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Part.66 急変する事実

「この僕が!! 一回戦を突破したぞおおおオォォォォォ!!」


 さっきからずっと、そればっかりだ。


『ヒューマン・カジノ・コロシアム』。どうにか俺達は全員、一回戦を勝ち抜いた。一日目はそれで終わり、明日からは本格的なトーナメントが始まると考えて良いだろう。


 コロシアムが始まってからは、出場者は建物内の宿に泊まる事になる。外で不正を働かない為の処置なのだろう……どの道雇ったプリーストに仕事をして貰わなければならないので、俺達としても都合が良い、と言う訳だ。


 これまでは雇っていただけで、まるで活躍していなかったチェリア・ノッカンドーは、体力回復も兼ねて俺達に癒しの魔法を掛け続けていた。


「…………はい、じゃあ次はグレンさんですね」


「悪いな」


 トムディの治療を終え、チェリアが俺の方を向く。チェリアの座っているベッドに腰掛けると、俺はチェリアに背中を向けた。


 じんわりと、背骨を中心に身体が暖まっていくのを感じる。


「ねえグレン!! この僕が一回戦を」


「分かった、分かったって。すごいな、トムディ」


 部屋を走り回るトムディに、俺は苦笑してしまった。どこからそんな元気が湧いて来るんだか……はしゃぐのは良いが、明日、明後日と更に危険な戦いが待っているんだ。体力は温存しておくべきだし、油断するなんて以ての外だ。


 …………なんて、合理的な話を今のトムディにした所で、流されて終わりなんだろうけども。


「お疲れ様でした。皆さん、とても格好良かったですよ」


 俺は目を閉じ、微笑みを浮かべる。


 とんでもない大会に足を突っ込んでしまったと、思っていたが――……こうして女の子に労いの言葉を貰いながら、体力を回復させる事ができるんだ。そう悪い話でもないか、と密かに思う。


 特に、こう言っちゃ何だが、チェリアはリーシュやヴィティアとも引けを取らない位には可愛い。これで性格が地雷じゃないんだ、俺としてはベスト・オブ・ガールで賞を授けても良い位だろうと思う。ポジション的には、ルミル・アップルクラインと肩を並べる所か。


 ……何故、ルミルがトムディのプロポーズを受け入れたのか。俺は未だに疑問でならない。


「なあ、チェリアはどうして、ソロで動いているんだ? お前の腕なら、結構良いパーティーに入れると思うんだけど」


 問い掛けると、チェリアは苦笑した。


「…………実は、あんまりパーティーに良い思い出が無いんですよね。セントラルでグレンさんの申し出を断ってしまったのは、そういう理由なんです。……あ、服を……脱いで頂いてもよろしいですか?」


 少し気恥ずかしい思いがあったが、シャツを脱いで上半身をチェリアに晒した。ひんやりとした、細い指の感触が背中を伝う…………柔らかい。


 マッサージをして貰っているような気分だ。しかも、美少女に。チェリアは少し顔を赤らめて、俺の背中を触っていた。


「た、逞しいですね…………」


「そういう感想とかいいから」


 本当に恥ずかしくなってしまうだろう。チェリアはしかし真剣に、俺の筋肉を撫でている。……これは治療なのだから、卒倒している場合ではない。


 頭に血が昇る…………何か、話題を振って誤魔化そう。


「そ、それで、パーティーに良い思い出が無いっていうのは?」


 問い掛けると、チェリアは溜め息をついた。


「…………そうなんです。なんだか、いつも勘違いをされてしまって」


「勘違い?」


「可愛いとか、付き合ってくれとか、なんですけど…………」


 そうか、チェリアは可愛いからな。パーティーに入ったヒーラーが超絶美少女ともなれば、周りが黙っていない、というのはあるか。複雑なんだな、美少女というのも。


「まあ、相手にもそういう想いがあるんだと思うぞ。ちゃんと受け止めて、断れば良いんじゃないか」


「う、受け止められないですよっ!!」


「え? 別に嫌じゃないんだろ?」


「ええっ…………まあ、それは…………嫌では、ないですけど…………」


 煮え切らないな。チェリアは頬を赤くして、少しバツが悪そうな顔をしていた。可愛い。


「出て行けとか、死ねとか言われるよりマシだろ?」


 誰の体験談だとは言わないが。…………聞くなよ。


「…………そう、ですね」


「仕方ないんだよ、勘違いするんだって。そんなモンだって思って、懐広く見ていれば良い事もあるんじゃないか」


 チェリアは少し考え込んだ後、俺に向かって苦笑した。


「……グレンさんは、大人ですね。……そんな事、考えたこと無かったです」


 ああ。地雷の無い女の子って、どうしてこんなに可愛いんだろう。これがリーシュなら、「お金持ちなら、という事ですか……」とか言っていそうだ。それは懐が暖かいって言うんだよ!!


 ……いかん、脳内リーシュにツッコミを入れてしまった。


「しかしグレン、俺達は運が良いぞ。今回は楽に勝てるかもしれん」


 俺とチェリアの会話を聞いていたキャメロンが、ラムコーラを飲みながら俺に言った。良いな。俺も治療が終わったら一杯飲もう。


「相手のレベルが低い、ってことか?」


「そうだな、前に出場した時よりは一回戦が楽なように感じる。俺が強くなっただけかもしれないが」


 楽であれば、これ程良い事は無いが……どの道、油断は出来ないけどな。


 このまま、何も起こらないでくれるのなら――――良いんだけどな。




 *




 二日目、三日目。日が進むに連れて出場者の数は減って行ったが、特に何事も無く、俺達は順調に優勝への駒を進めた。


 これと言って強い者も現れず、俺とキャメロンは戦闘に掛かる時間を早めつつ、体力を温存しながら戦っていた。……ちなみにトムディは、強い攻撃手段を持たないながらも、どうにか必死で勝ちを繋いでいた。


 トーナメントに残っているのは残り、全部で八人。大したものだ。


 キャメロンの言う通り、今回は強者の現れない大会だったのかもしれない。このまま勝ち進んで行けば、準決勝で俺とトムディが、キャメロンとギルデンスト・オールドパーが当たる。その戦いでキャメロンが勝てば、俺達の勝利が確定する。


 優勝賞品のヴィティアにあまり冒険者としての功績が無く、商品としての価値がそれ程高く無かった事も、俺達の作戦を後押ししていたのかもしれない。


 四日目――――…………。


「…………よし、行って来る」


 控えの席に座っていた俺達のうち、トムディが席を立った。


 初日と違って、随分と落ち着いたもんだ。相変わらずトムディは、嘘ハッタリ騙し陽動作戦、何でもありの奇妙な戦術で勝ちを拾っていたが――……何しろ、ここまで小さくなる魔法を上手く使っているから、まだ魔法の内容がバレていないというのが奇跡だ。


 最初の試合から手の内がバレてしまった俺達には、既に苦笑するしかない状況ではあったが。どうやら相手の姿が見えないというのは、対戦相手にとっては結構なプレッシャーらしい。


「しかし大したもんだな、トムディも」


 同胞の勝利を喜んでいるのか、キャメロンが嬉しそうな顔をして言った。


「【イチャッデ・イカッチ】だったっけな、あの技」


 小さくなるだけじゃなく、一応大きくもなれるらしい。だが肝心なのは、トムディ本体の力量が変わる訳では無い、という点だろう。当然相手を踏み潰したりは出来ないし、持ったり扱ったりするものも特別大きくなる訳じゃない。


 言わば、見かけ倒しの技だ。全くこれまで通り、トムディは相変わらず奇妙な技ばかり覚えて来る。


 何と言うか、そういう特性なのだろうか。


「これより、トムディ・ディーンと、ベリーベリー・ブラッドベリーの試合を開始する!!」


 審判の宣言により、トムディの試合が始まった。


 変わった名前だな。…………魔導士? トムディの対戦相手は、女性のようだ。長い髪――……漆黒の髪とは、これまた珍しい。全身黒尽くめの衣装に黒いハイヒール、瞳の色も黒。不気味な印象の女性だった。


「…………あんな奴、トーナメントに居たか?」


「さあ…………少なくとも、目立ってはいなかったな。意識して見ていなかった」


 俺の問いに、キャメロンは下顎を指で撫でながら返答する。どうやら、キャメロンも見ていなかったらしい。おかしいな……トーナメントの出場者は、結構意識して見ていたつもりなんだけども。


 相手がゴツい男ではなかったからか、トムディが少し安心したような表情を見せた。何故かこれまでの相手は、毎回大きな身体の男ばかりだったからな。


「勝てるぞー!! トムディー!!」


 一応仲間を応援すべく、俺はトムディに声援を送った。


 トムディは軽く笑顔を作って、俺の声に応える。トムディが杖を持っているのに対し、対戦相手の女は丸腰のようだが……魔導士か? 魔導士が杖も箒も持たないと言うのも、あまり見る事はないが。上級になれば、俺とは違う目的で杖が必要無くなる輩も居るらしい。


 俺は魔法が飛ばないので、持っていないだけなのだが。


「……あんまり、女の人と戦うのは得意じゃないんだけどなあ」


 小さく、トムディがぼやいた。対戦相手の女はその言葉に、柔和な微笑みを浮かべる。


「あら、そうなの? こんな大会に出ているのに、紳士なのね」


 おい感化されるなよ、トムディ。嬉しそうにするんじゃない。魅了系の魔法を使う相手だったらどうするんだ。


 両者、ステージの定位置に立つ。トムディは杖を構え、対戦相手の女は何もしない――……コロシアムも四日目に入ると、トムディにも落ち着きが見られる。戦わずして勝つ方法を会得したからなのだろう。


 最も、『場外』なんてものがある、こんなルールの大会だから通用する方法なのであって、現実の戦いではまるで役に立たないのだろうけど。


 トムディはにこやかに笑って、言った。


「実は、賞金目当てじゃないんだ。君さえ良かったら、優勝賞金の一部を受け渡すって事で、僕に勝ちを譲ってくれないかい?」


 おい、人の金を勝手に横流しするんじゃない。……まあ、確かに作戦としちゃ悪くないが。その優勝賞金は三人で山分けする上に、チェリアにも報酬が入るんだぞ。


 対戦相手の女は、不気味な微笑みを貼り付けたままで言った。


「ありがとう、優しいのね。…………でもごめんなさい、実は私も賞金が目当てじゃないの」


「そうか…………奴隷の方が目的なら、僕は戦うしかないな…………」


 仕方無く、トムディは戦闘態勢に入った。


 ……何だか、色々と不気味な女だな。賞金が目的じゃない? ヴィティアが目的だと言うなら、あいつもヴィティアと何か関係があるのか……?


 残り八名にもなると、会場は盛り上がりに盛り上がっていた。……確か、ベストエイトに残ると報酬の何割かが保証され始めるのだ。ここに残っている連中は、言わばボーナスゲームを戦っているギャンブラー達。空気が明るくなるのも無理はない。


 しかし、観客の絶対数は少なくなっているな。解り易く強そうな剣士や武闘家が、この段階になると急に少ない。その為だろうか。


 よく考えてみたら、俺とトムディが残っている時点で、今回はイレギュラーの塊だった訳だ。トーナメントの残りのメンバーを見ても、お世辞にも勝ちそうとは言えない面子が揃っている。


 トムディに賭けていた奴は、今回勝ち組に入るという訳だ。…………すごい話だな、本当に。


「始め!!」


 俺は口元に手を当てて、トムディを応援した――――…………




「――――――――え?」




 応援する、つもりだった。


 開始の合図が出た瞬間、ステージ上からトムディが消えた。対戦相手の女は、トムディの立っていた位置に居る。…………またトムディが、魔法を使って身を隠したのか? ……いや。こんな状況で使えば、自ら手の内を晒しに行くようなものだ。相手が見ていないからこそ、効果がある魔法なのだから。


 俺の背後で、音がした。それが既に聞こえて数秒の時が経った後だという事実に、俺は遅れて気付いていた。


 ――――いや、待て。…………何が、起こった?


「貴方の仲間だって言うから、本当は殺すつもりだったのだけれど」


 その言葉は、トムディに向けて放たれたものではなかった。


 真っ直ぐに、俺の目を見て、女はそう言った。ステージの上から余裕の微笑みで、俺だけを見据えている。


 知らず、眉が痙攣する。瞳孔は見開かれ、ステージから降りて俺の方に歩いて来る女から、視線を外す事が出来なくなった。


「…………しょ、勝者、ベリーベリー・ブラッドベリー!!」


 変な名前の、女…………!!


「トムディッ!?」


「トムディさんっ!!」


 キャメロンとチェリアが、背後の柱に激突したトムディに駆け寄った。殴られたのは――――腹か? 目立った傷は無いが、泡を吹いてその場に崩れ落ちた。


 受け身を取ることも出来ず、顔から地面に突っ込む。


「彼があんまり可愛いから、今回は見逃してあげようと思うの。…………悪くないでしょ?」


 俺の目の前に、女が立つ。


「ご主人ッ…………!! 共有を!!」


 スケゾーが俺に声を掛ける。…………言われなくとも、こうまでに殺気を放たれて近寄られれば、身体中に力が入る。


 何が起こったのか、まるで見えなかった。


「ただ、貴方は見逃す訳に行かないわ。…………まあ、次の試合に勝てればの話だけどね」


 それだけを言って、女は俺に背を向ける。


 殺気が離れて行くと、俺は思わず安堵してしまった。…………その不甲斐無さに、自分で自分の事を悔いた。


 だが、安堵せずにはいられなかったのだ。


 スケゾーと契約している事で、通常状態でも、俺の視力は常人とは比べ物にならない程、強化されている。


 目を逸らしていた訳ではない。自分に何か奇妙な魔法が掛かっていた訳でもない。


 俺は、見ようとしていた。トムディの戦闘を、確かに。


「…………ベリーベリー・ブラッドベリー」


 その俺が、見えなかった…………だと…………!!


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