Part.80 キングデーモンの誘惑
話の後で、キャメロンが言った。
『そういえばグレン、『ギルド・キングデーモン』のギルドリーダーが、お前を探していたぞ』
キングサーモンと呼び間違えそうなこのギルドは、今現在におけるセントラル・シティの所属ギルド。総勢千人とも言われる、巨大ギルドである。
俺は、その『ギルド・キングデーモン』が拠点を構える、城の前まで来ていた。
「…………ここか」
ノーブルヴィレッジに行く前に寄るか、と思っていたが…………実を言うと、あんまりこういう場所は得意じゃない。
ギルドと言えば、冒険者を集めたパーティーが更に大型になった組織――……という側面は確かにあるんだけれども、どちらかと言えば街や国を護る為の、言わば守り神のような存在になっている。ただの冒険者やパーティーとは、毛色が全然違うのだ。
街や国がギルドの為に城を用意するのは、その街や国が魔物に襲われない為だ。サウス・ノーブルヴィレッジやマウンテンサイドが魔物の襲撃に怯えるのは、ギルドの為の城を作っていないからだ、とも言い換えられる。
対して、ギルドもどうにかして、どこかの街の所属ギルドになりたい。所属ギルドになれば定期的に安定した収入が得られるし、ギルドの背中に箔が付く。あのギルドに頼めば、大掛かりな事件を解決してくれる、というメッセージにもなる。ギルドになったら城を構えよう、とよく言われるのだが、それはそういった意味からだ。
国とギルドは、互いに互いを守り合う、共存関係にあると言える。これが、パーティーとギルドの最大の違いである。
だから、ギルドは組織全体で、ある程度の実力が無ければならない。街や国は定期的に攻城戦を実施し、今所属しているギルドが本当に強いのか、劣化はしていないかといった意味を込めて、ギルド同士で城の奪い合いをさせる。
つまり、つまりだ。『ギルド・キングデーモン』というのは、その激しい攻城戦の中を勝ち抜いた、冒険者業界のライオンのような存在なのだ。
「おー、でっかい城っスねえ」
すっかり萎縮している俺とは対照的に、スケゾーが呑気な声を上げた。
「言うなよ。今、そのでっかい城に入らないといけないんだから……」
「ご主人には到底掴めそうにない城っスね、ほんと」
俺はスケゾーを殴った。
しかし、こんな巨大ギルドのギルドリーダーが、一体俺に何の用だろうか。治安保護隊員も殆どはこのギルドから出ているので、あまり良い予感はしない。
意を決して、俺は『ギルド・キングデーモン』の城門を潜った。
*
城の中は薄暗い。時折、燭台の明かりが廊下を照らす程度だ。
どうにも、おっかない。もし自分が仮にギルドを作ったとしても、こういう所には住みたく無いなあ…………。内心ではそんな事を考えつつ、俺はキャメロンに手渡されたメモを頼りに、先へと進んで行く。
こんな所なら、誰か連れて来りゃ良かったぜ。
「そういや、久々に二人っスね、ご主人」
不意に、スケゾーがそんな事を言った。
「そうだな。一瞬の出来事だけどな」
「最近ご主人と話す機会が無いもんで、オイラはちょいと寂しいっスよ」
「嘘こけ。別に俺がフリーな時でも、勝手にどっか居なくなるくせに」
「へへへ。まあまあ、色々やってんスよ」
骸骨が手揉みをして俺に媚びる様は、本当にただの下衆にしか見えない。……大丈夫か。
色々って何だよ。コイツが裏で何かやっているのは知っているが、俺には教えてくれても良いんじゃないか、と思うが。
スケゾーは俺の肩で、極めて小さな声で言った。
「実はご主人が目覚めるまでの一週間、連中の素性を探っていたんスけどね」
――――――――コイツは、本当に。
「何か分かったか?」
「ジョーカー・アンド・ブラック、ベリーベリー・ブラッドベリー、そしてギルデンスト・オールドパー。少なくとも言える事は、セントラルの冒険者一覧には名前がねえって事です。それか偽名を使っているか、どっちかっスね」
良いぞ、スケゾー。俺はそういう情報を求めていた。
ヒューマン・カジノ・コロシアムでの一件から、俺も気になっていた。連中はどうにかして、セントラル・シティや他の街の目を忍んで何かをしようとしている。それは確かだ。
『ゴールデンクリスタル』の話も、スカイガーデンの連中の話も、公にはなっていない。それを考えると、今この段階で周囲に知られたくない事を、水面下では行っていると、そういう事なのではないか。
「探りを入れても足が付かない人間を盾にして、何か大きな事を起こそうとしている…………か?」
「可能性としては。偽名を使っている以上、オイラはこれ以上、セントラルで調査できる事は無いと思ってんスけどね」
確かにそうだ。…………やっぱり、スカイガーデンに行ってみないと、という所か。
だが、奴等は金眼の一族ではない。もしも空の連中が全員金色の瞳を持っているなら、少なくともスカイガーデンの住人ではない事は確かだ。
この広いセントラル大陸で、冒険者でもない人間があれだけの実力を持ってヒューマン・カジノ・コロシアムに参加するとは、やっぱり考え難い。
ただの力持ちなんかじゃなく、明らかに冒険者の戦い方をしていた。
「スケゾー、お前何か、気にしているのか?」
俺は、スケゾーにそう問い掛けた。
「…………いや、大した話じゃねえっスよ。…………ただね、ご主人の事件と、どうもノリが被るなあって思ってるだけなんスよね」
知らず、眉が跳ねた。
こういう時のスケゾーの勘は、やたらと良く当たる。
「…………注意して、探りを入れよう。もし本当に、俺とも繋がってるって言うんなら…………ぶっ潰さないとだな」
「ですね。オイラも、注意して見ておきますよ」
「ああ、頼むわ」
ここか。いかにも重そうな、豪華に装飾された鉄の扉。この向こう側に、俺を呼び出した人物が居るとの事だ。
俺は喉を鳴らして、扉をノックした。
静かな緊張が走る。程なくして扉が開き、中から眼鏡を掛けた赤髪の美女が現れた。
「グレンオード・バーンズキッド様でいらっしゃいますね」
「あ? …………ああ。何で俺の名前…………」
「表の城門を潜った時に、確認は済んでおりますので」
そう言って、赤髪の美女は俺の持っているメモを指差した。キャメロンから受け取った、このメモ…………よく見ると、小さな魔法陣が書いてある。
なるほど、どうも警備が手薄だと思ったら、こんな所に仕掛けが。俺が入ってくる事は承諾済みだった、という訳か。
だったら一言くれりゃ、こっちだってこれ程構えなかったのに。
「奥でクラン・ヴィ・エンシェント様がお待ちです。お入り下さいませ」
赤髪の秘書? らしき人物に案内されて、俺は部屋の中へと入った。
広い……これ本当に部屋かよ。セントラル・シティの街並みが一望できる、広い窓。外側は古臭い城だが、ここだけびっくりするほど内装が綺麗だ。
フォークダンスでも踊れそうな程の広さがあるというのに、中にはテーブルが一つと、椅子が一つ。後は端に、来客用と思わしきソファーと背の低いテーブルがあるだけ。その向こう側に、青みがかった黒髪を綺麗に揃えている男が座っていた。
「いらっしゃい。…………君が、グレンオード・バーンズキッドだね」
顔が強張る。
「あ、ああ。あんたが、『ギルド・キングデーモン』の支配者、クラン・ヴィ・エンシェントで間違いないか?」
「如何にも。名前を覚えて貰えて光栄だよ、『零の魔導士』」
なんだこいつ、めちゃくちゃ格好良いぞ。
さらりとした前髪は、目の辺りで揺れる。にも関わらず存在を主張している、睫毛の長い優しそうな眼。しかし頼りない訳ではなく、ある意味では鋭くも見える気迫がある。
ラグナスを見た時も美形だと思ったが、コイツは…………。
「今日は呼び出してしまってすまない。どうぞ、こちらに座って欲しい。ティーニ、お客様にお茶をお出しして」
「かしこまりました」
さっきの赤髪の美人、ティーニって言うのか。クランからそのように支持されると、顔色一つ変えずに部屋を出て行く。まるで機械のように無表情な人だ。
俺はティーニの様子を見ながら、ソファーへと腰掛けた。クランはティーニを見送ると同じように向かい合わせのソファーに座り、俺に笑みを浮かべた。
「それで、今日は君に頼まれて欲しくて、こんな所に呼び出してしまったんだけどね」
「俺に?」
俺は思わず、喉を鳴らした。
頼み事。俺が最初に考えていたような、まずい事とは少しベクトルが違うようだが――……それはそれで、理解に苦しむ。人など山ほど仲間に居るだろうに、何故俺なのか。
クランは咳払いをひとつ。そして、テーブルの上で指を組んで、言った。
「実は君を、『ギルド・キングデーモン』にスカウトしたいと思っているんだ」
――――――――んん?
俺は一瞬、何を言われているのか…………さっぱり、分からなかった。
「…………ああ、スカウトマンをやればいいのか?」
「いや、違う、そうじゃない。…………話には聞いていたが、君も中々に変わり者だね。普通、そこで勘違いはしないだろう」
俺とクランのちぐはぐなやり取りの中、ティーニが俺とクランに茶を出す。
しまった。普段勘違いばかりのメンバーに囲まれているから、こんな所で普通の対応が出来ないなんて。……いや、しかし。正直、どうしてそんな話になっているのか、皆目見当が付かない。
俺を、『ギルド・キングデーモン』に――――?
「それは、どうして。…………クラン、さん?」
問い掛けると、クランは頷いた。
「クランで構わないよ、同世代だろ?」
「…………そうか。じゃあ俺の事も、グレンでいい」
「ありがとう。実はねグレン、君が『ヒューマン・カジノ・コロシアム』で優勝した、という噂を聞いて…………」
思わず、苦い顔になってしまったが。
なるほど、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』優勝っていう肩書は、こんな所にも現れて来るのか。……知らなかった。まあ確かに、あの凶悪な大会で優勝したんだ。こんな話が来てもおかしくはないか。
「こんな事を言ってしまって悪いが、正直言うと、これまでの冒険者としての君の経緯は、申し訳ないがエリートとは程遠い位置にあると思っている」
「ああ、同感だ。別に遠慮しなくて良いぜ」
「だから、特に気にもしていなかった。今回の件で改めて、ソロでやっている時の映像を幾つか、見させて貰ったんだよ。そうしたら…………これがとんでもない、ダークホースじゃないか」
参ったな。…………何の話かと思ったら、そういうことかよ。
俺は腕を組んで、クランから目を背けた。ギルド勧誘なんかされても…………なあ。俺はこの中で上手くやっていく自信なんて、無いぞ。
ソロでやっていた時の記憶が蘇る。…………それは、お世辞にも良いとは言えないものだ。
クランは誠実に、真っ直ぐな期待の眼差しを俺に向けていた。
「まるで、箔が付いたら飛び付いたみたいな恰好になってしまって、本当に申し訳ないと思ってる。…………でも、私は君に感動すら覚えたよ。丁寧な魔力の扱いと、その制御の方法。確かに魔法は飛ばないみたいだが、それを補ってあまりある肉体的な戦闘能力。そして、魔法の威力。どれを取ってもずば抜けている。君みたいな人材が、今まで虐げられていたのが信じられないくらいだ」
「褒め過ぎだよ、クラン。……そんなに、大したものじゃない。それに、それだけあっても遠距離のアタッカーにはなれないんだ。そりゃ、文句も言われるさ」
俺はそう言ったが、クランは首を振った。
「誰にでもできる事じゃない。確かに、仲間から反対意見は出たよ。それでも…………私はグレン、君を直属の部下として迎え入れたいんだ。相応の給料も払う。…………今すぐで無くても良い、少し考えてみてくれないか?」
スケゾーは、何も言わない。…………俺の決断に従う、という事らしい。
――――まあ、そうだろうな。俺は立ち上がり、クランに苦笑を見せた。
「とりあえず。…………悪いが、今はノーだ」
クランは寂しそうな笑顔を浮かべたが。俺は、言葉を変えるつもりはなかった。
「元々、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』には、奴隷として売られた仲間を取り返す為に参加したんだ。まだ、捕らわれた仲間が一人いる。俺はそいつを、まず助けに行かないといけない」
「…………奴隷として、売られた?」
「詳しい事情は、伏せさせてくれ。…………というか、正直俺にも敵の実態がまるで掴めてないんだ」
クランは心配そうな顔をして、俺を見た。何だよこいつ、顔が良い上に実力もあって、性格も良くて…………めっちゃ良い奴じゃないか。
そんな奴の勧誘を断るのも勇気が要る事だったが。これが、セントラル・シティの頂点に立つ男なのか。同世代ながら、尊敬せざるを得ない。
「何なら、手を貸そうか?」
「いや、まだ人数が必要な段階じゃない。…………というか、俺があんまり得意じゃないんだよ、大人数でどうこう、ってのは」
苦笑して、手を振る。これは、俺の正直な気持ちだ。クランのように、人数を束ねて管理して、なんて俺には到底無理な話だ。
俺には、こういう方が合っている。人が少ない代わり、キャラが濃すぎて困るくらいが丁度良い。
「そうか…………。分かった、ひとまず今の段階では手を引こう」
「そうしてくれると助かる。…………んじゃ、俺も行く所があるから」
「グレン」
部屋を出ようとする俺を、クランは引き留めた。
「これだけは、覚えておいてくれ。…………私は、君の腕に惚れている。もっと人として、近付きたいと思っている、と」
大丈夫かな、俺みたいな奴に近付いて。変な人間に進化しないと良いんだけど。前例が居るからな。キャメロンという。
「分かった。…………サンキューな、クラン」
俺達は、微笑みを浮かべ合った。
「…………ところで、ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルという男は、君の仲間なのかい? 実は、彼にも声を掛けようと思ったんだけど」
「あいつは止めておいた方が良い。そこそこ強いのは認めるけど、正直人格に問題があり過ぎる」
「そうなのか。…………S級ミッションを同時に三つもクリアした、って情報が入ってね」
「マジで!?」
そういえば、もう随分と長い事、ラグナスに会っていないな。今頃どうしている事やら。
もう少し人がまともになっていればなあ、と切に願うばかりだ。