る。教室中の生徒の口からはぁと息が吐かれる。そのチャイムは、学校生活での至福の時間、昼休憩の始まりを知らせるものでもあるからだ。
係の合図に従って号令をすると、教室中に活気あふれる声が満ちる。
「中庭行こうぜ、良辻」
弁当を片手に、そう誘ってくる大神の隣には、既に五人程の女子が立っており、俺を睨みつけてくる。あぁ、分かってるさ。俺は邪魔者だ。
「俺、先生のところに行かないといけないし、遠慮しとくよ」
そう言うと、女子の表情が明るくなり、「えー」と言っている大神を自分こそがと誘い始めた。
女子の多くの誘いに困っている友人を横目に、自分の弁当が入った袋を持って席を立つ。教室を出ようとすると、春侑が歩み寄ってきた。
「とらちゃんのところに行くの?」
「あぁ。まあ、手渡したらすぐに別れるけどな」
この袋の中には、自分用のと先生用のとで二人前入っている。やはり、自分も成長期真っ盛りの男子なわけで、少しでも量が減ると、夕方になってかなり空腹に悩まされる。そのため、遂に二人前準備することにしたのだ。
「そっか。じゃあさ、その後、私と一緒に食べない?」
食堂にでも行って、一人で食べようと思っていたが、やはり一人だと周りの視線が痛いだろうし、断る理由もなかったため、その誘いに頷く。
教室で待ってると言う春侑を置いて、先生に弁当を渡すべく、俺は教室を出た。
先生がいる、体育準備室に着く。ドアをノックして「失礼します」と言って入る。昼食をとっている他の体育教師がこちらを一瞥して、苦笑を浮かべる。俺は少し申し訳なさを感じて、軽くお辞儀をする。
「おーっ、来たか。はよくれ」
部屋の奥からトコトコと出てきた風早は、俺の前まで来て手を前に差し出す。その手の上に、先生用の弁当を置く。
「さんきゅー。へへっ、肉だ肉~」
弁当を上にあげて舞い踊る先生を、他の教師はほほ笑みを浮かべて眺める。
この先生、意外にも本校の教師の間では人気があるらしく、可愛がられているようだ。そのため、このような行為も黙認されている。
「それじゃあ、俺はこのへんで」
「なんだ、ヤギも一緒に食べないのか?」
「えぇ。友達を待たせているので」
「そうか……」
そう言ってしょんぼりと落ち込む先生は、少しだけ猫に見えた。しかし、次に見せた表情は虎のようだった。
「じゃあ、明日は一緒に食うぞ! それと、明日も肉だ! 肉がいい!」
分かりましたと軽く返して、部屋を出る。先生はスキップで自分の席に戻り、早速弁当を開けている。中身を見て、光悦とした表情を浮かべている。
その表情を見た俺は少しだけ嬉しくなりながら、春侑の待つ教室へ戻る。
教室に戻って春侑と合流し、中庭へ向かった。
中庭にあるベンチに腰掛け、弁当を膝の上に置いて合掌する。
「いただきまーす。お肉もーらい」
「まず自分の食べろって」
勝手に弁当の中から肉を取られたことにも動じず、淡々と料理を口に運ぶ。もっと構って欲しかったのか、春侑は少しいじけた顔をする。
「なんか悔しいんだけど……」
「わけわかんねえ。じゃあ、この卵焼きもらっていいか?」
「じゃあって何? うーん、まあいいけどさあ」
「サンキュー」
春侑の弁当から、カットされた卵焼きをひと切れ取り、口に運ぶ。ほんわりと甘い味が口に広がる。聞いたところによると、春侑の家の卵焼きの味付けは砂糖と塩らしい。
「そういえば、これが昨日の晩飯なんだっけ? 他には?」
「味噌汁とご飯」
「それだけ!? 足りたの?」
「まあ、翌日に二人前持ってこれるくらい大量に作ったし、おかず自体には困りはしなかったぞ。強いて言うならば、ちょっとご飯が足りなかったかな」
「そっか。じ、じゃあさあ、私が今日なんか作ってきてあげようか?」
グイッと体を乗り出して聞いてくる。春侑の弁当の中身をチラッと見る。確か自分で作っていると言っていたなと思い出し、これなら大丈夫かなと判断する。
「おぉ、それはありがたい。それじゃあ頼むよ」
「うん! ……えへへ。それじゃあさあ、何時くらいに持っていけばいいかな?」
「そうだな……七時くらいに頼むよ」
「りょうかーい。……えっと、それでさ、もしよかったら、帰りに一緒に材料の買い出しに行かない?」
そんな誘いを受け、うーんと唸らせる。
「ちょっと寄りたいところがあるんだよねえ」
「私ついていくよ?」
「終わるのが六時過ぎくらいになるかもしれないんだ。それだと、料理する時間がなくなるだろ?」
「うーん、そうだね……」と、春侑は少ししょんぼりした表情で卵焼きを口に運ぶと、箸を口にくわえたまま、むむっと顔をしかめ、こちらを見据える。
「もしかして、その寄りたいところって例のペットショップ?」
「うん、正解。今日もあの子と会いたくてさあ」
あの子とはもちろん例の子犬だ。あの子は俺のことを待っている、そんな気がするんだ。
春侑ははぁと深くため息をついて、弁当の中にあるミートボールを箸で転がしながら言う。
「毎日通うくらいならさあ、もう飼っちゃえばいいじゃん。うち、ペット禁止じゃないんだしさあ」
「いや……それは……」
「……はぁ。分かってる。意地悪言ってごめんね」
俺が過去に犬を飼っていて、事故によって失い、かなり傷心した事を春侑は知っている。一年前くらいに、今と同じような会話があり、その時に教えたのだ。俺が、ペットを飼わない理由を。
「でもさ、それを言ったら、人とも関われないと思うよ。人も、いつかは死ぬんだから」
「そりゃそうだけどさあ……」
「いっちゃんにはもう、不死身の生き物しかダメなのかな。例えば、そう、神様とか」
「神様を飼うってどういうことだよ」と思わず失笑する。春侑も自分で言って「おかしいか~」と笑っている。
気づけば、弁当の中身は空っぽになっていた。フタをして、袋の中にしまう。あとで先生から回収しないとな。
「ごちそうさま。……よし、教室に戻るか。それじゃあ、今晩楽しみにしとくよ」
「う、うん! 任せておいてよ!」
小さいコブを作って、それを叩いてみせる春侑。それがどこかおかしくて失笑すると、春侑は「なんで笑うの!?」と突っかかってきたが、答えはせずにそのまま教室に戻った。