Part.86 脱獄少女!!まじかる☆グレンちゃん
まさか、失敗したのか。
俺の予感は、既に全力で嫌な方に振れていた。……しかし、ヴィティアは服を脱いでいない。魔法に失敗した訳では、ない……よなあ?
ヴィティアは特に何事もなく、俺を見て首を傾げている。
「どうしたの、グレン?」
「いや、開かないんだよ。この扉」
俺がそう言うと、ヴィティアは俺の所まで歩いて来る。扉のノブを確認して、閉まっている事が分かり、そして…………頷いた。
「うん、ちゃんと閉まってるわね」
「…………うん? いや、そうじゃなくてさ。扉を開けないと外に」
そのように、俺が言い掛けた瞬間だった。
視界が反転した。ヴィティアに服を引っ張られたのだと気付いた時には、俺は既に地面に組み伏せられていた。ヴィティアは俺の腰辺りに馬乗りになって、俺の胸を触っている。
…………な、何が起こった…………!? ロクでもない事になっているのは確かだ。ヴィティアの様子が明らかにおかしい。
「ご、ごめん、グレン。…………私、なんか身体が、あつくて…………」
「お…………おう? ど、どうした…………?」
ヴィティアの顔は、急に風邪でも引いたかのように熱っぽい。潤んだ瞳が、真っ直ぐに俺を捉えている。
何だ…………!? ヴィティアが妙にエロい。吐息が顔に掛かると、俺までどきりとさせられてしまう…………!!
いや俺、今は女なんだけど!?
「落ち着け、ヴィティア。どうしたんだ…………!?」
いや、待て。冷静に考えるんだ、俺よ。【エレガント・マスターキー】だぞ!? スティールの時は確か、自分にスティールが掛かって、ヴィティアの服が脱げたんだ。
ってことは…………!! そうか、分かったぞ!!
ヴィティアが自分の服を引っ張ると、すらりとした鎖骨が見えた。細い身体が、俺に押し付けられる。
「グレン…………もう私、我慢できない…………!!」
そうだ!! そうに違いない!!
ヴィティアの心の鍵が――――――――外れたんだアァァァァッ――――――――!!
「まあ待て、ヴィティア!! ほんとマジ待って!! 今そんな事してる場合じゃないから!! っていうか俺、女の身体だから!!」
「わ、私だって分かってるわよ!! でも、止まらないの!! 身体が止められないの!!」
「良いか、何としても止めろ!! いや服を脱ぐな!! この状況で人が来たら色々と人間的にヤバいっ!!」
ヴィティアは恍惚とした表情で、俺に微笑んだ。
微笑みがかなり怪しい。ぎらりとした瞳に、荒い息遣い。俺は思わず、喉を鳴らした。
「み、見せ付けちゃうとか…………どう?」
「頼むから正気に戻れえぇぇぇぇぇ――――――――!!」
瞬間、勢い良く扉が開いた。今の今まで、俺達が開けようとしていた扉…………開くと否応無しに、その姿が視界に飛び込んで来る。ヴィティアは半分服が脱げた状態のままで、後方を振り返った。
思わず、背筋が凍った。外見としては愛らしいちんちくりんの小娘が、身長からは考えられない程の強烈な威圧感を放ち、俺達を見下していたからだ。
――――死ぬ。
俺は直感的に、そう思っていた。
*
ガチャン。
鍵が閉まる音がして、俺達は再び牢屋の中へと閉じ込められていた。思わず、牢屋の柵に手を掛けて、絶望に浸る俺。
「貴様等は何だ? …………妾を馬鹿にしておるのか?」
「いや、今のはほんと申し訳なかった!! わざとじゃないんだ!! たぶん!!」
ある意味、わざとに近いような気もしなくもないが。いや、毎度の事だが、俺はただ単に巻き込まれただけだぞ。
キララ・バルブレアはもはや、家畜を見るような目で俺達を見ていた。牢屋に入れられたんじゃ、もう本当にただの家畜かもしれない。それか奴隷か。
「所構わず発情しおって、愚かな豚共が!! 同性でもお構い無しか!! 屑が!! 死に晒せ!!」
俺は心に、深刻なダメージを受けた。
「あああ、どちらも女にしてしまえば大丈夫だと思った妾が間抜けだったわ!! モーレン、後でこいつらの罰を何か、考えておけ!! あと、ちゃんと鍵は確認するように!!」
「かしこまりました」
ヴィティアの暴走があったせいで、牢屋の鍵が開いていた事についてはお咎め無しだったが。……まあ、アレじゃ俺達が開けたとは思うまい。偶然開いていて、そこを出たと考えるのが自然だろう。
俺はもはや何も言えず、牢屋の柵を握り締め、呆然と立ち尽くしていた。モーレンは後に一人残り、キララが地面をどすんどすん踏み付けて去って行った後、俺達に振り返った。
モーレンは、頬を赤らめていた。
「…………あの、グレンオード様、ヴィティア様」
「おー」
「そういうのは…………もう少し、人の来ない所でお願いします」
俺は思わず、目尻に涙を浮かべていた。
モーレンがその場を離れると、再び静寂が訪れた。ヴィティアは牢屋の隅で膝を抱え、何も言う事が出来ずにいる。
「…………おい、ヴィティア」
「何も言わないで」
「…………また牢屋に戻って来てしまった訳だが」
「私が悪かったからあぁぁぁ!! もう何も言わないでえぇぇぇ!!」
余程、羞恥心に悶えているようだ。風呂場で『全裸よりも恥ずかしい姿を何度も見られている』と言っていたが、これでまたヴィティアの名前がひとつ、汚れてしまったのではないだろうか。
あわれ、ヴィティア…………。
あれ? 牢屋の窓から、光が少しだけ差し込んでいる。…………そうか、ここには時計が無いから、時間の感覚がすっかり無くなっていたけど、もう夜明けが近いんだ。キララが起きたのも、そのせいか。
皆が寝静まってから風呂を貸してもらったり、そこで倒れたりしていたからな。
と、いうことは。少なくともまた夜が訪れるまでは、俺達はここから動かない方が良い、という事だろうか。
俺は牢屋の床に寝転んだ。牢屋と言えど、そこまで汚い訳でもないのは救いだな。
「まあ、少し寝ようぜ。もうすぐ、皆が起きて来る時間だろ。朝食があるのかどうか、分からねえけど…………」
「仕方ないわね。…………こうなったら、正攻法で行くわよ」
…………なんだって?
一度は寝転んだ身体を、俺はまた起き上がらせる。ヴィティアは既に手錠まで掛けられて、為す術無さそうな雰囲気だが。
「…………まだ何かやるつもりなのかよ」
魔力を封じる錠だぞ。そんなものまで、【エレガント・マスターキー】で開けられるって言うのか?
ヴィティアは両手が繋がった状態のまま、頭の髪留めに手を伸ばす。それを外すと、細い針金を出して髪留めを口に咥え、鍵穴に突っ込んだ。
「いやおい、そんなもんで開く訳――――…………」
ガチャン、と音がして、ヴィティアの手錠は地に落ちた。
マジか。
俺は何も言えず、ヴィティアの様子を眺めていた。まず、髪留めから針金が飛び出す、というのも不思議だが。どうやら、サイドの部分から出せるようになっていたらしい。
ヴィティアは牢屋の錠を今度は手に取り、同じように鍵穴へと針金を突っ込んだ。…………何がどうなっているんだ。魔法を使っているようにも見えないのに…………。
錠が外れ、ヴィティアは牢屋の外に出た。
「グレン、そこの通気口から上に出て、キララの部屋を目指そうと思うけど、どう思う?」
「お、おう。…………そんなことできたのか」
ヴィティアは溜息をついて、首を振った。
「初めから、こうすれば良かったのよね。ほんと、馬鹿みたい」
「ほんとだよ」
「…………少しはフォローとかないの?」
「フォローする要素がないだろ」
「カッコ良く決めたかったのよ!!」
本当に、こいつは無駄な目立ちたがり根性を発揮しやがって…………。まあ、俺に良い所を見せようとしてくれたんだろう。そう考える事にしよう。
ヴィティアが俺に、手招きをしている。
「…………なんだよ?」
ヴィティアの髪飾りから、プラスドライバーが飛び出た。…………何だこれは。十徳ナイフか何かか。
「手が届かないから、肩車してよ」
「えっ」
唐突だが、ヴィティアはショートデニムパンツ等の、めちゃくちゃ丈の短いズボンが好きだ。奴隷根性か盗賊根性か、スカートは一切履かない。当然、今日も例に漏れず、ヴィティアは生足を露出している。
俺に、この太腿を肩車しろって言うのか。
*
「ちょっと、お尻に顔、突っ込まないでよ!!」
「急に止まるからだろ!!」
部屋の上にある通気口は、四つん這いになってようやく通れる程度の高さしかない。
身体を伸ばす事ができる箇所も少なく、いい加減に身体がだるくなってきた。ヴィティアの技術のお陰で通気口は元のままのように見えるから、連中が牢屋の様子を見に来た時は、さぞ驚く事だろう。
今の自分が小柄で良かった、と思う所だ。これが男の身体のままだったら、どこかで身動きが取れなくなっていたかもしれない。
もうかなりの時間、ヴィティアの尻しか見ていない。外はそろそろ、明るくなっている頃だろうか。
「…………ヴィティア、どうだ? 今俺達、どの辺に居るんだ?」
「もう少し、我慢して。…………立ち上がったら、すぐ右の窪みに隠れるわよ」
お。どこかを抜けたようで、ヴィティアは立ち上がっていた。空が見える…………空?
「…………なるほど、そういう事か」
城の外側まで辿り着いてしまったようだ。ヴィティアは反対側の通気口の蓋を、内側から外して外に出た。人ひとり分は歩くことが出来そうな柱があり、割と高さがある。地上には、グランドスネイクのギルドメンバーと思わしき女達が徘徊している。あまり長居をすると、すぐに見付かってしまいそうだ。
右の窪み…………おお、あれだな。確かに、身を隠す事はできそうだ。
俺は通気口から出て、右の窪みに走った。向こう側には、既にヴィティアが待っている。
合流すると、ヴィティアは笑みを浮かべた。
「なんだか、大泥棒みたいね」
俺は苦笑して、答えた。
「実際、泥棒やるつもりなんだろ。…………今度はヘマするなよ?」
「とにかく、キララ・バルブレアの部屋がどこか、見付けないとね。………この様子だと、まだ連中は気付いてなさそうね」
モーレンが俺達に気を利かせて、放置してくれているのかもしれない。何にしても、これはチャンスだ。
でも、仮に盗み出したとしても、チェリアとスケゾーと合流しなければならない、というもう一つの問題があるのだが。今頃、どこに居る事やら。
「入れ」
…………ん? 今の声は。
俺とヴィティアは、同時に顔を上に向けた。かなり近い部屋から、声が聞こえた気がする。あの超音波のようなソプラノの声は、絶対に間違えない。キララ・バルブレアだ。
意外と、標的はすぐに近くに居るようだ。ヴィティアは早速、器用に壁を登って行く。身軽なもんだな…………俺にもできるだろうか。
手足に魔力を込めているように見える。……そうか、あれで腕力と脚力を強化して、引っ掛けているんだな。一部屋分程度の高さを登ると、すぐ上の通気口を開いて、ヴィティアは中に入った。
しかし、真似する必要はない。俺はそこまでジャンプして、通気口の入口に手を引っ掛けた。
そのまま、中へと潜り込む…………お。下の階と違って、こっちは少し高さと広さがあるな。俺が中に入ったのを確認して、ヴィティアは通気口を元通りに戻した。
「サンキュー、ヴィティア。お前にこんなスキルがあったとはな」
「…………まあ、万年下っ端の知恵ってヤツよ」
そう言いながらも、ヴィティアは少し照れている様子だったが。
「キララさん、先日はどうもありがとうございました。お陰でよく眠れました」
この声は、チェリア…………? まさか、一足先にキララの部屋に行っているのか…………!?
俺とヴィティアは互いに頷いて、足音を殺してキララの部屋を探す。下と違って広さがある分、探すのは楽そうだ。
お、あの通気口。もしかして、あれがキララの部屋じゃないか?
俺は、通気口を裏から覗いた。
「ぶふっ――――――――!!」
目の前に、半裸のオヤジが良い顔をしている銅像があった。
思わず叫びそうになった口を押さえて、俺は速やかに通気口を離れた。
物置…………か? 何で綺麗な笑顔をしているおっさんの像が、こんな所に。色々なモノがすし詰めになっているのか、何故か顔はこっちを向いていた。
ゲリラにも程があるだろ…………勘弁してくれよ。
「グレン」
ヴィティアが小声で、俺の名前を呼ぶ。…………見ると、手招きをしていた。俺はヴィティアの所まですり足で寄って、ヴィティアの見ている通気口から、下の部屋を見る。
…………あ、こっちか。良かった、あれがキララの部屋じゃなくて。
チェリアは、既にキララの部屋にいた。招待された、って所か…………? チェリアは俺達とは違う所に居たらしい。チェリアの隣には、スケゾー!!
ど、どういう状況なんだ、これは…………!?
「それで、話とは何じゃ?」
キララはチェリアに問い掛ける。すると、チェリアはあどけない笑顔を見せて、キララに言った。
「あの、私…………キララさんみたいな、強いキャラクターが欲しいんです!!」
本当にどういう状況なんだ!!




