Part.61 予定外の協力者
スキンヘッドの男の名前は、スキルヘッズと言うらしい。あんまりにもあんまりな名前に、落胆した俺だったが。
ヴィティアの髪飾りを取り返した後、俺はキャメロンに声を掛けられて、喫茶店『赤い甘味』別店まで来ていた。マグマドラゴンが待っているので、日没までには彼の所に戻りたい所だが。……まあ、予想外に髪飾りが早く手に入ったので、もう少しは時間を掛けても大丈夫だろう、と考えた。
「スキちゃんとは、見習い時代からの付き合いでな。久し振りに会えて嬉しかったよ」
「へえ、そうなんだ……まあ、一段落ついたみたいで何よりだよ」
当のスキルヘッズはキャメロンの言葉に感動し、「もう一度イチからやり直す」とキャメロンに話して、仲間共々引き連れてどこかに消えてしまった。当然ヴィティアの金なんて使い込まれた後だったので、それは平謝りをされた訳なのだが……まあ、俺に謝られても困るだけだったので、金の件は水に流した。
ホイホイ付いて行って騙されたヴィティアにも責任が無い訳じゃない、と個人的には思う。
キャメロンは腕を組んで、唸った。
「魔法少女として、俺はスキちゃんに、言うべき事を言えたのだろうか……」
「あー……まあ、人として言うべき事は言えたんじゃないか? 魔法少女の事はよく分からんが」
「グレン、俺は無敵に素敵だったか?」
どちらかと言うと、暑苦しかった。……と本人にわざわざ言う事も無いので、俺は苦笑してやり過ごした。
「魔法少女と言えば、常にあの格好してる訳じゃないんだな」
ちなみに、キャメロンの格好は白いタンクトップに青い麻布のズボン。一見して、セントラルの工事場で働くおっちゃんとも間違えられ兼ねない格好だ。……俺としては、こっちの方が楽で助かるけれど。
俺が問い掛けると、キャメロンはゴツい顔に似合わぬ、爽やかな笑みを称えた。
「ああ、あれは戦闘装備だからな。雨上がりの処女が摘んで来た果物のように、必要な時にだけ可憐であればそれでいい」
「そ、そうか…………」
外見と空気と台詞が何も一致していない。俺にどう反応しろと言うんだ。
「まあ、スキちゃんの事は解決した。もう忘れよう。……久しいな、グレン。引き止めてしまって済まなかった。たまにはそっちの状況も聞いておきたいと思ってな」
俺の、状況。
その言葉に、俺は思わず僅かに反応してしまった。何気なく言ったつもりが、俺が浮かない反応を示したからだろう。不意にキャメロンが顔色を変えて、俺の表情を覗き込む。
「…………何かあったのか? そういえば、リーシュが一緒じゃないんだな」
事情を話しても良いのだろうか。……まあ、キャメロンがヴィティアの居た黒幕組織に関わっているとは、やはり思えない……大丈夫だとは思うが。
キャメロンの後ろには、ラグナスが控えている。あいつはあんまり巻き込みたく無いんだよな、性格的に。リーシュが居ないと分かったら、俺が殺されかねない…………。
だがまあ、この場所に今、あいつは居ない。
「……あれから色々あって、四人になったんだ。リーシュはこのセントラルで、つい最近姿を消しちまってな……どこに居るのかも分からない。残りの二人は今、『ウエスト・タリスマン』に居るよ」
「タリスマンに? ……どうした、ギャンブルで金でも必要になったか?」
「まさか。仲間の一人が、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』の奴隷として売られていたんだ。そいつを助ける為に今、動いてる。もう一人の仲間には、コロシアムに参加するためのヒーラーを探して貰ってる」
そう話すと、キャメロンは呆気に取られて、驚いているようだった。……まあ、無理もない。何故そんな事が起こっているのか、正直俺にとっても理解不能な事が起こり過ぎている。
分かっている事は、それが全てだ。キャメロンは下顎を撫でて、どうにか事情を理解しようとしているようだったが。
「どうして、そんなことに…………」
「詳しい事は、俺にも分からない。でも…………キャメロンは知ってるか? 『サウス・ノーブルヴィレッジ』と『サウス・マウンテンサイド』が、それぞれ襲われたっていう話は」
「何だ、それは…………!? 冒険者依頼所に、そんなミッションは無かったぞ…………!?」
「そりゃ、ミッションになってないからな。今、セントラル・シティ配下の街を誰かが探っている。『ゴールデンクリスタル』っていう、ふざけた魔力を持った宝石を探しているんだ。俺が四人目の仲間として迎えたのは、その組織の元・下っ端だった。多分、奴隷として売られたっていうのはそれが原因なんだろうと思ってる」
「…………な、何てことだ。魔法少女ともあろうこの俺が、そんな大きな事件を知らないとは」
いや、だから公開されてないって言っただろう。何だよ、その魔法少女に対する絶対の信仰。っていうか魔法少女って本当、何なんだよ。
キャメロンは絶望して、顔を青くしていた。
「それで、多分リーシュはその組織に連れて行かれたんだ。俺もよく知らないんだが、どうもリーシュには何か、秘密があるらしい……それを狙われたんだと、思う」
「裏組織が活躍して秘密の陰謀が渦巻いてバアンだとおぉぉぉぉっ――――!?」
「いや、落ち着けよ。何言ってんだ」
何故かキャメロンは息を荒げていた。俺が冷たい眼差しで見ている様子を確認すると、キャメロンは深呼吸をして再び席に座り直した。
「…………済まない。取り乱してしまった」
「お前、魔法少女を目指してから本当、変わったよな……」
「見違えるようだろう?」
「いや、褒めてないから」
普通に話していると良い人なんだけどな。……俺としては、初めて出会った時のままで居て欲しかった。
「まあ、そういう訳なんだ。悪いけど、ラグナスには黙っといてくれよ。リーシュが居ないなんて知ったら、あいつ何するか分かったもんじゃないからな」
そう言うと、キャメロンはあっけらかんとした顔で言った。
「ああ、大丈夫だ。俺とラグナスは今、喧嘩をしている最中だからな」
喧嘩…………?
この柔和なキャメロンを怒らせる程の何かを、あのバカがしたと言うのだろうか。…………心当たりが多過ぎて、逆に何をしたのか見当がつかない。
キャメロンは拳を握り締めて、悔しそうにしていた。
「来る日も来る日も、あいつは女女、女でな。……まあそれは仕方無いんだが、あまりにうるさくてな」
「ああ、そうだろうな」
そんなラグナスをパーティーメンバーとして承諾したお前に、俺は尊敬すら覚えたよ。
「だからある日、言ったんだ。『女の事はひとまず良いだろう、お前は魔法少女では満足できないのか』って。そうしたらあいつ、本気でキレ始めてな……」
前半は良いが、後半は何を言っているのか意味が分からんな。
どうしよう。この場合、どっちが悪いんだろうか。……残念ながら、俺にはまるで判断が付かない。
「まあ、その話はいい」
「良いの!?」
「怒って出て行ったのはあいつの方だからな。もう俺は知らん」
理由が理由とは言え、遂にキャメロンにまで見捨てられたラグナス。その行方やいかに。
まあ、何れにしても俺には何の関係もない話だ。世間話にしても、話すべき事は話し終えただろうか。俺は席を立ち、キャメロンに笑みを向けた。
「んじゃまあ、俺は行くよ。さっさと仲間を助けて、安心させてやらないと、な」
「じゃあグレン、お前は『ヒューマン・カジノ・コロシアム』でその仲間とやらを助けて、その後リーシュについても探りを入れると、そういう事か?」
「ああ、まあ、そうだけど」
キャメロンは、俺の瞳をじっと見詰めたまま、何かを考えていた。
……やがて、その視線は明後日の方角へと向かう。……今度は、『赤い甘味』のメニューに向かった。……ウエイトレスの姿を目で追い掛けている。
…………そうして、視線は俺の所に帰って来た。
「よし、ならば俺も一緒に行こう」
俺は立ち上がった格好のまま、キャメロンの言葉の意味が分からず、暫くの間、完全にフリーズしていた。
「……………………一緒に行く?」
「グレン、こう言っちゃ悪いが……流石のお前でも、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』はかなり厳しい戦いになると思うぞ。……銃の早撃ち対決のようなものだ。場外とギブアップを認めているとは言え、容易に殺されるゲーム……お前なら、知っているだろう」
「ああ、まあ、そんな事は百も承知だが……」
「実は、俺も過去に『ヒューマン・カジノ・コロシアム』に参加した事があるんだ。少しは勝手も知っている」
そりゃ、キャメロンが仲間に加わってくれれば、これ以上の事は無いが……『ビッグ・トリトンチュラ』の一件で、こいつの実力はよく見ている。少なくともトムディと二人で居るよりは、かなり心強い味方となるだろう。……だが。
「…………良いのか?」
「勿論、俺なんかでは役に立たないと言われれば、行く事は出来ないが――……」
「いや、そんな事はない。全然ない。……でもお前、お前が言った事、そのままだぞ? 殺される危険のあるゲームだって分かってるだろ? 何よりお前にメリットが無いじゃないか」
俺が問い掛けると、キャメロンは立ち上がり、頑丈な胸を叩いた。
「魔法少女であるこの俺に、誰かを助ける事についてメリットが要るのか?」
仁王立ちして笑みを称えるキャメロンにはとてつもない安定感と安心感があったが。
相変わらず、言っている言葉の意味はまるで理解できなかった。
*
「おーい、キャメロン。しっかりしろー」
とてつもない安定感と安心感があった筈のキャメロンは、ウエスト・タリスマンに到着すると、青い顔をして口元を押さえていた。
「すまない、グレン…………少し、休ませてくおぅぇっ」
「あー、吐くなよキャメロン。……そう、ゆっくり座るんだ」
まさか俺がドラゴンの背に乗ってセントラルまで来たとは思っていなかったらしく――――まあ当然なのだが、キャメロンはドラゴンに乗った経験も無い訳で、すっかり酔ってしまったようだった。……無理もない。俺だって、慣れるまでは大変だった記憶がある。
もう少し、優しいドラゴンの背に乗れれば楽なんだけどな。
「小僧、私は帰るぞ」
「ああ、大丈夫です。ありがとうございます、センセ」
「ふん。…………次からは菓子のひとつでも用意してから呼ぶんだな」
ドラゴンにとっての菓子って何なんだろうね。マグマドラゴンはそう言って、俺達の前から姿を消した――……結局彼も、俺の事を『小僧』と呼び続ける事に決めたらしい。まあ、俺も名前は覚えていないので、こんな関係もアリだろう。
……でも、次からは別のドラゴンを呼ぼう。
「さて…………そろそろ、受付も空いて来る頃かな。今日の内に参加だけ済ませて、さっさと休まないとな」
ようやく立ち上がったキャメロンを背に、俺は見るからに殺伐とした、ウエスト・タリスマンの地を眺めた。
「あ、おーい!! グレン!!」
……ん? 遠くから、声が聞こえて来る。
特にこれといって視界を遮る障害物が多い訳でもないウエスト・タリスマン。その向こう側から、小柄だが無駄に存在感ばかり大きな男が走って来る……その隣に、彼と同じ位の身長の人物が一人。
トムディと…………もう一人。あれがトムディの選んだヒーラーだろうか。
「良かった、グレーン!! やっと戻って来てくれたアァァァ!! 一人で怖かったよオォォォブッ!!」
「ああっ…………!? トームデーィ!!」
泣きながら登場したトムディはつんのめって、そのまま前方向に全力で転んでいた。……相変わらず、身体のバランスが取れない男である。
「トムディさんっ!? ああ、もう……大丈夫ですか!?」
あまりの出来事に、隣に居たヒーラーがものすごく慌てていた。トムディの肩に居たスケゾーが、何食わぬ顔で俺の所に戻って来る。
「ご主人。思ったよりも早かったっスね」
「スケゾー。…………ひとつ、良いか」
トムディと同じ位の身長。だがトムディと違って、かなり痩せている……緑と言うべきか栗色と言うべきか、中途半端ではあるが美しい髪の毛。肩くらいまでのウエーブで、とても愛らしい少女だ。
つぶらな丸い瞳が、転んだトムディを心配して揺れていた。
「…………めっちゃ、弱そうじゃないか?」
俺はトムディに、『優秀そうなヒーラー』っていうオーダーを出したつもり……だったのだが。トムディはどうにか起き上がり、俺の前まで走って来ると、肩で息をしながら隣の少女を指差した。
「グ、グレン!! 紹介するよ!! 彼はチェリア・ノッカンドー。この僕が認める、優秀な聖職者さ!!」
優秀なのか。……まあ、確かに聖職者は、あまり見た目で判断すべきじゃない。俺がトムディと出会うまでに探していた時も、聖職者は沢山居たが、見た目イコール強さ、とは結び付かなかった。武闘家とは事情が違うのだ。
って、あれ……? なんかこの娘、見た事あるぞ。前に、冒険者依頼所で見たような……
「…………セントラルの冒険者依頼所に居たか?」
「あ、あれ……? もしかして、グレンオードさんですか?」
間違いない。聖職者を沢山当たっていた時に出会った、あの少女だ。
まさか、こんなタイミングで助けられるなんてな……ウエスト・タリスマンなんかでヒーラーをやっているイメージは、全くと言って良い程無かったが。……まあ、とにかくこれで役者が揃った、と言う訳か。
セントラルから戻って来るまでに、およそ二日掛かった。明日は、『ヒューマン・カジノ・コロシアム』の当日だ。