Part.62 出陣
チェリア・ノッカンドーの事は、俺も知っている――……名前は今日初めて聞いたが、以前セントラル・シティの冒険者依頼所で発見した事もある、小柄だが優秀な聖職者だ。
ミッションはランクBから請け負っていると話した彼女は、こんな辺境の地にまで臨時で足を運んでいるらしい。コロシアムの受付に行くと、夢を追う冒険者で賑わっていた。
俺がヴィティアの姿を確認しに来た時よりも、遥かに多い。……ゼロから始めて、こいつらを全て蹴散らさなければならないのか。
「えっと、じゃあ……ヒーラーの欄にはあんたの名前を書くぞ? チェリア・ノッカンドー、だったっけ?」
問い掛けると、チェリアと呼ばれた少女はつぶらな丸い瞳を輝かせて、言った。
「はい、大丈夫です。よろしくお願いしますね」
両手を握り締めて、チェリアがはにかんだ。…………何この娘、可愛いんだけど。
リーシュと同じ、犬系の香りがする……いや、何を考えているんだ俺は。トムディが連れて来たヒーラーが思い掛けず可愛かったとか、そんなのは確実にどうでもいい。
ただ、キャメロンが増えて更に男臭くなったパーティーに、一輪の花が咲いてしまったのが予想外だったというだけだ。ウエスト・タリスマンに参加するヒーラーなんて、男しか居ないだろうと思っていたからな。
「因みに、契約内容について聞いても良いか? トムディと契約したんだろうが、トムディは今、俺のパーティーメンバーなんだ。実質、俺との契約って事になる」
「あ、はい。ちょっと待ってくださいね」
今更内容は変えられないだろうが、一応確認しておかなければな。チェリアはいそいそと鞄から書類を取り出して、俺に契約書を見せる――……すげえな。どれだけのパーティーと契約した事があるのか知らないが、鞄の中には驚く程の書類が詰まっていた。
聖職者が好んで読む魔道書なんかも入っているんだろうか……まあいいや。俺は契約書に目を通す……。
…………まあ、普通の労働契約だな。何も変な所が無い。俺からしてみれば少し賃金が高いような気もするが、今回ばかりは仕方無いだろう。ヒーラーにとっても仕事内容がきつすぎる。
コロシアムで勝ち抜いている以上、ずっとサポートして回復をしなければならないのだから。
「あの……僕、再生魔法とか蘇生魔法は使えなくて。そこまでのレベルを期待していたら、申し訳ないんですけど……」
「ああ、良いよそんなのは。……と言うより、そんなのが使えたらウエスト・タリスマンなんかで臨時募集するより良い仕事、山程あるだろ」
再生魔法は兎も角として、蘇生魔法って言ったら【リザレクション】だろう。……このセントラル大陸でも、使える人間は今、一人か二人か……そんなレアスキル、そもそも初めから持っていると思っていない。
志の高い少女だ。そういうのは嫌いじゃないが。……どうでも良いが、一人称は『僕』なんだな。あまり見ない言葉遣いだ。
「トムディから二人って聞いてたかもしれないが、三人でも構わないか?」
「あ、はい。……その、賃金の所だけ、三人分になっちゃいますけど」
「ああ、構わない。…………あと、この『ハイボールキャンディー三つ』っていうのは何?」
「僕が追加したんだ。手伝ってくれた暁には、僕の国の名産をあげるって約束したのさ!!」
トムディはそう言って、手柄を褒めろモードに入っていたが。…………あの甘すぎる飴を三本も与えるのか。チェリアのその後が心配だ。
まあ、そんな事を言ったらトムディは四六時中食っていた訳だけども。どうせまた、この一件が終わったらマウンテンサイドに戻って買い込むのだろう。
「それじゃあ、ヒーラーはチェリア・ノッカンドーで。コロシアムに参加するのは、俺とキャメロンで良いよな? 一緒にエントリーシート、書いちまうけど」
俺は再び話を戻して、キャメロンに問い掛けた。腕を組んだまま仁王立ちをしていたキャメロンは、爽やかな笑みを俺に向けた。
「ああ、構わないぞ」
こうして見ると、本当にただの良い人である。
「えっ……………………」
不意に、あらぬ方向から謎の呟きが漏れた。
言葉を発したのは…………トムディ?
「あれ? トムディ、お前は参加しないだろ? …………するのか?」
「えっ…………ああ、うん。…………いや、大丈夫だよ。僕は参加しないよ」
「えっ、参加しないんですか?」
トムディの言葉に、チェリアが疑問符を浮かべた。チェリアに契約の依頼をしたのはトムディだ。確かに、不思議な点に思えるのかもしれない。
だが、トムディには流石に厳しいだろう。まともな攻撃スキルを一つも持っていないし、補助も、回復もできない。
倍近い身長差を持ったキャメロンが、トムディを見下ろした。
「そういえば、お前がグレンの言っていた、新しい仲間なのか?」
「あ、そうだよ。僕はトムディ・ディーンだ。……むしろ、君が誰?」
キャメロンはトムディに、頭を丸ごと掴むことが出来そうな大きな手を向け、笑った。
「初めまして、俺はキャメロン・ブリッツ。グレンとは友達でな、たまにセントラルで飲んでいた」
「あ、そうなんだ。てっきり後ろに付いて来ただけのマッチョかと」
どういう状況だよ、後ろに付いて来るだけのマッチョが居る状況って。
トムディがキャメロンの事を意識していなかったのは、そもそも協力者だと思っていなかったからなのか。驚きだ。…………そんな馬鹿な。
トムディとキャメロンは、固い握手を交わした。……完全に、大人と子供だ。
「それで、トムディは参加しないのか? 職業が戦闘職じゃないんだな」
「あ、ああ…………うん。僕は、ヒーラー志望で…………」
「ん? …………ヒーラーなのに、ヒーラーを雇い入れたのか?」
「うぐっ」
キャメロンの素朴な疑問に、トムディが硬直した。チェリアも不思議そうな顔をして、トムディを見ている。
…………よく考えてみれば、他者からしたら当然の疑問だ。
「見た所、聖職者のようだが――……そうか、聖職者でも悪魔退治専門とか、そういうのなのか?」
「ああ、いや…………僕は別に、悪魔退治は…………」
「おお、そうではなかったか。失礼した。しかし、回復魔法を温存しておきたい理由があるのかと思ってな」
トムディは笑みを貼り付けたまま、滝のように汗を流している。既に目尻に涙まで浮かんでいた…………可哀想に。
そろそろ、助けてやらなければいけないか。俺は苦笑して、キャメロンとトムディの間に割って入ろうとした。トムディの口からは言えないだろう。
「実はな、キャメロ――――」
「グレン!! …………ぼっ…………僕も出るよオォォォォ!!」
――――――――えっ。
唐突な参加宣言に、キャメロンが目を丸くした。
「何だ、やっぱり出るのか?」
「そうさ!! 君の言う通り、僕は戦う方の聖職者なんだ!! さー、皆で頑張ろう!!」
「おお、やっぱりそうなのか。済まなかったな、これからヒーラーも覚えようという段階だったんだな」
キャメロンは爽やかな笑みで、トムディを追い詰めていた。…………チェリアも両手を合わせて、トムディに笑顔を贈っている。
「頑張ってくださいね、トムディさん!!」
トムディはキャメロンとチェリアに背を向け、エントリーシートを書いている俺の隣まで来た。黙ってテーブルのエントリーシートを手に取ると、そこに自分の名前を書き込んだ。
「おい、トムディ。……無理だけはするなよ?」
「はっはっは、何を言っているんだいグレン。僕の事はよく知っているだろ?」
知ってるよ、本当に。
もう顔が引き攣りすぎて、見た目別の人になってしまっていた。黙って話を聞いていたスケゾーが流石に危険を感じたのか、トムディの事を怪訝な瞳で見詰めた。
「……今回は、遊びじゃねーんスよ? 悪い事は言わねえから、ちゃんと周りを見て参加するかどうか決めた方が良いっスよ」
「うるさいスケゾーッ…………!! だ、だって、僕だけ何もしない訳にいかないじゃないか…………!! この状況でどうしろって言うんだよオォォォ…………!!」
「泣くなよ…………」
あまりの出来事に、流石のスケゾーも、トムディの事を同情していた。
まあ、男の覚悟を無下にする訳にも行かない。トムディには、頑張って貰うしかないか…………やばそうだったら、さっさとギブアップさせるようにしないと。
*
そんなこんなで、決戦の日はやって来た。
「レディース・アンド・ジェントルメン!! 遂に今日、この日がやって来たァッ――――!! 『ヒューマン・カジノ・コロシアム』を開催するぜッ――――!!」
俺達は、コロシアムのステージに集められた。右を見ても、左を見ても、筋骨隆々な冒険者達で溢れ返っている。剣士、武闘家、中には魔法使いも居る……各国から集まった、莫大な賞金と奴隷に目を眩ませる者達。
開会式だからなのか、場を盛り上げるための実況が壇上に立っていた。八方から声援を浴びせる観客は皆、俺達冒険者の誰かに投資して、このトーナメントの結果を見守る者だ。
俺達の立っている戦場よりも、大人一人分ほど高い位置に設置された司会用のステージ。そこには髭を生やした小柄な男と、鳥籠のような形をした、中の見えない檻がある。
「見よ、ステージの冒険者達を!! お前達が未来を賭けた大金は今、奴等に託されたッ――――!! それじゃあ、ルールを説明するぜ!!」
肩の上のスケゾーが、小声で俺に呟いた。
「…………狂ってるっスね」
「ああ…………」
これから何人が死ぬか分からない。それを客席から眺めるというだけでも、大した根性だと思うのに――……周囲は冒険者を応援する熱狂的な観客で溢れ返っていた。
中には、人生を賭けてこのコロシアムに挑む頭の悪い奴も居る。……そりゃあ、熱くなると言う訳だ。
隣のキャメロンは、腕を組んだままで檻のある壇上を見上げている。俺はキャメロンの耳に顔を寄せた。
「…………なあキャメロン、この中で警戒しておくとしたら、誰か分かるか?」
「ん? ああ…………そうだな。俺も参加するのは久し振りなので、何とも言えないというのはあるが…………例えば前に、白髪の剣士が居るだろう」
白髪の剣士…………あれか。この中では、随分と年老いているように見えるが…………その目は鋭く、見ただけでも全身に隙がないと分かる。キャメロンの言う通り、強そうな剣士だ。
「あれが前大会で優勝した男、『ギルデンスト・オールドパー』だ。どこで当たるか分からないが、あいつは必ず勝ち上がって来るだろう……気を付けた方が良いな」
「ギルデンスト・オールドパー……覚えておこう」
試合はトーナメント形式だから、下手すりゃ決勝まで当たらない可能性もある。一体どうなるか分からないが、油断は禁物という事だな。
……いや。俺にとっては、誰もを危険視しなければならない、か。
ヒューマン・カジノ・コロシアム程悪質では無いにしても、世の人間は多量の冒険者を集めて『ギルド』と呼ばれる集団を作り、戦力の強化や鍛錬の為、人間同士で争っていたりもする。そんな中、俺は冒険者同士で戦った事なんて殆ど無いし、対人間との戦闘経験は無いと言って良い程だ。それはトムディもそうだろうし……そう考えると、俺達は不利だろう。
元々、この人数の中からたった一人、優勝しようと言うのだ。……生半可な覚悟じゃやれない。
「…………以上、ルールはこれで終わりだ!! それでは冒険者諸君、君等が渇望している今回の奴隷は、コイツだッ――――!!」
鳥籠のような檻の、扉が開いた…………!!
「スラムの過酷な環境を生き抜いてきた娘!! こんなナリでも盗みやピッキングなど、犯罪めいた事は何でも出来るぜ!! ヴィティア・ルーズ!!」
その中に居たのは、当然のように、ヴィティア。
両手を手錠に拘束され、棘の付いた首輪を装着されていた。首元の宝石は、恐らく魔力の放出を制限する為のもの。……俯いた、空虚な瞳には何も映っていない。人形のように、漠然とそこに立っていた。
「…………彼女か」
「そうだ」
キャメロンが、眉をひそめてヴィティアを見ていた。
「ヴィティア…………」
トムディもまた、ヴィティアの身を案じている。……いや、それともヴィティアを助けて、何かを聞き出そうとしているのか。
「皆さん、頑張ってくださいっ……!!」
一人、事情を何も説明されていないチェリアは、俺達を応援していたが。
「それでは!! これを持って、開会式を終わりにするぜッ!! 早速第一回戦から始めるから、各冒険者は控えの席に座って待っていてくれ!!」
ヴィティアは高い位置から、冒険者を見下ろしている。敢えてそうしているのだろう、何も考えていない瞳は、ただ会場内を見回していた。
…………ヴィティア。
お前が何を考えて、あんな事を言ったのか。それは、よく分かっているつもりだ。それでも俺は、この場所に来た。仲間を引き連れて、ヒーラーも雇った。
不意に、ヴィティアの瞳が俺を捕らえる。
「――――――――!?」
その瞳に初めて、感情が宿った。
驚いているようだった。その唇が、僅かに動く。声はまるで聞こえないが、言いたい事はすぐに分かった。
だが、お互い様だ。俺だって、お前に聞きたい事がまだ山程残っている。
「『ヒューマン・カジノ・コロシアム』……………………スタートだ!!」
戦いの準備は万端だ。必ず、連れて帰る。
――――俺達の決戦が、始まる。




