おでかけ
移動手段は電車で、目指すは三つ隣の駅にあるショッピングモールだ。学生にも優しい値段のものが売っており、楽しむにはうってつけの場所だろう。
まずは俺にとって最大の目的である、卯月の服を買いに、オシャレな外見をしたショップに入った。周りは女性だらけで、俺は浮いてしまっているのではないかと不安になるが、たまに見る彼女を連れた男性を見てホッとする。
歳の近い女子と一緒に買い物に行くという経験がない俺は、ショップに入った瞬間に様子が激変した春侑に驚きを禁じ得なかった。春侑は輝いた目で、しゅぱしゅぱと店内を巡って商品を物色する。めぼしいものを見つける度に「いっちゃん、来てきて!」と呼ばれるため、俺もボーッとしていられない。
卯月はそれに反して、ゆっくりと、じっくりと商品を見定めている。たまに商品を手に持って数十秒固まるが、必ずといってその後は商品を元に戻す。それが気になり、俺は卯月のところへ向かった。
「どうしたの、卯月。それ、気に入った?」
声をかけると、卯月は焦った様子で手に持っていた商品を元に戻し、赤くした顔を俺に向ける。
「い、良辻さん!? え、えっと、ですね……わたし……」
「遠慮しなくていいからね。気に入ったものがあったら、バンバン言っちゃって」
「で、でも……」
まだ躊躇いが拭えきれない卯月。俺は卯月の耳元に顔を近づけ、周りの人に聞こえないようにボソッと「卯月は俺のペットなんだから、俺の言うこと聞かなきゃ」と言う。
すると卯月は「ひゃう」としゃっくりのような声を上げて、目を潤わせて「は、はいぃ」と答えてくれた。
いや、自分の事ながら卑怯だと思う。ペットじゃないと言ったり、そうだと言ったりと、利用させてもらっているのは。
「じ、じゃあ……」
「おっ、やっぱり何か気に入ったものあった?」
卯月がゆっくりと指差した先には、一見ただの首輪、しかし、たしかチョーカーという名称の、ファッションアイテムがあった。穴が六つほどあいた、一見ペット用のものと違いないものだ。
「わ、わたしあれが……」
「ごめん、あれはやめよう。服を買おう、服を。ね?」
そう促すと、卯月はどんよりとした表情をして「はい……」とあからさまに暗いトーンで答えた。少し胸が痛い。
その後、卯月に付きっきりで一緒に服を選んでやると、卯月は笑顔を取り戻していた。
選んだ服を買い、店員に許可を得て試着室を借りて、買ったばかりの服に着替えた。店を出るとき、卯月の目線がチョーカーにいっていたのを、俺は気に留めないようにした。
その後、卯月の靴も買い終え、俺たちはフードコートでアイスを買って、席に座って休んでいた。
卯月はストロベリーを選び、一口食べてからものすごい勢いで食べ続けている。どうやら気に入ったようだ。
それに引き換え、春侑のアイスを運ぶ手は遅い。不満げな表情を浮かべて、カップの中にあるアイスをスプーンでつついている。
どうしたのだろうと考えている内に、卯月は食べ終えて空になったカップをテーブルに置く。その後も、何もないカップの中をじーっと見つめている。
「俺のも食べる?」
まだ半分以上残っている自分のカップを、卯月の前に差し出す。すると卯月は慌てた様子で「そ、そんな。それは良辻さんので……」と両手を前に出し、ひらひらと振って遠慮する仕草をする。
「いいから、はい。バニラだけど、いいよね?」
「うぅ……ありがとう、ございますっ!」
そう言って卯月は、俺からカップを受け取り、カップに入れていた俺のスプーンを使って食べ始める。「あっ」と声を上げて一瞬固まるが、すぐに食を再開した。
春侑を見ると、まだまだ食べ終えない様子。
「俺、ちょっとトイレ行ってくる。ゆっくり食べてていいから」
そう二人に告げて、俺は席を立ち、フードコートを出た。そしてトイレへ直行――ではなく、小洒落た雑貨店に入る。ここにも周りは女性だらけで、緊張してしまう。トイレへ行くと言ったため、早く済ませよう。ここに来た目的はもちろん、春侑へのお礼の品を買うためだ。
春侑は何を貰ったら喜ぶのだろうと、想像しながら並べられた商品を眺める。人形? キーホルダー? アクセサリー? それともここを出て服を買うか?
「何をお探しですか~?」
悩んでいるのが顔に出ていたのか、大学生くらいの若い女性店員が声をかけてきた。俺は上ずった声で「ぷ、プレゼントしようと」とだけ答えると、その店員はニッコリと笑った。
「彼女さんへのプレゼントですか~?」
「か、彼女!?」
自分には縁のない単語が出てきてビックリする。もちろん春侑は俺の彼女でない、しかし、こういう店に来る男性の大概は、恋人に贈るものを選びに来ているのか。つまり、自分は稀なケースなのだろうか。……恥は、かきたくない。
「そ、そうなんですよ。いやぁ、不甲斐ながら、女性って何が気に入るのか全然検討もつかなくて」
そう言って笑ってみせると、女性店員は「皆さんそう仰います~」と笑顔を返してくれた。その言葉が俺を気遣ってくれてなのかはあえて気にしないようにした。
「それなら、これなんてどうですか~? ペンダント。可愛いし、高級感もあって良いですよ~」
「へぇ、いいですね」
そうは言ったものの、店員が手にしたペンダントのペンダントトップはハートの形をしたものだった。これを渡すのは少し気恥ずかしい。
「すみません。隣の星型のも見せてくれませんか」
「あっ、いいですよ~。は~い。そうですね~、ハート型が一番ですけど~、この星型もよく売れるんですよ~」
「そうですか。じゃあ、これにします」
「ありがとうございま~す」
店員はレジに回り、「どうぞ~」と俺を呼ぶ。しかし、俺がレジに着く前に近くにいた他の女性客に先を越された。店員は俺を見て苦笑を浮かべる。俺も苦笑を返す。
まあ後ろに並ぶかと歩を進めたその時、並んでいるシュシュが目に入る。
「……これも買うか」
シュシュを手にする。顔を上げると、首だけのマネキンに着けられたチョーカーが目に入った。カニカンが付いており、首の後ろに回して着けるタイプで、さきほどのショップで見たものとは違うデザインだ。ハートのスワロフスキーが付いており、さらに人間用のものに近づけている。
「……欲しいって言ってたしな」
つくづく自分は卯月には甘いなと思う。あれとはデザインが違うが、まあチョーカーはチョーカーだ。変わらんだろう。
それらを手にして、例の店員が待つレジへ向かう。カウンターに置いた商品を見て、店員はふふっと笑う。
「増えてますね~」
「そ、そうですね。あはは」
「あれ? これにはハートが……」
「あ、いいんです。これで」
店員は「そうですか~」と納得したのか、商品の精算を始める。
代金を支払い、商品の入った袋を受け取る。
店を出て、俺は早足で二人のもとへ向かった。




