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神を飼い始めました  作者: 土車 甫
第三章 ペットのご機嫌
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ただいまといってきます

 右手に卯月、左手に春侑といった両手に華の状態で、俺はアパートに帰還した。


 春侑は未だにボーッとしていて、薄く光る星々が浮かぶ夜空を眺めている。


 俺は春侑と繋いでいる手を離し、正面を向いていった。


「なあ、春侑」


「えっ? な、なに? ……ん? え、今、私の名前……」


 言われて俺もはっと気がつく。無意識に呼んでいたようだ。少し気恥かしさを感じたが、これは絶対に伝えたいことなので、今はその恥じらいを押さえ込んだ。


「大神の件、ビックリしたな」


「……うん。まだ信じ難いけど、でもなんか、てっちゃんらしいなって感じはあるんだよね」


 そう言って苦笑を浮かべる春侑。やはり、どこか、大神を避けようとしている感じがする。俺は一つ深呼吸をして、言う。


「あいつと、今後も変わらずに付き合って欲しい。あいつ、あんなに女性を毛嫌っているのに、別に未熟な体じゃない春侑とは仲がイイだろ。それって、春侑を認めてる……って言ったら、あいつは何様なんだって感じだな……そうだ、春侑と仲良くしていきたいって思っていると思うんだ。だから、お願いだ。あいつの一人の親友として、頼む」


 俺の言葉を受けて、春侑は少し考え込む素振りをする。しばらくして、「もう」と笑顔を浮かべた。


「いっちゃんに愛されてるね、てっちゃん。ちょっと妬けちゃうかも」


「な、なんだよ、それ。別に愛してないっつの」


「ふふっ。……うん、分かった。そうだよね。てっちゃんが直接、私になにか酷いことしたわけじゃないしね」


「今後も無いだろ。その体だし」


「うわぁ、いっちゃん、それ、セクハラだよー」


「え、いや、これはなんていうか……」


 狼狽える俺を見て、春侑はひと笑いし、ひとつ深呼吸して、聞いてきた。


「ねえ、いっちゃん。いっちゃんは、ロリコンさん?」


「いや、違うぞ」


「ふふっ。そっかそっかー」


 春侑は嬉しそうに舞いながら、自室の前へ駆けていった。


「今日はありがとねっ。ばいばい、ペトコンさん!」


「ちょっ、それも違うっつの!」


 俺の声を最後まで聞かずして、春侑はドアを閉めた。俺は、はぁとため息を一つつく。しかし、表情は晴れていた。


 さっきまで蚊帳の外にしてしまっていた卯月を見る。卯月は今にも糸が切れそうな感じで、何度もコクリコクリと俺に寄りかかろうとしている。


「帰ろっか」


「……は、はい……」


 卯月のか細い返事を聞いて、繋いだ手を握る力を強くして、俺は自室へ向かった。





 鍵を開けて、部屋に入った途端に、卯月は俺の隣から正面に回り、抱きついてきた。手放したドアが後ろで勝手に閉まる。


 卯月はぎゅっと力強く抱きついてきて、俺の腹あたりに頬ずりしている。すこしこそばゆい。


 頭に手を置き、優しく撫でてやる。すると、さらに抱擁の力が強くなってきた。一体どうしたのだろう。


 しばらくそのままの状態で過ごし、卯月は名残惜しそうに離れて、言う。


「……今日は、ありがとうございました。このような服も買って貰って……わたし、嬉しい、ですっ」


「いいんだよ。卯月は俺のペットだろ?」


「うぅ……それでも、ですっ」


 必死な顔でお礼を言ってくる卯月の頭を撫でてやり、「卯月は偉いなぁ」と褒めてやる。「えへへ」と卯月ははにかむ。


「そんな卯月に、はいこれ。春侑に渡したやつを買いに行った時に、一緒に買ったんだ」

 そう言って袋から小包を取り出し、卯月に渡す。卯月はきょとんとした顔で、小包の中を見る。その瞬間、パァーッと表情を輝かせた。


「こ、これっ! あ、ありがとうごいますっ」


「うん」


 卯月は目を輝かせて、手にとったチョーカーをまじまじと見る。どうやらこれでも気に入ってくれたようだ。よかった。


「ここにずっといるのもなんだし、上がろうか」


「は、はいっ。……でも、その前に」


 卯月は躊躇いながら、チョーカーを俺の前に差し出した。なんだ、本当は気に入らなかったのだろうか。しかし、それは違った。卯月は顔を赤くして、言う。


「あの、良辻さん……わたしの首に、これを着けてくれませんか……?」


 どうやらそういうことらしい。俺は迷うことなく「いいよ」と答え、チョーカーを受け取り、正面に立っている卯月の首の後ろに手を回して、留め具を留めて、チョーカーを着けてやった。


「あ、ありがとうございますっ」


「うん。喜んでくれてなによりだよ。それじゃ、上がろうか」


「はい……本当に……あり……」


 フラフラとよろめいたかと思うと、卯月は俺にもたれかかるように倒れた。


「う、卯月!?」


 倒れてきた卯月を抱え込み、顔を覗いて、俺はぎょっとした。卯月の顔が真っ青だった。額に手を当てると、雪のように冷たかった。


「大丈夫か、卯月!」


「うぅっ……良辻、さん……わたし……」


 卯月の震えた手が、俺に助けを請うように伸ばされる。それを掴もうとした瞬間、卯月の腕が、体全体が光りだし――ウサギの姿になった。


「ど、どうして……っ」


 服の中でうずくまり、さきほどかけたチョーカーに潜った状態で、ブルブル震えているウサギ姿の卯月をチョーカーごと抱き上げ、ドアを打ち破るように開けて外に出る。カンカンと大きい音を鳴らしながら階段を下りて、俺は夜の道に向かって走った。


 しばらく走り続けて、息が切れ始める。体温も高くなってきた。すると、一層卯月の冷たさが肌に感じる。俺の頭は冷静でいられなかった。


 卯月の場合、人間の病院に行けばいいのだろうか。しかし、今の姿はウサギだ。ならば、動物病院だろうか。


 行く先を走りながら考える。そのため、今自分がどこを走っているのか分からない。

 それからまた、しばらく走り続けて、遂に体力が尽きてしまった。震える脚で、電灯に照らされた夜道の真ん中に立ち止まる。


 周りを見渡し、自分の現在位置を確認した。無意識のうちに、ロアの近くまで来ていた。体に染み付いた癖のせいだろうか。


 鹿子さんに診てもらおうか。いや、ダメだ。鹿子さんはブリーダーであって獣医ではない。診せたところで、どっちみち病院へ行くのだ。


 しかし、今俺が取るべき手段が分からない。そうなってくると、そういう身近な人を頼りにしたくなるのが人間の性だ。


 この近くに、病院はなかったはずだ。もう、鹿子さんを頼るしか……この近くに、何かがあった気がする。それも、卯月にかなり関係した何かが――


 バッとロアがある近くの路地裏を見る。路地裏に入る辺りに、薄らと光が見える。奥から漏れている光だ。


「まさか……」


 唾を呑み込み、ゆっくりと路地裏へ近づく。確かに光は奥から漏れているものだった。


 俺は確信し、路地裏の奥へ向かって走り出した。だんだん光が強くなっていく。――その光は、錆びたガレージの中から出ていた。


「は、ははっ……」


 無意識に笑い声が漏れた。ガレージの中に入ると、卯月が『あの人』と呼ぶ、俺に卯月を授けた、例の男が椅子に座り、俺を待っていたかのようにこちらを見ていた。


「来たか」


 男はそう呟き、椅子から立ち上がって、俺に近づいてきた。男から謎の威圧感を感じ、圧され気味になった体を起こして、言う。


「あんたには聞きたいことがたくさんあるが、今は一つだけでいい。卯月を助けるにはどうすればいいんだ!?」


 男は俺の目の前に立ち、ウサギ姿の卯月を見て「精神が不安定だ。姿の自由が利かないのか」と呟き、自身の右腕に着けてある腕時計を覗き込んだ。


「答えてくれよ! 卯月を助けたいんだよ!」


「分かっている。俺も、そいつには死なれたら困るからな」


 死なれたら……!? 卯月は今、そんなに危険な状態だというのか。血の気がサーッと引く。吐き気もしてきた。体全体がダルい。なんだ、これは……。


 どっと重くなり、動かなくなった俺の体に、男は触れて、腕時計を見ながら言う。


「飛ぶぞ」


 ――飛ぶってなんだ。そう言葉にしようする前に、変化が訪れた。目に映る周りのものがぐにゃぐにゃと揺れ始めた。頭の中もぐるぐると回っている感覚に襲われる。声もうまく出せない。


 俺は薄れゆく意識の中で、必死に卯月を抱きしめた――。


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