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Part.75 あまりもの達の温泉旅行①

※ヴィティアが仲間に加わってから、結婚相手捜索ミッションを受けるまでの出来事です。

「はいはいっ!! 私、温泉に行きたいです!!」


 ある日のことだ。リーシュの提案があって、俺達は温泉に行く事になった。


 温泉と言えば、西へ東へ様々な場所があるが……やっぱり、行くとしたらあれだろう。セントラル・シティから北に少し進んだ所にある、『ノース・ユウェッサン』。気候は涼しく夏でも快適で、温泉の温度も肌に優しく、避暑地にもなる観光地だ。


 パーフェクトだ。


 せっかく仲間も増えて、三人プラス一匹プラス一人になった所だ。ここらでパーティ旅行をしても良いのではないだろうか。


「そうだな。たまにはそういうのも良いか」


 そう言って笑みを浮かべた俺に共感したのは、殆ど全員だった。


 さて、セントラル・シティに居るうちから観光地でもある温泉街、ユウェッサンの宿を予約しておいて、俺達は馬車で一日程掛けて、その街を訪れていた。


「わあ…………!!」


 街の入口に立つと、リーシュが感嘆に声を上げた。先進的に発展した街とは違って、古びた建物や優しそうな人柄が目立つ。所狭しと並んだ土産物は、一日そこらでは見切れないだろう。


 これまでの歴史を見ても、魔物の襲来など殆ど無い。純粋に温泉を楽しむ街、ユウェッサン。……そういえば、ただの温泉じゃないものも幾つかあるって聞いたな。ウォータースライダーがどうとか……まあ、見てみれば分かる事だろうか。


 しかし、この面子で温泉とは。……観光という目的で旅行なんてした事が無かったので、どうにも新鮮である。


 リーシュも同じ事を思っていたのか、満面の笑みで俺の方を向いた。


「見てくださいグレン様!! 温泉と何の関係もないのに、『温泉まんじゅう』って面白いですね!!」


「そういうモンだから!! それ言っちゃ駄目なヤツだから!!」


 前言撤回。相変わらず、リーシュはリーシュだった。……一応、昔は『温泉水を使って作る』っていう風習があったんだぞ。


「…………ねえ。付けて貰ったばっかりというのは、あるんだけど。……あんまり私のファッションには合わないから、これを外して貰えないかしら」


 そう言うのは、つい先日整えたばかりの私服に首輪を着けたヴィティアである。


 もじもじとして、俺の後ろに隠れるヴィティア。俺の着けた首輪が、余程気になるらしい……何がそんなに気になるんだろうか。俺は周囲を見回して、街の様子を確認した。


 ……おや。何名かの爺さん婆さんが、俺達の方を微笑ましい顔で見ている。


「最近の若いモンはやんちゃだねえ」


「そうそう、流行ってるらしいのよー。男の人が女の人をペットにするんですって」


 そんなモンが流行ってたら、今頃世界は破滅に向かっているよ。


 ヴィティアは顔を真っ赤にして、小さくなっていた。……確かに、これではあまり楽しめないというのはあるか。俺は苦笑して、ヴィティアの頭を撫でた。


「別に良いけどさ。『誓約の帽子』の存在を忘れるから着けてくれって、お前が言ったんじゃねえか」


「いや、そうじゃなくて、『誓約の帽子』の方。これ以上電流受けたら、ちょっとクセになっちゃいそうで…………」


「そっち!?」


 婆さんの事はどうでも良かったのか。……というか、俺が知らない間に電流受けてたのかよ。クセになるほど。……ドMか。


 あまりの衝撃に、思わず死んだ魚のような目でヴィティアを見てしまう俺だった。


「……な、何見てるのよ!! バカ!!」


 恥ずかしさに顔を赤くしていたんじゃなくて、どうやら頬が上気していただけらしい。ヴィティアは身を捩らせて、俺の視線から逃れようとしていた。


「スケゾー。こいつは結構、ラグナスやキャメロンと並ぶアレかも知れんぞ」


「え? 気付いて無かったんスか?」


「ひでえな!!」


 スケゾーは既に興味を無くしたようで、いつの間にやら買ってきたご湯治ビールを美味そうに飲んでいた。


 フッ。まあ、俺の周りにまともな人間が集まって来ない事なんて、とうの昔に知っていたよ。俺は苦笑してヴィティアに背を向け、ようやく広大な温泉街へと足を踏み入れた。


 …………あれ? 感傷に浸るのは良いけど、そういえばトムディが居ないな。どこに行ったんだろうか。


「ちょっと二人共、ここに居てくれるか?」


「あ、わかりましたっ!!」


「早く戻って来なさいよね」


 リーシュとヴィティアに声を掛けて、俺は人混みの中へと入った。


 観光地を見て回るのは全然構わないんだけど、先に宿へ向かってチェックインだけでも済ませておかないと。酔いどれのスケゾーを肩に乗せ、俺は土産物売り場を見て回った。トムディは…………居た、やっぱり土産物の菓子売り場だ。


「うまあ――――…………!!」


 ……既に餌付けされた後だったらしい。トムディはよく肥えた頬を擦りながら、温泉まんじゅうに舌鼓を打っていた。


「この洗練された餡と皮のバランス!! 個人的には粒餡の方が好きだったけど、これだけ丁寧に裏ごしされたこし餡なら、全然アリだなあ……!! 素晴らしいよ、まるで程良く甘い餡と皮が舌の上でダンスを踊るようだ!!」


 お前はどこの菓子評論家だ。


「兄ちゃん、見る目があるね!! 沢山食べて回っていたみたいだけど、どうだい? 他との違いは分かったかな?」


「フフン、僕を甘く見ないでくれよご主人。僕は、サウス・マウンテンサイドでは『味覚の貴公子』とも呼ばれた男なのさ。ここが一番売上の良い店だ。そうだろう?」


「正解!! 組合でやっているから、そういうアピールはしないルールなんだけど、よく分かったね!!」


 すげえな。聖職者として活動する時は正直、味覚の貴公子どころか、ただの未確認飛行物体(尻)でしか無いけどな。


 トムディは懐から財布を取り出し、言った。




「じゃあ、この棚にあるやつ、全部ください」




「待て待て待て――――い!!」


 思わず店に入ってしまった俺。トムディは俺の姿を発見すると、柔らかい笑顔を見せた。


「あ、グレン。来てたのか」


「来てたのか、じゃねえよ!! お前そんなに買ってどうするつもりだ!?」


 リアルにそれを言う奴、初めて見たよ。トムディはさも当然のような顔で、首を傾げていたが。


「だって、マウンテンサイドの人達にも送らないとだし、ルミルにも……」


「にしたって、そんなに大量に送る事無いだろ!! 旅行する度にそんなん買ってたら、金が幾らあっても足りんわ!! 俺の給料からその金出てんだろ!?」


「大丈夫だよー、父上のお小遣いの方から出すからー」


 あんのバカ親め…………!! 結局なんだかんだ言って、トムディに小遣い渡してんのかよ…………!! 子供が子供なら親も親だな!!


 俺はトムディの財布を取り上げると、店主に向かって作り笑いを浮かべた。


「すいません、さっきの饅頭、三箱ください」


「あっ!! ちょっと!! グレン!!」


「うるせえ馬鹿野郎!! お前と、ルミルの分と、城の分と、三箱で充分なの!! ちょっとは自立して生活する事を考えなさい!!」


「あのさあグレン!! 父上じゃないんだからさあ!!」


「その父上の代わりに言ってやってんだよ!!」


 これだからボンボンは困るんだ。自分で稼がなくても金がある奴は、金のありがたみというモノを知らない。


 不意にスケゾーが俺の肩で、何杯目になるか分からないビールを飲みながら、言った。


「つーか、他に送る相手とか居るんスか?」


「えっ…………」


 衝撃の一言に、トムディの動きが止まった。


「オイラには、トムディさんから送られて喜びそうな相手って、正直あんま思い付かねーんスよね」


 ああっ…………!! トムディ…………!!


 トムディは絶句して、その場に佇んでしまった。……さ、流石にそれは言い過ぎでは……スケゾーは既に酔っ払っているようで、特に気にもしていないようだったが。


 下唇を噛んで、トムディは涙を堪えていた。


「おいスケゾー!! お前、デリカシーってもんをちょっとな……!!」


「いやでも、そんな何十箱も買ったとして、送る相手が居なかったら捨てられて終わりじゃないっスか。金だけじゃなく、作ってくれた人にも迷惑って言うんですかね」


 ああ!! トムディがショックを受けている!!


 ……確かに、サウス・マウンテンサイドでのトムディの扱いって、思い返せばそんなに良くなかったかもしれない!! 子供にも小馬鹿にされる始末だし、あれはあれで愛されていたような気もするが……実際の所、どの程度信頼関係があったのかは、俺達には判断付かない所だと思う。……思うけどさ!! そういう問題じゃないだろ!?


「ぼっ…………僕…………」


「ああもう、分かった、四箱だ!! 四箱買っていこう、なっ!? それで、どっかのタイミングで直接渡しに行こうぜ!! そしたら皆、喜ぶぞ!? なっ!?」


 さっきまでトムディを叱っていた筈なのに、気が付けばトムディのフォローに回っている俺だった。トムディは必死で涙を堪えて、ぶるぶると震えている。


「いやだから、多めに買った所で渡す相手が」


「もう少し黙れお前!!」


 俺はスケゾーを殴った。


「よーし!! 分かった、この味の分かる少年に、おじさんちょっとサービスしちゃおう!! 一箱おまけだよ!!」


 終いには、饅頭屋の店主までトムディに気を使う始末である。……こいつ、少年じゃないんだけどね。


 スケゾーの心配をよそに、涙を浮かべたトムディは、通り掛かる色々な人からお菓子を貰っていた。……まあポンコツではあるかもしれないが、愛されるキャラクターだと思う。


 だから大丈夫だ。……これ、多く買うべきなのか? いや、棚ごと全部は流石に……ああもう、分からーん!!




 で。




 俺達は遂に、宿へと到着した。ユウェッサンの一番奥にある、『ミスター・ユウェッサン』という宿…………は既に予約一杯で空いていなかったので、その隣にある『ホテル・ユウェッティ』という名前の宿をチョイスした。


 事前情報を調べる限りでは、ミスターの次に大きな宿だ。手前に到着すると、その広い敷地に驚きもした。……普通に温泉宿だ。ホテルという雰囲気ではないが、まあ名前の問題だろうか。


 平屋で……何と言うか、独特の造りだった。旅行も観光もした事が無かったから、不思議な雰囲気である。


「すげえ所だな、ユウェッサン……」


「ふん。旅行って言うからどんな凄い所かと思ったら、ただのボロ屋じゃない」


「ヴィティアお前な、そういう言い方無いだろ」


「本当の事でしょ、古いんだから。東の島国から伝わった、それはもう古い建築法らしいわよ。『カブキ』って名前の街から」


「それはそうかもしれないけど……って詳しいな、ヴィティア」


 振り返って、俺はヴィティアを見た。あんまりそういった事情には精通していないと思ったけど、ヴィティアも意外と旅行をしていたのだろうか。


 ヴィティアの両手には、本が握られている。本のタイトルは、『ユウェッサン公式ガイドブック』…………


「こ、ここは靴を脱いで部屋に上がるらしいわよ。……『タタミ』って言うんですって。あとね、晩御飯は海鮮がメインで、生魚がね」


 楽しむ気満々じゃねえか!!


 不満を持たれているのかと思ったら、逆にめちゃくちゃ期待されていた。ヴィティアは多少興奮した様子で、目を輝かせながら宿の敷地へと入って行く。


 ……まあ、リフレッシュするために来た訳だからな。楽しんで貰えるのは良いことだ。


「グレン様……こ、ここが噂のお宿なのですか?」


「そうだよ。馬車に乗って肩が凝ったし、さっさと中で休もうぜ」


 勿論、ヴィティアの要望で男女二手に分かれて部屋を取ってある。俺もその方が気楽で良い。酒も飲めるみたいだし、ラムコーラも用意があるみたいだ。気が利いている。


 リーシュは喉を鳴らして、多少緊張しているようだった……いや、普段泊まっている宿とは違うかもしれないが、ここだって普通の宿に違いは無いんだぜ。セントラル大陸にあるモンだし、そう差はないだろう。と、思うが。


「…………どうしたよ?」


「いえ…………」


 リーシュは何やら恥ずかしそうに、内股を擦り合わせていた……見た目に刺激が強いからやめてくれ。


「あの、私、素足のままで居るというのが、少し落ち着かないみたいで……」


「ビキニアーマーはいいのか?」




 *




「がーっはっはっは!! オイラの天下じゃ――――い!!」


 晩飯は、大変に美味だった。色とりどりの新鮮な生魚は……始めは少し抵抗があったが、食べてみるとこれがどうして美味いのだ。今までに体験したことのない、未知の味だった。


 普段、魔物を捕らえて喰ったりする時も、生でガブリとは行かないからな。すごい風習だと思う。……思うが。


 何故か飯を食べ終えてからの俺達は、全員グロッキーで床に寝転んでいた。スケゾーを除いて。


「グレン。……僕の亡き後は、海に捨ててくれ」


「ああっ…………!! トームデーィ!!」


 飲み過ぎて酔いの回ったトムディが、遂にダウンした。


 そう…………飲み会。俺はサウス・ノーブルヴィレッジを出てから今まで、飲み会らしい飲み会をして来なかった。……だから、忘れていた。このスケゾーが、こと酒の事になると酷い暴走を始める魔物だったということに。


 俺の知らない間に、宿に取り次いでいたらしい。俺達の手元に用意された酒は…………スピリット。しかも分からないように、ラムコーラとスピリットのカクテルになっていた。


 殺す気か!!


「てめえコラ、スケゾー……後で覚えとけよ……」


「いやいやご主人、これでもオイラは気を遣ったんスよ? 皆が共通で飲める酒って、ラムコーラ位じゃないっスか。だから、オイラは考えたんです。『でも強い酒が飲みたい』と」


「それはお前だけだ!!」


「もう一杯いかがっスか?」


 いや、流石にもう無理だ。ほら、ヴィティアだって頬を上気させて倒れているし、トムディも先程ダウンした。……俺も間もなくダウンする。


 まだ温泉に入ってねえじゃねえか……。


「スケゾーさん、おかわりください!!」


 リーシュ!?


「おおー!! 流石、リーシュさんは分かってるっスね!!」


「えへへ……これ、美味しいですねー。ほら、ヴィティアさんもトムディさんも、まだ寝ちゃ駄目ですよ」


 鬼か…………!? まさかリーシュが酒強いなんて聞いてないぞ、俺。……そもそも飲みの席にあんまり同席してないから、知らなかった……!!


 やばい。おかわりが継ぎ足される前に、俺だけでもさっさと離脱しなくては…………!!


 リーシュが手を叩いて、言った。


「それじゃあ皆さん、王様ゲームをひましょう!!」


 もう舌回って無いぞ、リーシュよ。



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