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神を飼い始めました  作者: 土車 甫
第三章 ペットのご機嫌
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オオカミさん

 その後、春侑の行きたいところなどを回って時間を潰した。


 終始、春侑は笑顔だったが、卯月は違った。むすっとした顔で後をついてくるだけ。いじけたような顔で下を向いていたため、通行人に何度かぶつかりそうになって危なかしかったので、「手、繋ぐ?」と聞くと、差し出した俺の手に、飛びつくようにして自分の手を繋いできた。それからは、卯月も笑顔を見せるようになった。今度は春侑のジト目が痛かったが……。


 そうして、今は夕方。そろそろ帰る時間帯かなと、俺と春侑は雰囲気で互いに察し合い、モールの出口へ向かう。


「あれ? おーい、ヤギー」


 その途中、自分の名前を呼ぶ声が聞こえてきたので、声が聞こえた方を向く。するとそこには、大神と虎子が立っていた。そのままスルーするわけにもいかず、二人のもとへ歩み寄る。その時、卯月の俺の手を握る力が強くなった気がした。


「どういう組み合わせだよ、大神」


「いや、今さっきそこで運命の巡り合わせをしちゃった、みたいな?」


「助けてくれ、ヤギ。こいつ、さっきからアタシについて来るってうるさいんだよ」


「そんなっ、一緒に行きましょうよ~」


「嫌だね」


 冷たくあしらう虎子に対して、大神はテンションを変えずに話しかけ続ける。大神は楽しそうだが、虎子は本当に嫌そうな顔をしている。


「ちょっと、てっちゃん。しつこい男は嫌われるんだよ」


「いやいや、攻めることをしない男に女は惹かれないだろ」


「それをお前が言うのか」


 何もしていない、むしろ邪険に扱っているはずなのに、いつも女子が周りに群がっているコイツが言っても、説得力は皆無だ。


「んん? そういえば、二人はどうなんだよ。今日はデートか?」


「ふぇっ!? え、えっとね……う、うん」


「ち、違いますっ! わたしがいますっ!」


 突然、俺の陰に隠れていた卯月が前に出て、そう主張した。そして、その卯月を見た瞬間、大神の雰囲気が一変した。


「う、卯月ちゃん!? なんだ、一緒にいたのかぁ! あれ? 今日はジャージじゃなくて、可愛い服を着ているね! 似合ってるよ! その髪型も! たまんねえ程に!」


「おい、ジャージを馬鹿にしてんのかよ、大神」


 虎子に睨まれて、大神「うっひょ~」と奇声のような声を上げる。その様子を前に、卯月は再度俺の陰に隠れ、大神のこの様子を初めて見た春侑は、引きつった顔で俺に近づいてきた。


「ね、ねえ。今のてっちゃんおかしくない?」


「いや、あれが本当の大神の姿なんだろう。……あいつは、ロリコンだ」


「えぇ!? じ、じゃあ、クラスの女子の誘いを無下にしていたのも……」


「その所為だろうな……」


 春侑の自分を見る目が変わったのに気づいたのか、大神が「どうしたんだよ?」と春侑に近づく。するとその歩数だけ、春侑は後ずさりした。


「な、なあ、ヤギ。オレ、なんか春侑に悪いことしたっけ?」


「うるせぇ、ロリコン。卯月に近づくな」


「おっ、よく分かったな。オレがロリコンだって」


 俺の言葉を受けて、大神は一切動じずにそれを認めた。その反応に、俺たちの方が驚かされる。


「お前、さんざん人のことを『アニコン』だとか『ペトコン』だとからかいやがって、それでお前はロリコンだと?」


「え、何? そんなに根に持ってた? わ、悪い、ヤギ。そこまで悪気はなかったんだよ」


 顔の前で手を合わせて、ぺこりと頭を下げる大神。何故か悪い気がしてきて「いや別にいいけどさ……」と言うと、ガバッと頭を上げた。


 悪気はなかった、というのは本当だろう。なにせ、「お前ロリコンだろ」と言われて「そうだ」と簡単に答える奴だ。コンプレックスというものに、あまり嫌悪感はないのだろう。よく思い返してみれば、こいつはそういう奴だった。案外そういうところが鈍感なのは、昔と変わらない。


 しかし、気がつけば虎子も大神から距離を取って、俺の近くに来ていた。俺に群がる三人の女性と、イケメンの大神が対面している構図。周りの人から見たら「逆だろ」と思われているだろうな。


「しかし、どうしてお前なんかがロリコンに。女性には困ってないはずのお前がさぁ」


「いや、だからこそなんだよ、ヤギ」


「すまん、俺にはよく理解できないようだ。説明を求む」


「あぁ、だからな、オレは分かっちまったんだよ。大人の女性のなんともまあ醜きことを。あいつらは、オレを恋人にすることが自分の地位を上げるものだと思っている。いうなれば、オレはあいつらにとっての装飾品だ。RPGで武器や防具を装備してステータスを上げるだろ? あの感覚に似たようなもんだ」


「そ、そんなことが……」


 そういえば、聞いた事がある。家族を求めるのではなく、自分を優美に見せるためや人気を得るために、ペットを飼う者がいると。その人たちは、ペットを自分のアクセサリーだとしか考えていないと。


「でも、本気でお前に恋しているやつもいるんじゃないのか?」


「ヤギはよく知っているだろうけど、オレ、昔からモテてただろ?」


 その問いは同性として少しイラッとしたが、事実なので黙って頷く。


「まあそれで経験値が溜まってきて、レベルアップ、スキルをゲットみたいな。オレは、その女性が、本当に自分に恋して近づいてきているのかを見分けることができるスキルをゲットしたわけだ。するとどうだ、今のクラスにそんな奴一人もいなかった。初日、吐くかとおもったぜ」


「……そう、なのか。でも、それがどうしてロリコンに走った理由になるんだ?」


「幼女はなぁ……穢れを知らないんだ……純粋に恋して相手を見つめる、そんなピュアを持っているのが、幼女なんだ! つまり、幼女イズ・マイ・ブライド! オレの嫁だァ!」


 大声で最後まで言い切った大神。さっきまで賑やかだったモール内が、静まり返っている。歩いていたはずの客は、立ち止まって俺たちを、大神を見ている。


「……大神、お前の想い、アタシによーく伝わった」


 虎子は凛とした表情で前に出て、大神に言った。


「そんなお前に頼みごとがあるんだが、聞いてくれるか?」


「は、はい! 風早先生の言うことならばなんなりと!」


 虎子はとびきりの笑顔を見せて、こう言った。


「アタシたちの前から消え去りな。今すぐにだ」


「はい! 了解しやした!」


 大神は虎子の命令を受けて、颯爽とこの場を去っていった。周りの視線は、そんな大神に注がれていく。その大神の姿が消えると、次は俺たちにその視線が注がれる。


「アタシたちも早くこの場を去るぞ、ヤギ」


「は、はい」


 そう言って先頭を歩き始めた虎子の表情は、完全に引きつったそれだった。大神に嫌悪感すら抱いているように思える。


「ね、ねぇ、いっちゃん。私、さっきまで誰といたんだっけ……?」


 春侑に関しては、さっきの大神の姿を大神だと認識するのを拒絶しているようだ。さっきからの春侑の反応を見ると、本気で俺が何かのコンプレックスを持っているとは思っていないようだ。大神には悪いが、少し安堵する。


 そこで俺の右手が震えているのに気づいた。いや、正しくは卯月の手が震えていた。青ざめた表情をして、体全体が震えている。ギュッと強く手を握ってやると、卯月は俺の顔を見て、ニコッと笑い、震えが少し治まった。


 大神……お前、損な奴だな……。


 卯月の気分を悪くさせたことの怒りより、大神に対する同情の方が強くなったのは、長年の付き合いからなのか、それとも同性としてあまりにも可哀想に思えたからなのか、それは定かではなかった。





 エスカレーターで一階に下りて、さっきの大神の発言が届いていなかっただろう場所まで来て、俺たちは一息つく。


「まさかとは思っていたけど、まさかアイツがなぁ……」


 虎子がそう呟いたのを聞いて、恐る恐る「どうかする気なんですか?」と詳しいことは無しで、ぼやかして聞くと、虎子は首を横に振った。


「あんなのでも、アタシの可愛い生徒には変わらないしな。どうもこうもないさ」


 それを聞いて、俺は胸を撫で下ろした。同時に、虎子が教師らしいと初めて思った。


「おい、ヤギ。今、失礼なこと考えなかったか?」


「そ、そんなことないですよ」


 キッとした虎子の目に睨まれ、俺は苦笑してそう返した。


「ふーん。それならいいけど。さて、ヤギは今からどうするんだ?」


「俺たちはもう帰りますよ。夕食の準備もありますし」


「準備まだなのか? ならアタシと一緒に焼肉いこうぜ! 美味いぜぇ、焼肉はぁ!」


 じゅるりと口元の涎を手で拭う虎子。この人はそんなに肉が好きなのか。虎だからなのか?


 春侑の方を向く。ボーッと遠くを見ているようで、話は聞いていなさそうだ。こんな状態の春侑を、これ以上連れ回すのはやめた方がいいだろう。俺の手を強く握っている卯月も同様に、やめておいた方がいいだろう。


「すみませんが、今日はやめときます。二人も疲れているようなので」


 そう答えると、虎子は「そうか……」と肩を落とした。しかし次には笑顔を咲かせて「じゃあ、今度一緒に行こうな!」と言ってきたので、「はい」と答えると、虎子は更に笑顔を輝かせて、走り出した。


「じゃあな、ヤギ! それと北里に卯月! アタシは今から一人で焼肉を楽しむんだぁ!」


「野菜もしっかりと摂ってくださいねー」


「んー、わかったー」


 あれは分かっていない返事だな、と思いながら虎子の手振りに対応する俺。


 帰ろうとするが、春侑は未だにボーッとしている。危なっかしいので、袋を腕に通して、空いた手で春侑の手を掴んだ。春侑は遅れて「……へっ?」と素っ頓狂な声を上げる。


「帰ろうぜ」


 そう声をかけると、春侑はしばらく繋がれた手を見てから、コクリと頷いた。そして俺たちは、駅に向かって歩き始めた。

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