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Part.74 よく頑張ったな

 太陽が、身体を照り付ける。


 俺はもう、限界を超えていた。骨は折れたままだし、筋肉は切れているし、血も流し過ぎている。意識は遠いし、頭痛も酷い。


 正直、今の状態で立っていろなんて、冗談じゃないふざけるなと怒りたい所だったが。事情が事情なので、流石にそう言う訳にも行かない。


 気合だけで、その場にどうにか踏み留まった。俺の目の前にあるのは、鉄の檻。その向こう側は、まだ見ることは叶わない――……俺の賞金は、代わりにトムディが受け取っていた。


 指は、一本も動かない。


 感覚さえ、麻痺していた。


「商品の、授与!!」


 鎧を着た男が、檻の隣に立っている。実況者だった男がそう宣言すると、鎧を着た男が鍵を取り出して、鉄の檻を開ける。


 そうして、扉が開かれた。


 その中に居た少女を見て、俺は初めて、何か形容も出来ない達成感のようなものを、感じる事ができた。


 少女と俺は、視線を合わせた。


「ひどい顔だな」


 その姿に俺は、笑ってしまった。中に居た少女は――――ヴィティア・ルーズは、汚いローブの首元がぐちゃぐちゃに濡れる程、涙を流した後のようだった。両目は真っ赤に腫れて、少しだけ兎のようにも見えた。


 リーシュとは違うベクトルで綺麗な金色の髪が、何だか妙に懐かしく感じられる。


「どうして…………?」


 俺は、笑うのをやめた。


 ヴィティアは手錠を外され、俺の所に歩いて来た。……見れば、ヴィティアは靴を履いていない。ここに捕まる時に取られてしまったのだろうか。……おそらく、そうなのだろう。


 どうにかして、俺を自分から遠ざけようとしていた。怒っている振りまでして、なんとか俺と決別しようとしていた。その事は、俺自身もよく分かっていた。


 リーシュは違うが、ヴィティアは内部の事情を知っている人間だ。


 生かしておけば、大変な事態を招くかもしれない。


 多分、ヴィティアはそう思っていたんじゃないか。


「放っておいてよ…………!! 私は、期待したくないって、言ったでしょ…………?」


 ヴィティアは嘘吐きの癖に、嘘をつくのが下手だ。


 誰かに助けて欲しいから、必要以上に人を邪険にする。…………人って、そういうもんだ。興味が無ければ、触れる事もない。どういう形であれ、感情を持つって事は、興味を持っているって事になるんだ。


 ヴィティアは、俺に興味を持ってくれていた。


 このヴィティアの涙を見れば、もうそれは証明されたようなもんだ。


「なんで…………? …………わっ、私なんか、助けた所で…………」


 震えていた。


 俺の姿を見て、恐ろしくなってしまったのだろう。今にも死んでしまいそうだと――……そう、思ったのだろうか。青褪めた顔をして、俺の服の裾を掴んだ。


 確かに、俺の足下に血溜まりが出来る程、俺は血を流している。骨が折れて、顔も酷い事になっているんだろう。……原型を留めない程に、殴られたような気もする。


 でも、大丈夫だ。


「なあ、ヴィティア」


 俺は、ポケットからヴィティアの髪飾りを取り出した。あれだけの激しい戦いの中でも傷付かなかったのは、俺がこの髪飾りを小さくしていたからだ。一応、傷を確かめる…………どうにか、無事で済んだようだった。


 それを、ヴィティアの髪に付けてやる。ヴィティアは、それを手で触って確かめていた――……その顔が、驚きに染まる。


「――――――――えっ?」


 俺はずっと、ヴィティアに伝えたい言葉があった。


 その為だけに、俺は真正面からヴィティアを助けると決めていた。


 …………ヴィティアの頭を、撫でた。


『どうせあんただって、いつか私を売るわよ』


 何度も、何度も、大変な目に遭ってきた。自分の力ではどうしようもない、災厄のようなものに巻き込まれて来たんだろう。自分の事を疫病神か何かのように、思った事もあったかもしれない。


 誰もヴィティアに手を差し伸べなかった。だから、ヴィティアは期待することを止めた。…………簡単な話だ。誰にでも理解できる、些細な変化だ。


 俺も、そうだった。でも俺は、師匠とスケゾーに助けられた。…………だから、今度は俺の番だ。




「よく頑張ったな」




 ヴィティアの瞳が揺れた。


 人は、適合する。


 結局、周囲を変えることはできなくて、変えられるのはいつも、自分だけだ。だから、自分にとって居心地が良いように、自分自身を作り変えて行ってしまう。人は常に、変わり続けている。心が楽になる方向へ、自らを変えていく。


 本当は、悲鳴を上げているんだ。心の内側ではいつも、何で自分だけがって、そう思っているんだ。


 何で自分だけが、こんなに辛い目に遭わなければならないんだ。何で自分だけが、いつも上手く行かないんだ。


 心配すんな。


 皆、そう思っているんだ。


「…………みんな、私のこと、いらないって言うの」


「ああ」


 大切なのは、人の心が自分に見えないように、自分の心も人には見えないってことだ。


「価値がないって言うの。…………用無しだって、言うの」


「ああ」


 俺達は不器用だから、自分の心の内側を、人に上手く伝える事ができない。だから擦れ違ったり、決別したりする。自分にとっての正義を互いに掲げて、戦ったりもしてしまう。


『分かり合う』ってのは、自分の事を理解して欲しいだけじゃ、達成されない。相手の気持ちも理解しないといけない。


 伝わらないから自分の気持ちを言わないっていうのは、何かちょっと、違うな。


「どうして…………? …………わ、私はこんなに、一生懸命、やってるのに…………」


 解決する方法は簡単だ。


 相手の話を、ちゃんと聞いて、理解すること。




「――――――――いつも私は認めてもらえない…………」




 ヴィティアは俺の胸で、泣いた。


 俺は擦り寄ってくるヴィティアの頭を抱えて、小さな赤子をあやすように、ヴィティアの頭を撫でた。


 拍手が聞こえる。相変わらずステージは炎天下で、会場は熱気に包まれていたが。


 広がる歓声の中、ようやく手にしたヴィティアの温もりを感じて、俺の意識は薄く、遠くなって行った。



ここまでのご読了、どうもありがとうございます。

第五章はここまでとなります。


ようやっと、物語が動き始めた感じがしてきました。

よろしければ、次章でもお付き合い頂ければ幸甚です。


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