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神を飼い始めました  作者: 土車 甫
第二章 ペットという存在
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ウサギとトラ

 体育準備室につくと、入口前に虎子が立っていた。俺を見た途端、目を輝かせて口を開ける。しかし、俺が何も持っていないことに気づき、不思議といった表情を浮かべる。


「どうしてここにいるんですか」


「そんなことより、ヤギ、弁当は? 肉は?」


「あぁ、すみません。今日は家に忘れてきちゃいまして」


「なにぃ!? 今すぐ家に取りに帰ってこい!」


「校則で、許可なしに登校後の外出は禁じられてますよ」


「アタシが良いって言ってるの!」


「事務長の許可を貰わないとダメですよ」


「う、うがぁ……」


 虎子は肩をがっくりと落としてうなだれる。元から小さい体が、さらに縮こまって見える。


「すみませんが、今日は食堂で済ませてください」


「えぇ……アタシ、お金持ってないよ」


「いや、持ってましょうよ。独立しているんですし」


「だって使う時ないしな~。通勤手段は歩行だし、昼食だって……うがぁ……」


「ホントすみません……」


 片手をひらひらと振って「いいよいいよ」と体育準備室に入っていく。


購買部でパンでも買ってこようか。そう思い足を購買部へ向けた瞬間、廊下先から女子の嬌声が聞こえてきた。玄関の方で、男女が入り混じった人溜まりができている。


 何事かと気になって近づいてみる。男女の中心に、一人の少女が見えた。丈が合っていないダボついた男物の服にスカート、男物のサンダルを履いている、日本では珍しい白髪を持つ少女。


「……あっ」


 その少女と目が合った。少女は俺を見た途端、パーッと表情を輝かせ、その場でぴょんぴょんと跳ねる。


 俺は人溜まりを謝りながら割いて入る。そして、少女の目の前に立つと、少女は抱きついてきた。周りの生徒が驚きの色を顔に浮かべる。


「どうしたの、卯月」


 どうして卯月がここにいるのだろうか。それは、卯月の手に持つ、見慣れた二つのケースで理解できた。愛用している弁当箱のケースだ。


「こ、これ、机に置いたままだったから、良辻さん、困ってるんじゃないかって……」


「そうか。ありがとね」


「は、はいっ!」


 頭を撫でてやると、卯月は気持ちよさそうに目を細めた。


「ねえ」


 隣の生徒が話しかけてきた。俺と卯月の関係について興味津々といった目をしている。周りを見ると、そのような目をした人が多数、怪しんでいる人がちらほら見えた。


「黒柳くんとこの子ってどういう関係なの?」


「妹? でも、あんまり似てないよね」


「白髪ってことは日本人じゃねえのかな。もしかしてハーフ?」


 口々に聞いてくる質問に、俺は困惑する。なにせ、卯月は元神様で、生存させるために飼っているなんて言えない。


「えっと、なんていうか……」


「わ、わたしは、良辻さんのペット、ですっ」


「……へ?」


 卯月がそう発言した瞬間、周りの空気が凍った。同時に、周りの生徒の俺を見る目が、統一して蔑む目と変わった。


「うっわ、最低。キモッ」


「そういえば、アニコンとかペトコンって呼ばれてるんでしょ? そこまでしちゃうとか、ないわぁ」


「おい黒柳。もしかしてその子、誘拐したのか」


「なに!? おい、どうなんだよ」


 問い詰めるように聞いてくる皆の威圧感は半端なく、押しつぶされそうになる。声がかすれてまともに出ない。決して後ろめたいことはしていないはずなのに、冤罪をかけられているのに、どうもうまく抵抗できない。


 卯月は俺にくっついたまま、周りの威圧感に圧されてビクビクと震えている。その姿を見て、ここは俺がなんとかしないと、と思い否定しようと口を開けたその時、生徒の人溜まりを割いて、ひとつの小さな影が近づいてきた。力が抜けた表情をしている虎子だ。


「それ、弁当?」


 卯月が手に持つ弁当を指差して言う虎子に、「はい」と返す。すると、虎子は満面の笑みを浮かべて、俺の手を握った。


「あるなら食うぞ! ほら、早く一緒に食べるぞ!」


 そう言って、俺の腕を引っ張っていく。卯月も俺の腕にしがみついて、芋づる式について行く。

 事の成り行きを呆然として見ている生徒に向かって、俺は大声で言った。


「誤解だから! この子は、俺の家族だから! 誘拐なんかしてないからな!」


 それを聞いた生徒たちは、いまいち釈然としない顔で、周りの者と少しだけ話し、その場を離れていった。





 体育準備室へ戻り、奥の面談用のスペースにあるソファに腰掛け、虎子は笑顔で弁当の蓋を開けている。


 卯月はというと、俺のすぐ横に腰掛け、抱きついて体を震わせている。


「な、なんなんですか、あの人たち……わたし、たくさん触られました……良辻さん以外の人に……うぅ」


 そんなことを言うものだから、周りの教師の視線が更に集まる。その度に俺は苦笑を浮かべている。


 虎子はハンバーグを見ると、箸で二つに裂き、玉ねぎが入っていないのを見てニッコリと笑い、口に運ぶ。


 卯月に全く関心を持たない虎子に、箸を止めて、俺から話を持ち出す。


「あ、あの先生。この子は卯月といってですね……」


「ん? あぁ、神でしょ、その子。いや、今は元神じゃない?」


「ど、どうして……!?」


 虎子は箸を口に咥えて数秒うーんと考えた後に、箸を取って、驚愕している俺に顔を近づけて言う。


「アタシも、神だから」


 虎子はそう言って俺から離れて、すぐさま昼食を再開する。


「あ、言っとくけど、ほんのちょびっとしか神の力がないから、普通の人間となんら変わんないよ」


 虎子はがっつくように玉ねぎ抜きのハンバーグを口に運ぶ。そういえば、虎子と卯月は一貫として玉ねぎを食しない。好き嫌いではなく、十二支は一貫として食べられないのだろうか。


 気づけば卯月の震えが止まっていた。卯月は俺の体に埋めていた顔を上げて、虎子を見据えている。しばらくして「あっ」と声をあげる。


「も、もしかして……虎さん、ですか?」


「そう、正解。十二支の三番目、寅だよ。この金髪も、そのせいなんだよね」


 そう言って虎子は、自身の髪を撫でる。


 以前、その髪は染めているのかと聞いたとき、自毛だと言われ、冗談だと思っていたが、本当だったとは。


 その時、ズボンのポケットに入れていた携帯が震えた。「すみません」と一言入れて、携帯を開く。一通のメールが来ていた。春侑からだ。


『いっちゃんの変な噂が流れてるけど、これってつきちゃんの事でしょ?』


 目を伏せたくなるような内容だった。予想はしていたが、本当にそんな事になるとは。

 当たり前だ、と返すとすぐに返事が返ってきた。


『じゃあ、その噂はデマだって言っておくね。任せて』


 なんと心強く、嬉しい返事だろう。俺は心からありがとうと文字を打ち込んで送信する。


 携帯をしまうとき、ディスプレイに表示されていた時間を見ると、昼休憩後の最初の授業開始十分前だった。周りを見ると、既に虎子以外の教師は外に出ていた。


「ん、終わったか?」


 虎子は空っぽになった弁当箱の上に箸を置き、聞いてきた。


「はい。それで、先生が神様って」


「まあ、あれさ。最初はそりゃ信仰されまくって優遇されてたけど、時代に連れてその信仰は薄れ、力を失っていったのさ。そこで、時代に合わせたってわけさ。アタシの場合は先生になって、お前たち生徒に慕われていればなんとかなるってわけさ」


 その内容から、虎子の正体は神様のそれだと確信させられる。


「まあ、詳しいことはアタシも聞かされただけで、よくは知らないんだけどさ」


 ということは、虎子は別に誰かのペットになっているわけではなく、完璧に自立しているのか。


「それでさ、卯月、だっけ? 卯月は兎のようだけど、どうしてアタシと同じ状態でいられるんだ? どうしてヤギと一緒にいるんだ?」


「そ、それは、ですね……わ、わたし、良辻さんのペットになったんですっ!」


「はぁ?」


 卯月の発言を聞いて素っ頓狂な声を出す虎子。そこで初めて、虎子に訝しげな目で見られる。


「ヤギ……お前……」


「いやいや、違うんですよ。信仰の代わりに愛を与えることで、卯月は生きていけるらしくて、その形がペットなだけです。てか、これは卯月の希望です」


「そ、そう、ですっ! 良辻さんは、悪くないですっ」


 俺の必死な言い訳を聞いて、虎子は「ほーん」と腕を組んで背もたれに体重をかける。


「信仰の代わりに愛を、ねぇ。そんなの聞いたことないぞ」


「どうやら、ある男から聞いたそうで、卯月もよくわからないそうなんですよ」


「で、でも、実際にわたし、今生きていますぅ!」


「うーん、じゃあ本当にあんだな。へぇ、知らなかったわ。でも、イイなそれ。なあ、ヤギ。アタシも愛してくれよ~」


「だ、ダメですっ! 良辻さんは、わたしのですっ!」


 必死に反対する卯月に「いいじゃんか」と笑って言う虎子。たぶん冗談で言っているだけであろうが、やたら卯月は必死だ。


 卯月の頭を撫でてやる。すると卯月は前に乗り出していた身を下げて、気分を落ち着かせる。


「そういえば、そういうので戌に、何か話があった気がするなぁ」


「そうなんですか? わたしは聞いたことありません……」


「うーん……この話はまた今度しましょう。それじゃあ、俺は授業行ってきます。卯月は……」


「あぁ、アタシが見とくよ。なに、他の教師に頼んで代わってもらうから大丈夫だ」


 それは教師として大丈夫なのだろうかと思ったが、非常に助かる提案のため、頼むことにした。


 体育準備室を出るとき、卯月が目に涙を浮かべて見送ってきたのは、非常に胸が痛くなった。


 教室へ戻ると、先に席についている生徒の視線が一点して注がれてきたが、決して軽蔑するような目ではなかった。むしろ興味を持った目だった。


 春侑を見ると、右手でピースして笑っている。笑って返してやった。ほんとうにありがとう。

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