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神を飼い始めました  作者: 土車 甫
プロローグ
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プロローグ

 ペット。


 一般的には愛玩を目的として飼育される動物のことを、そう呼んでいる。


 ペットは人の心を和ませ、楽しませてくれる存在。それは、家族の一員と言っても過言ではないほど。

 兄弟がいる家庭に与えれば、兄弟の一員に。一人っ子の子供に与えれば、その子の唯一の兄弟に。独り身の大人の中には、人生のパートナーとして扱う人もいるだろう。


 そんなペットにも、勿論ながら寿命がある。その命が尽きた時、飼い主は悲しみ、涙するだろう。


 その別れが怖くて、ペットは飼わないと言う者もいる。


 または、その別れを経験して、二度と飼わないと言い出した者もいるだろう。


 しかし逆に、ペットがいた空間がぽっかり空いた事による虚無感に耐えられず、新しいペットを飼い始める者もいるだろう。


 ペットの消失による虚無感からくる寂しさ。それは、とても人を落ち込ませ、それほど、その人にとってペットがいかに大事な存在だったかが分かる。


 俺、黒柳良辻くろやぎいつじもそれを実感した一人であり、二度とペットは飼わないと誓った者の一人である。


 俺には兄弟がおらず、一人っ子だ。小さい頃から両親は仕事に明け暮れ、基本的に俺は家に一人で留守番していた。


 寂しかった。


 話す相手がいない。感情を共有する相手がいない。無駄に広い家の中に、ぽつんと存在するだけの自分は、さぞ暗い人間だったろう。


 小学二年生に上がった頃。そんな俺の様子に気づき、親は俺にペットを与えた。「今日からあなたの弟よ」そう言って渡された小さい子犬の温もりを、未だに覚えている。


 それからは楽しかった。


 会話はできないが、一緒に誰かがいてくれる、それだけでよかった。一人ぼっちじゃない、その事実が俺の胸にぽっかり空いた穴を埋めてくれた。


 しかし、そんな幸せな時間も長くは続かなかった。


 二年経って、俺は大きくなった弟と色んな所へ行きたい衝動に駆られるようになった。一緒にいろんな体験をしたかったんだ。


 弟も随分大きくなり、中型犬に分類される体格だった。


 俺はある日、親に禁止されていた親同伴なしでの散歩を決行した。いつも、朝早くに起きて父と近所を歩いていたため、やり方は知っていた。首輪にリードを付け、便回収用の袋とシャベルもしっかり持った。


 いざ二人の旅へ。と言っても、ただ近所を歩くだけなのだから、そんなたいそれた事じゃない。だが、当時の俺にとっては、大冒険をしている気分だった。


 尻尾を振りながら、リードを持つ自分の手を引っ張って進む弟。歩速が違うため、自分は少し小走りになっていた。


 少し疲れを感じてきた頃に、弟は立ち止まった。周りを嗅ぎ始め、気に入った場所を見つけて腰を落とす。便だ。俺は何故か嬉しくなって、手に持つ便回収セットを準備する。


 便を出し切り、満足気な弟は、便には見もくれず遠くを見つめる。そんな弟にやれやれと兄風を吹かせながら、便を回収しようとする。


 その時だ。


 便をシャベルで掬おうとした逆の腕が強い力で引っ張られる。弟が何かを見つけて、走り出したのだ。それが何かは分からないが、車道を挟んだ反対側の道にあることだけは分かった。


 俺は必死に止めようとした。しかし、当時の俺の力では、人間年齢で成人を達している中型犬の力を止めることはできなかった。態勢を崩し、その場に倒れそうになり、手を地面につくためにリードを手離してしまった。


 あっと気づいたときには遅かった。アスファルトに手をつき、擦りむいた事による痛みを両手に感じながら、元気に走っていく弟の姿を見る。次の瞬間、弟の姿が横にぶっ飛んでいった。勢いよく地面に叩きつけられた弟は、ピクピクと体を痙攣させ、出会った当初によく聞いたか弱い声を出した後に、ピクリとも動かなくなった。


 弟を弾き飛ばした車の運転手が蒼白な顔をして出てきて、弟のそばに駆け寄る。必死に声をかけていた。俺もしなくちゃ。そう思って立ち上がろうとしたその瞬間、俺の意識は飛んでいった。目が覚めたのは病院のベッドの上で、仕事を早帰りしたという両親の心配そうな顔が真っ先に飛び込んできた。


 母は目覚めた俺に気づき、涙を流して抱きついてきた。温もりを感じた。と同時に、弟の事を思いだし、聞いた。すると、母の体が一瞬止まった後に、母はまた泣き出し、父は暗い顔で言った。弟は死んだのだと。


 俺は奈落の底に落とされた感覚を覚えた。脳内に弟との楽しかった思い出が走馬灯のように流れる。気づけば、涙を流していた。呻くような声も出た。その場には、他にも患者がいたのだろうが、そんなのお構いなしにただただ泣きじゃくった。涙が流れる毎に、自分の幸福が落ちていくのを感じた。


 そういうことがあって、俺はペットを二度と飼わないと決めた。弟が死んだのは俺に原因があった、しかし、死期が早まっただけだともいえる。あの時の絶望と悲しみを、もう二度と味わいたくない。


 そう思っていたはずだ。


 はずなのに、今、一人暮らししている俺の下宿先には、一羽のウサギがいる。そう、彼女は俺のペットであり、新しい家族なのだ――


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