Part.97 魔物憑きを認めない
キララの紹介状を見せると、案外簡単に、スカイガーデンの中に入る事ができた。
…………中に入る事だけは、と但し書きが付くが。
「あれ…………空?」
「内側からは透けて見えるような造りになっているみたいだな」
ヴィティアの言葉に、俺は軽く補足した。
アイテムを使って空飛ぶ島に辿り着いた俺達は、目の前にある巨大な建物の中に入った。そこには関門があり、俺達はそこでキララ・バルブレアの紹介状を見せる事となった――……つまり、この巨大な建物は、それそのものが巨大な街になっている。空飛ぶ島は高低差の激しい土地から成っているようで、山の頂上付近にも同じような建物が見えた。という事は、スカイガーデンには幾つかの街があると思って良いのだろう。当初考えていたよりも、遥かに広い。
「グレン。…………その状態で長く居て、大丈夫なものなの?」
トムディが、俺の様子を心配していた。俺はトムディに微笑んで見せた。
「違和感はあるけど、まあ大丈夫だよ。元々、一心同体みたいなモンだしな」
今、スケゾーは俺の中に居る。
『中に入るのは構いませんが、魔物は置いて行って下さい。スカイガーデンでは、使い魔の存在を認めておりません』
ここに入る時、関門の男にそう言われたからだ。
スケゾーが俺の中に入ると、門番は俺の存在について、かなり怪しそうな目で見ていた。俺が魔物なのではないかと疑っているようにも見えた――……まあ、そうだろうな。俺の抱えている魔力の半分は、スケゾーの魔力。魔力に敏感な人間なら、それが異質である事にはすぐに気付くだろう。
だからといって、はいそうですか、とスケゾーを置いて行く訳にはいかない。…………結局の所、俺達は中に入る事を許される代わり、この街の長老とやらに会わなければならなくなった。
俺の存在をどうするかについては保留、って所で間違いないんだろうな。
「どうも、このスカイガーデンという場所は、貴様には不向きらしいな」
ラグナスが特に小馬鹿にする訳でもなく、俺にそう言った。
「…………まあな。事前に聞いていて、何となく予想はしていたけど」
「安心しろ、グレン。貴様の身に何があっても、この俺がリーシュさんを助け出してやるぞ」
勝ち誇った笑みでそう言うラグナスだったが、俺はその言葉に同意した。
「そうだな。もしもの時は、頼むかもな」
「…………む」
ラグナスは、面白く無さそうな顔をしていたが。実際、俺が追い出されるようなら、最終的には仲間に託すしかない。まあ元々、俺はあまり人から受け入れられるタイプの人間ではないからな。最近は仲間が増えて、そう考える事も少なくなっていたが。
…………この場所に居ると少し、昔の事を思い出してしまいそうだ。
長老の家は、街の入口からそう遠くない場所にある。俺は手渡された地図を見ながら、長老の自宅に向かって歩いた。街に入って、すぐに俺は気付いた。
周囲の人間が、俺の事を警戒している。俺が通る度、何か汚いものを見るような目で見ていた。
…………これは、前途多難かもしれない。
「新しいサウロ…………?」
「サウロだ」
「変な魔力だな…………」
あちらこちらから、そんな声が聞こえて来る。
「な…………何? この空気…………」
ヴィティアが戸惑いながら、俺に付いて来る。
先頭を歩いている俺に、視線は集中している。『サウロ』ってのは確か、スカイガーデンの人間が使う言葉で、地上――つまり、セントラル大陸――に住む人間の事だ。だが、どう見ても警戒されているのは俺。…………スカイガーデンの人間は、地上の人間よりも魔力が強いと聞いた。つまり、連中には俺が異質な存在に見えているんだろう。
こんな状態で、長老とやらに会う。…………あまり、良い予感はしない。
「なんで皆、グレンだけを見ているんだろ…………」
「まあ一つは、髪の色じゃないかな」
「髪? …………ああ、そうか」
トムディの疑問に答えると、トムディは納得した様子だった。スカイガーデンの人間をざっと見てみたが、総じて髪の色が薄い。ブロンドはかなり濃い方で、殆どは金か、白の髪色ばかりだ。
今回、俺のメンバーは、俺以外は金色に近い髪色を持っている。俺だけが特殊で、燃えるような赤い髪色をしている。…………まあ警戒されて当然、って所だろうな。
しかし、本当にこんな場所がリーシュの故郷なんだろうか。サウス・ノーブルヴィレッジの能天気さから考えると、全く真逆の人種じゃないか。
「やはり、俺はお前に付いて来て正解だったな…………!!」
何故か、ラグナスは少し嬉しそうにしていた。
「…………なんで? むしろ、俺が来ない方が良かった位じゃないか…………? まあ、残ってる面子って皆髪色が濃い奴ばっかりだから、あんまり意味ないかもしれないけど」
「何を言っているんだ。周囲の美女の視線を俺達が独占している」
悪い意味でな。
「やはりお前は、俺の計画にとって無くてはならない男…………!!」
やはりラグナスは、俺の物差しでは測れない程にぶっ飛んだ思考を持つ男だ。
「こんな時、スケゾーのツッコミがあればな…………」
「どうした?」
「いや、何でも」
ヴィティア・トムディ・ラグナスじゃ、ツッコミが出来そうなメンバーが居ない。…………俺がやるしかないのか。こいつに付き合うのは至難の業だぞ。
…………お、そんな事を言っている内に…………どうやら目の前の建物が、長老の住処みたいだ。
「ここだな」
「えっ…………? これが人の家なの?」
ヴィティアが建物の壁に手を当てて、そう言った。
円筒状のカーブを描いた建物の上に、三角錐の屋根が取り付けられたような外観。屋根は殆どが青い色で統一されていて、周囲の家も全てが同じ色をしている。そういえば、街全体を覆う巨大な建物も、屋根は宝石のような青い色で構成されていたな。
相変わらず入口は無く、魔法陣が描いてあるだけだが…………。
「勝手に入ったら多分、まずいよな…………お?」
建物の壁に、小さな魔法陣。…………これって、『ギルド・グランドスネイク』に行った時と同じモノじゃないか。
そうか。あの技術はここから来ていたのか。
俺は壁の魔法陣を通して、奥の人間に声を掛けた。
『どちら様でいらっしゃいますか?』
「キララ・バルブレアの紹介で来た、グレンオード・バーンズキッドです。……関門で、こちらの長老さんと会わなければならない、と言われました」
『…………では、中にお入り下さい』
ラグナスが俺を指差して、トムディに聞いた。
「こいつは一体、何を一人で喋っているんだ?」
ラグナスよ。あんまりギャグをやる空気じゃないと、どうして分からない。いや、元からこうなのか。
「そこの魔法陣を使って、中の人と話をしているみたいだよ」
「フッ、まあ理解していたがな」
トムディの顔が、「もうこいつとは関わりたくない」と言っていた。
*
地上の人間が差別されているという話は、前にヴィティアから聞いた事があった。
だけど、スカイガーデンに辿り着いて、ようやく分かった。…………そもそも、空の国の人間とセントラルの人間とじゃ、全然人種が違う。同じ人間だと括って良いものか、悩む位だ。
「お前か。キララの紹介というのは」
何が言いたいかというと…………この長老、でかい。
真っ白な髪は長く、腰程まで伸びている。キャメロンもかなり大きい方だと思ったが、この老人、その二倍はあろうかという超・巨体だ。老体とは思えない程に筋骨隆々で、睨まれただけで殺されるのではないかと思える程だ。
加えて魔力も相当なものだぞ、この人。俺達を通した使用人と思わしき女の子は、そうでもないようだが…………一体、何人掛かりで世話をしているんだ…………? 長老は椅子に座っているが、見た所、世話されないといけないような雰囲気じゃない。
「あ…………あわわわ…………」
トムディが完全にビビッていた。
広い部屋だ。中に入って長老を見ると、開口一番、ラグナスは剣の柄を握り締めて言った。
「ふむ、成る程。…………ゴリラか」
俺はラグナスを殴った。
「なっ、何をするっ!!」
「うるせえ馬鹿!! さっきからずっと言おう言おうと思っていたが、いい加減に空気を読め!!」
「この状況でどうしてそんな軽口が叩けるんだよオォォォ!!」
俺とトムディが、殆ど同時にラグナスへとツッコミを入れていた。
流石に、滅多な事を言うべき所ではない。この人から認められなければ、下手するとリーシュの捜索なんか出来なくなる可能性もある。
どうしてもここは、『キララの紹介で現れた、ちょっと良い人』という意識を持たれなければならないんだ…………!!
「ねえ、グレン…………。結局付いて来ても、邪魔するだけなんだけど…………」
「言うなヴィティア。…………俺は泣きたい」
この短い時間で、ヴィティアもラグナスという男の素性を理解してきたらしい。
長老と思わしき巨大な男はラグナスを見ると、ふと笑みを浮かべた。
「ほう。羨ましいか、小僧」
「…………何だと?」
ラグナスは立ち上がり、長老を睨み付けた…………!! しかし、長老は全く怯む様子がない。至って冷静だ…………!!
「朝・昼・晩と、うら若き娘に飯を食べさせて貰っている。勿論、風呂では背中を流して貰っている。夜は交代で添い寝をする事になっているし、最近では着替えもやって貰っている」
ラグナスは我が目を疑う程の凛々しい顔で、剣を握り締めた。
「――――良いだろう。そこまで言うなら戦争だ」
俺はラグナスを殴った。
「すいません。…………あんまり、こいつを刺激するの、止めて貰えませんかね。…………マジで斬り掛かり兼ねないんで」
長老は俺を見ると、ふと目を細める。
「お前がこのチームのリーダーだな?」
「え?」
トムディが慌てて前に出て、俺を指差した。
「そう、彼が僕達のリーダーで、グレンオード・バーンズキッドです。僕はトムディ・ディーン。彼女がヴィティア・ルーズで、そこの彼がラグナス・ブレイブ=ブラックバレル。…………僕達、この場所に用があって来ました。ちゃんと紹介状も持っています」
そうか。ラグナスに邪魔されて思わず飛ばし掛けたけど、まだ俺達、自己紹介もしていなかった。
状況に流されず、ちゃんと説明をしたトムディ。…………良かった、こいつを連れて来て。見るからに気難しそうな長老だ。トムディがビビりさえしなければ、任せておくのが一番都合が良いはずだ。
「そうか。…………では、帰れ。スカイガーデンに入る事は認めん」
……………………と、そうも行かないか。
「悪いけど、こっちも事情があって来ているんだ。話くらい、聞いてくれないか?」
「駄目だ。特にグレンオード・バーンズキッド、お前が最も入るに相応しくない」
俺は、喉を鳴らした。
「全身に、魔物の魔力が染み付いておる。…………悪魔に魂を売ったか? 禍々しい…………如何にも、サウロがやりそうな事よ。そんな状態では、この場所では誰もお前達に耳など傾けないだろう。用など無意味だ」
…………何となく、この街に入った空気を感じて、拒絶されるような気はしていたが。何も話を聞かずに門前払いとは、少し予想を上回る嫌われっぷりだ。
随分と潔癖なんだな、空の国の住人は。…………だが、俺もこんな所で引く訳にはいかない。
俺はポケットから、リーシュの写真を取り出した。以前、旅行に行った時に撮ったもの――……だが、そこにははっきりと、リーシュの姿が映っている。
これを見れば、少しは態度も変わるんじゃないか。
「これを、見てくれ。…………彼女はリーシュ・クライヌという名前で、俺達の仲間なんだ。今俺達は、彼女を探している。…………『金眼の一族』だ、本来はこのスカイガーデンに住んでいる筈の人間。…………そうだろ?」
一瞬、長老の動きが止まった。
良いぞ。…………いける。
「彼女を見た事がある人間が居ないか、聞いてみたいんだ。それが終わったら、すぐにここを出ても構わない。…………それなら良いだろ?」
実際は、連中の尻尾が掴めるまでは滞在している必要があるが。…………それまでは、どうにか言い訳をして繋ぐしか無いだろうか。
とにかく、ここは喰らい付かなければ…………!!
長老は溜息をついて、俺から目を逸らした。
「――――――――やはり、話にならんな」
…………下顎を、汗が伝う。
「お前のような魔物憑きに、教える者など居ない。尚更、意味が無い事だ」
やっぱり…………この空気は、そう簡単には変えられないのか。…………仕方ない。ここは俺が引いて、仲間に捜索を頼むしか無いのか。
「じゃあ、代わりに僕達が聞きます!!」
芯の強い声が、部屋に響いた。トムディの声に、俺達はトムディを見る。
「でも、グレンがこの街に残る事を許して欲しいです。…………グレンは確かに使い魔を持っているけど、貴方が思っているような人ではないんです!! 門前払いじゃなくて、せめて話だけでも聞いて貰えませんか!!」
この部屋に入っていた時は臆病になっていたのに、俺がピンチになるといつも虚勢を張るんだな。
…………少し、救われたような気がした。
何となく、この状況は、セントラル・シティで俺が『零の魔導士』と呼ばれ蔑まれていた時と同じだ、と思っていたから。
「そういう問題ではない。私が許そうが許すまいが、どうせお前達の質問に答える人間は居ない。そこの男の仲間だと、もう印象は付いただろう。そういう事だ」
「で、でも…………!! 一生懸命聞いて回れば、誰かは答えてくれるかも――……」
「サウロに――――地上の人間に何かを教える者など、ここにはおらんよ」
「おじいさん」
長老に声を掛けたのは、ヴィティアだ。…………少し、追い詰められたような顔をしていた。
「『地上の人間』なんて、一括りにしないでくれませんか。…………同じ、人間じゃないですか。過去に何があったのか、知らないですけど…………」
トムディも、ヴィティアも、どことなく表情が暗い。…………皆、周囲の人間に認められない経験を持ち合わせているからかもしれない。
それでも、認めてくれなきゃ困るんだよな。
長老は目を閉じて、腕を組んだ。俺達の言葉を、ある程度は考えてくれているように見えるが。
「…………良いだろう。何故駄目なのかを、特別に説明してやる」




