Part.83 男はすべからく死すべし
登場した少女は…………見た目、まだ十代に入ったばかりといった風貌の幼女だった。
扉の内側から上半身だけを乗り出して、こちらを見詰めている少女。見た目は随分と可愛らしい…………が。一体何なんだよ、メサイアって。人の名前か? ヴィティアとチェリアだけでもちょっと紛らわしいのに、この上語尾を『何とかア』にするのやめてくれよ。
つい、そんな事を考えてしまうが。
「あ、あのさ。俺達、ここのギルドリーダーに用があるんだけど」
とりあえず、顔が見られたんだ。俺はそう言って、対話を試みる。
――――あっ。
「おっ、おい!!」
俺が話し掛けると、少女はすぐに身を隠して、どこかにバタバタと走り去ってしまった。……何だよ。これじゃ、全く会話にならないじゃないか。
ギルドリーダーだけじゃなく、ギルドの人間も偏屈な奴ばかりなのか? だとしたら、これは相当骨が折れるな。
「ご主人、ほんとにオイラが上から様子を見て来ましょうか?」
「いや、さっきのは流石に冗談で…………あんまり事を荒立てたくないんだよ。今回はどうにか説得しなきゃいけないからさ」
折角のスケゾーの提案だったが、俺はそれを拒否した。中に入れないんじゃ、と思っての事だろうけど…………仕方ない、よなあ。一体どうしたら、中に入れてくれるんだろうか。
「ようこそいらっしゃいました」
おお…………!? 城門が開くぞ…………!! 俺達は下がって、その城門が完全に開き切るのを待った。
その向こう側には、空色の髪をポニーテイルにした女性が一人、立っていた。黒いズボンに白いシャツ、サスペンダー。…………なんか、男みたいな服装だ。或いは執事か。
目つきは鋭い。鷹のような目をしている。魔法を使って扉を開いたのか、右手が俺達の方に向かって突き出されていた。
ヴィティアとチェリアの身体が、僅かに強張る。
…………あんまり、歓迎されている雰囲気じゃないな。
「ご機嫌如何ですか、メサイア様。…………これも昔のよしみです、話だけは私が聞きましょう」
だからメサイアって誰だよ…………。
*
城の中はそれこそ宮殿といった風貌で、豪華な装飾は室内にまで及んでいた。どうしても、『ギルド・キングデーモン』の時と比べてしまうが、廊下一つ取っても赤い絨毯に宝石の散りばめられたシャンデリアなど、高そうなものばかりだ。ボーイッシュなポニーテイルの女性は俺達を部屋まで案内すると、ソファーに座らせた。
道中、何名かの女性――――メイドや、ギルドメンバーだと思われる――――と出会したが、皆ひそひそと、聞こえないように何かを話しているようだった。特に聞く気にもなれなかったので、俺はスケゾーの耳を使わずに通り過ぎた訳だが…………やっぱり、歓迎はされていないようだった。
元々こうなのか、それとも勘違いされているからなのか…………きっと、どちらの要素もあるんだろう。
「来客にお茶を」
静かにそれだけを部屋の中に居たメイドに伝えて、ポニーテイルの女性はソファーに座った。
「…………それで、今更何の用でここに来たのかと、そのような質問をさせて頂いてもよろしいですか」
目を閉じて、ポニーテイルの女性は腕を組んだ。…………言葉遣いは丁寧な雰囲気だけど、雰囲気だけでとても失礼である。
「あー…………あのさ、なんか勘違いしてるみたいだけど…………俺は、グレンオード・バーンズキッド。そのメサイアなんちゃらって人の事は、全く知らない。見た事もないんだが」
うっ。
ポニーテイルの女性は、ものすごい顔で俺を睨み付けた。…………部屋の壁に掛けてある剣に、視線が行く。
「冗談も大概にしないと、五体満足では居られませんよ?」
何したんだよ、メサイア。ふざけんなよ。
「ほら、世の中には似た人が三人は居るって言うし、ね? ちょっと、落ち着いてよ」
手を振りながら、ヴィティアが苦笑する。ナイスフォロー、ヴィティア。ポニーテイルの女性は俺達の事を、訝しげな顔をして見詰めていた。
…………そんなにか。そんなに似てんのか。ちょっと自分が誰だかの自信が持てなくなりつつあるぞ、俺。
「うちのご主人は記憶喪失になんかなってねえっスよ。言い掛かりもいい加減にって所だと思うっスけどね」
「あなたは?」
「オイラはご主人、グレンオード・バーンズキッドの使い魔。スケルトン・デビルの末裔っス」
お、少し揺らいだようだぞ。俺の顔はともかく、スケゾーなんて世界に二匹と居ない、珍しい悪魔だからな。そりゃあ、見た事がないって訳だ。
「…………仕方ありませんね。よく似た他人、等と言って落ち着くレベルではないですが。…………そこまで言うなら、信じましょう。私の名は、モーレン・レンジ。『ギルド・グランドスネイク』の参謀に当たる人物です」
ほんと、どんだけ似てるんだか。未だにポニーテイルの女性――――モーレンは、俺とスケゾーの言葉を信じ切れない様子だったが。
苦笑して、俺は応えた。
「俺は、グレンオード・バーンズキッド。セントラル・シティじゃ、『零の魔導士』なんて呼ばれているよ。後、俺の仲間。ヴィティア・ルーズと、チェリア・ノッカンドーだ」
二人共、冒頭のやり取りがあったからか、笑みがかなりぎこちない事になっていたが。モーレンはそんな事、気にも留めないといった様子でさらりと流し、茶を啜った。
…………やり辛い。これは、かなりやり辛いぞ…………何で機嫌が悪いのかもよく分からないし、どう見ても歓迎されていない。
「では、要件を聞きましょう」
この状況で承諾されるとは、あまり思えないが。伝えない訳にも行かない、背に腹は代えられないか。
「『スカイガーデン』という場所に、俺達の仲間が連れ去られたらしい。俺達は情報を集めて、どうにかそこへ行こうとしている。仲間の親族に、『スカイガーデン』へ行く鍵になっているアイテムを持っているのはあんた達だ、と伝えられた」
そう伝えると、モーレンの眉が強く跳ねた。
「空の庭の事を知ってのご来客でしたか。…………これは、困りましたね。私には、決定権がない」
モーレンはそう言って腕を組んだ。決定権が無いって事は、やっぱり決定権を持っているのは、『キララ・バルブレア』……ここのギルドリーダーなんだろう。
俺はテーブルに手をついて、モーレンに向かって身を乗り出した。
「悪いが、一刻を争う状態なんだ。どうか、アイテムを譲って欲しい。…………俺達もあまり余裕が無い。できれば、あんた達とは戦いたく無いな」
一応、脅しを掛けておくべきだ。俺が何者なのか分からない以上、軽く見る事もできない筈。まだ俺は、こっちに何人仲間がいて、どんな状態なのか、という事は話していないからだ。
うまく、乗ってくれれば良いんだが。
「ご冗談を。貴方こそ、死にたくは無いでしょう。決定権は我々にあります」
…………駄目か。ギルド相手に戦いを挑むなんて、そもそも大きな話になってしまうからな。
俺は大きく息を吐いた。…………さて、どうする。とにかく、ここの親玉と話してみるしか方法はないが。この様子だと、出てきてくれるのかどうか。
「もうよい、モーレン。話は聞いた」
何だ? この、異様に高い声は…………
扉の近くに、先程の少女が立っていた。桃色の髪は相変わらず形が美術品のようで、目立つ。凛とした表情で立ち、俺達の方を見詰めていた…………って、えっ?
「キララお嬢様!!」
えええええっ――――!? こ、こいつがギルド・グランドスネイクの覇者、キララ・バルブレア…………!?
『北に、『ギルド・グランドスネイク』というギルドがある。今はそこの、『キララ・バルブレア』というギルドリーダーが持っているようだね。後は、ここより南に『サウス・ローズウッド』という国があって、そこの国王が持っているようだよ』
『あぶねえあぶねえ、知り合いだったら俺が殺されてたかもな。…………気を付けろよ、おっかねえぞー』
な、なんか思っていたのと、全然違うぞ。もっと、どっしりとした感じの男女かと…………めちゃくちゃ可愛いじゃないか。いや、そういう意味じゃなくて、身長とか顔立ちとか。姿形だけなら完全にただの幼女だ。
「あ、あんたがキララ・バルブレア?」
拍子抜けしてしまった。…………これが、噂に聞く偏屈なギルドリーダー? とても、そうは見えないが。
「気安く名前を呼ぶな、下衆が。石詰めにして海に捨てるぞ」
「ひっ…………!?」
悪寒がして、全身が総毛立った。俺の横にいたヴィティアが思わず声を上げていた。
な、なんだ…………!? なんだ、この気迫は…………!! とても、桃色の幼女から発されるものとは思えない…………!!
キララ・バルブレアは、その愛らしい見た目とは裏腹に、とてつもない殺気を持って、俺を睨み付けていた。
「ご主人。…………こいつは、まずいっスね」
「スケゾー?」
「魔力の量はともかく、質が…………人間のものとは、ちと毛色が違う雰囲気なんスよ。何をしてくるか、オイラにも見当が付かねえっス」
スケゾーがこう言う時は大抵、間違いなくやばい時だ。俺は立ち上がり、真正面からキララと向き合った。
「グレンッ…………!! ねえ、一旦出直さない? あのマッチョがいないと、これは…………」
「馬鹿言うな、ヴィティア。もう一度セントラルに戻る、なんてのは有り得ないだろ」
第一、リーシュと特別に仲が良い訳でもなく、協力してくれるキャメロンに申し訳が立たない。元々噂には聞いていたんだ、ある程度どんなのが来ても、覚悟はしていたさ。
禍々しい魔力を渦巻かせて、明らかに俺を威圧しているキララ。俺は真正面から、キララの魔力に対抗するべく、魔力を噴き出させた。
二つの魔力が、ぶつかる。
「グレンさん…………!! あまり、挑発しない方が!!」
チェリアはそう言うが、正直こうでもしないと、俺が安心できない。これ程の殺気を出されたんじゃ、な。
俺は笑みを浮かべて、キララを見た。
「こんな事をしているけど、穏便に話がしたい。…………あんたが『夜の顔』を持っているのは分かってるんだ。そいつを俺に、譲ってくれないか?」
「顔を変えてから出直して来い、メサイアの紛い物が…………!!」
もう、ここの連中は皆、顔、顔、顔だな。メサイアって一体、何者なんだよ…………!!
「なあ、俺はそのメサイアなんとかとは縁もゆかりもないんだって!! あんたらが勝手に勘違いしているだけなんだ、いい加減にしてくれよ!!」
そう言うと、キララは…………これ以上反り返る眉はあるのかと思う程に眉を怒らせて、全身から炎を噴き出させた…………!!
「うるさあああああいっ!! 妾は…………妾は、貴様のその顔を見ているだけで…………腹が立って仕方が無いんじゃああああああっ!!」
あまりにも酷い言い掛かりだ!!
しかし、おっかねえってこういう事かよ…………!! こいつは、面倒臭え奴と関わらないといけなくなったもんだ…………!!
キララは目尻に涙まで浮かべて、俺に向かって叫んだ。キララの放った爆炎が、俺に向かって突き刺さる…………!! ヴィティアとチェリアを背中に隠し、俺はキララの炎を正面から受け止めた!!
解除できない事はないが…………これは、激し過ぎる…………!!
「お嬢様!! 室内です、威力にお気を付けて!!」
おいモーレン、お前は客人の心配をしろよ!!
くっそ、滅茶苦茶が過ぎるぞ、この女…………!! 黙って聞いてりゃ、訳も分からんいちゃもん付けて、攻撃を仕掛けて来やがって!!
俺はスケゾーと魔力を共有し、キララの魔法を解除した。こんなもの、五%もあれば充分だ。キララの炎が霧散すると、その向こう側にキララの姿が見えた。
「ね、ねえ!! わ、私なら話を聞いてくれるっ!? 私は顔なんて関係ないでしょ、どう!?」
ヴィティア!! お前、今までは全力で危険から逃げ回っていたというのに…………!! 俺は嬉しいぞ!!
「うるさい貴様っ!! 全裸に剥いて晒し者になりたいか!!」
「ごめんグレン、私には無理っ!!」
やっぱりお前は俺の背中に隠れるんだな!! でもその気持ちだけで嬉しいよ、ありがとう!!
「ヴィティアさん、こっちです!!」
「チェリア!!」
チェリアは既に俺の背中ではなくソファーに隠れて、ヴィティアに手招きしていた。…………お前、いつの間に隠れたんだよ!! 意外と強かだな!!
まあ確かに、ターゲットは俺だからな…………ってちょっとはフォローしろよ!!
「その顔で、女を何人もはべらしおってからに…………!! 少しは妾の気持ちを考えろ、愚か者が!!」
だから意味分かんねえっていうか片方は男だって!! 何で誰も気付かないんだよ!! 俺も気付かなかったけど!!
「おいお前、ちょっとおかしいぞっ!? 別人だって言ってんだろうが、話くらい聞けよ!!」
あれ。
何でだろう。今、俺、かなりやばいトリガーを引いたような気がする。咄嗟の予感だったけど、こういうのって良く当たるんだよな。
「……………………今お主、なんと言った?」
一瞬にして、キララの空気が変わった。姿の向こう側に見えるオーラに、鬼のような印象が混ざる。
何もされていないのに、地響きでも起こっているかのように、空気が振動している。一見して、幼女が泣き出す手前のような外見。だが、その内側に巻き起こっているものは、見た目のそれとはまるで違うものだった。
見たこともない、魔法の形。俺の真下に描かれたそれは、勿論俺のものではなかった。
「お…………おい。待て、やめろ。こりゃ何だ…………!!」
「妾は…………。…………妾は…………」
何か、やばい魔法が来る。咄嗟に、俺は予感していた。知らない俺には解除しようもない、恐ろしくマイナーで、そして恐ろしい魔法が来る…………!!
そうと分かっていても、解除ができない。なら、避けるしか無いじゃないか…………!!
「男が――――――――大っっっ嫌い――――――――じゃああああああ――――――――」
叫び出す瞬間に、俺は誰も居ない空間にジャンプして、魔法を避けた。
無駄な『溜め』だ。こんな強大な魔力、相手にする方がどうかしている。黙って棒立ちになって、魔法を受けるとでも思ったのかよ。甘いぜ…………!!
「あああああっくち!!」
何イィィィィィィィ――――――――!?
キララの盛大なくしゃみによって九十度方向の変わった魔法は、避けた俺に向かって吹っ飛んだ!! んなアホな!!
落雷に打たれたような、衝撃があった。…………いや、実際俺は、打たれていたのかもしれない。
「グッ…………!! グレン――――――――!!」
ヴィティアの叫び声が聞こえる。
しかし、その言葉に返答することもできず。俺の意識は、遥か彼方へと飛んで行った――――…………。