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Part.6 長閑な村の、長閑な一日

 鳥の声がする。


 穏やかな日差しは、カーテンから漏れていた。僅かに開いた窓から吹き込んで来る、暖かく柔らかい風。それは、微睡んだ意識を再び深い眠りへと誘うには、充分な威力を持っていた。


 旅慣れしていない人間は、枕が変わると眠れないという事態に陥る事があるらしいが。残念ながら師匠からはそのような甘い教育を受けなかったので、俺は何処でも眠る事が出来る。例え、野宿でもだ。


 ……うーむ、しかしこの村のベッドは居心地が良いな。これが中々どうして、手放せない肌触りだ。


「魔導士様。……魔導士様、起きていらっしゃいますか?」


 おや? この声は……。俺はベッドから起き上がり、扉の前へと向かった。


 扉を開く――……


「……あ、魔導士様。おはようございます」


 エプロン姿のリーシュが、調理器具を持ったままで現れた。今朝は流石にビキニアーマーではなく、ベーシュのワンピースにクマのエプロン。まだ室内着の俺を見て、微笑を浮かべた。


「朝食の準備が出来たので、もし起きていらっしゃるのであれば、冷めないうちにと思いまして」


「お、おう」


 金色の瞳はくりくりと輝いて、美しい。……こうして見ると文句の付け所のない、ただの美少女だ。滅多に人を褒める事の無い俺でも、これは美少女だと分かる。


「……あは、可愛い。寝癖、直してから来てくださいね」


 ぱたぱたとスリッパの音を響かせて、リーシュが去って行く。俺は特に何を言う事もなく、リーシュの背中を見守っていた。


 ……うーむ。実に文句の付け所のない、ただの美少女だ。ワンピースを着ていれば、胸が無いのもそこまで気にならない。やっぱり、ビキニアーマーなんぞ着ていたから、色物っぽく見えたのだろう。


 まあ、性格の部分にもかなり難はあるのだが。


 そんな事を考えながらも、顔を洗って服を着替えた。欠伸を噛み殺しながら、廊下を歩く。……食堂は確か、入口の近くに部屋があったはずだ。


 十部屋程は泊まることが出来そうな部屋があるが、俺以外に誰かが宿泊している様子はない。やはり、寂れた村だ。この場所に旅行は無いだろうし、こと仕事に於いても、特に何かの用事が生まれるようにも思えない。宿泊する理由が見当たらないのだ。


 完全に自給自足って事は無さそうなんだが……


「魔導士様! こっちです!」


 食堂と思わしき部屋から、リーシュが手を振っている。


 ……まあいいか。朝飯を食べよう。


 実に平和だ。何かを忘れているような気もするが……思い出すと飯が不味くなりそうな内容だった気がするので、今は忘れておく事にした。


 席に着くと、リーシュが料理を運んで来る。……他に人が居る様子はない。


「あの、私も一緒に食べても良いですか? 今日は他に、お客様もいないので」


「ああ、良い、けど」


 リーシュはそう言って、俺の座っているテーブルに、二人分の盆を乗せた。


 ……豪華だ。普段獣の肉を焼いたりして食っているだけの俺には見た事も無い、丁寧に装飾の施された料理が出て来た。


「えっと、こちらは村で採れたお野菜のサラダと、『ランニングバード』のスープと……本日のメインは、『フェアリーラビット』のマスタード煮です!」


 おお。……『フェアリーラビット』なんて、硬くてろくに食べられた肉ではないと思っていたが。ナイフを当てると、全く抵抗を感じる事なく、肉を切る事が出来た。


 口に運ぶ――――…………


「うおっ」


 思わず、口をついて出てしまった。


 うまい…………!! なんだ、この神の食べ物は…………!!


 歯に当たると、じわりとマスタード風味の肉汁が広がった。俺の知っている、あの肉とは全然違う。……これなら、多少は高い金を払っても、食いたいと思う位だ。


「あの、苦手なものがあったら遠慮せず、残してくださいね」


 リーシュの笑顔に、俺は首を振った。……こんなものを残す奴が居るとすれば、それはただの阿呆だ。そう確信を持って言える程、その料理は美味かった。


 コック要らずだな、こんなスキルがあるなら。


「…………?」


 俺の視線に、リーシュが笑顔のままで首を傾げた。


 素直に美味いと言ってやりたいのだが……大丈夫なのか、これ。唯でさえ、先日嫁だの何だのという話があった後だ。リーシュも気にしていないフリをしているだけで、本当は警戒していたとしたら。


 いや。滅多な事を言うものではないな、うん。俺は呟き掛けた言葉を、腹の底に押し留めた。


「そういや、昨日も一人で店番してたよな。この旅館、他に人は居ないのか?」


 褒める代わりに、無難な質問をしておく事にした。


「はい、私が一人でやっています。……ほとんど、人は泊まりに来ないですけどね。一年に一、二回、来るか来ないかで」


「それじゃ、やってけないだろ。どうしてるんだ?」


「なので、セントラルで傭兵登録をしてみたり、です。食べるものは村の皆さんが協力してくれたりもするので、お金って服を買うくらいなので、まあ困りもしないのですが」


 そういや、初めて会った時に三千トラルくらいしか持ってないって言ってたか。……その、年に一、二回来る客が落とした金というのが、リーシュの小遣いになっているのだろう。


 エプロンをしている時は気付かなかったが、よく見りゃワンピースも使い古していて、所々ほつれている。


「……剣士のお仕事が貰えるようになったら、旅館も閉めようと思っていたんですけどね。村の皆さんも、お客様を泊めたり出来ますし……村がこの規模ですから、あってもなくても似たようなもので」


「で、剣士の仕事が貰えない、と……」


 リーシュは頷き、少し落ち込んでいるようだった。


「……あの、魔導士様。セントラルのミッションって、二人からのものが殆どじゃないですか」


「ああ、片方が死んだ時に、セントラルに戻って報告出来る可能性が残るからな」


「私、パートナーが中々、見付からなくて……」


 そう言って、リーシュが俺の方を見る。……やめろよ。なんか、誘われているような気になるじゃないか。


 リーシュは純粋に、仲間が見付からないだけだ。


 しかし、珍しく普通に会話が出来ているな。そろそろリーシュなら、真っ直ぐ進むべき一本道を直角に曲がったりしそうなものだが。


「剣を教えてくれる人とか、居ないのか?」


「鍛冶屋さんですか?」


 ……フラグは立てるもんじゃないな。フラグって何だ。


「いや、そうじゃなくて。振る方の人」


「あ、バーテンさんですか?」


「なんでだよ!! ……剣術の、先生のこと」


「あっ……えっと、実は私、小さい頃、おばあちゃんに教えてもらって、それきりで」


 俺はリーシュの言葉を聞いて、それ以上の事情を聞くことをやめた。


 今、ここに居ない。リーシュの両親に何か良くない事があったのは、この状況を鑑みればすぐに分かる事だったからだ。……この歳で一人暮らし、か。確かに、村が貧困に陥れば真っ先に困るのは、こいつなのかもしれない。


 しかし、随分と普通に会話が進むもんだな。何かもう一つくらい、障害があったような気もするんだが……そう、俺を苛立たせるような何か……


「おあ――――――――!!」


 その叫び声を聞いて、俺は一体今まで何を『意図的に』忘れていたのか、改めて思い出す事となった。同時に俺は、顔を歪めていた。


「ごっ…………ご主人!! なんでご主人だけ、こんな旅館に泊まってんスか!! あ――――!! しかも、リーシュさんの手料理まで食ってる!!」


 窓を開けて泣きながら現れたのは、俺の元・相棒。使い魔のスケゾーである。見れば、スケゾーの黒いローブは所々破けていた。きっと、夜中のうちに魔物か何かに襲われたのだろう。……可哀想だとは思わないが。


「良かったな、生きてて」


「何すました顔してんスかふざけんじゃねーっスよ!! ご主人!! オイラ達は一蓮托生じゃないんスか!! なんで酔ってるオイラを外に捨てたりしたんスか!!」


「何故、じゃねえだろ。仮にもこれは仕事なんだぞてめえ。何好き勝手に酒飲んで遊んでんだ。そんな奴は外に置き去りにされて当然だろうが」


「リーシュさんっ…………!! うちのご主人がいじめるっ…………!!」


 リーシュの腕に飛び付いたスケゾー。……リーシュは苦笑して、スケゾーの頭を撫でた。……何だ。泣き付いたって何も起こらんぞ。


「……魔導士様……スケゾーさんも悪気は無いので、そろそろ許してあげてください」


 何故か、若干俺がやり過ぎな空気になっている。……いや、そもそもコイツは俺が村人に襲われた時、真っ先にリーシュの所に避難して、戻っても来なかったんだが。


 ……おや? スケゾーがリーシュの胸に移動して……泣き付いている。リーシュの胸に顔を押し付けている。


 リーシュはそれを見て、僅かに頬を朱に染めた。


「か、可愛い…………」


 可愛いか? ……それ、可愛いのか? 骨だぞ。髑髏を被ってる魔物なんだぞ。


「うっ……うっ……オイラは、オイラは朝ごはんも食べられないのに……ご主人ときたら……」


「魔導士様!! スケゾーさんが可哀想です!!」


「お、おう……すまん……」


 スケゾーが振り返った。そして、リーシュに気付かれないように、俺に向かって下衆な顔を――――…………


 こっ…………コイツ…………!!




 *




 海が近いと、海で遊ぶのが日常になるんだな。初めて知ったぜ。


 明日行くって言ったのに、何故か村長は家に居なかった。気が付けば俺は、砂浜で呆然と座り込んでいた。……あれか。この村は、自分達を危機から護るって考え方がそもそも無いのだろうか。


 遠くでリーシュとスケゾーが戯れているのを見ながら、俺は苦笑した。


 もう直、昼過ぎだ。今日は平和な一日かもしれないが、明日になればこの場所に、何かが押し寄せて来るんだろう。リーシュに見せられた手紙の内容から察するに、良くても魔導士、悪ければ魔物……昨日の歓迎会で村人が集合したので、少し村人の様子を見ていたが、とても戦う連中には見えなかった。


 当たり前だ。リーシュ以外に、セントラル・シティで傭兵登録をしている人間など何人居るか分からない。村人全員、半分位は自給自足で成り立っている、平和な村なのだから。


 半分、だけどな。海で採れる魚辺りが、セントラルに出回る食材なんだろう……何度か、サウス・ノーブルヴィレッジ産の魚を見たことがある。それを売る事で収入を得て、他の食物も揃えているのだろう。


 …………だけど、そんなレベルで魔導士に仕事を依頼できるのだろうか。ちゃんと貯金は、あるんだろうな。


 この仕事、金になる様子がまるで見えない。正直、そろそろ帰りたい所だ。


「あ、バーンズキッド君!! こんな所に居たのか!!」


 おや。……俺の事を、『バーンズキッド君』などと呼んで慕うのは。俺の知る限りで、一人しか思い浮かばない。


 堤防の上に、村長が立っていた。俺の方を見下ろしている……俺に向かって手招きをしていた。


 石の階段を上がると、村長は両手に食材を抱えていた。『ゼリーポテト』か。海辺でしか育たない、果実のような芋だ。


「村長…………」


「ごめんごめん、探したよね。朝早くから、収穫を手伝って欲しい、なんて言われてね。お陰でこの状況だよ。半分持ってくれないか?」


 俺は村長が抱えている『ゼリーポテト』の箱を一箱、受け取った。


 …………俺は何をしに、ここに来たんだ。


「そろそろ、リーシュをお嫁さんにしたくなって来たんじゃないかな?」


 どうして、この村の人達はナチュラルにリーシュと結婚させようとするのだろうか。……まだ俺が、どんな人間なのかも分かって無いだろ。


 俺は顎を引いて、胸を張った。


「俺、巨乳専門なんで。リーシュじゃちょっと、無理ですね」


 すると、村長は首を傾げた。


「リーシュは胸、かなりある方だと思うけど……」


 何、これ。ホラーなの? 冗談を言っているようにも見えない。一体どういう事なんだよ。誰か説明してくれよ。


 ……しかし、この方法だとまるで俺がおっぱい好きみたいでちょっと嫌だな。何か別の口実も考えなくては……と言っても、リーシュはそれ以外に非の打ち所が無いので、言い訳に困る……あの会話の意味不明さは、口で言って伝わるものでも無さそうだし……


「それで、金額の事がまだ解決して無いんだっけ? 君の見積もりでは、幾らになる予定なんだい?」


 村長と二人、村長の家に『ゼリーポテト』の箱を運びながら交わされる、ビジネスの金額についての会話。


 俺の中の『魔導士』のイメージが、脆くも音を立てて崩れて行くのを、俺は肌で感じていた。


 やっぱり、村の仕事ってこんなものである。


「二百セル位で引き受ける、って話をリーシュにはしましたが」


 その言葉に村長は苦笑していた。


「そうか、やっぱりその位は掛かっちゃうか……セントラル・シティの冒険者にも依頼は出したんだけどね。どこも門前払いで、話すら聞いて貰えなかったそうでね……もしかして君なら、と思っていたのだけど」


 ……そういや、『傭兵登録』なんて物騒なイメージを消す為に、最近は『冒険者』なんて呼ばれるんだったか。


「…………もしかして、俺の事を知っていて、俺に依頼を?」


 俺が問い掛けると、村長は俺に不敵な笑みを見せた。


「『飛ばない魔法』……『零の魔導士』グレンオード・バーンズキッドだろう? セントラル・シティで一時期、話題になったね……君の噂は聞いているよ」


 ……驚いた。俺の事を知っていて仕事を依頼する人間など、居ないだろうと高を括っていたが……敢えて、村長は俺を指名したのだ。それは何故か……まあ、十中八九安く済むだろうと考えての事だろうが。


 リーシュは居ない。よく考えてみれば、昨日の夜、この話をしなかったのは……リーシュが居たから? 意外とこの村長、頭の切れる男なのか?


 …………まさか、なあ。



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