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神を飼い始めました  作者: 土車 甫
第三章 ペットのご機嫌
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ウサギとリス

 今日はいっちゃんと楽しくデート、そのつもりだった。


 しかし、実際は違った。いっちゃんはつきちゃんの世話ばかりで、私に構ってくれない。むしろ、いっちゃんとつきちゃんの二人のデートを、私は眺めているだけのようだ。


 そのいっちゃんがトイレに行くと別れて、結構経つ。私のカップの中にあったアイスも溶けて液体になっている。つきちゃんも空のカップを二つ重ねて、さっきからそれをじーっと見ているだけだ。


 いっちゃんにメールしてみようか。そう思い携帯を開くが、手を止めた。日頃からあまり連絡を取っていないため、こういうのに気後れてしまう。それに、いっちゃんはトイレへ行ったのだ。これだけ長いということはやっぱり……うん、やめておこう。


 つきちゃんと話をしてみようか。しかし、話題が出てこない。共通の話題といえば……いっちゃんの事しか出てこない。


「す、春侑さん」


「えっ、な、なに!?」


 つきちゃんから話しかけてきた!? な、なんだろう。


「良辻さん、遅いですね……」


「え、あぁ、うん。そうだね。もう、いっちゃんったら、私たちを待たせるなんてね~」


「わ、わたし……良辻さんに捨てられたんでしょうか……このまま、帰ってこなかったりして……うぅ……」


「だ、大丈夫よ! 絶対に帰ってくるから! もう少し待ってよっ」


 体を震わせているつきちゃんは、こくりと頷いた。


 本当に、つきちゃんはいっちゃんを必要としている。じゃあ、私は? 私はいっちゃんを必要としているのだろうか。一緒にいたいというそれだけの理由で、わがまま言っていいものだろうか。


 なんだか暗い気持ちになってきた。早く帰ってきて欲しい。そう切に願う。


「お、おまたせ……」


「あっ……い、良辻さん!」


 息を切らしたいっちゃんが返ってきた。つきちゃんは笑みを咲かせて、いっちゃんに抱きつく。

 文句を言ってやろう。そう思った。すると、いっちゃんはさっきまで持っていなかったはずの袋から、小包を一つ取り出し、私の前に差し出した。


「はい、これ。改めて、ありがとうな、昨日のこと。すげえ助かった。お礼といっちゃなんだが、受け取ってくれ」


 差し出されたそれを、私は無言で受け取った。開けていいかなどと聞かずに、勝手にその場で開ける。中には、綺麗なペンダントと可愛いシュシュが入っていた。小包から取り出して、じーっと見つめる。


「ごめん、気に入らなかった?」


 不安げに聞いてくるいっちゃんの声を聞いて、私は焦った。


「ち、違うの! 私、すごく嬉しいよ! ……ホントに……嬉しいよ……」


 嬉しさが体の底からこみ上げてくる。さっき悩んでいたことが馬鹿らしく思えてきた。私は、いっちゃんが好き。それだけでいいのだ。理由なんてあったもんじゃない。一緒にいたい、それだけでいいんだ。


 つきちゃんを見る。自分の持つ、いっちゃんから貰ったプレゼントを恨めしそうに見ている。私がつきちゃんを見ているのに気づき、つきちゃんは顔を上げて、私の顔を見た。私はニッコリと笑ってみせて、言う。


「負けないからね」


 つきちゃんは最初、理解できていなさそうな表情を浮かべたが、しばらくして、理解したのか、コクリと頷いた。


 そんな私たち二人のやりとりを、いっちゃんは不思議そうに見ていた。まるで、自分は関係ないかのように。ふふっ。いつかは分かるよ、いっちゃん。






 春侑に無事、お礼を言ってプレゼントも渡せ、なお喜んでくれたようで俺は胸を撫で下ろす。


 しかし、袋の中身を見たときは驚いた。小包は二つに分けられており、一つは春侑に渡した、ネックレスとシュシュが入ったもの。もう一つは、卯月に渡すチョーカーが入ったもの。あの店員は、俺がこれらをどうするか読めていたというのか。これが、女の勘だというのか。末恐ろしいな。


 さっきからニコニコと小包を見ている春侑の反面、卯月はむっとした顔をしている。自分だけ貰えなかったことが不服なのだろうか。といっても、卯月には服やらを買ってやった。そのため、今、卯月にこれを渡したら、今度は春侑が拗ねるかもしれない。だから家に帰って、春侑と別れた後に渡そうと考えている。だから今は、このむっとした卯月の顔を眺めることしか俺にはできないのだ。


「あ、そういえばさ、昨日、卯月ちゃん一人でお風呂に入れたの?」


 来て欲しくなかった質問が、今、笑顔の春侑からかけられた。


「あ、あぁ。昨日、卯月は一人で――」


「わ、わたし! 昨日は良辻さんと入りましたっ!」


 自慢げに言い放つ卯月。やられた。また先を越された。


 俺はゆっくりと、春侑の顔を覗いた……春侑と目が合った。先程まで咲いていた笑顔がない。


「いっちゃん……どういうこと?」


「え、いや、えっと……」


 さっきまでとは対極な表情で詰め寄ってくる春侑に怖じけつつ、俺は必死に言い訳を考える。目を合わせないように下を見ると、俺が手に持っている、卯月に渡すチョーカーが入った袋が目に入る。そして、妙案を思いつく。


「変身! そう、変身だよ! 卯月にはウサギの姿になってもらってさ、それで一緒に入ったんだよ、うん」


「え、良辻さん。わたし昨日……もごっ」


 卯月の口を手で塞いで「なー?」と同意を求めると、卯月は少し不満げな顔でこくりと頷いた。


「そ、そうなんだ。ごめん、私、早とちりしちゃったみたい」


「ははっ、いいっていいって」


 助かった。本当に助かった。安堵していると、手のひらにヌメっとした感触が伝わってきた。反射的にそちらを見ると、卯月が顔を赤くして、口を塞いでいる俺の手のひらを舐めていた。


「あっ、ごめん」


「あっ……」


 咄嗟に手を離すと、卯月は切なさそうな声を漏らした。そして、ぷいっとそっぽを向き、歩き始めた。どうやら、さらに機嫌を損ねたらしい。


 俺は大きくため息をつき、先に歩く春侑と卯月の後を追った。


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