Part.79 スカイガーデンへの道標
俺の中の『ベスト・オブ・ガールで賞』は、海の藻屑となって消え去った。
「まさか、チェリアが男だったなんて…………」
一瞬、本気で世界の常識を疑ってしまった自分が居た。嫌だぞ、七日経ったら世界がおかしな方向に変化していたなんて。…………男女混浴が認められる世界なら、ラグナスが歓喜しそうだが。
宿の中にある食堂に集まったのは、俺、スケゾー、トムディ、ヴィティア、キャメロン、チェリアの五人と一匹。何とも大所帯なパーティーになってしまったものだと、俺は思ったが。
「はあぁぁぁ…………!! まともなお昼ごはん…………!!」
大して美味くも無い食堂のメニューに、ヴィティアが歓喜して両手を合わせていた。
「ヴィティアさん、グレンさんが目覚めるまでちゃんとしたご飯は食べないって言ってましたからねー」
チェリアがさらっと、爆弾発言をした。…………俺、七日も目が覚めなかったんだろ。その間、一体何を食って過ごして来たんだ。水か。
「…………いや、無理だろ? ウエスト・タリスマンで捕まっていた時は、一体何を食ってたんだよ」
「カビの生えたパンと水だけど?」
「じゃあ今までは、何を食ってたんだ?」
「カビの生えたパンと水だけど?」
「マジかよ…………」
そんな馬鹿な、である。だが、ヴィティアの様子や他のメンバーの表情から察するに、嘘という訳でも無さそうだ。…………俺も、七日も眠っていたからなのか、腹が減って仕方がない。さっさと食べよう。
俺は、手を合わせた。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます!!」
しかし、こんな人数で朝飯なんて久し振り…………というか、初めてじゃないのか、俺。ずっと飯は一人で食ってたし、パーティーになってからも最大で四人だったからな。五人というのは初めてだ。
四人まではそんなに大人数という感じもしないのだが、五人になると急に大所帯な気がするのは、どうしてなんだろう。
…………うーむ。手が痺れて、箸がうまく持てないな。
「はい、グレン。あーん」
狙っていたのか、ふと隣のヴィティアが俺に、衝撃の言葉を投げ掛けた。
「なんだ!? どうしたんだよ!!」
「どうせ箸、持てないんでしょ? 食べさせてあげるから、口開けて」
何故バレた!?
「い、良いって。自分で食べられるから」
「…………私の箸じゃ嫌?」
「卑怯だぞお前それ!!」
食事処に集まった旅人達の視線が、俺とヴィティアに集まる。…………直視しないようにして、密かに目線を送っている他人がなんか物凄く嫌だ。
くそ。世の中のカップルは、平気でこんな事してるって言うのかよ。俺とヴィティアは別に付き合っている訳じゃないが。
「ほんと、別人のようだね…………」
おい苦笑してないで止めろ、トムディ。
「うむ、仲が良いのは良い事だ」
おい自称魔法少女、多分お前が思っているような微笑ましい感じじゃないぞ。生暖かい微笑みはあるかもしれないが。
「ヴィティアさん、グレンさんが目覚めたらやるって言ってましたからねー」
宣言済み!? ちょっと、そこんとこ詳しく教えてくれ、チェリア!!
「ご主人? リーシュさんも囲って、一夫多妻制っスか? そういうの嫌いじゃないっスよ、オイラは」
俺はスケゾーを殴った。
半ば無理矢理、俺の口に箸が突っ込まれた。…………腹が減っているからか、妙に美味く感じるが。
「私はこれから、グレンのために生きるって決めたの!! これくらいやらせてよ!!」
真顔でとんでもない事を言うヴィティア。薄々感付いてはいたが、こいつって外側では突っ張っていても、中身は健気に尽くすタイプで、しかもドMなんだよな。俺の事を言葉で嫌っていても、結局付いて来ていたのがその証拠である。
…………全く、仕方ねえな。俺はヴィティアの事を真剣な眼差しで見詰め、諭すように言った。
「ヴィティア。俺はお前に、自由に生きて欲しいんだよ」
どうだ。これは、効いただろう。ヴィティアは真剣な俺の眼差しを、これまた真剣な眼差しで返した。
「初めて自由を許された私が、グレンに尽くしていたいの」
…………ものの五秒で、完膚無きまでに叩きのめされてしまった俺である。
「リーシュの事を気にしてるんだったら、心配しなくていいから。別にグレンは私の事を選ばなくても良いけど、私はグレンのために出来る限りの事をするから」
「お前な…………」
「私がそうしたいの!! 邪魔しないから、それなら良いでしょ?」
ヴィティアは椅子から身を乗り出して、今にも唇がくっつきそうな程に、俺に迫る。…………今まで見ないようにして来たけど、ヴィティアって顔は結構可愛いのだ。元の性格がアレだったので…………まあアレだった訳だが、こうなってしまうと唯の可愛い女の子である。
これは、冗談で『胸のサイズが』とか言えるような空気ではないと、流石に俺は感じていた。そもそもそんなモン、どうでもいいし…………。
「愛だなあ…………」
「愛っスねえ…………」
トムディとスケゾーが、殆ど同時に同じ感想を口にしていた。
「そういえばさ、リーシュは『スカイガーデン』にいるってヴィティアから聞いたんだけど」
ふと、トムディがそんな事を口走った。
問題が一段落して、やや力が抜けかけていた空気が、ふと引き締まった。チェリアだけは、全く何の事だか分からない様子で、辺りをきょろきょろしていたが。
俺は頷いて、テーブルの上で指を組んだ。
「そうだな。知っている人も知らない人も居るだろうし、それぞれの知識もまちまちだから……ここらで一つ、これまでの事情を共有しておこうと思う」
そうして、俺はサウス・ノーブルヴィレッジに辿り着いてから今までの事を、話し始めた…………。
*
これで一通り、話し終えただろうか。
俺はキャメロンとチェリアを含む五人で、リーシュと俺の身に起きたこれまでの出来事を共有した。
ヴィティアはある程度関わっていた人間だから、驚きも少ないようだったが。どうやらリーシュが事の初めから狙われていたらしいという事には、ヴィティア以外の誰もが驚いていた。
それがサウス・マウンテンサイドを襲ったバレル・ド・バランタインの事件に繋がっているらしいという事情が分かった時、最も驚いていたのはトムディだった。自分が今まで関わってきた出来事が、思ったよりも大きな問題に発展しているらしい、という事実に、驚きを隠せなかったのだろう。
そして、問題は未だ誰も訪れた事がない、見た事もない天空の街、『スカイガーデン』へと続いている、ということ。行き先も分からない場所に今、リーシュが居る可能性が高いということ。
勿論、ここには俺の推測が幾らか含まれている。だからそれは、分けて話した。事実と予想が混ざっていると、現実で相違があった場合に対応が遅れてしまう。
「…………と、ここまでが俺の知っている全てだ。だからこれからは、なんとかして『スカイガーデン』に行こうって、そういう話なのさ」
俺は全員に事情を伝えると、深く深呼吸をした。
「それでヴィティア、肝心の行き方についてなんだが――……お前、『スカイガーデン』への行き方は俺が分かるって、そう言わなかったか?」
ウエスト・タリスマンで捕まっていた時、ヴィティアは俺にこう言った。
『だから、『スカイガーデン』を目指して。連中はもう、『スカイガーデン』の在り処に気付くはず。後追いにならないように……あんたなら、『スカイガーデン』の居場所を教えて貰えるでしょ?』
まるで、俺が『スカイガーデン』の人間と通じているみたいな言い方だ。だが、勿論俺にはそんな人脈はない。
ヴィティアは俺の言葉に反応して、「ああ」と相槌を打った。
「サウス・ノーブルヴィレッジで、グレンがリーシュと一緒にいたから。グレンなら、リーシュの親と会ったことがあるかな、って」
リーシュに親?
…………あのババアか!!
「…………グレン?」
俺は思わず、苦い顔をしてしまったが。
しかし、そうか。何を考えてるか分からない婆さんだったけど、確かにあの人なら、リーシュの居場所を知っているかもしれない。リーシュがもし本当に『金眼の一族』だったとしたなら、少なくとも何らかの形で、空の街と通じているはずだ。
また会うのか、あの人に。…………俺、あの人は何だか苦手なんだよなあ。
「なるほど、スカイガーデンに行く為の方法を、リーシュの親から直接聞こう、という訳だな。確かに、その方が早いかもしれないな」
「…………分かったよ。じゃあそれは、俺がリーシュの婆さんに聞いてみる」
「と言っても、時間が掛かるだろう。全員で行った方が良いのではないか?」
キャメロンの言葉に、俺はポケットから緑色の宝石を取り出し、一同に見せた。
「ああいや、俺は前にサウス・ノーブルヴィレッジの村長と、召喚契約を結んだことがあってさ。実体は無理だけど、話を聞く程度ならすぐに出来るんだよ」
「召喚契約だとっ…………!? な、なんて魔法少女的なんだ…………!!」
俺はキャメロンの叫びを無視した。
とにかく、ひとまずはこれで、スカイガーデンへの行き先を当たってみる他ない。先は不安しかないが、問題解決の為の足掛かりは見付かっただろうか。
…………しかし、意外な所に解決の糸口は転がっているもんだな。サウス・ノーブルヴィレッジとの召喚契約なんて、もうこれきり使われないものかと思っていたぜ。
俺は拳を握り、テーブルに座っている俺の仲間達に伝えた。
「今更だけどさ。この話を聞いて、何だか巻き込まれちゃった奴も居ると思うんだよ、チェリアとか特に。だから、無理して協力してくれなくてもいい。話だけ、口外しないでくれれば」
チェリアは苦笑して、俺の話を聞いていたが。
「まあ、乗りかかった船ですからね。なんだか仲間に入れて貰えたのも嬉しいので、僕としては構いませんよ」
本当に、ただヒーラーとして雇われただけで、金のやり取りも既に終わっていると言うのに。お前は相変わらず、ベスト・オブ・ガールで賞なんだな。男だけど。
しかし、チェリアは何だか寂しそうな顔をしていた。
「無論、俺はグレンの仲間が元通りになるまで協力するつもりだ」
キャメロンは爽やかな笑みを浮かべて、相変わらず格好良い男だった。魔法少女だけど。
「この至高の聖職者は、いつだってグレンの味方さ!!」
トムディは頼もしい言葉を吐いて、やる気満々といった様子だった。……残念ながら、実力には今ひとつ不安が残るが。
ヴィティアは笑みを浮かべて、俺を見る。…………なんだ。何だかんだで、皆ちゃんと協力してくれるんだな。
少し、じーんと来てしまった。さようなら、仲間も友達も居ない一昔前の俺。
「ところで、空の島って良いお菓子があるかな!! リーシュを助けたらさ、みんなで回ろうよ!!」
「お菓子はどうか知らないが、魔力が高い連中なんだろう? 良い魔法少女に出会えると良いが」
「グレンと空の島ランデブー…………」
…………そしてこんにちは、根本的な旅の目的を勘違いしている仲間ばかりがいる、今の俺。
まあ確かにスカイガーデンなんて、俺達地上の人間からしてみれば最高の観光地だ。リーシュが当分生きていると分かっている今、ついそんな所に目が行ってしまうのも分からなくはない…………そうか? もう少し緊張感持てよ、お前等。もうリーシュを助けた気でいるのかよ。気が早すぎるだろ。
あんまりシリアス過ぎる空気になってもあれだが、お気楽過ぎるのもちょっとどうかと思う。
「…………あのさ、そういうのは実際にリーシュを助けてからにしないか?」
忠告するつもりで、俺は少し強めに言った。
だが、トムディは目を丸くして、俺に笑みを浮かべた。
「勿論助けるよ、絶対」
トムディは、はっきりとそう言った。
「そうだな。この無敵に素敵な魔法少女も付いているしな。失敗は許されん」
キャメロンも、安定した余裕で俺に微笑んだ。
「一人だけ犠牲になるとかは、もうやめないとね」
ヴィティアがそう言って、苦笑していた。
…………なんだ。ちゃんと皆覚悟を持って挑んでいて、それでいてなお、この態度なのか。
俺は目を閉じて、笑みを浮かべた。どうやら余裕が無いのは、俺の方だったらしいな。
「でさ!! でさ!! 現地の人に魔法を教えて貰ったりとかさ!!」
「ついに俺の『まじかる☆乙女ちっく☆神拳』が、イチゴ味になる時が来るのか…………!! 楽しみだ!!」
「ロマンチックな夜景で、グレンと二人で…………へへへ」
…………うーん。
まあ、良いか。空気が明るいのはとても良いことだ。この調子で、さらりとリーシュも助けるとしようじゃないか、なあ。
良いのか? このテンションで…………。むしろ重いよりは良いか? わからん…………。
「…………何でここの人は皆、こんなにキャラが強いんだろう」
チェリアはそんな事をぼやいていたが、正直俺が聞きたい。
「まー、リーダーがこの人っスからね」
俺はスケゾーを殴った。