Part.67 甘くて辛い
トムディはすぐに建物内に避難させ、チェリアに治療をさせた。傷自体は大した事はなく、すぐに回復するものだとチェリアは言っていたが。
トムディを運んだキャメロンが戻って来る。次の対戦が控えている俺は、控えの席に座っている他、手段を持たなかった。
「…………トムディは?」
「今は眠っている。一時間もすれば良くなるそうだ」
そうか。…………良かった。
どうしても、不安は募る。俺は師匠の龍と話していた内容を、思い出していた。
『もしも連中が本当にピティアとやらを邪魔だと思っているのなら、タリスマンなんぞに売る前に、さっさと殺してしまうべきだったのだ。そうなれば、お前に情報が行く事も無かったのだからな』
『…………そっすね』
『記憶が徐々に消えるというのも、この疑問に拍車を掛けている。こうなると、『まるでわざと』連中はブティアとやらを生かし、お前と会わせようとしているように見える』
若しも、嵌め手だったら。
あの、ベリーベリー・ブラッドベリー等と名乗る女は、ヴィティアの居た謎の組織の一員なのかもしれない。……そう考えるなら、動機は単純だ。サウス・ノーブルヴィレッジと、マウンテンサイド。二つの街で起こる筈だった事件を、俺は食い止め、無かった事にした。
連中は、俺に敵意を向けている事だろう。そんな俺が、ヴィティア・ルーズに目を付けた。連中にとっては不要な女を、俺は仲間として引き入れようと言う。
『ヴィティアを救う』名目で動いているのなら、この『ヒューマン・カジノ・コロシアム』で俺が棄権する事など有り得ない。逃げられない檻――――…………捕まったのはヴィティアではなく、俺の方なのだとしたら。
このコロシアム内で殺されたのなら、事件にはならない。俺が幾らセントラル・シティに登録している冒険者だったとしても、俺を護る後ろ盾は何もない、ということだ。
…………洒落にならない。
「動揺するな、グレン。俺達も、試合が近い…………トムディの身を案じて負けたのでは、これまでの苦労が水の泡になってしまうぞ」
キャメロンの言う通りだ。
「続いて、グレンオード・バーンズキッドと、J&Bの試合を開始する!! 両者、ステージへ!!」
来た。
緊張に、自然と心臓の鼓動が早まる。俺は立ち上がり、両の拳に力を込めて、自身のコンディションを確認した。
どちらにせよ、勝つしかないんだ。どうせやるなら、正面突破じゃなければ意味がない。例えそれが、相手の罠に両足を突っ込む行為だったとしても。
そう決めたのは、他でもない、この俺だ。
「大丈夫だ、キャメロン」
俺の肩には、スケゾー。頭と口は少々悪いが、勘が鋭くて強い、無敵の相棒が付いている。
「俺は負けないよ」
その言葉に、キャメロンは微笑みを称えた。
「行って来い。ギルデンスト・オールドパーの方は、俺がなんとかする」
グローブの装着感を確かめる。肩の上に居たスケゾーは魔力を共有する事で、俺の内側に――……骨のような形のナックルに変化した。
ベリーベリー・ブラッドベリーは、次の対戦…………J&Bと名乗る男に、何らかの自信を持っているようだった。それが本当なら、あのJ&Bと言う男は同じグループ…………ヴィティアが居た組織の人間である可能性が高い。
これまでのようには行かない。覚悟して挑まなければ。
*
対戦相手の男は、不気味な仮面を装備した男だった。
シルクハットに、裏が赤地の黒マント。一見して、手品師のようにも見える…………或いは、カジノのディーラーか。何れにしても、こんな場所で戦うような人間では無いように思えるが。
身体は細いが、油断は出来ない。既にスケゾーとの共有率を『十%』まで引き上げた俺は、万全を期して目の前の男に立ち向かった。
…………不気味だ。
「君が、グレンオード・バーンズキッド…………『零の魔導士』か」
高いような、それでいて低いような。何とも表現し難い声だ。魔法で声色を変えているのかもしれない。
仮面に手袋、底の厚いブーツ。人の肌が見えている場所が一切無い…………まさか、魔物じゃないだろうな。
「ジェイアンドビー……っつったか? まさか、本名じゃないよな」
問い掛けると、仮面の男は足を揃えて立ち、両手の平を俺に向けた。
……くそ。既にステージは、俺と奴の魔力で満ちている。油断が出来る相手ではないことは、一目瞭然だ。
「ジョーカー・アンド・ブラック。人は私を、そう呼ぶよ」
戦闘が長く続けば続く程、体力の消耗は激しくなる。無闇に出方を窺うような事はしなくて良い。……俺にはまだ、後二戦も厄介な相手が残っている。
ここで負けるなんて事は、勿論あってはならない…………!!
腰を深く落とし、拳を構えた。
「始め!!」
目の前に、仮面の男が現れた。
「うわっ!!」
指から伸びた刃物が、俺の喉元に伸びる。堪らず上体を逸らし、その攻撃を躱した。
――――――――速い!!
バックステップから、宙返り。その間に俺は、八回攻撃されている。仮面の男はマントを翻し、まるで分裂しているかのような素早さで俺に襲い掛かった。
肩で一発。拳で二発。肌の見えていない部分で、男の攻撃をどうにか防ぐ。服とグローブを硬化させるのも、どうにか間に合っている状況だった。そんな状態で詰め寄られるのだから、俺は後退するしかない。
背後に転がり、真上から振り下ろされた両手十本の長い刃物を、両手のグローブで交差させるように防御した。
くそ、ステージの端まで来ちまった…………!!
「【笑撃の】!!」
威力を調整している時間は無い。刃物ごと溶かすつもりで、両の拳から炎を吹き出させる。浮いた刃物を弾き飛ばし、腹に向かって突きを放った。
「――――【ゼロ・ブレイク】!!」
爆炎が、目の前で弾ける。だが、俺の殴った場所にジョーカーは居ない――……見上げると、遥か上空まで跳躍していた。……ステージ端は不利だ。空いた隙間を利用して、俺はステージの初期位置に戻る。
ジョーカーは俺から距離を取り、反対側のステージ端に着地した。
「なるほど。接近戦は大した反射神経だな」
大した反射神経だ…………? 冗談じゃない。
こいつ、完全に俺の戦力を測るためだけに攻撃して来た。……その何時でも退ける攻撃で、危うく俺はやられる所だった。
『十%』が、まるで話にならねえ…………!!
「これまでの奴は、瞬殺だったんだな。……通りで、意識して見ていても見付からねえ訳だ」
「それだけではなく、お前達誰かの試合と我々の試合が被るように、調整させて貰ったのだよ」
そうか。俺達の誰かが試合をしている時は、全員が応援をする。そうすれば、ノーマークのままで対戦相手として当たる所まで来る事も可能だ。……まあ仮に見ていたとしても、こんな力量では対策まで思い付くかどうか分からないが。
しかし、トーナメントの試合順を操作するなんて、どうやって。……いや、そんな事はこの際どうでもいい。
俺の目の前に今居る相手こそが、最も問題で、乗り越えなければならない壁だ。
「燃やし尽くす…………!!」
今度は、俺のターンだ。相手の速さはよく分かった。確かに、俺と同等か、それ以上に速いのかもしれない――――だが、一撃の重さならばどうか。
無防備のジョーカーに向かって、俺は拳を構えた。地面を蹴ると、強化された脚力はステージの端から端までを一秒も掛からずに移動する。
拳を振るった。
「らあああああああっ――――!!」
一発では、受け止められて終いかもしれない。だから、二発、三発。重さに『速さ』と『連打』を、追加する。
乱れ打ちには、乱れ打ちだ。目には目を。ジョーカーを場外に押し込むように、ラッシュを放った。
会場が沸いた。名前も知らない誰かが、俺の名前を呼ぶ…………気にしている余裕はない。とにかく目の前の男を殴り倒さなければ、俺に未来はない。
肩。二の腕。腹。腰、脇。
全て、防御されている…………!!
「ちいっ!!」
一度拳を引いて、右足で後ろ回し蹴りを放った。ジョーカーは後方に向かって跳躍する。何だ? そっちは、場外…………
ジョーカーの背後に、棺桶のようなオブジェクトが現れた。
棺の中にジョーカーが入ると、棺が閉まる。そのまま、まるで霧が掛かったかのように棺の輪郭が歪み、奴の姿がぶれた…………そうか、転移魔法…………!?
半ば反射的に、後方を振り返った。
棺桶のようなオブジェクトが、いつの間にかステージの中央に現れている。
「何だってんだ、一体…………」
不気味な棺が開いた。中に居るのは、当然のように――――ジョーカー。吹っ飛ばすだけじゃ、場外には落ちてくれないって事かよ。思わず、苦笑してしまった。
そんなスピードで転移魔法を使う奴なんて、聞いた事がない。
「…………見た目通り、手品だな。すっかり騙されたから、そろそろ種を教えてくれないか?」
「残念ながら、企業秘密でね。ショーとして、芸術を楽しんでくれたまえよ」
トリッキーなタイプだ。こういう戦い方をする奴は、あまり得意ではない。直線的な攻撃が上手く受け流されると、戦法の数で勝負されたら俺が不利になる。
「それでは、手品をお見せしよう」
再び、ジョーカーは棺の中に隠れた。俺はその棺に向かって、拳を構える。…………さて。
転移魔法なんて高等テクニックは、通常戦闘中に使えるような、気軽な魔法じゃない。自身の肉体を別の場所に移すには、どれだけ速かろうが、複雑な魔法を成立させなければならない事に変わりはない。
ならば、どうするか。――――転移先から次の転移までに掛かる時間中に、決着を付ければいい。
「男なら殴って来いよ!! 【笑撃の】――【ゼロ・ブレイク】!!」
棺を丸焼きにする威力で、拳を打ち込む。
棺ごと爆発し、散り散りになった。……丸焼きにされた棺の中に、ジョーカーは居ない。既に転移された後だったか。全く、大した速度だな…………!!
「残念ながら私には、君程のパワーは無いものでね」
どこからか、声がする。会場内に響くようで、居場所が特定できない。
周囲を見回し、次の棺が出現する機会を窺った。棺が現れた瞬間に、拳を叩き付けてやる…………!!
棺が現れた瞬間に――――…………
「土竜叩きを、知っているか?」
棺が…………俺を取り囲むように、幾つも現れた…………!!
「クソッ…………スケゾー!! どいつだ!!」
「全部に奴の魔力を感じます!! 特定は出来ねーです!!」
俺よりも魔力に敏感なスケゾーが、こう言うって事は…………全ての棺に均等に、奴の魔力を感じるってのか…………!?
棺の手前に霧のようなものが現れ、俺は霧に包まれた。薄く雲が掛かったような視界の中に、朧気に棺の影が見える。…………こんな状態じゃ、どの棺が本体かなんて特定できない…………!!
「…………うわっ!?」
何処からかナイフが飛んで来て、俺の首を狙った。
「さあ、避けてみたまえ」
四方八方から飛んで来る、ナイフの嵐。勘と音だけを頼りに、その攻撃を避ける…………が、数が多い…………!!
何で色々な方角から、ナイフが飛んで来るんだ!? 棺の中のどこかに本体が居るなら、攻撃は一方向からの奇襲が限界の筈じゃないのか!?
こんな状況じゃ、考える時間が――――…………
「痛えっ!?」
左の膝裏に、ナイフが突き刺さった。堪らず、その場に崩れ落ちる。
眉間目掛けて、ナイフが飛んで来る。既に視界に入っていたが、足をやられている俺では、この状況に対処できない。
――――――――当たる。
心臓の鼓動が、大きく全身に響いた。緊張が限界を超えた一瞬、この会場を取り巻く時間が少しだけ遅くなったように感じた。
目の前に、飛んで来るナイフが見える。…………何だ? 誰かが叫んでいる。観客席で騒いでいるギャンブラーじゃない…………控えの席。
そうだ。
「がんばれ――――!! グレン――――!!」
トムディの声が聞こえる頃、俺は自由に動く右足を使って、真上に跳躍していた。ナイフを避け、ステージの上空に跳び出す。
随分と速い目覚めだったな、トムディ。目立った外傷を受けていなかったから、もう動けるのか――――あいつの応援で、目が覚めた。
相手の戦術に付き合う必要は無いんだ。奴がステージ全体を使って俺を取り囲もうと言うなら、俺はステージを焼き払えばいい。例え棺が十個だろうが、二十個だろうが、ステージ上に現れるスペースには限界がある。
「【怒涛の】!! 【ゼロ・マグナム】ッ!!」
その為の範囲攻撃なら、俺も持っている。
至近距離から広範囲をカバーする掌底を、ステージ全体目掛けて放った。リーチこそ無いものの、高威力の爆発がステージを覆う。狭いステージに出現した棺は全て、【怒涛のゼロ・マグナム】の攻撃を受けて、炎に包まれた。
攻撃が、通ったか。
見た所、防御力が高いタイプには見えなかった。わざわざ転移魔法で姿を隠す所を見ると、正面から殴り合う術は持ち合わせていないのだろう。……だとすれば、この魔法を受けて立っていられる筈がない。
全てを同時に焼き尽くしたんだ。これなら、避ける事はもうできない――――…………
「及第点をあげよう。…………それは、甘くて辛い」
頭上から、声がした。
振り返った瞬間、真上に棺が見えた。既に至近距離にあった棺は開き、中からジョーカーが現れていた。
空中じゃ、身動きが取れない…………!!
「これは合格のプレゼントだよ、グレンオード・バーンズキッド」
――――――――瞬間の、出来事だった。
俺は、ナイフで背中を貫かれていた。




